第32話ククルの日記


 

 お仕事を覚えるためには文字にして書くといいと言われたからこうして日記を書こうと思います。月光苑でお仕事を始めてから今日で一月が経ちました。お仕事は大変だけど凄く楽しいです。


 お仕事を始めた最初の日は緊張で思わず泣いちゃいそうだったけどグッと我慢しました。ククルにはレベッカお姉ちゃんが付きっきりでお仕事を教えてくれます。ただお掃除のやり方とかお客様への挨拶の仕方とか沢山覚えることがあって頭がこんがらがってしまいました。


 そんな物覚えの悪いククルにレベッカお姉ちゃんは殴ったり大きな声で怒ったりすることなく優しく教えてくれます。叔母さんとは全然違って優しくて綺麗なお姉ちゃんがククルは大好きです。


 優しいといえば月光苑のお客様も優しい人ばかりです。ククルが重たい荷物を運んでいると大きな冒険者さんが代わりに持って運んでくれました。どうやらその冒険者さんのお名前はアイザックさんというらしくて、月光苑には最近来るようになったみたいです。


 他にも赤い髪の綺麗なお姉さんはよくククルにお菓子をくれます。最初は遠慮して断っていたけれど、レベッカお姉ちゃんが食べていいよって言ってくれたから我慢せずに貰うことにしました。


 お姉ちゃんと赤髪のお姉さんは知り合いのようで貰ったクッキーを食べながら話を聞いていると、どうやら赤髪のお姉さんはアリシアさんというらしいです。


 ミスリルランクの凄い冒険者さんみたいで、お姉ちゃんが働いているバーの常連さんだって言ってました。お酒のことはまだ分からないけどククルも大人になったら飲んでみたいと思います。


 十二時を過ぎてお昼の時間になりました。全員で食べてしまうと働く人がいなくなってしまうのでタイミングをずらしてご飯を食べます。従業員が食べる料理を賄いというみたいです。この賄いは各部門の料理長が日替わりで作ってくれて今日はお肉担当のエドワードさんが作る日でした。


 エドワードさんの作る料理にはお肉が沢山入っていてククルにとって一番嬉しい日でした。ヴィオレさんが作る日はお野菜が沢山で、それも美味しいけれどやっぱりククルはお肉が好きです。


 賄いには冒険者さん達が差し入れてくれた食材が使われているそうです。この日はなんとブラックマッシュボアのお肉で作ったカレーライスでした。カレーライスはククルがお客さんとして来た時に食べた思い出の味で一番好きな食べ物でした。


 ご飯の上にかけられたカレールーにはごろごろとしたブラックマッシュボアのお肉が沢山入っていて、スプーンですくってぱくりと食べるとカレーの味に負けないくらいお肉の味が強いです。


 ブラックマッシュボアは黒い毛の大きな猪でキノコしか食べないからかお肉に臭みがないのが特徴です。なんだかククルが知ってたみたいに書いちゃいましたが、この話は近くの料理人さんが言ってたことです。


 差し入れの食材は冒険者さん達がタイムサービスを狙ったものなのでどれもすっごく美味しいです。こんなに毎日贅沢をしていいのかと不安になりますが、オーナーさんが福利厚生を大事にしているらしいので問題ないと言われました。


 福利厚生という言葉の意味は分かりませんがククルも大きくなったら福利厚生を大事にする大人になりたいです。とっても美味しいカレーライスを食べたら一時間のお昼寝の時間になります。


 これも福利厚生らしくてお腹いっぱいの中で寝るのはとっても気持ちいいけど太っちゃいそうで心配です。でもお昼寝をすると頭がすっきりして午後も頑張ろうって元気がでます。


 お昼を過ぎると月光苑は夜のバイキングの準備で大忙しになります。メインホールはとっても広くてお掃除も大変です。地面に食べ残しがないかチェックしたり椅子を運んでいるとあっという間に時間が過ぎます。


 準備が終わるとお客様の案内やお皿の片付けなどこれからが本番ですがククルのお仕事はここまでです。もっと働けると言いましたがグリムさんから成人するまでは仕事は夕方でおしまいと言われてしまいました。


 寮へと戻ったククルはお風呂に行くことにしました。寮にあるお風呂は月光苑ほど凄くはありませんが、それでも三十人くらい入っても大丈夫なほどに広いです。


 浴場へと行くと早番だった人やお休みだった人が先に入っていました。元気よく挨拶すると皆からは仕事に慣れたか聞かれます。ククルは一番年下だからか皆から可愛がって貰えてとっても嬉しいです。


 今日も料理人のお姉さんに頭を洗って貰っちゃいました。レベッカお姉ちゃんに洗われてからククルは人に頭を洗われるのが大好きです。気持ちよさに身を委ねているとついつい寝ちゃいそうになります。


 洗ってくれたお姉さんにお礼を言ってお風呂に浸かると頑張った疲れがじんわりと抜けていきます。贅沢なことですが寮のお風呂にも温泉が使われているらしいです。こんな幸せな職場は他にないと従業員の皆は話していましたがククルもそう思います。


 お風呂から上がると今度はさっき頭を洗ってくれたお姉さんがドライヤーで髪を乾かしてくれました。月光苑は本当に優しい人ばかりです。


 お夕飯は寮の厨房にある食材を好きに使っていい決まりですがククルはお料理が出来ません。そんなククルに料理人のお姉さんがご飯を作ってくれました。お風呂からご飯までお世話になりっぱなしです。


 作ってくれたのはケチャップを使ったナポリタンというパスタで、使われているベーコンはブラックマッシュボアの物だそうです。ちゅるちゅるとすするとケチャップの甘さとベーコンの旨味が口いっぱいに広がります。


 普段はちょっと苦手な玉ねぎとピーマンもナポリタンに入っているのなら美味しく食べれます。夢中になって食べていると口の周りにケチャップが付いていたようで、料理人のお姉さんが拭いてくれました。


 そんな美味しいお夕飯を済ませたククルは用意された自分のお部屋へと戻ります。お部屋の中でもククルのお気に入りはふかふかのベッドです。これに入ると気づいたら朝になってることが多くてびっくりしました。昔は藁《わら》の上で寝ていましたがそれとは全然違います。


 枕元にはレベッカお姉ちゃんと一緒に撮った写真やタリスお兄ちゃんと撮った写真が飾られています。写真というのはカメラと呼ばれる魔道具を使って作られる絵みたいなもので、まるで自分が絵の中にいると思うくらいククルと瓜二つです。


 ベッドを見ていたらなんだか眠くなってきたので日記を書くのはここまでにします。明日も沢山頑張って恩返しできるように頑張りたいです。おやすみなさい。

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