第41話パイシチューと新米ポーター3

 

 散々泣いて体力を使ったせいかアメリアのお腹がクゥッと可愛く鳴った。


「えへへ。安心したらお腹空いてきちゃいました」


 照れ臭そうに頭を掻くアメリアは本当に嬉しそうな顔をしている。シルクの余命が極わずかと聞かされた絶望から一変して元気になったのだからそれも当然だろう。


「あらあら。それなら久しぶりにご飯を作ろうかしら。アークライトさんも良かったら食べていってください」


 台所へと向かったシルクだったがすぐに困った表情で帰ってきた。どうしたのかと首を傾げたアメリアは、今日は忙しくて食材を買えていなかったことを思い出す。


「そういえばなにも買ってなかった!でも今からじゃ市場も開いてないしどうしよう」


「それならば我にいい考えがある」


「アークライトおじさん。そのお手紙なあに?」


 困ったように顔を見合わせるアメリアとシルクにアークライトはマジックバッグから招待状を取り出した。治ったことを知ってからシルクにべったりだったレナも興味津々な表情でそれを見ている。


「これは月光苑の招待状だ。レナは美味しいご飯が食べたいか?」


「うん!レナはママの作るシチューが大好きなの!」


「そうか。でもお母さんは元気になったばかりだから少しお休みさせてやらないといけない。だから今日は月光苑で美味しいご飯を食べよう」


 それからアークライトはいかに月光苑が素晴らしい場所かを説明してくれる。特に料理の紹介には熱がこもっていて、どこか壮大な物語を聞かされているようだった。


 ただ料理を食べる話を聞かされているだけのはず。それなのにローストテールを切るナイフが古き英雄が使う聖剣に感じてしまう。


 肉汁が溢れてくる様子など愚かな人間を流した神の怒りのようではないか。アークライトはもしかすると吟遊詩人の才能があるかもしれない。


「どうだ?興味が出たのではないか?」


「レナ月光苑行きたい!ローストテール食べてみたい!」


「ローストテールがあるかは分からないが美味しい料理は沢山あるぞ。もしかしたらレナの好きなシチューが出るかもしれないな」


 シチューと聞いてレナの目がキラキラと輝き出した。アメリアもただでさえお腹が減っていたのが、美味しそうな話を聞かされてお腹と背中がくっつきそうだ。


「お母さんは行けそう?」


「うーん。ずっと寝たきりだったし冒険者ギルドまで歩くのは心配ね。お母さんはお留守番してるから二人で行ってきなさい。アークライトさん。二人をお願いしてもいいでしょうか?」


「えー!ママも一緒がいい!」


「レナ。わがまま言っちゃダメだよ。お母さんは体を休めないといけないんだから今日はお姉ちゃんと二人で行こう?」


 レナは唇を噛んで俯いてしまった。きっと心の中で一緒に行きたい気持ちとシルクが心配な気持ちが混ざって、どうしたらいいのか分からないのだろう。


「一応確認するがシルクも行きたい気持ちはあるのだな?」


「そうですね。ずっと液体になるまで煮込んだ麦粥しか食べれていなかったので、久しぶりに美味しい料理を食べたいなとは思います。でも治ったばかりだから食事に気をつけないといけないのかしら?」


「神薬を飲んで健康になっているから好きに食べても大丈夫だ。行きたいのならば我が連れて行ってやろう。『ゲート』」


 呪文を唱えると目の前に泡のような光がぷかりと浮かんだ。レナはふよふよと漂う光に触りたそうに手を伸ばしている。


「これに触れればギルドまで飛べるから負担も少ないだろう。これまで散々苦しんだんだ。美味しい料理を食べて体を労ってやるといい」


「わーい!これでママも一緒にいけるね!」


「アークライトさん。本当にありがとうございます」


 こうしてゲートを通って冒険者ギルドに飛ぶと地下の転移門で月光苑に向かった。


「アークライトおじさん。ここが月光苑?」


 いきなり現れた巨大な建物にレナはぽかーんと口を開けて見上げている。アメリアもその大きさに思わず口を開けてしまう。その表情が非常に似ていて誰が見ても姉妹なのが丸わかりだった。


