第2話ローストテールと二人のリーダー2

 迎えた週末にウェン達は冒険者ギルドへと足を運んだ。デュオールから腹を空かせておけと言われていたので昨日の夜からなにも食べていない。


 特にアイザックの空腹度合いは酷いもので昨日から腹の虫が鳴り続けている。同室だったウェンはそれがうるさくて昨晩は中々寝付けなかった。


「おっ!早く来たつもりだったが先を越されたか」


「お招きありがとうございます」


「旦那が無理言ったようですまないね」


「よろ」


 ウェン達が着いてからすぐにデュオール達もやってきた。デュオールの後ろには三人の嫁も着いてきている。エルフのリリアは上品に、人族のナターシャは姉御肌に、猫獣人のミアはマイペースに挨拶をした。


「皆さんこんにちは。これからどこに行くんですか?」


「ギルドの地下にある転移門から月光苑へと行けるからまずはそこに行くぞ。しっかり招待状を持ってきたか?」


「ここにあります」


 招待状を取り出すとミアがおーっと歓声をあげた。リリアとナターシャの目もキラリと光っている。


「よし。それじゃ行くぞ!いてっ!」


「なんであんたが仕切るのよ。今日はお裾分けして貰う側なのに」


 意気揚々と歩き出したデュオールの頭をナターシャが叩いた。それを見たリリアは呆れたようにこめかみを抑えている。


「あはは。僕達はどうしたらいいか分からないのでデュオールさんにお任せしますよ」


「だよな!俺に着いて来い!」


 デュオールの案内でギルドの地下へと続く階段を進むと大きな石造りの門が目の前に現れた。


「ウェン達はここに来るのは初めてか?」


「はい。僕たちは指名依頼を受けるほどランクは高くありませんので」


 これを使えば一瞬で別の大陸の転移門へと飛ぶことができる。とはいっても大量の魔石を使うのでかなりのお金がかかるのだ。ただ別の大陸から指名依頼を受けた場合などはギルドの経費で使うことができる。


「俺たちも使ったのはまだ数回だけどな。それじゃあ門に招待状を近づけてみろ」


 言われるまま招待状を近づけると転移門の中に魔力の膜が張られた。そこへデュオール達が入って行ったので四人もそれに続くと景色が変わって目の前に大きな建物が現れる。


「わー!なにあれ!」


「あれが月光苑だ。ここのオーナーの故郷の建物で旅館って名前らしいぞ」


「旅館ですか」


 ウェン達は初めて王城を見た時のようにポカンと口を開けて旅館を見上げていた。その様子をデュオール達は微笑ましそうに見ている。


「そうそう。ミューラとイリヤは浴場が気に入ったと聞いたけど」


「そうなんです!まだ一回しか入れてないけど本当に気持ちよくて!」


「機会があったらまた入りたいって思ってるんですがやっぱり高いんですよね」


「ここも浴場はある。でもここのは一味違う。なんとここは温泉が使われている」


 目を爛々と光らせたミアの迫力にミューラとイリヤはゴクリと喉を鳴らした。温泉がなにかは分からないがきっと素晴らしいものなのだろう。


「ここの温泉は凄いですよ。お湯に美肌効果のある成分が含まれているようで数日の間はお肌のツルツルが続きます」


「あれは堪らないね。温泉に入れるなら金貨を出すって貴族がいても不思議じゃないよ」


「「はわわわわわ」」


 畳み掛けるようなリリアとナターシャの説明に二人は口をアワアワとさせながらまだ見ぬ温泉へと想いを馳せた。


「やっぱりデュオールさんの奥さん達も浴場が好きなんですね」


「そうなんだよ。前まではお前らも入ったって浴場に行ってたんだが、ここの温泉に入ったら向こうじゃ満足しなくなっちまった」


 どこかげっそりした表情をしているデュオールに奥さんが多いのも良いことばかりじゃないんだと思った。そんな気づきもありつつ一行は月光苑へとたどり着く。


「え!?室内が見えるけどもしかして」


「まさか全部ガラスなの!?割れたらどうしよう!怖くて近づけないよ」


「ふふ。月光苑の硝子は特別製なので全力で殴っても割れませんよ」


「うわっ!誰!?」


「ようグリム。相変わらずの神出鬼没っぷりだな」


 いつの間にか隣に燕尾服を着た男が立っている。そんな男にデュオールは気軽に話しかけた。


「私はお客様を驚かせることを生き甲斐としていますので。お待ちしておりました新緑のそよ風の皆様。そしてお久しぶりでございます紅蓮の大剣の皆様。本日は月光苑へようこそお越しくださいました」


「どうして僕たちのパーティー名を?」


「招待状を手に入れたお客様の名前はこちらに届くようになっているんですよ。まぁ立ち話も何ですのでどうぞ中にお入りください」


 促されるままに月光苑へと入るがその足はエントランスでピタリと止まった。一段上がった先には豪華な絨毯が敷いてあるからだ。


「これって土足で踏んで良いものなのでしょうか?どう見ても貴族の屋敷にあるような絨毯なんですが」


「確かに……。グリムさん!靴を拭けるような布とかありませんか!?この靴はずっと履いているので綺麗じゃないんです!」


「ちょっとウェン!本当の事だけど言わないでよ!恥ずかしいじゃない!」


 この立派な絨毯に汚れを付けようものなら弁償にいくらかかるか分からない。それどころか払えなくて奴隷落ちまであり得そうだった。


「ご心配なさらずともその絨毯には状態維持の魔法がかけられているので汚れることはありませんよ。そのままお上がりいただいて結構です」


「いやでも」


「いいからいくぞ」


 中々踏むのには勇気がいると二の足を踏むウェンの横をデュオールが颯爽と歩いていく。堂々と絨毯を踏んで行く姿に流石はゴールドランクだと変な関心をしていた。


「こちらは魔道エレベーターでございます。こちらの水晶に触れれば自動でお客様の宿泊するフロアまで向かいますので試してみてください」


 グリムに促されてウェンは水晶に触れると魔道エレベーターが動き出した。そしてチン!という音を立てると扉が開く。


「こちらが本日ご宿泊いただく春風のフロアでございます。お食事は二階にあるメインホール『宴の間』で六時から十時までご利用いただけます。大浴場はいつでもお使いいただけますのでごゆっくりとお楽しみください。それでは失礼いたします」


