冒険者なら一度は行きたい月光苑〜美味しい料理と最高のお風呂でお待ちしております〜

刻芦葉

第1話ローストテールと二人のリーダー

「ギギャギャ!」


「このっ!スラッシュ!」


 死角から飛び出してきたゴブリンの攻撃を盾で受けると袈裟斬りにする。もう何体倒したか分からないくらい戦い続けた剣は血と脂でドロドロになっていた。それでもさすがはドワーフが鍛えた剣なだけあってそんな状態になっても斬ることができる。


「ザックの横を抜けた!ウェンはカバーに入って!」


 一息つく暇もなく聞こえてきた声に視線を動かすと、一匹のゴブリンがアイザックの脇をすり抜けて後ろにいるイリヤの元へと向かっていくのが見えた。


 イリヤはヒーラーだ。彼女の回復はパーティの要である反面戦いは得意ではない。ゴブリンに距離を詰められたら一人での対処は難しいだろう。


「クイック!」


 スキルを使って少しだけ早くなった足で急いで向かう。必死で走ったおかげかギリギリのところでゴブリンを後ろから斬り捨てることができた。


「良かった。間に合った」


「ウェン!後ろ!」


 イリヤの声に慌てて振り返るとゴブリンが棍棒片手に飛びかかってくるのが見えた。頭を守らなくてはと思うが盾を構えようにも間に合いそうにない。


「グギャッ!?」


 思わず目を閉じてしまったがいくら待っても棍棒の一撃が来なかった。恐る恐る目を開けると首に矢が刺さったゴブリンが倒れている。


「こら!油断しない!」


「ごめん!ミューラ助かった!」


 どうやらミューラが弓で倒してくれたようだ。それからは油断しないように気を引き締めてゴブリンと対峙する。そのおかげかあれだけ大量にいたゴブリンをなんとか倒し切った。


「すまんイリヤ。一匹抜けさせてしまった」


「ウェンが助けてくれたから大丈夫ですよ。それよりもそこ怪我してます」


 申し訳なさそうに走ってきたアイザックの怪我をイリヤが回復してあげていた。その隣でミューラへと視線を向けると彼女は残りの矢の本数を数えているようだ。


「さっきはありがとう。本当に助かったよ」


「もう!イリヤが助かってもウェンがやられたら意味ないんだからね!」


 言葉の強さから勘違いされがちだがミューラは心優しいハーフエルフの女の子だ。今だってそんな注意をしつつウェンに怪我がないか見てくれていた。


 四人は同じ孤児院出身の同い年で孤児院を出た後は『新緑のそよ風』というパーティーを組んで冒険者をしている。


 まだまだ駆け出しだが一番下のアイアンランクからブロンズランクに半年で上がることができた。ブロンズになると迷宮に行くことができるので挑んでみたが危ないところだった。


 たまたま入った部屋が罠になっていて大量のゴブリンが湧いてきたからだ。


 そこで威圧スキルを使い敵を引きつけ壁役として動いていたアイザックは大黒柱として立派に動いていた。一人で十匹以上のゴブリンを相手にしながらも大きな怪我はしていない。


 ミューラは弓矢を使ってゴブリンの数を減らしながら全体に指示を飛ばしてくれている。四人の中で最もゴブリンを減らしたのは彼女の弓だろう。


 そしてイリヤは回復をこなしつつ手が空けば全体にバフをかけていた。彼女がいなければきっと四人は全滅していたはずだ。


 三人はこれからも強くなる素質を感じさせる。このまま経験を積めばゴールドランクだって超えてミスリルランクに手が届くだろう。ミスリルは一握りの冒険者しか到達出来ない最高ランクだ。


 それと比べると自分は数段劣ると感じていた。なにをするにも器用貧乏なのだ。三人のように特化した強さを持たないことに劣等感を抱いていた。


「ん?」


 そんな物足りなさを噛み締めていると聞き覚えのない音が脳裏に響いた。どうやら取ったっきり一度も使っていなかったスキルが発動したようだ。


「どうしたの?」


「昔取った盗賊の勘ってスキルが発動した。この部屋のどこかに隠し部屋があるみたいだ」


 盗賊の勘は迷宮内にある隠し部屋が分かるようになるスキルだ。便利だと思って取ったが、今までは街近くの草原で狩りをしてきたから使う機会がなかった。


 そんな半ば忘れていたスキルが初めて反応したのだ。試しに部屋の壁を叩きながら移動すると一箇所だけ空洞のようにコンコンと音が響く場所があった。


「ザック、ここ壊せそう?」


「やってみよう」


 アイザックが背負っていた槌を力一杯壁に叩きつけた。辺りに物凄い破砕音と鼠色の土煙が濛々と立ち昇る。


「けほけほ。相変わらず凄い力ね。あら?これって」


「宝箱ですね!」


「何が入っているのかしら?開けてみてよ!」


 壊れた壁の先にはキラキラと光る宝箱があった。宝箱に盗賊の目利きを発動するが罠の反応がなかった。安全を確かめたウェンは解錠を使って宝箱を開ける。この二つも初めて使ったスキルだ。


