第6話 妖の噂話

いやしかし、天狗さんは夏芽さんと古くから交流があったようだし、もしかしたら全部知っているかもしれない。それなら別に話しても問題ないのか、と口を開きかけたが何も知らないであろう猫又さんの存在を思い出して私はまた口を噤む。それに加え、天狗さんがこの話を知っているかどうかも私の想像であって確定はしていないことに気づき、さらに悩み始めた。

しかし、天狗さんはそんなに迷われるとは思っていなかったらしく、慌てて話の方向転換をしてくる。


「そ、それはそうと! 百合ちゃん知ってる? ここら辺で、猫みたいだけど猫じゃない動物が夜になると彷徨いているらしいよ」

「猫みたいだけど猫じゃない……? それ、猫又さんじゃないんですか?」

「まさか! 私は規則正しい猫又だし、夜になったらもう寝てるよ」

「へ、へえ……」


お昼寝もしているのに、夜になったらすぐ寝られるのか、と言いそうになったがギリギリのところで踏みとどまった。天狗さんも私の思いが伝わったのか、苦笑いを浮かべている。

それにしても、猫みたいだけど猫じゃないとは一体どんな姿形をしているのだ。尻尾が長すぎたり、体が猫よりはるかに大きかったり、といった感じだろうか。むむ、と天狗さんがその場しのぎで喋った話を一人真剣に考えていると、気づけば覚醒した猫又さんが残り全てのカードを全取りしてしまっていた。今日は調子が良い! と大きな声で叫ぶので、私は母にバレないよう慌てて猫又さんの口を塞ぐ。そして、天狗さんと同時に口元に人差し指を近づけシーッと圧をかけておいた。


「あの、天狗さん。その猫みたいだけど猫じゃないものって、どんな感じなんですか?」

「え? ああ……」


もう一戦やると言う猫又さんのために、再度カードを並べ直している時、あの話の詳細が気になって仕方がない私は天狗さんに質問をしてみた。

彼曰く、その猫紛いのものは通常の猫よりも一回りほど大きく、色は黄茶で、何と尻尾が九本あるらしい。妖の中で少々話題になっているのだと天狗さんは語った。

……そして、この特徴に一致する妖を私は知っている。


「へ、へえ……。それで、何してるんですか? たまもの……猫みたいだけど猫じゃないやつ」

「うーん……僕も噂で聞いた程度だからそこら辺はあんまり分からないんだけど……。噂では、何か探しているようにフラフラ歩いてるらしいよ」

「……」


何かって、なんだ。聞こうとしたが、初めて家に連れてきた時のあの状態を思い出して脳が唐突に理解した。その妖が――いや、玉藻前が探しているのはきっと食料だ。ふらついた足取りも、お腹がすいているというのを視野に入れて考えれば納得出来る。

もしかしたら、涙を流して姿を消したあの日から、玉藻前は食べ物にありつけていないのかもしれない。その痛々しい姿を想像して、キュッと唇を強く結ぶ。


「――百合、おーい百合! 二回戦目始めるよ?」

「あ、はい」


早く始めたくてうずうずしている猫又さんの声で現実に引き戻された。そうだ、今は玉藻前のことを考えている場合では無い。二人が遊びに来てくれているのだから、きちんともてなさなければ。


「よっし! 今度も私の勝ちかねぇー?」

「ちょっ猫又、声が大きいよ」

「はは……」


注意しても注意しても大きい声を出さないと気が済まない猫又さんに、天狗さんの注意が飛ぶ。しかし、猫又さんは聞こえていないのか、いや聞いていないのかドヤ顔でカードを揃えていった。



時刻は十一時三十分。もう少しで日付けを越える時間帯である夜中。私もいつもならばもう寝る支度をし始めている頃なのだが。


「お母さんだけにはバレませんように……」


夕方に聞いた天狗さんの話がどうも気がかりで眠れなかった私は、あろうことか家を抜け出しとある場所へ向かっていた。もしこれが母にバレてしまったら、現在一週間遊びに行くの禁止令を出しているのに、まさか夜に出歩くなんて、とカンカンに叱られるだろう。想像して身震いする。

私は自分で言うのもなんだが、結構真面目な人間だと思う。課題は計画的に進めるし、成績も割と良く分からなければすぐに調べて理解しようとするので良い方だ。しかしそれがまさか、一夜にして夜歩き少女に一変してしまうとは。自分でも驚きである。けれどなぜか、怖さや不安は無く、不思議と心は澄み渡っていた。今まで抑圧してきた何かが弾け出すように、新しいものを見つけた時のように胸が高鳴るのを感じていた。まあ、だからといってもう夜に出歩くことは当分ないだろうけれど。

数分歩けば、家から近い目的地はすぐに見えてきた。ここで会えるなんて確証はないけれど、何となくあの狐はここ――古井神社に繋がる鳥居がある林前に来るのではとそんな気がしている。

着いて、キョロキョロと辺りを見回すが、時間も時間なので人っ子一人見当たらない。当たり前だ。逆にこの時間にこの場所へいる私の方がおかしい。唐突に、何か自分が見当違いのことをしているような気もしてきた。

ひゅうっと、この時期にしては少々寒い風が通り過ぎる。家から出る時、この時期ならまだ暑いだろうと高を括って薄着で来たのが間違いだった。ぶるっと身震いしながら腕をさする。

――その時だった。


「うわっ!?」


突然突風が吹いたかと思うと、昼間天狗さんに聞いた話とは大違いの通常サイズの玉藻前が現れる。驚いたのもつかの間、気がつけばその狐の前足は私を踏み潰していた。

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