第31話オムライスと戦乙女4

 

 食事を終えた二人は久しぶりにタイムサービスを取れた祝杯としてバーへとやってきた。


「いらっしゃいませ!あ、クリスティーナさんにアリシアさんじゃないですか!聞きましたよ!タイムサービスの獲得おめでとうございます!」


「久しぶりだねレベッカ。そして耳が早いね。今日はそのお祝いとして高い酒を飲みに来たんだ」


「それならマスターのとっておきをじゃんじゃん出しちゃいますね!」


「ほどほどにお願いね。手持ちが足りないなんてことになったら格好つかないからさ」


 毎回ではないにせよバーを頻繁に利用する鋼焔の戦乙女は常連と呼んでいいだろう。薄暗い店内にはスローテンポな音楽が流れている。そんな音色に耳を傾けながらマスターやレベッカと話す時間が二人は好きだった。


「マスター。あたしたちの気分に合わせたお酒を作ってよ」


「畏まりました」


 客を見てその人に合ったカクテルを出すのはマスターの特技の一つだ。レベッカも不思議に思っているがこれで外した所をまだ見たことがない。マスターは少し考えるように宙を見ると細長いシャンパングラスを取り出した。


 この形をフルート型と呼ぶ。スパークリングワインを飲む時に使われるものだが、その特徴としてグラスの口が細いことで炭酸が抜けにくくなることが挙げられる。


 マスターは冷やした桃を取り出すと手際良く潰し始めた。その手捌きは熟練を感じさせるもので、それをレベッカが初めて見た時は厨房でも通用する腕前だと驚いたものだ。


 次にマスターはピューレ状になった桃をグラスに入れると真っ赤な液体を少量入れてかき混ぜた。この液体はグレナデンシロップといって、ザクロの果汁に砂糖が加えられたノンアルコールのシロップだ。これを加えることでカクテルに深みと鮮やかな赤色を足すことができる。


「相変わらずマスターの手際はいいわね。芸術作品が目の前で作り上げられているようだわ」


「お褒めいただきありがとうございます」


 会話をしつつもマスターの手が止まることはない。桃が入ったグラスにスパークリングワインを注いでいく。ゆっくりと入れるのは必要以上に泡立たないためだ。桃のピューレの倍程度注ぐと柄の長いバースプーンで数回混ぜる。


「お待たせしました。ベリーニでございます」


 マスターが二人に出したのは赤とピンクの中間のような優しい色合いのカクテルだった。


「どうしてこれを出したのか聞いても良い?」


「お祝いということで気分が上がるようなカクテルをお出しすることが前提でした。そんな中でお二人の顔を見ると喜びはしても浮かれているような感じはしません。まるで次の戦いを見据えての息抜きとしてこちらへ来ているようでした。ベリーニに使われるスパークリングワインは辛口です。これならば祝いつつも気持ちを引き締めれると愚考しました」


「流石はマスター。完璧だね。今の気分にぴったりだ。あたしたちはタイムサービスを取ったくらいで満足する訳にはいかない。これからも取り続けようと気持ちを新たにしていたところだよ」


 ベリーニを受け取った二人は細いシャンパングラスに口を付ける。トロリとした舌触りの桃のピューレは心を甘く包み込んでくれるようだ。それを辛口のスパークリングワインが引き締めて最後は炭酸の爽やかさで流してくれる。


「相変わらず美味しいな。マスターのカクテルを飲まない奴は人生の半分を損してるよ」


「過分な評価をいただき光栄でございます」


 ベリーニはアルコール分が五パーセントと比較的優しいカクテルだ。ジュースとまでは言わないが非常に飲みやすい。あっという間に飲みきった二人は聞こえてくる音楽へと耳を傾けた。


「この音色も良いよね。音楽を鳴らしているのはマジックアイテムなんだっけ?初めて聞いた時はどこで演奏してるのか不思議だったな」


「あ!演奏といえば今日はクリスティーナさん弾いてくれないんですか?クリスティーナさんのピアノ好きなんですよ」


「ただの素人演奏よ」


「それでも聞きたいです!マスターも良いですよね?」


「もちろんだ。クリスティーナさんの演奏は評判がいいしな」


 レベッカにせがまれたクリスティーナは店内に置かれたピアノへと向かうと弾き始める。その曲は優しいながらもどこか切なさを感じさせる物だった。


「相変わらず素敵な演奏ですね。少しだけ悲しいのが心に染み渡るんです。この曲はなんて名前なんですか?」


「家に伝わってた曲だから名前はないわ。そうね。せっかくだし二人に聞いてもらおうかしら。私は元々貴族だったのよ。だけど両親が事故で死んだ際に全てが変わってしまった。叔父に家を乗っ取られたの」


 クリスティーナは両親が事故で死んだ日を思い出す。頭が真っ白になってなにも考えられなくなっていると気づいたら家督を叔父に奪われていたのだ。


 なんとか取り戻そうとしたクリスティーナだったが、まだ十四そこらの小娘に比べて叔父は老獪ろうかいだった。クリスティーナが方々に必死に訴えかけても叔父はすでに根回しを済ませており、家督を取り戻すことは最後まで叶わなかった。


「そんな。酷いです」


「最初は恨んだけれど今はそこまででもないから心配しないでいいわよ。どこぞの貴族に嫁いで家を守るより冒険者をしている方が性に合ってるしね。ただ生き別れになった妹だけが心残りなの」


 両親が死んで残された家族は妹だけ。そんな妹を守ろうと冒険者になる前は安い賃金で必死に働いていた。ただ日に日にやつれていく姉に対して思うことがあったのだろう。妹はある日書き置きを残して出て行ってしまった。


「妹の手紙には感謝の言葉と迷惑をかけてきた謝罪に心配しないで大丈夫といったメッセージが書かれていたわ。こうして全てを失った私は自暴自棄になって冒険者になった。死に場所を求めていたのかもしれないわね。ただ運命のイタズラなのか、討伐で死にかけた私は魔眼を発現させたの」


 今考えたら相当弱い魔物の狩りだったが、これまで戦ったことのなかった女にとっては強くすぐに追い込まれた。体を血で染めながらやっと死ねると安堵したクリスティーナの目が急に熱を持つ。


「気がついたら辺り一面を燃やし尽くして魔力を失った私は炎に囲まれながら動けないでいたわ。そこを偶然通りかかったアリシアが助けてくれて鋼焔の戦乙女が誕生したってわけ」


「あの時はビビったなぁ。近くから突然強い魔力を感じて見に行ったら森の一部が焼け野原になってるんだから。その真ん中で倒れてるクリスはよく生きてたもんだと今でも思うぜ」


「そんな炎の中から助けて本当に感謝してるわ。タイムサービスを狙うのも私のワガママなの。こうやってどんどん知名度を上げていけば、いつか妹が私を知るんじゃないかって思っているわ」


「自分のせいみたいに言うなよ。あたしだって納得してタイムサービスを狙ってるんだ。知名度が上がれば指名依頼も増えて稼ぎになるしな。そのおかげで豪遊出来るってもんだぜ」


 そう言ってケラケラと笑っているがアリシアは稼いだお金の半分以上を孤児院に寄付していることをクリスティーナは知っていた。そんな心優しい相方の気負わないようにするための気遣いがとてもありがたい。


「いつか妹さんが見つかればいいですね」


「そうね。その時は全力で叱ってやるわ。もう一杯貰えるかしら。今度は強めのカクテルでお願い」


「畏まりました」


 冒険者になる者にはそれぞれの理由がある。そんな様々な運命を背負った冒険者を月光苑は今日も癒していた。

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