第22話エルフの料理人
「おい!もうトリの唐揚げがないぞ!」
「なんだと!?さっき作ったばかりじゃないか!」
「それが駆け出しの若い冒険者が一人で凄い量を取っていったみたいだ!」
月光苑の厨房では沢山の料理人が忙しなく動き回っていた。沢山の包丁や鍋の音の響く厨房は小声では聞こえない。よって会話は自然と大声になって、もはや怒号にすら聞こえる様子はさながら戦場のようだ。
「唐揚げ出来たぞ!誰か持っていってくれ!」
「はい!私が行きます!お待たせしましたー!唐揚げ揚げたてでーす!」
今も出来上がった唐揚げを新入りが持っていった。本来ならフロアがやる仕事だが、向こうも忙しいようで手が回らない。新入りは戦場を駆け回る衛生兵のように唐揚げという名の兵士を回復させている。
しかしそれで終わりではないことを熟練の料理人たちは知っていた。新入りの声に揚げ物は熱々が花とばかりに無数の冒険者が我先にと唐揚げへ群がっていく。
月光苑の厨房はこのように終わりの見えない戦いだ。ただやりがいがある。山のように盛り付けた料理が空になって帰ってくるのは気持ちがいいのだ。もっと早く。もっと美味く。こうして料理人達は
そんな月光苑の料理でも人気メニューは存在する。特に先程無くなったトリの唐揚げのような肉料理は大人気だ。冒険者は肉体労働なだけあって男が多い。そんな血気盛んな男達が肉を好むのは当然のことだろう。
次に魚だが最近調子を伸ばしている。マーマンの英雄のお陰か魚料理が徐々に浸透してきており、最初は誰も手を付けなかった生魚すら今では空になって帰ってくる。
そんな二つのメイン食材の陰に隠れがちなのは野菜だ。野菜は冒険者曰く美味いのは認めるが、それよりも肉や魚を食いたいと言われてしまう不憫な存在となっている。そんな中で野菜担当として情熱を注ぐ一人のエルフがいた。
「あぁん可愛い!こんなに可愛い子は食べてしまいたいわー!」
「ちょっとヴィオレさん!食べるのは禁止ですよ!」
そんな彼女の名前はヴィオレ。おっとりとした柔和な表情と、エルフには珍しい立派な胸を持った女性だ。彼女を一言で例えるなら野菜バカだろう。今も洗われているプチトマトを見て頬を染めながら歓声を上げている。
野菜を好き好んで食べるのは、彼女のようにエルフの血が流れる者やスタイルを気にする若い女性くらいのものだ。だがヴィオレはそれでいいと思っていた。健康のためと我慢して食べられるよりは、美味しいと笑ってくれる人に食べてもらいたい。
ヴィオレはおっとりとした見た目からは想像出来ないほど素早い手付きで野菜の下拵えを終わらせていく。横でこっそりと盗み見する新入りの目には、早すぎて残像が生まれて手が何本もあるように見えていた。
そんな野菜担当だがタイムサービスを作ることは滅多にない。わざわざ野菜を差し入れる冒険者が少ないのが原因だが、今日は珍しく出番が来た。
「ヴィオレさん!オーナーから伝言です!今日の七の刻はティアハイド様から差し入れられたライフファウンテンを使ったフルーツタルトでいくそうです!」
野菜担当は果物も取り扱っている。どうやら今日は果物を使ったタイムサービスが作られるようだ。
「あら。今日は初代女王陛下がいらしてるのね。まぁ!これがライフファウンテン!?可愛いわーっ!」
ヴィオレの元に一個一個木箱に詰められたライフファウンテンが届く。蓋を開けたヴィオレがまたしても歓声を上げた。房に一粒一粒しっかりと着いた果実は鮮やかな黄緑色をしていてうっとりするほど綺麗な見た目をしている。
「この緑を映えさせるためには赤と黄色ね。それにシメ色として黒も入れましょう」
