第3話ローストテールと二人のリーダー3

「じゃあまた後でね!」


 女湯へと向かったミューラ達と別れてヒラヒラとした布を潜ると三人は男湯に入った。靴置きに置かれたスリッパを見る感じ先客は少ないようだ。


「まだ時間が早いから空いてるな。夕飯後は混むから今来れてラッキーだった」


 そう話すデュオールの肌には古傷が無数にあった。そこからゴールドランクとして幾度となく修羅場を乗り越えてきたのが伺える。服を脱いだ三人は大浴場へと向かうと湿った空気と共に独特な香りが漂ってきた。


「凄い」


 目の前の光景に思わず声が出る。前に入った浴場は大きな風呂が一つあるだけだったが大浴場には色んな風呂があった。しかも驚くことに全ての風呂にはお湯が注ぎ続けられていて、溢れたお湯が流れる音があちこちから聞こえてきた。


「とりあえず風呂に入る前に体を流すぞ」


 真っ先に風呂へと向かおうとしたウェンだったが、デュオールの言葉に体を綺麗にしないとお湯が汚れると思い直す。体を洗おうと三人が向かったのは椅子が沢山置かれている場所だった。


「これはシャワーといってここを捻るとお湯が出てくるんだ」


 言われた通りに捻るとお湯がシャワーから出てきた。柄の部分に比べて太い先端には沢山の穴が空いていて、そこからお湯が溢れ出してくる。


「うおっ!冷てっ!」


 温かなお湯に心地よさを感じているとアイザックが急に叫んだ。どうやらアイザックのシャワーからは水が出てきたみたいだった。


「誰かがシャワーを水にしたまま出ていきやがったな。ここで温度を変えられるから赤い方に捻ってみろ」


 どうやらシャワーは温度を変えられるらしい。こんな便利なら冒険者として大成したらシャワーを絶対に買おうと心に決めた。


「こんなに凄いシャワーが女湯の方にも沢山あるんですかね?」


「きっとあるんじゃねーか?」


 月光苑は凄いところだ。こんな便利なシャワーを前に誰よりも風呂を楽しみにしていた二人はどんな反応をしてるだろうか。そんなことを思いながら体の汚れを流した。


 一方その頃女湯ではミューラが大浴場の広さに目を輝かせていた。


「うわー!ひっろーい!」


「ちょっとミューラ!走ったら危ないよ!」


 あまりの興奮に駆け出したことをナターシャに注意されているが、それが耳に入らないくらい目の前の光景に魅了されている。


「まずは体を流しましょう」


「あぁ。あったかくて気持ちいいです」


 そんな二人を他所にリリアからシャワーの使い方を教わったイリヤは恐る恐るレバーを捻る。すると温かいお湯が体を流れてあまりの気持ちよさに思わず声を漏らした。その隣ではリリアが笑顔で頭を流している。


「なんかリリアさん嬉しそうですね」


「気づかれてしまいましたか。実は私はこれを一番楽しみにしていたんですよ」


 リリアはシャワーの下に置かれていた容器を手に取った。容器は三つあるようだがイリヤにはそれがなにか分からなかった。


「それはなんですか?」


「これはシャンプーといいます。残りの二つはコンディショナーとボディソープです。そしてこのシャンプーで頭を洗うと驚くほど髪が綺麗になるんです!」


「綺麗に!?」


 珍しくリリアが興奮していると思ったが理由を聞いて納得した。そんな素晴らしい物があるなら女は全員求めるに決まっている。


 そういえばたまにリリア達の髪が綺麗になる時があったのをイリヤは思い出した。その時はゴールドランクにもなれば髪のお手入れにもお金をかけられるんだろうなと羨ましく思っていた。だがその理由がこれだったとなるとイリヤも黙ってはいられない。


「シャンプーはどうやって使えばいいんですか!?」


「ふふ。イリヤは初めてですから特別に私が洗ってあげましょう」


 普段のおっとりとした口調が引っ込むほどに熱心に聞かれたリリアがそんな提案をした。そして後ろに立つとシャンプーを泡立ててイリヤの濡れた髪に指を通す。


「ふぁっ」


 リリアの指が頭皮に触れると思わず艶っぽい声を上げてしまった。今まで感じたことのない気持ちよさが頭皮からうなじにかけて駆け巡る。


 今まで水を使って髪の汚れを落とすことはあったが、こうしてお湯で流すなんて贅沢をしたことはない。もちろんシャンプーなんて使ったことはないし、なにより人に洗われるのがこんなに気持ちいいことだとは知らなかった。


