第3話 百合の花ともう一輪

私の一言が、赤く染まる神社内に静寂の時を呼び寄せる。


「……誰から、何を聞いたの?」

「玉藻前から、私の前世でも夏芽さんと友達だったということです」

「はは、そっか。ついに話す時が……。うん、そうか。…………あ、昨日神社に来なかったのはそれが原因?」

「いえ。昨日は学校から出るのが遅くなって、門限超えそうだったから来れなかっただけです」

「えっ門限あるの!? 帰らなくて大丈夫!?」

「大丈夫じゃないけど、大丈夫です。今聞かないと、ズルズル引きずってしまいそうなので」

「…………そっか」


夏芽さんは中々話す素振りを見せなかった。話を逸らしたり、私を帰らせようとしたり、どうやら本気で話しにくいことのようだ。私があの手この手で阻むと、苦虫を噛み潰したような表情で眉を下げる。ちなみに、目は合わせたら終わりと思っているのか、現在進行形で泳がせている。

しかし、彼女が逃げようとそれでも私は聞かなければならない。夏芽さんの友達として、いくら真実が怖くても本当のことを知っておかなければならないのだ。それが後に、聞いて後悔する内容だったとしても。

私はじっと夏芽さんの目を見つめ、いくら泳いでも逃がしはしないという固い意志を伝える。数分そうしていれば、ようやく観念したのか夏芽さんが軽いため息をこぼした。


「百合ちゃん、本当に聞きたい?」

「え、はい」

「……聞いて後悔すると言っても?」

「はい。その覚悟は、ここに来るまでにしてきました。……ちょっと泣きましたけど」

「………………そっか。うん、分かったよ」


ようやく話す気になってくれたらしい。夏芽さんは目を閉じ、集中するようにゆっくり重々しく息を吐く。


「それじゃあ話そうか。私と、百合ちゃんのことを」


私と夏芽さんの二人を見守るようにして、色づき始める木々が揺れた。



「――さて、まず玉藻前が言っていたことは本当だ。私と百合ちゃんは今だけでなく、昔も友達という関係だった。……ただし、今のように人と神様、ではなく……花と花同士の友達関係だ。百合ちゃんは白い百合の花で、私は夏の花で有名な向日葵として、ね」


静かに淡々と話す夏芽さんの言葉を、一語一句聞き漏らさないよう耳を澄ます。彼女は区切りを着けるように息を吸い、続きを話し始めた。


「私たちはもちろん花だったから、今のように声で言葉を交わすことは出来なかったんだ。でも、風に揺れる音で会話することは出来た。ちょうど隣に寄り添うように咲いていたから、いつも揺れながら世間話や愚痴なんかを話していた。とても楽しくて充実した日々だったよ。……でも、そういう幸せはいつか失われるものでね。ある日、私たちはいつも通り風に揺られながら話をしていた。笑って、笑顔で楽しい話をしていたんだ。……その時、ふと村の子供たちが私たちに駆け寄ってきた。無邪気で私たちと同じように楽しそうな笑顔で駆け寄ってきて、それで……」


夏芽さんはまた口を噤んだ。

すると、数秒して一滴、また一滴と膝に置いた彼女の手にまあるい水滴ができていく。

……それだけで、いやこんなに手がかりがあれば、ある程度のことを察することは難しくなかった。無邪気な子供に二輪並んだ私たち。そして、夏芽さんの手の甲の水滴からして、きっと私は。


「子供が、百合の茎の真ん中辺りからブチッと……抜いてしまったんだ」

「……」


無言で膝の上の手を握りしめる。再び静かな時が流れた。風で木の葉が擦れ合う音、カラスが家に帰る声、そして、夏芽さんの鼻をすする音だけが響いていた。

茎の中間あたりって、人間の体のどこ辺りだろう。頭は考えてみるが、体はとうの昔に理解しているようで、自然と手が首元を押さえる。想像していたような痛みはこなかった。

百合だった頃の私は、摘み取られた時痛みを感じていただろうか。だとすると、どんな痛みだろう。拗られる痛みか、引きちぎられる痛みか。言葉は想像できたけれど、痛みは上手く思い起こせない。まあ、そんな痛みなど思い出したくもないが。

私が思考を放棄すると、ふと、頭の中に前に夏芽さんが言っていた言葉がふつふつと浮き上がってきた。


『その友達はお前が殺したようなものだというのに』


お前とは、確か玉藻前のことだったはず。しかし、今の話の中では玉藻前の名前は出てきていない。夏芽さんの前の言葉と今の言葉で矛盾が生じている。疑問に思った私は、未だ首元を押えながら夏芽さんに質問した。


「玉藻前が殺したんじゃなかったんですか?」

「……やったのは村の子供たちだけれど、その子たちに指示をしたのは玉藻前なんだ。あいつがあの子らに取り憑き、百合を摘ませたんだ」

「なるほど……。でも、なんでわざわざそんな手間がかかるようなことをしたんでしょうか」

「百合の隣には私がいたって話したでしょう? だから、玉藻前が摘むと私にバレるんだ。……私に嫌われたくないから、子供たちに摘ませたって、自分で言いに来たよ」


いつの間にか涙が引っ込んだ夏芽さんは、今度はフルフルと拳を怒りに震わせていた。……これは私のために怒ってくれているという解釈でいいのだろうか。このような展開が初めての私は、この場の空気や雰囲気に合わずふんわり口角をあげてしまった。だって、友達が私のために怒ってくれるなんて、嬉しい他ないじゃないか。

ふふ、と口元を隠しながら微笑んでいたのだが、夏芽さんお得意の読心術であっさりとバレてしまった。私は真面目に話しているのに、と夏芽さんに睨まれる。

気まずさで目を逸らした私は、彼女に話を続けてもらうよう催促した。

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