ヴィオレは赤色にイチゴとリンゴを選んで、黄色にはオレンジとマンゴーを選択した。そこに主役となるライフファウンテンの黄緑と全体の色を際立たせる黒としてブルーベリーを選べば完璧だ。
早速フルーツタルト作りに取り掛かる。手早く生地を
タイムサービスは今や月光苑の顔となっている。それゆえにいつしかタイムサービスは各食材担当が作ることになっていた。
生地が焼きあがるとヴィオレは果物の飾り切りに取り掛かる。フルーツタルトは上に乗った果物がいかに美しく切られているかで価値が決まると言っていい。
生地の上に置くのはまずオレンジだ。房に分けて皮を剥いたらタルトの一番下に置く。次にマンゴーをサイコロサイズに切ってオレンジの隙間へと散らしていった。
リンゴは芯に沿って皮ごと側面を切り落として、それを薄く切り込みを入れたら、ずらすように広げれば扇の完成だ。イチゴは元から見た目が良いので半分に切るだけでいい。それをリンゴの周りに置いてブルーベリーを散らす。
最後に四つに切ったライフファウンテンをこれでもかと乗せれば、宝石のようなフルーツタルトの完成だ。
「いやーん!凄い可愛いわーっ!」
フルーツタルトのあまりの可愛さにヴィオレは今日一番の歓声を上げた。周りの料理人達が何だと集まってくるが、ヴィオレを見ていつもの発作かとすぐに持ち場へと戻っていった。
こうしてフルーツタルトが完成した後もヴィオレの仕事は終わらない。どうやらティアハイドの他にもエルフがいるようで、普段より野菜料理の消費が多い。嬉しい悲鳴だとヴィオレは笑顔で野菜を調理していった。
「ふんふーん」
メインホールでの仕事を終えたヴィオレは、月光苑内にある畑で愛する野菜の世話をしていた。鼻歌混じりで野菜達の調子をチェックする姿は幸せから輝いている。
「お疲れ様ですヴィオレさん。精が出ますね」
そんなヴィオレに声をかけたのはグリムだった。
「あらグリムさんお疲れ様です」
ヴィオレも月光苑ではそこそこ上の立場のためグリムの正体がオーナーである月宮光なことは知っている。オーナーとして自分が働くとお客様を萎縮させてしまうという理由でグリムとなったことも理解できた。ただ偽りの姿といえば怪しげな微笑と敬語だと言われたことは理解できなかったが。
「どうですか?最近困ったことはありませんか?」
「冒険者として活動していたあの頃に比べて日々充実してますよ。私は魔物を狩る血生臭い生活より、こうして野菜を可愛がってる方が性に合ってます」
「ふふ。ミスリルランクとは思えない発言ですね」
「あら。オリハルコンランクの方からそんなことを言われたら困ってしまいます」
「私は冒険者ではありませんよ?人違いではありませんか?」
周りから聞いたら腹の探り合いのようだが、二人は毎回こんな会話を楽しんでいる。
「そういうことにしておきましょう。そういえば私になにか用があるんですか?」
「おや。こうして素敵な女性に会いにくるのに理由なんてありませんよ。ですが今日は朗報をお持ちしました。日本の野菜の種をいくつか持ち込む許可が女神様から下りました。条件は月光苑から出さないことです」
「まぁ!この畑に仲間が加わるんですね!それは嬉しいお話です!」
嬉しさのあまり踊り出しそうなヴィオレにグリムは少しだけ苦笑している。さすがのグリムもヴィオレの野菜バカっぷりには着いていけなかった。
「種は後日届くそうです。オーナーから渡されるようなのでお楽しみに」
「はい!楽しみにしてます!」
とうとう踊り出したヴィオレの前からグリムはいつの間にか姿を消している。それでもヴィオレの喜びのコンサートは夜遅くまで続いていった。
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