「ん?なんだこれ?」


 開いた宝箱に入っていたのは一枚の手紙だった。上質な紙に銀の文字が書かれているがこんな文字は見たことがない。この紙は一体なんなのだろうか。


「まさかそれしか入ってないの?」


「うん。そうみたいだ。ハズレなのかな」


「こんなにキラキラしてるんですけどね」


 三人とも口には出さないが残念そうな顔をしている。せっかく見つけた宝箱に期待させてしまったのを申し訳なく思った。


「ごめん」


「なんでウェンが謝るのよ」


「いや、ハズレ引いちゃったから」


「それはウェンのせいじゃないだろう。それに実は凄い宝なのかもしれないぞ」


「ザックの言う通りよ。とりあえず帰ってギルドで聞いてみましょ!」


 スキルをようやく活かせたのに取れたのはよく分からない手紙だけ。肩を落としたウェンをアイザックが優しく叩いて慰めてくれた。そんな親友の心づかいにいつまでも落ち込んでいられないと外へと向かう。


「はーっ!やっと着いた!迷宮って随分と埃っぽいのね!早く身体拭きたいわ!」


 迷宮から出た四人は一時間ほど歩いて拠点としているワーデルの街へと着いた。街に着いたことで安心したのかミューラが伸びながらそんなことを口にする。確かに迷宮は随分と埃っぽかったし、なによりゴブリンとの戦いで浴びた汚れが酷い。


 特に近接戦闘を行うウェンとアイザックなど酷いもので、今も近くを通った女性が顔を顰め睨みながら遠ざかっていった。


「そうだ!もしあの紙が高く売れたら例の浴場に行こうよ!」


「だめだめ。僕たちみたいな駆け出しがそんな贅沢出来ないよ」


「ケチ!それにしてもこないだ入ったお風呂は気持ちよかったなぁ」


「あれは気持ちいいものでしたね。私もまた入りたいです」


 この間入った風呂を思い出したのかミューラとイリヤはうっとりとした顔で宙を見ていた。普段は濡れタオルで身体を拭くか、綺麗な川で水浴びするだけの一般市民である四人が風呂に入れたのは偶然だった。


 たまたま通った貴族向けの浴場の前で騒ぎが起きていたので話を聞くと、どうやら排水口からスライムが湧いたとのことだった。それを倒した四人に浴場のオーナーがお礼としてお風呂を使わせてくれたのだ。そんなお風呂をミューラとイリヤが気に入って、休みの日に二人で浴場へと向かっていた。


 その後トボトボと帰ってきた二人に話を聞いたウェンは目玉が飛び出るかと思った。浴場に入るには銀貨が五枚もかかるようなのだ。それだけあれば一ヶ月は食べていける。風呂がそこまで贅沢なものだったことを四人は初めて知った。


「とりあえずギルドに向かおう。もしこの紙が金貨にでもなれば浴場に行くのもありかもしれないね」


「ほんとっ!?なら早くギルドに行くわよー!」


 不貞腐れていたミューラの足取りが急に軽くなった。先に進んでは早く早くと急かすミューラにウェンは内心でほくそ笑んでいる。


 ありかもしれないとは言ったが行くとは言っていないのだ。それがバレたら烈火の如く怒られるだろうが、手紙が金貨にはならないだろうし大丈夫だろう。


 金貨一枚は銀貨百枚分だ。平民は一年不自由なく暮らせるほどの額である。隠し部屋の宝箱から出たとはいえそこまでの価値がつくことはないはずだ。そんなことを考えながら冒険者ギルドに入ると奥の酒場で知り合いが飲んだくれているのを見つけた。