 春風のフロアには部屋が四つあるようだ。これは男女で組んでいるパーティへの配慮でお裾分けも含めても大丈夫なように四つとなっている。


「よし!まずは部屋を見てみるか!」


 デュオールが開けた扉から覗き込むと入り口は窓がないのになぜか明るい。上を見るとどういう原理か分からないが透明なガラスが光っていた。


「ここで靴を脱いでこれに履き替えるんだ。スリッパというらしい」


 デュオールが取り出したのは簡易的な形の靴だった。スリッパに履き替えると靴と違って締め付けがなくて楽だ。


「それじゃあここからが本番だ。準備はいいか?」


 デュオールは紙で作られた引き戸に手をかけた。どうやらこの奥が部屋らしい。入口でこれだけ驚かされるなら中はどれほどのものなのかと四人は唾を飲み込んだ。


 スーッピシッ!


「「きゃーーー!」」


 小気味いい音で引き戸が開くと女性陣の歓声が響き渡った。それとは対照的にウェンは言葉を失っている。まず感じたのは部屋の広さでこれなら四人でも余裕そうだ。次に清潔さで普段泊まるような安宿は、年季の入った傷だらけの床板にほんのり嫌な匂いのするシミだらけのベッドが基本だった。


 それに比べてこの部屋は光沢のある木が使われた傷一つない床に綺麗な絨毯が敷かれている。そして高級感のある白い机にはサービスなのかフルーツや飲み物が置かれていた。


「わっ!これ凄いよイリヤ!こんなにふかふかで体が沈むのに押すとしっかり弾力もある!」


「本当ですね!このまま寝てしまいそうです」


 ミューラとイリヤはベッドに座ってはしゃいでいた。二人の言うようにあのベッドは普段と比べ物にならないくらい極上の睡眠をもたらしてくれるだろう。掛け布団に描かれたピンクの花が白が基調の部屋によく合っていた。


「ねえ!外はどうなってるのかな!」


 ミューラが指差した先には光を遮るためのカーテンがあった。窓といえば普通は木板で作られたものが一般的だ。ただわざわざ遮光のためのカーテンがあるということは、月光苑の窓は透明なガラスで作られているのかもしれない。


 そんな考えが正解だったのをミューラがカーテンを開けたことで分かった。それと同時に全員が言葉を失って、ただ窓の外の光景に見入っている。


「もしかしてあたし死んじゃってた?」


「だとしたらミューラだけじゃなくここにいる全員が死んでますね」


 呆けたようにそう呟いたミューラは自分の頬をつねっていた。隣のイリヤも頬をつねっているので目の前の光景が信じられないのだろう。


「はー。こりゃ見事なもんだね」


「以前の『白浜』の部屋も見事でしたが、緑がある分こちらの方がエルフ好みですね」


「これはヤバい。感動」


 ナターシャ達もその光景にうっとりと目を細めている。ウェンはこの景色の美しさを上手く言葉にできない語彙力のなさを恨んだ。


 目の前には数えきれないほどの薄紅色の花びらがひらひらと舞散っていた。辺りには満開の花を咲かせた木が何百本と生えていて一斉に花びらを降らせている。そしてその花びらの間を色とりどりの蝶が飛んでいるのがなんとも幻想的な光景を生み出していた。


「こっから外に出られるみたいだな」


 デュオールが扉を開くと風に吹かれた花びらがヒラヒラと部屋に入ってきた。それに誘われるように外に出る。


 サーッ


 風の音と共に舞い上がった花びらが目の前を薄紅色に染める。思わず手を伸ばすと指先に一匹の蝶が止まって羽を休めていた。


「なんか御伽噺の世界みたいだね」


 ミューラが指差した先には木にとまった沢山の小鳥が綺麗なさえずりで歌を奏でていた。目を閉じてその音色に暫し耳を傾ける。


 舞い散る花びらに舞い踊る蝶と小鳥の歌が合わさって本当にこの世のものとは思えない美しさだ。ウェンも思わず頬をつねってしまった。本当はあの時ゴブリンの攻撃を頭に受けて死んでしまったのではないかとさえ思う。


「この花サクラっていうんだって。月光苑のオーナーの故郷で一番好まれてる花らしいよ」


「これだけ綺麗なら好まれるのも納得ですね」


 花びらを掴んだり飛び交う蝶を指にとめたりして思い思いにこの空間を楽しむ。そうしているとあっという間に時が過ぎていたようで気がつけば太陽の位置もだいぶ変わっていた。


「風呂でも入りに行くか」


「お風呂!?行く行く!」


 部屋に戻り時計を見たデュオールの提案にミューラが飛びついた。それぞれに割り当てられた部屋に戻ってタオルと部屋着を持ってくると一行は大浴場へと向かった。

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