「イリヤ気持ちよさそう。いいなぁ」


「ならミューラはワタシが洗ってあげるよ。お裾分けしてくれたお礼さ」


「良いんですか!?ナターシャさんありがとう!」


 椅子に座ったミューラの頭皮にナターシャの指が触れると、ミューラの肩がびくりと跳ねてその顔が気持ちよさそうに蕩けた。


「あっ!これしゅごい!気持ちいい〜」


 気持ちよさのあまり半開きになった口からは今にも涎が垂れそうだ。今まで自分で触ってもなんとも思わない頭だったが、人に触れられるのがこんなにも気持ちいいとは思わなかった。


「ミューラの銀髪は綺麗だね。ワタシは癖があるからこんな風にサラサラした髪に憧れるよ」


「えー?あたしはナターシャさんのウェーブがかかった髪に憧れるけどなー。でもリリアさんの金のロングも綺麗だし、ミアさんの茶色のショートも可愛いなぁ。イリヤの青くてフワフワな髪も羨ましい!」


「あはは。皆自分にないものが羨ましくなるか。東国の諺でいうなら隣の芝は青いってやつかね」


 頭を洗ってもらった二人は満ち足りた表情をしている。自分の濡れた髪に触ると普段とは明らかに違う滑らかな指通りをしていた。それに感動した二人は満足そうに椅子から立ちあがろうとする。


「まだ終わりじゃありませんよ?」


 そんな二人をシャワーはまだ終わっていないとリリアが止める。そしてシャンプーの隣にあるコンディショナーを取り出すのを見て、そういえばまだ二つも残っていたと二人は椅子に座り直した。


「次はこのコンディショナーです。これを使うと髪が艶々になって絹糸みたいな指通りになるんですよ。勿論使いますよね?」


 リリアの言葉に二人は見つめ合うと頷いた。十年以上も一緒にいる二人は口に出さなくても考えが伝わる。というか女ならばここでの気持ちは一つだろう。


「「お願いします!」」


「なら今度はミアがやる」


 先程から仲間はずれだったのが寂しかったのかミアがシュビッと元気よく手を上げた。


「じゃあワタシの代わりにやってもらおうかね。ミューラもそれでいいかい?」


「ミアさんお願いします!」


「任せて」


 ムフーッと鼻を鳴らしてミューラの後ろに立ったミアの手によって、コンディショナーが髪へと馴染ませられていく。そしてしばらく置いたコンディショナーをお湯で流すと髪が先ほどよりも格段に綺麗になったのが分かった。


「どう?ミアの腕前は」


「すっごい気持ちよかったです!」


 得意げに胸を張るミアからボディソープの使い方も教わって体を洗い始める。水浴びとは比べ物にならないくらいツルツルになる肌に二人は夢中で洗っていく。


「ボディソープも凄いなぁ」


 お湯で洗い流した腕に触れると先程とは別人のように指がつるりと滑っていく。そんな自分の肌に二人は幸せそうな笑顔を浮かべた。


「どう?これを一度知ったら求めずにいられないでしょ?」


「はい!こんなに綺麗になるなんてリリアさんが楽しみにしてたのも納得ですね!」


「なんだか生まれ変わった気分です」


「でも終わりじゃないよ。二人は風呂を楽しみに来たんだろ?」


 シャンプーとコンディショナーにボディソープは神が造ったと言われても信じる。まさに三種の神器だ。そんなことを思っていたミューラはその言葉にハッとした。


「そうでした!でもこんなに凄いものを知ったらお風呂にがっかりしないか心配です」


「それならおすすめのお風呂に案内する。二人とも心するといい。ここの風呂は本当にヤバい」


 トコトコ歩き出したミアの後ろをカルガモの雛のように二人が着いていく。すると目の前に木で作られた大きなお風呂が姿を現した。


「これがミアのオススメ」


「これですか?普通のお風呂に見えますけど」


「さっき話したようにここのお湯には温泉が使われている。しかもそれだけじゃない。これはヒノキ風呂といって使われている木が凄く良い匂いがする」


 確かに辺りには木の優しい匂いが漂っていた。特に半分エルフの血が流れているミューラにとってヒノキ風呂は心安らぐ香りだった。


「ふぁぁぁぁ。気持ちいいなぁ」


 湯船に浸かると気持ち良さからそんな声を出してしまった。ミアの言った通りヤバい。少しだけトロッとしているお湯は疲れた体を芯から解してくれる。


「気になってたんですけど温泉ってなんなんですか?」


 そんなイリヤの疑問は当然だった。ただそれに困ったような顔をしたミアは助けを求めるようにリリアを見つめる。どうやらミアは詳しいことは知らないようだ。


「温泉というのは普通のお湯と違って体にいい成分が水の中に溶け込んでいるものを指すようです。例えば怪我の治りが早まったり美肌効果があったりするようですよ。中には病に効く物もあるとか」