「こんにちはデュオールさん。こんな時間から飲んでたらあとで奥さん達に怒られますよ?」


 話しかけられて振り向いた顔は赤く染まって目が座っている。普段なら酒を水のように飲むデュオールの初めて見る姿に四人は何かあったことを察した。


「んぁ?なんだお前らか」


「そんなになるまで飲んでどうしたんですか。なにがあったか聞かせてください」


「へへっ。こないだまで餓鬼だったくせに一丁前に心配なんかしやがって。それなら聞いてもらおうかね」


 小さい頃から世話をしてきた四人の気遣いにデュオールは照れ臭そうに笑っている。それから暇そうにしている酒場のマスターに注文をして酒が届くとデュオールは話し始めた。


「俺に嫁さんが三人いるのは皆も知ってるよな?そんな三人と結婚した記念日が今週末なんだよ。その祝いを毎年する場所があるんだ。今年も行こうとしたんだが、そこへ行くための招待状が中々見つからなくてな。嫁さん達は大丈夫だからと言ってくれてるが男として良いところを見せたいだろ?」


 そんな話にミューラとイリヤは素敵だと笑っているがウェンは耳を疑っていた。デュオールの口からこんなロマンチックな言葉が出てくるとは思わなかったからだ。


「俺だってこんな図体のでかい男が言うのはおかしいと思うさ。それでもなし崩しで冒険者になった俺たちがこれから頑張ろうって決意した特別な場所なんだよ」


「なにもおかしくないわ!同じ女としてそこまで大切にされるなんて羨ましいもの!あたし達もデュオールさんの探し物に協力しましょうよ!」


 キラキラとした目でそう訴えるミューラにイリヤもうんうんと頷いた。そんな二人を見てアイザックは諦めたように肩をすくめている。普段ならミューラの暴走を止めてくれるイリヤが向こうに付いたなら、自分たちに拒否権がないのが分かっているからだ。


「うーん。ゴールドランクのデュオールさんでも見つけられないものを僕達が見つけられるとは思えないんだけど。なにを探してるんですか?」


「さっきも話したが招待状だ。手紙みたいなものなんだが運が良ければ迷宮で見つけることができるんだよ」


 その特徴に当てはまるものをついさっき手に入れた。同じことを思ったのか三人も顔を見合わせている。


「迷宮の隠し部屋で見つけた宝箱からこんなものを手に入れたんですけど、まさかこれが招待状なんてことはないですよね?」


「ん?ってそれだよそれ!しかも銀じゃねーか!」


 さすがにないだろうと思いつつ手紙を取り出すとデュオールの表情が驚いたものに変わった。


「銀ってなーに?」


「招待状には銅、銀、金と種類があってランクが上がるごとに受けられるサービスも変わるんだ。そして俺が探してたのは銀以上だったんだよ」


 ゴールドランクが求めるならこの招待状はかなりの価値があるものなのかもしれない。それこそミューラに吐ついた金貨という嘘が現実になるのかもしれない。それでもウェンの心は決まっていた。


「な、なぁ。虫のいい話だとは思っているんだが」


「お譲りしますよ。僕たちはデュオールさんにずっとお世話になってるんですから」


 そう言ってから相談しないで譲るなんて不味かったと思ったが三人に異論はないようでうんうんと頷いていた。ミューラなどこっそりサムズアップまでしている。


 ウェン達が育った孤児院にデュオールはよく魔物を差し入れてくれた。普段は薄いスープと固いパンしかない食事が彼が来てくれた日にだけ肉が使われた豪勢なものに変わった。それだけではなくデュオールの語る冒険譚は娯楽に乏しい孤児にとって何よりの楽しみだった。そんな彼に憧れて四人は冒険者になったのだ。


 冒険者になった後も四人が絡まれないように弟分達をよろしく頼むと各所に頭を下げてくれている。ゴールドランクのデュオールに喧嘩を売るような馬鹿はおらず今まで安全に冒険者を続けられた。


 四人はデュオールに大きな恩がある。だからこの招待状にどれだけの価値があろうと譲るつもりだった。


「ありがとう。ただ譲ってくれなくても大丈夫だ。招待状を手に入れた冒険者は一組だけ別のパーティを連れて行く事ができる。お裾分けっていうらしいが俺たちにお裾分けをしてほしい」


「ねぇ。お裾分けはいいんだけど招待状ってどこに行けるの?」


 ミューラの言葉に三人も行き先を聞いていなかったことに気づいた。デュオールも気づいてなかったようで恥ずかしそうに咳払いをしてから行き先を伝える。


「これは月光苑からの招待状。一度行けば死ぬまで招待状を探すことになる。そんな幸せが詰まった夢のような場所さ」

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