第三章 違和感、そして確信

第1話 夏の孵化

日が経つにつれて、夏の暑さはだんだん聞いていき、蝉の声の勢いも八月上旬と比べて弱くなっていた。

長いようで短かった私の夏休みは、他の学校よりも早く始まって早く終わったので、とっくの昔から通常通りの授業をしている。

そして、今年もやはり最終日までに課題を終わらせることが出来なかった人が続出したらしい。

うちのクラスでも、五人くらい「やったけど忘れた」と言って先生に怒られていたっけ。

よく懲りないなと思ったが、彼らの夏休みが課題をやる暇もないほど充実していたということなのだろう。

うん、そういうことにしておく。

ちなみに、私は七月中にほとんど終わっていたのでもちろん全て期限内に提出した。

あの国語の作文も当たり前だが提出し、先生に読まれることに少々緊張を覚えるが、あの三人と一緒に作った文章なのだ。

きっと再提出を請われることはないだろうと自分を落ち着かせていた。

そして、いろんなことがあった八月もようやく終わりを迎え、明日からは九月に入る。

少しは暑さがひくだろうか、と期待しているのだけれど、どうやら天気予報では明日もまだまだ暑いようだ。

いつになったら登校中汗を流さなくてよくなるのか……。

ため息をもらしながら、暮会が終わって賑やかになった教室の中、静かに帰り支度を始める。

もうそろそろテストも始まるし、あまり進んでいない数学のワークを家に持ち帰ってやろう。

今日の授業の教科書類と、数学のワークを詰め込んだ黒いリュックをよっこらせと背負い、教室から出ようとする、がしかし。


「もう涼ちゃん! そんなんじゃないから止めてってば!」

「えー? 昨日の帰り道、吉田のことかっこいいよねって話してたの誰だったっけ?」

「ちょ、声大きいし! 誰かに聞かれたら終わりなんだからね!?」

「はいはい、ごめんなさいね」

「絶対思ってないじゃん!」


桜田さんたちがドア付近で恋バナを繰り広げているため、出ようとしても出られなさそうだ。

仕方ない、面倒くさいけど前から出ようかともう一つのドアを見れば、そこにはそこで男子が違うクラスの男子数人と談笑していた。

完全に塞がれてしまった。

早く神社へ行きたいのに、これではどちらかがどくのを待つしかないではないか。

それに、どちらもまだどく気は無さそうだし。


「ふぅ……」


諦めるように小さく息を吐いた私は、心臓をバクバクさせながら桜田さんたちの元へ一歩、二歩踏み出していく。

異性に言うよりも、同性に言った方が気が楽だと考えたのだが、あの長袖事件のこともありやはり桜田さんには声をかけずらい。

そんなことを考えながら歩いていけば、彼女らが気づくくらいの距離まで近づいた。


「え……っと? どうかしたの、白井さん」

「あ、え……その。…………か、帰りたいので、そこ通っていいですか」

「ああ、そういうことか。ごめんねー白井さん、うちの桜田が。うるさいし邪魔だったね。今すぐどかすから」

「ちょっと! それ言うなら涼ちゃんもだし! あ、でもごめんね白井さん」

「い、いえ……」


桜田さん含む複数の女子が、私に道を開けるようにして左右に避けてくれる。

なんだか注目されているようで顔が赤くなったが、私は桜田さんに自分の意見が言えたことが何より嬉しかった。

夏休み前の私ならば、いやもっと言えば、夏芽さんたちと出会わなかったら絶対に言えていなかっただろう。

彼女たちが口にする言葉は、私に勇気をくれる不思議な言葉だ。

改めて夏芽さんたちとの出会いを感謝し、早くこれを伝えないとという謎の使命感で、私は注意されないギリギリの早足で廊下を歩いて行くのだった。


「なんかさ、白井さん変わったよね」

「ね。なんか明るくなったみたいな」


なんて言われているとも知らずに。



下駄箱に着くと、私のように早く帰りたい人たちのプチ渋滞が起きていた。

早く帰りたいのは私もなのだが、その渋滞の中に突っ込んでいくという勇気はまだない。

だから大人しく落ち着くのを外野で見守っておこうと渋滞から逃げるように後ずさりし、人の邪魔にならないよう廊下の隅に避ける。

とその時、誰かに急に肩を叩かれ、名字を呼ばれた。

びっくりして勢いよく声のした方向を振り向くと、そこには国語教師の宮島先生が笑顔で立っていた。


「驚かしたようでごめんなさいね」

「い、いえ……」

「えっと、急いでるみたいだから単刀直入に言うけど、白井さんが書いた夏休みの作文とても良いって他の先生にも評判でね。もし良かったら、コンクールに出してみない?」

「…………え、えっ!?」


私が驚きのあまり大声を出すと、渋滞を作っていた人達の視線が一斉にこちらに向いた。

顔を真っ赤にしながら口を押え、視線が分散していくのをじっと待つ。

それにしても、あの作文が先生方に好評で、それもコンクールに出されるほど良いものだとは思いもよらなかった。

ただ私は再提出を免れたらよかっただけなのだけれど。

……しかし、でも本当にコンクールに出されるのだとしたら、多くの人があの作文を読むということだ。

それは夏芽さんたちのことを公にひけらかすような気がして、私自身が何だか嫌だと思った。


「えっと……嬉しいんですけど、その、今回は断らさせてください」

「そっか。……どうしてか聞いてもいい?」

「えっ? あー……友達があんまりそういうの好きじゃないので、それに勝手に出すのもダメかなと思ったからです」

「なるほどね、わかった。帰る前に話を聞いてくれてありがとう。気をつけて帰ってね」

「あ、はい」


宮島先生は手を振って職員室の方向へ去っていった。

でっち上げの理由だったのでバレるかと思っていたのだが、宮島先生はあっさりと信じたらしい。

呆気に取られていると、気づけばプチ渋滞も解決しており、人は閑散としていた。

やっと帰れる。

桜田さんだけでなく、先生にまで意見を言うという普段しないことを連続でしたからか、どっと疲れてしまった。

早く神社に安らぎに行こう。

私はすぐさま下駄箱から取り出した靴に履き替え、また早足で神社へ向かった。

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