第24話カレーライスと犬耳少女2
ククルにとって体を清めるということは嫌なことだった。川の水は冷たいし布でゴシゴシと体を擦られるのは痛い。しかしそんな嫌なものという認識も月光苑でガラリと変わった。
同じ体を清めることでもお風呂はとっても気持ちいい。頭を洗ってもらった時なんて思わず寝てしまいそうなほどだ。ククルはお風呂が大好きになった。
「お姉ちゃん!あれなに!」
次はどんな風呂に入るのかとワクワクしていたククルは何個か並んでいる小さなお風呂を見つけた。今までのお風呂は泳げそうなほど広いのに、このお風呂は小さくてなんだか可愛い。
「あれはゴエモン風呂っていう一人用のお風呂だよ」
隣を歩くレベッカが小さなお風呂の名前を教えてくれた。
「なんか変な名前だね。どうしてゴエモンって言うの?」
「うーん。それはお姉ちゃんも知らないかな」
どうやらこのお風呂はゴエモン風呂と言うらしい。竹からお湯がチョロチョロ出てきてお風呂に溜まっていくのが面白かった。
「ゴエモン風呂が気になるの?入ってみる?」
「うん!」
入ってみると思ったよりも深くて立ってないと顔がお湯に浸かってしまいそうだった。変なお風呂だと思っているとレベッカが隣のゴエモン風呂に入ろうとしていた。
「お姉ちゃんも一緒に入ろ!」
「え?二人で入れるかな?」
ククルがいるゴエモン風呂にレベッカも入ると、お湯がざぶんと溢れて床が水溜りのようになった。ゴエモン風呂はぎゅうぎゅうになってレベッカとぴったりとくっつく。肌に触れるお湯以外の温もりがククルは嬉しかった。
「大丈夫?少し狭くない?」
「これがいい!お姉ちゃん膝立てて!」
言われた通りにレベッカが膝を立てたのでその上に座る。これで立つことなくゆっくりお湯に浸かれるとククルは満足げな表情をしていた。
「あ!お姉ちゃんを椅子代わりにしたなー?」
「えへへ!バレちゃった!」
こらー!とレベッカはククルの頭をわしゃわしゃと撫でまわす。きゃー!と嬉しそうな悲鳴をあげるククルの尻尾がぱしゃぱしゃと水飛沫を上げた。
「ねえお姉ちゃん」
「どうしたの?」
「ククルと遊んでくれてありがとね。こんな楽しいの初めてですっごく嬉しいの」
その言葉にレベッカはククルをぎゅっと抱きしめた。ククルがどんな生活をしてきたのかはまだ分からないが、せめてここにいる間は楽しい思い出を沢山作ってもらおうとレベッカは心に決める。
「お姉ちゃん?どうしたの?どこか痛いの?」
泣いているレベッカを心配したククルは頭をよしよしと撫でる。
「なんでもないよ。それよりククルちゃんお腹空いた?」
「うん!お腹ぺこぺこ!」
「それは良かった!月光苑はね、お風呂と同じくらいご飯も凄いの!見たことないご飯がいーっぱいあって、好きなだけ食べて良いんだよ!」
「好きなだけ?パン一個食べて良いの?」
その発言がまたもやレベッカを泣かせにくる。
「パンだって何個も食べて良いんだよ!それだけじゃなくてお肉もお魚もお野菜もなんでも食べて良いの!」
好きなだけという言葉に理解が及んだのかククルの目がキラキラと輝き出した。
「凄いね!そんなに食べたらククル太っちゃう!」
その時タイミング良くククルのお腹が可愛く鳴った。レベッカが浴場内に取り付けられた時計を確認すると、そろそろメインホールが開く時間だ。
「よし!それじゃあお風呂を出てご飯食べに行こっか!」
お風呂から出て脱衣所に向かった二人は体を拭いて、館内着を着たククルを椅子に座らせた。
「これはドライヤーっていってあったかい風が出てくるの。髪の毛を乾かすから熱かったら言ってね」
ぶおーという風の音に驚いたククルだったが、温かな風が髪の間を通っていくのは気持ちがいい。髪をかき分けるように撫でられるのも良くて、少しだけうとうとしてきた。
「はい!終わったよ」
その声にハッとした。どうやら少し寝ていたようだ。髪に触るとすっかり乾いていて、ふわふわとした触り心地は自分の髪の毛じゃないみたいだった。
「お姉ちゃんありがと」
その後にレベッカが買ってくれたいちごミルクは、甘くて良い香りで今まで飲んできた飲み物で一番美味しかった。二番目はグリムが出してくれたオレンジジュースだ。
ふとこんなに幸せで良いのかなとククルは怖くなる。実は奴隷として売られた後で、これは辛い現実から逃げるために見てる夢なんじゃないかと思ってしまう。そんな震えるククルの手をレベッカは優しく握ってくれた。
「次はいよいよご飯だよ!楽しみだねー?」
手から伝わる温かさに風呂を思い出す。夢なら自分が知らないはずのお風呂なんて出てくるわけがない。だからきっと夢なんかじゃない。ククルはそう信じる。
「うん!ご飯ってどんなのがあるのかな?」
「きっとククルちゃんが知らないものが沢山だよ。期待していいからね」
知らないものと言われてククルは一度だけ見たパン屋さんで売られる沢山のパンを思い浮かべる。あの時は指を咥えて見ているだけしかできなかったが、今回は食べれるかもしれない。そんなククルがメインホールへと着くと、その期待は良い意味で裏切られた。
「これがご飯なの?凄い。ククルが見たことないものばっかり」
パンどころじゃない。遠目に見ても沢山の食べ物が所狭ましと並べられる光景にククルは言葉を失った。レベッカの言っていた通りお肉もお魚もお野菜も沢山ある。
「いらっしゃいませ!ってレベッカじゃない。今日はお仕事お休み?」
「この子ククルちゃんって言うんだけど一人で月光苑へ来たみたいなの。それを見たグリムさんから一緒に回ってきて欲しいって特別なお仕事貰っちゃった」
「それは羨ましいわね。こんにちはククルちゃん。月光苑は楽しいかな?」
「うん!ククルの知らないもの沢山あってわくわくするの!」
「それは良かった。美味しいご飯も沢山食べてね。それではお席へご案内します」
席へと向かう途中もいい匂いがあちこちから漂ってきて、ククルはそわそわと落ち着かない様子だった。何度も溢れそうになる涎を飲み込んでは早く食べたいとお腹がきゅーっと鳴る。
「それでは心ゆくまでお楽しみくださいませ」
「それじゃククルちゃん。ご飯を取りに行こうか!」
やっと訪れたご飯の時間に待ってましたとククルは大きく頷いた。
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