第23話カレーライスと犬耳少女1

ある日いつものようにエントランスを清掃していたグリムは、犬耳を生やした少女が入り口近くでウロウロしているのを見つけた。月光苑に入ろうとしては止めてを繰り返す少女の周りに保護者の姿は見受けられない。


「こんにちはお嬢さん。私の名前はグリム。ここ月光苑で働いている人だよ。もしかしてお嬢さんは手紙を持ってたりしないかな?」


 普段は人が驚くように声をかけるグリムでも流石に不安そうな顔をしている少女にはやらない。わざと足音を立てて気付いてもらえるように近づくと、しゃがんで目線を合わせてから笑顔で話しかける。


 その怪しさから敬遠されがちなグリムだが、丁寧な対応が功を奏したのか少女はおずおずと二通の手紙を差し出した。一通は銅の招待状だったが、もう一通はどうやら月光苑宛の手紙のようだ。招待状の裏を見て少女の名前がククルであることを確認した。


「月光苑へようこそククルちゃん。中においで。美味しいジュースを出してあげよう」


 エントランスのソファに座らせてオレンジジュースを出したグリムはもう一通の手紙を開いた。


 差出人はアルベール王国の国王だ。酔うと泣き上戸になる常連の姿を思い浮かべる。手紙を読むと王国を長年悩ませていた違法な奴隷売買を行う組織の壊滅にククルが貢献したという。


 といってもククルは違法組織に捕まって売られそうになっていた所を、何者かの助けで外へと逃げ出したようだ。そのまま衛兵の元へと行って事情を話したことでお手柄となったらしい。


 ククルの案内でアジトへと乗り込んだ衛兵達が見たものは、何者かによって皆殺しにされた組員達の亡骸だった。奥へと進むと組織のボスと思わしき男と、その愛人が刺し違えて死んでいた。


 こうして謎は残るものの長年の問題を解決へと導いた立役者に国王は恩賞として招待状を渡した。家族で行ってもらおうと考えた国王だったが、ククルは家族の居場所を上手く答えられない。まさか月光苑へ国王自らが着いて行く訳にもいかないので、困った国王はとりあえずククルを一人で向かわせた。手紙の最後には月光苑に丸投げしてすまないと謝罪が書かれている。


 幼い少女を一人で来させる国王は正気かと目を揉んだグリムは、未だオレンジジュースが手付かずなことに気付いた。


「喉が渇いていないのかな?」


「……飲んでいいの?」


 ここで初めてククルは声を発した。どうやらグリムからの許可が無かったせいで飲まなかったらしい。そんなククルの様子から奴隷として教育されていたことが見て取れた。


「そのジュースはククルちゃんの物だよ。ゆっくり飲んで大丈夫だからね」


 本当は飲みたかったのだろう。許可が貰えたククルはニパッと笑顔を溢すと嬉しそうにオレンジジュースを飲み始めた。口一杯に広がる甘酸っぱさにククルは頬を抑えて美味しそうにしている。


 気に入ったようだと安堵したグリムはこれからククルをどうするかと考える。少女一人に館内を歩かせる訳にはいかないと頭を悩ませるグリムの目に出勤してきたレベッカの姿が見えた。


