第33話カツ丼と公爵令嬢1

 

「こうして無事に公爵家へと就職することができました。僕はこっちで元気に暮らしていますっと。こんなもんかな?」


 書いた手紙を読み返し問題ないことが確認できたので封をする。りくがクラステリア公爵家に来てもうすぐ一ヶ月となる。月光苑でレオンハルトに軽い感じでスカウトされた時は大丈夫かと思ったが、そんな心配とは裏腹に陸は随分あっさりと採用された。


「レオンハルトが選んだのなら大丈夫だろう。これから従者として期待している」


 これは公爵家当主であるグレイグと初めての顔合わせで陸が言われた言葉だ。クラステリア家で生活してみて分かったのは家中でのレオンハルトの評価が非常に高い事だった。


 使用人に話を聞けばクラステリア史上最高の英傑や、レオンハルトのお陰で最大の隆盛を極めているといった褒め言葉が泉のように湧き出てくる。


「そんな訳で人前では気が抜けないのさ。だから陸くんの前はダラけられて最高だよ!」


 そんなことを言いながらレオンハルトはソファに寝転びながら足をブラブラとさせていた。次期当主として完璧な姿も見ているために落差が酷い。


「大変なのは分かりますけどなんで僕の部屋にいるんですか」


「私の部屋は落ち着かないんだよね。それに使用人が来ることもあるからおちおち昼寝も出来やしない。その点陸くんの部屋は小さいし人が来ることもないからサボるのに丁度いいんだよ」


 小さいと言うがそれはレオンハルトの部屋と比べての話であって、陸に与えられた部屋は日本にいた時より二倍は広かった。


「でもレオンハルトさんは日本でもお金持ちでしたよね?大きな部屋には慣れてるんじゃないんですか?」


 少し前にレオンハルトが日本でなにをしていたのか聞かされた時は心底驚いた。レオンハルトは陸でも知っている世界的企業の社長だったのだ。話を聞いてその会社の社長が病気で亡くなったニュースを昔見たことを思い出した。


「そうなんだけど前の部屋と今の部屋ってだいぶ雰囲気が違ってさ。自分で言うのもあれだけど前の世界の時は稼いでる割には質素な暮らしをしていたんだよ。でも今は貴族って感じの豪華絢爛な部屋だからさ」


 確かにレオンハルトの部屋に入った時の第一印象は映画で見る王様が暮らしている部屋だ。大きなシャンデリアや天蓋てんがい付きベッドなど本当に存在するんだと思った。


「言っておくけどあれは私の趣味じゃないからね。前世の記憶が戻った頃にはあの部屋だったから。模様替えしようと思ったけど自分でやろうとしたら止められるからさ。試しに使用人に任せたら結局同じような部屋になったから諦めたよ」


 そんな話をしていると廊下から足音が聞こえてくる。他の使用人が歩いているのかと思ったが、その足音は陸の部屋の前で止まった。嫌な予感がしたレオンハルトが起き上がったと同時に部屋のドアが開く。


「リク!わたくしが来ましたわよ!ってなんでお兄様がここにいるんですの?」


「やあヒルデガルダ。仕事の関係でリクと少し話したいことがあってね。それよりもノックもせずに入ってくるなんてレディとして感心しないな」


 部屋に入ってきたのはレオンハルトの妹のヒルデガルダだった。兄に似たサラサラの金髪に勝気そうな少し吊り上がった碧眼が特徴の美少女だ。


「うう。お兄様がいるなんて予想外でしたわ。次から気をつけます」


「よろしい。それでヒルデガルダはどうしてリクの部屋に来たんだい?」


「そうでしたわ!また迷宮へ行こうと思って呼びに来たんですの!」


 ヒルデガルダは公爵令嬢なのに冒険好きという絵に描いたようなお転婆娘だった。幸か不幸か冒険者としての才能があったようで、ブロンズランクとなったヒルデガルダの最近のブームは迷宮で魔物討伐をすることだ。


 しかし当然のことながら両親から危険だと止められた。しかしお転婆娘がそんなことで止まるはずがない。なんとか両親を説得しようとするヒルデガルダが目をつけたのは、どんどん強くなっている陸だった。最初は『駆け出し勇者』だった陸のスキルも今では『転移勇者』へと進化している。


 あれだけホーンラビットに苦戦していたのが嘘のように強くなった陸の戦闘力は、今やゴールドランクと比べてもなんの遜色もない。もう少し経験を積めばミスリルランクに並ぶ強さになれるだろう。それをギルドマスターであるドノヴァンから聞かされたレオンハルトはさすが勇者だと感心したものだ。


 ヒルデガルダはそんな陸が護衛なら安全だと両親を説得した。だとしても大事な娘を危険な場所には行かせないだろうと思っていた陸だったが、なぜか許可が下りてしまう。その原因はレオンハルトが陸の強さを両親に話していたことだった。


 こうして許可が取れて迷宮へと向かったヒルデガルダは陸の強さを気に入った。それからは暇さえあれば陸を迷宮へと誘ってくる。


 それに対して陸も当主であるグレイグに許可を取らなきゃダメだとやんわり断ったこともあった。しかし悲しいことにグレイグは娘に弱かったのだ。ヒルデガルダから可愛くおねだりされたグレイグによろしく頼むと言われては陸も首を縦に振るしかない。


 今では仕事時間の半分以上が迷宮への護衛となっていて、これではレオンハルトの従者というよりヒルデガルダの従者だ。それを伝えたことがあったが迷宮で戦うことで陸が強くなるのはレオンハルトとしても歓迎することである。そして早く強くなってスノウと契約しろと言われたら陸も頑張るしかなかった。


 ただ今から迷宮に向かうのはタイミングが悪い。


「また今度じゃだめですか?」


「あら?なにか用事でもありますの?」


 その問いかけに陸は銀の招待状を取り出した。これは陸が一人で迷宮へ潜った時にボスを倒して手に入れたものだ。それを見たレオンハルトはどこか慌てた表情をしている。


「明日レオンハルト様と月光苑へ行くんです。だから怪我とかしたくないなって」


「まぁ!月光苑ですの!?わたくしも行きたいですわ!」


「いや今回は男二人だから女性のヒルデガルダを連れて行く訳にはいかないよ。きっと父上も許さないさ」


「それならお父様を説得すればいいんですのね!男二人と言ってもお兄様と一緒に迷宮へと入るリクが相手ですもの!きっとお父様も許してくれますわ!わたくし聞いてまいります!」


 そう言うとヒルデガルダはぴゅーんと部屋を飛び出して行った。取り残された二人はしばし無言だったが、レオンハルトが恨めしそうな表情で口を開く。


「ヒルデガルダの前で招待状を取り出すなんて恨むよ陸くん。せっかく月光苑で羽根を伸ばせると思って楽しみにしていたのにヒルデガルダがいたら台無しじゃないか」


「すいません。僕が軽率でした。でも男二人なのに着いて行きたいなんて言うとは思わないじゃないですか!それにレオンハルトさんもダメですよ!グレイグさんの許可なんて絶対出るに決まってます!あの人びっくりするくらいヒルデガルダさんに甘いんですよ!?」


「私も言ってからそう思ったさ!でもさすがにヒルデガルダに来るなとストレートには言えなかったんだよ!」


 グレイグに確認しに行かなくても分かる。絶対に明日ヒルデガルダは着いてくるだろう。そんな賭けにもならない予想は的中して翌日の月光苑には嬉しそうなヒルデガルダと、どこかどんよりとした二人の姿があるのだった。

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