「そうそれ。ミアはそれが言いたかった」


「温泉って凄いんですね!それなら顔にもかけてみようかな」


 手で掬って顔にかけたミューラはいつもあるはずの感触が無いことに気づいて思わず自分の手を見た。


「あれ!?治ってる!」


「どうしたんですか?」


「あたしの手にあったマメが無くなってるの!コンプレックスだったけど弓を使うから仕方ないって諦めてたのに!」


 弓使いはどうしても手にマメが出来る。仕方ないことは分かっているが、それでも自分の硬くなった掌がミューラは大嫌いだった。それが温泉の力で柔らかな手になっていて嬉しさから涙が出てくる。


「マメも怪我と見做されたのかもしれません。良かったですね」


「ミアのオススメは偉大」


「ミューラ!良かったですね!」


 ミューラの悩みを知っていたイリヤも嬉しくて思わず抱きついた。すると泣いていたはずのミューラが無言になってイリヤをぐいっと引き剥がす。


「ミューラ?」


「イリヤ!貴女また大きくなったわね!?」


 ミューラが指差したのは大きく育ったイリヤの胸だった。それを憎々しそうに睨むミューラの胸は細やかな膨らみをしている。


「うーん。そうかもしれない。ほんと重くて大変で」


「その言葉!言ってはいけないことを言ったわね!かちーんときたわ!」


 肩が凝って大変だと腕をグルグル回すイリヤに飛びかかる。先程から見ないようにしていたが大きな胸には浮力がかかるのか水面に浮いていた。そのたわわに育った果実がそんなに邪魔なら収穫してやろうと手を伸ばす。


「ちょっと!お風呂で暴れないの!」


「ナターシャさんも立派な物をお持ちなんだから黙っていてください!リリアさんもですからね!」


 イリヤほどではないがナターシャも大きいしリリアも平均より大きい。周りが敵だらけのミューラにとってミアだけが唯一の味方だった。


「むふー。ヒノキ風呂は最強」


 もっともミアは気にせずに温泉を満喫していた。そんな一悶着があったものの温泉を楽しんだ一行が風呂を出ると、すでにウェン達が待っていた。三人とも瓶に入ったなにかを飲んでいる。


「あー!なんか美味しそうなもの飲んでる!ずるい!」


 その声に振り向いたウェンが二人の姿を見て固まった。顔を赤くしながら、ちらちらと向けられる視線にミューラは悪い気はしない。ただその視線が一番向いているのがイリヤの胸なのは納得いかなかったが。


「どうかしら?」


「うん。凄く似合ってるよ」


「そ。ならいいけど」


 用意されていた服は浴衣というらしい。ヒラヒラとして着にくそうと思ったが、いざ着てみると着心地が良くて気に入った。


「何を飲んでいるんですか?」


「牛乳だよ。風呂上がりはこれだってデュオールさんが買ってくれたんだ。火照った体に冷たさが染みて凄く美味しいよ」


「三人だけズルい!」


「勿論ミューラとイリヤにもあるぜ。どれがいい?」


 デュオールは色とりどりの瓶を持ってきた。白いのが牛乳なのは分かったが他にも茶色やピンク色にオレンジ色のものもある。


「リリアはフルーツ牛乳でナターシャがコーヒー牛乳にミアはいちごミルクな」


 どうやら色によって味が違うらしい。とりあえずミューラはフルーツ牛乳でイリヤはいちごミルクにした。


「あ、これ美味しい!甘くて飲みやすいね!」


「いちごミルクも美味しいですよー。色は派手ですけど優しい味がします」


 ウェンが言っていた通り火照った体に冷たさが心地よくて二人はあっという間に飲み切ってしまった。


「よし!それじゃあ支度をして飯を食いに行くぞ!」


 ここまで部屋と浴場は人生で一番素晴らしいと思えるほどに凄かった。それなら夕飯もきっと凄いんだろうとミューラは期待に胸を高鳴らせていた。

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