第34話カツ丼と公爵令嬢2

 

「到着ですわ!」


「お久しぶりですヒルデガルダお嬢様。それにレオンハルト様に陸くんも月光苑へようこそいらっしゃいました」


 予想通りといっていいのかヒルデガルダはグレイグからの許可を得て二人に着いてきた。仕立てたばかりのワンピースを着ている所から今日を楽しみにしていたのが分かる。そんな三人をいつものように胡散臭い笑みを浮かべるグリムが出迎えた。


「久しぶりですわねグリム!今日はお世話になりますわ!」


 招待状を手に入れたのは陸のはずなのにいつの間にか主役はヒルデガルダになっていた。そんな彼女に二人は苦笑するがいつもの事だと諦めている。


「本日のお部屋は『流星』となります。ごゆっくりおくつろぎくださいませ」


 部屋に入ると家具は星がモチーフになったもので統一されている。少しメルヘンな感じはあるが家具の質は相変わらず極上のものだ。ヒルデガルダがそんな部屋に目を奪われている隙を狙って二人は一目散に冷蔵庫へと向かうと中から瓶のコーラを取り出した。


「やっぱりリクもこれを狙っていたね」


「はい。ここに来た時だけ飲めるものですから。初めて来た時なんか色々込み上げてきて泣きましたよ」


「分かるよ。私も懐かしさで思うところがあったからね」


 栓抜きで蓋を外すと冷えた瓶へと口をつけた。炭酸飲料なんて出回っていない世界でコーラの刺激は格別なものだ。炭酸の苦しさを感じながらも口を離したくないと顔を歪めながら飲み続ける。


「ぷはぁ!」


「はぁはぁ。やっぱりコーラはいいね。この世界じゃ絶対飲めない複雑な味がする」


 久しぶりのコーラに二人は満足そうにゲップをした。日本ならどこでも買える味だが今では簡単に手に入らないものだ。自作しようにもレシピが分からないし、物の流通が大違いなこの世界では材料を揃えるのも大変だろう。


「素敵な部屋ですわーっ!って二人してなにを飲んでますの?凄い色をしてますけども……」


 一通り部屋を見回って満足そうにしていたヒルデガルダは二人がなにか飲んでいることに気がついた。透明な瓶に入った液体は真っ黒な毒々しい色をしていて、そこから泡がしゅわしゅわと生まれてきている。そんな恐ろしげなものを飲んで嬉しそうにしている二人にヒルデガルダの顔は引き攣った。


「これはコーラという飲み物だよ。ヒルデガルダも飲んでみるかい?美味しいよ」


「本当に美味しいんですの?わたくしには毒にしか見えませんわ」


 レオンハルトから新しい瓶を受け取ったヒルデガルダはとりあえずくんくんと匂いを嗅いでみた。コーラと呼ばれる飲み物からは香辛料のようなスパイシーな香りがしてヒルデガルダの顔は余計に引き攣っていく。


「もう一度聞きますけど本当に美味しいんですのね?不味かったら怒りますわよ」


「勿論好き嫌いはありますけど僕は好きな味なんです。一口だけでも飲んでみませんか?」


「リクがそこまでおっしゃるのなら。いただきますわ」


 ヒルデガルダは恐々とした様子でギュッと目を閉じると飲み口に唇をつけて少しだけ飲んでみた。すると黒い液体は口の中で弾けて、そんな刺激に慣れてないヒルデガルダは思わずせてしまった。


「けほけほっ!なんですのこれ!口の中が痛いですわ!」


 本当にこれは人が飲むものなのかと疑ったヒルデガルダだったが、口の中に残る香り高い香辛料に爽やかな柑橘系の味は不思議と美味しい気がする。確かめるようにもう一度チビり飲んでみた。


「んっ!この刺激には慣れませんけど味は美味しいかもしれませんわ」


「ヒルデガルダも気に入ってくれたようだね。その刺激は炭酸の刺激だよ。慣れるとこれが癖になるんだ」


「そうですのね。慣れるための練習が必要ですわ。とりあえずこのコーラは今日中に全部飲んでみせます!」


 そんな一幕がありつつも三人はコーラ片手に部屋の外へと向かった。ドアを開けるとまだ昼間の時間にも関わらず外は真っ暗になっていて、空はキラキラと沢山の星が輝く満点の星空となっていた。


「綺麗ですわ!家の部屋から見る星より明るく見えますの!」


 この流星の庭は標高が高い場所に存在するのか星が近く一層輝いて見える。夜でも明るい日本では絶対に見られない光景に陸も夢中になって星空を見上げていた。そんな時一本の流れ星が夜空を駆けていく。


「あっ!流れ星ですわ!」


「本当ですね。なにか願い事をしないと」


「願い事ですの?」


「僕の故郷では流れ星が消える前に三回願い事を唱えれば、その願いは叶うっていわれてるんです」


「そうですの!?ならやってみますわ!」


 それならお願いごとをしないととジッと星空を見つめるヒルデガルダの目に流れ星が映った。


「ずっと冒険していたい!ずっと冒険していたい!ずっと冒険あぁっ!消えてしまいましたわ!三回願い事を唱えるなんて無理じゃありませんこと!?」


「あはは。一瞬過ぎて無理ですよね。でもそんな一瞬に言えるくらい強い願いなら叶うっていうことなんですよ」


「不思議な力で叶うのだと思いましたが気持ちの問題ですのね」


 願い事を唱えることは出来なかったが三人は綺麗な流れ星を堪能する。特に公爵令嬢であるヒルデガルダは夜に外にいるなんて経験は今までなくて、なんだか悪いことをしているようで嬉しかった。


「そういえばリクは今回タイムサービスを狙うんだよね。なにを差し入れたんだい?」


「フォレストキングボアを差し入れました。銀の招待状を落とした迷宮のボスですね。背中から木を沢山生やしている巨大な猪で凄い強かったです。ホーンラビットとは大違いでしたよ」


 フォレストキングボアの突進は陸がこの世界に来るきっかけになったトラックよりも迫力があった。なんとか倒せたがスキルが勇者の種のままだったら簡単に死んでいただろう。間違いなく陸が戦った中で一番の強敵だ。


「そんな冒険をしていましたの!?どうしてわたくしも連れて行ってくれなかったんですか!」


「さすがにお嬢様は連れていけませんよ。もう少し強くなったら改めて行きましょう」


「むぅ。それなら我慢しますわ。ただわたくしが強くなるために付き合ってもらいますわよ!」


「お手柔らかにお願いします」


 そんな二人の様子をレオンハルトは面白そうに見ていた。きっとヒルデガルダはまだ自分の気持ちに気づいてはいない。それに陸も鈍いようでここまで誘われても呑気に笑っているだけだ。ここにスノウホワイトが加わったらどうなるのかレオンハルトは楽しみで仕方がない。


 陸はこのまま成長すればいずれは世界に名を残すような冒険者となるだろう。そうなればクラステリア家を離れてしまうかもしれない。


 レオンハルトとしても気を張らなくて済む貴重な人間を手放したくない。立場が違うとはいえ陸のことを今では友人と思っている。そんな陸と離れなくても良いようにヒルデガルダには是非頑張って貰いたいとレオンハルトも陰ながらサポートすることを決めた。


「少し体が冷えたしお風呂に向かおうか。ヒルデガルダは一人で行けるかい?」


「心配ありませんわ!わたくし立派なレディですもの!」


 だが今は月光苑を楽しむのが先だ。ヒルデガルダから帰ってきた頼もしい返事に笑いながら三人は流星の庭を後にした。

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