「そうだ。ここには凄いものが沢山あるからレナも気にいると思うぞ」


「おや?お連れ様がいるなんて珍しいですね。ようこそ月光苑へ。私はグリムと申します」


「わっ!びっくりした!」


「ふふ。こんにちは可愛らしいお嬢さん」


「こんにちはおじさん!」


 いつものように驚いた姿が見れたと笑顔を浮かべるグリムの表情がピシリと固まった。そんな珍しいグリムの様子にアークライトは吹き出してしまう。


「くっくっく。レナから見ればそなたも十分おじさんだな。よくぞ言ったレナよ。我はグリムの珍しい姿を見れて満足だ」


「……随分と嬉しそうですね」


「おじさん仲間だ。仲良くしようではないか」


 どこか悲しげな背中をしたグリムに案内されたのは空の上のような装飾が施されたフロアだった。


「こちらが今回お泊まりいただく『浮雲』のフロアとなります。詳しい話はそちらのアークライトからお聞きください。それではごゆっくりおくつろぎくださいませ」


「案内ご苦労だったグリムよ」


 満足そうなアークライトに月光苑の説明を受けたアメリアは今ソファの座り心地を楽しんでいる。


 アークライトは自分がいたら気が休まらないだろうと隣の部屋へと向かった。その後ろをレナが着いて行ったので今はシルクと二人きりだ。


「名前を聞いてまさかとは思っていたけどアークライトさんは魔勇者なのかしら」


 先程から物思いにふけるような表情をしていたシルクが独り言のようにそう呟く。手でソファを押してふかふかさを確かめていたアメリアはそれを聞いて飛び上がった。


「魔勇者!?それって邪神を倒した英雄だよね!?」


 邪神討伐があった時はアメリアはまだ小さかったから覚えていないが話だけなら何度も聞いた事がある。しかしその中では異世界の勇者と魔勇者とだけ伝えられていたので、アークライトという名前は出てこなかった。


 そんな半ばおとぎ話の人物が助けてくれたことにアメリアは驚きを隠せない。


「アメリアくらいの子は物語として邪神討伐を聞いているものね。当時を生きていた人間なら皆その名前を覚えているわ。邪神を倒した二人の英雄。異世界から喚ばれた勇者ヒカル・ツキミヤと魔大陸最強の勇者アークライト・デモングラムの名を」


 遠くからレナのはしゃぐ声が聞こえるくらい二人の間に沈黙が流れる。まさかそんなと否定したい気持ちはあるがアークライトの強さは直にこの目で見た。


 冒険者なら皆そうなのかと思っていたが、思い返してみればすれ違う冒険者は誰もがアークライトに注目していた気がする。


 それに迷宮を出た時に話した男が最高峰の冒険者と言っていたではないか。あの時は気持ちに余裕がなくて気づかなかったが、今考えればアークライトが普通でないことがよく分かった。


「お外凄いよ!ふわふわの雲が沢山あるの!ママ?お姉ちゃん?」


 庭へと出れる扉から嬉しそうに駆け込んで来たレナが、驚きの事実に固まっている二人を見てきょとんとしている。そんなレナの声にハッと我に帰ったアメリアが外に出ると、澄み渡る青空にモコモコとしたひつじ雲が気持ちよさそうに泳いでいた。


「本当だね。なんだがあの雲ふわふわしてて美味しそう」


 呟いたアメリアのお腹がクゥッと鳴る。それを聞いたレナはクスクスと笑うと思い出したような顔で口を開いた。


「あ!そういえばアークライトおじさんがもうすぐ六時だからご飯に行こうって言ってたよ!」


「そうなの?それなら急いで出る準備をしないと」


 アークライトが魔勇者なのかは気になるが今はご飯を食べるのが大事だ。お腹を空かせたアメリアはそんなことを考えながら部屋に戻って準備をするのだった。

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