「レベッカさん。ちょっといいですか」


 急に話しかけられたレベッカは目をパチパチとしばたかせると小走りで向かってきた。


「はい?どうしましたか?」


 ククルのことを説明したグリムはいつもの胡散臭い笑顔を見せた。その顔に嫌な予感がしたレベッカは後退りで逃げようとするが回り込まれる。


「そこでレベッカさんにはククルちゃんと行動を共にして欲しいんです。お願い出来ますか?」


「でも私今日はお仕事ですよ?」


「これも立派なお仕事です。私からオーナーに伝えておきますので!それに共にする間はレベッカさんもお客様として楽しんでいただいて結構ですから」


「ククルちゃんだよね?お姉ちゃんが一緒にいて大丈夫かな?」


 目線を合わせてニッコリと笑うレベッカにククルはこくりと小さく頷く。招待状は銅なので個室は無しだ。とりあえず大浴場に行こうと二人は手を繋いで歩き出した。


「さて。私も調べますかね」


 組織を壊滅させた者に心当たりのあるグリムは本人へと話を聞きに行くことにする。


「じゃーん!これが月光苑自慢のお風呂だよー!」


「おっきい」


 大浴場まで話しながら来たおかげで少しだが話してくれるようになってきた。ククルは初めて見た大きなお風呂に、お尻に生えた尻尾が嬉しそうにゆさゆさと揺れている。


「お風呂に入る前にするべきことがあります!それは体を綺麗にすることです!だからお姉ちゃんが洗ってあげるね!」


 ククルの頭にお湯をかけてシャンプーを付ける。そして優しく洗い始めるが、明るい茶髪は少し汚れているようで泡立ちが悪い。


「一回流すよー?目閉じて下向いてね。絶対目は開けちゃだめだからね!」


 念を押されたククルはギュッと目を閉じる。連動するように両手も握られているのが微笑ましい。流してもう一度洗い始めると、気持ちいいのかククルの顔は少しずつ柔らかくなってきた。尻尾もブンブンとご機嫌な様子だ。


 レベッカはふと妹がいればこんな気持ちなのかなと思った。一人っ子のレベッカにとって妹は憧れの存在だ。そう考えると一層ククルが可愛く思えてきて、気づいたら体まで洗ってあげていた。


「よし!これでおしまい!泡が残って気持ち悪い所とかない?」


「大丈夫。ありがとうお姉ちゃん」


 人見知りの気があるククルからお姉ちゃんと呼ばれて、レベッカは胸の奥がじんわりと温かくなった。この気持ちはなんだろうか?とにかくククルをギュッと抱きしめたくなる。


「お礼言えたね。偉いね。それじゃあお姉ちゃんも洗うから少しだけいい子で待っててね?」


「ククルもお姉ちゃんを洗う」


 そう言ってククルは背中をタオルで洗い始めた。レベッカの行動をしっかり見ていたのだろう。ボディーソープを付けて泡立てると小さい手で一生懸命洗ってくれている。


「ありがとう。凄く気持ちいいよ」


 ほっこりとした気持ちでレベッカは頭を洗う。その間もククルはずっと背中を洗ってくれていた。そして全て洗い終わったレベッカにククルが泡が残って気持ち悪い所がないか聞いてきた。どうやら先程のセリフを覚えたらしい。


「これで二人ともバッチリだね!それじゃあお風呂へいこー!」


 仲良く手を繋いで歩く姿は種族は違えど本物の姉妹のようだ。どの風呂に入ろうかと悩んでいるとククルが一つのお風呂を指差した。


「にごり湯だって。これがいいの?」


「うん」


 選んだのは乳白色の温泉だった。転ばないように手すりに掴まらせると、ククルはうんしょうんしょと声を出しながら慎重にお湯へと浸かった。


「ふぁーっ。気持ちいい。それにしてもにごり湯なんて渋いの選んだね」


「ククルは白が好きだから。助けてくれたお兄ちゃんも白いお洋服を着てたの」


「それって売られそうになったって時の?」


「うん。いっぱい酷いこと言われて泣いてたククルを白いお兄ちゃんが助けてくれたんだ。その後におんぶしてくれて気付いたら兵士さんがいたの。おんぶしてくれてる時に歌ってくれたお兄ちゃんのお歌覚えてるよ」


 そう言うとククルは拙い鼻歌を聞かせてくれた。その優しいメロディをレベッカはどこかで聞いた気がしたが思い出せない。


「優しいお兄さんだね。ククルちゃんが助かってよかった」


「うん。だからククルはお兄ちゃんにありがとうって言いたいんだ。言うの忘れちゃったから」


 ククルが言う白いお兄さんについてグリムならなにか知っているかもしれない。レベッカはお風呂を上がったら聞いてみることを決めた。

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