第四章 揺れる花には太陽を
第1話 百合の花
――さん、――いさん。
ゆっくりふわふわと意識が浮上する。誰かが誰かを呼ぶ声が聞こえた。
「白井さん、白井さん! 大丈夫? どこか調子が悪いの?」
「あ……」
誰かを呼ぶ声は徐々に私の名前を呼ぶ声に変わり、数回呼ばれた後ハッと我に返った。目の前には、宮島先生が心配そうな表情を浮かべているのがぼんやりと見える。あろうことか、私は授業中にぼーっとしていたようだ。クラスのみんなの視線が私に刺さり、思わず顔を赤らめて視線を下に落とす。宮島先生には小さく弱々しい声で大丈夫ですと伝えた。彼女が安心したように微笑み教卓に再び立つと、みんなの視線は私から離れ黒板に向かう。それにようやくほっと息をついて、私も考え事はよして授業に集中することにした。
いつも通り授業を終え、いつも通り帰り支度を済ませる。
そして、いつも通り元気に神社に向かう――とは授業中の様子を見ての通りさすがにならなかった。授業中に考えていた事とは言わずもがな、昨日の玉藻前による衝撃の告白のことである。
あの後、玉藻前はいろいろ話して、と言うよりは自白していたような気がするが、それらの話はもうあまり覚えていない。それよりも、すぽんと全ての記憶が抜け落ちそうなほどあの言葉の方が衝撃的で、私には信じられない言葉だった。
「百合の正体は前世でも夏芽の友達だった"百合の花"」
玉藻前は確かにそう言っていた。酷く羨むように、妬むように一つ一つの言葉を噛み締めながら。玉藻前がそうなるのも無理は無い。あの狐は私よりも長く夏芽さんと一緒にいて、私と同じくらい夏芽さんが大好きなのだから。
しかし、神様である夏芽さんと百合の花だったらしい私が友達というのはよく分からない。もちろん、神様ならば植物と会話することもできるかもしれないし、もしかしたら言葉を交わさずとも友達だと思えば友達的な話なのかもしれない。しかし、私はどうしてもそういう話では無いとしか思えなかった。
――夏芽さんなら知っているだろうか。
ふと思い浮かんだ彼女の名前。私と彼女は玉藻前談によると友達だったようだし、聞けばすぐに分かると思う。それは私も十分理解していた。
だが、何かが私の足を縫い止める。聞いてはいけないと誰かが言っているような気がしてならない。聞きたいけれど聞けない。そんな思いの狭間に立つこと数十分。帰り支度はとうに済んでいるのに、席を立たず前の一点を思い詰めたように見つめている私に隣の人の視線がチラチラと刺さった。どうやら勉強したいのに、横で思い詰めた顔をされて集中できないみたいだ。困惑したような視線が物語っている。
とうとうその視線に耐えられなくなった私は勢いよく立ち上がり、表情は崩すことなくリュックを背負って教室を後にした。
遠くでカラスが鳴きながら飛んでいくのが見える。散々誰かに呼び止められようが、やはり癖なのか。それとも最初のように人ならざるものに惹き付けられたのか。
「なんて話せば……」
私は古井神社に続く鳥居がある林の中で、右往左往していた。ここが木々に囲まれている場所で本当によかった。もし外でやっていれば、通報されてもおかしくないくらい変な動きだったろうから。
数十分、その場で迷いに迷った結果、私が前世で夏芽さんと友達だったということは事実なのか否かだけを訊くことに決めた。他にも訊きたいことはいっぱいあるけれど、私の頭が情報過多でパンクしてしまいそう。なので、その他は後々少しずつ訊いていくとしてとりあえず今日はそれだけと今決めた。
よし。頭の中が整理できた私は、三回ほど深呼吸してところどころ赤色に輝く鳥居を見つめる。――あれ、私が磨いた時はこんなに輝いていただろうか。そっと赤い部分に触れてみると、自身の指が触れた部分がふぁっと輝き、驚いた私は思わず腕ごと引っ込めた。何だ、今のは。
恐る恐る光った部分に近づき、好奇心からか私は震える手でもう一度触れてみる。すると、やはりふわっと発光し鮮やかな赤色が覗いた。
「……えっと」
ついに私は可能性から確定に変わり、人外になってしまったのだろうか。私が汚れた場所に触れると綺麗になるという魔法を、ついに手に入れてしまったのか。……いや、魔法にしてはしょぼすぎる。私はもっとこう、火や水なんかを自由自在に操れるような魔法が――いや、そんなことよりも。
「夏芽さんに話聞かなきゃ」
脱線しすぎてまた時間を食ったため、今は何時だと焦り始める。門限を超えてはいけないという縛りが私にはあるのだ。六時までに帰れないと、私は一週間ここに来れなくなってしまう。そんな長い期間夏芽さんの話を聞けないと、お預けされているようでおかしくなってしまいそうだ。そうならないためにも、早く夏芽さんに会って話をしなければ。おそらく全部知っている夏芽さんに。
私はもう一度鳥居を見る。先ほど光ったことも少々気になるが、それよりも夏芽さんと私のことだ。
ふう、と短く息を吐く。どうか、どうか私の頭がパンクしませんようにと願いながら、鳥居の向こうに見える階段を目指して一歩、そしてもう一歩踏み出した。
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