第16話焼きおにぎりと転移勇者5

「惚れた女の子のために大事な願いを使うなんて、私は君が気に入ったよ陸くん!ほら、光も早く叶えてあげて!」


「叶えてやりたいが少し難しいな。精霊は生まれた場所から離れると、徐々に存在が希薄になっていって最後には消滅する。だからスノウは永久凍土の森にずっといるんだ」


「そんな。どうにかできないんですか!?」


 またスノウの喜ぶ顔が見たい。そのためなら陸はどんな困難にも立ち向かうつもりでいた。


「一つだけ方法がある。それは陸がスノウと契約することだ。契約した精霊は契約者を宿主にするから、永久凍土の森から離れても消えなくて済む」


「それなら陸くんが契約すれば済む話なんじゃない?」


「契約するには陸の魔力が圧倒的に足りていない。ただそれが妙な話なんだ。俺たちのような異世界人は特殊な能力を持つことが多い。そのおかげか陸からも勇者の力を感じるが、それにしては魔力が低すぎる。少し調べてみてもいいか?」


 陸が頷くと光の左目が金色に変わる。そしてしばらく陸を見ていた光はため息を吐くと、どこかに電話をかけた。


「俺だ。今すぐあのバカ女神を連れてきてくれ。どうせいつものマッサージチェアで居眠りしてるはずだから」


「なんか陸くんの体は訳ありっぽいね」


「ですね。たしかに自分でも弱すぎるとは思ってたんですが」


 光が呼んだ女神とは陸を転生させて女神だろうか?それなら天界に呼ぶタイミングも間違えてたし、体になにかミスしてもおかしくないと陸は思った。しばらくしてドアがノックされて二人の女性が入ってくる。


「失礼します。アンネリーゼ様をお連れしました」


「ありがとうレベッカ。仕事中なのにすまなかった」


「いえ。お客様はタリスさんだけで余裕がありましたから。それでは失礼します」


 レベッカが退室して綺麗な女性が残った。緑の長い髪は緩やかなウェーブを描いていて、柔和な表情は母性を感じさせれる。これは女神といわれて納得できると陸は思う。ただ少し眠そうな顔が女神の神聖さを損なわせていた。


「もう。せっかく特盛りデラックスフルーツパフェを食べる幸せな夢を見ていたのに!一体なんですか急に呼び出して」


 アンネリーゼはパフェをスプーンで掬って、口に入れようとしたタイミングで起こされて酷くご立腹だった。


「それは悪かったと言いたいが彼を見てみろ」


「あら?貴方は沖田陸くんですね。たしかルリナが初めて異世界転生を担当した時の相手が貴方だったはず。少し見させて貰いますね」


 先程の光のようにアンネリーゼの右目が金色に輝き出した。するとその顔がみるみる内に険しく変わっていき、角が生えてくるんじゃないかと思うほど恐ろしい表情に変わる。怒りのオーラで長い髪がメデューサのようにウネウネと動いていた。


「……責任者を呼んできます」


 そう言い残して目の前からアンネリーゼが消えた。一瞬で消えたことに陸が驚いていると、すぐにアンネリーゼが戻ってきた。手には首根っこを掴まれる陸を転移させた女神を持っている。


「ちょっとなんですかアンネリーゼ様!仕事を終わらせて、今日は溜まってるドラマ消化しようと思って楽しみにしてたのに!」


「ルリナ。こちらの方に覚えはありますね?」


「え?いったい誰だっていう、あ、ヤベッ」


 ヤベッ。たしかにそう言った。明らかに目が泳いで冷や汗を流すルリナの姿に、自分が弱いのはこいつのせいだと陸は確信する。


「なんですか!この『勇者の種』というスキルは!」


「だって勇者は最初から強いんじゃなくて、ピンチに陥ってた時、急に覚醒して強くなる方が面白いと思ったんですもん!」


「問題はそこじゃありません!芽吹くのに千年かかるようになってるじゃありませんか!これじゃ陸くんは覚醒する前に土に戻ってますよ!」


「え?でも世界樹は芽吹くのに千年かかりますよね?」


「誰ですかこの馬鹿に異世界転生を担当させたのは!」


「アンネリーゼ様です」


 どうやら陸が弱かったのはルリナの勘違いが原因らしい。千年かかるスキルなんて発動させられる者はいるのだろうか。そんなことを考える陸にアンネリーゼは大きく頭下げた。そして隣で突っ立っているだけのルリナの頭を掴んで一緒に下げさせる。


「申し訳ありませんでした!欠陥スキルを与えたことで、陸くんには多大な苦労をかけさせてしまいました!この馬鹿には後ほど罰を与えるので許しては頂けないでしょうか!」


「ちょっ!そんなの聞いてなっ」


「黙りなさい!貴女のせいで天界の信用を失うような事態になっているのですよ!しっかり謝れっ!」


 女性二人に謝られて陸は居た堪れなくて仕方ない。それに弱さに苦労したお陰で得たものもある。だからだろうか?陸に怒りの感情は無かった。


「頭を上げてください。ただの中学生だった僕が力を持ってこの世界に来ていたら、きっと増長して嫌なやつになってたと思うんです。だからこの一週間は必要な時間でした。お金に苦労して、命懸けで魔物を倒して、たった一人で生きる。生きる苦労を知らなかった僕が経験しなくてはいけないことだったと思います」


「陸くん……」


「聞きたいんですけど『勇者の種』はこのままなんですか?かっこいいことを言いましたが生きていくのに精一杯で。少しでも強くなれると嬉しいんですけど」


「それは私の方から芽吹かせましょう。それからお詫びとして細やかではありますが『成長率増加』のスキルも付けさせて貰いました」


 アンネリーゼが陸の左胸に手をかざすと何かが割れた音がした。その瞬間物凄い力の奔流が体の奥底から湧き上がってくる。陸が自分を鑑定すると『勇者の種』のスキルは消えて、新たに『成長率増加』と『駆け出し勇者』のスキルが増えていた。


「上手くいったようですね。改めて陸くんの広い心に感謝を。それでは私たちは失礼します。行きますよ」


「はい。あの、陸くん。本当にごめんなさい」


「謝らなくていいですよ。でももし次の人がいたら間違えないでくださいね?」


 二人が立ち去るとドッと疲れが押し寄せてくる。陸はソファにもたれかかると百年花の朝露を一口飲む。その時、陸のお腹が切なそうな音を鳴らした。


「すいません。実はお夕飯食べ損ねちゃって」


「それならなにか食べれるものを持って来させよう」


「いーねー。私の分もよろしく頼むよ」


 しばらく雑談していた三人の鼻に、なにやら香ばしい匂いが漂ってくる。


「手が塞がってるからドア開けて」


「ほら、陸行ってやれ」


 聞き覚えのある声に反応した陸は光に促されるままドアを開ける。するとそこには大きな皿を持ったスノウがいた。皿の上には山盛りの焼きおにぎりが乗せられている。


「さっきぶりだね」


「うん。スノウが持ってきてくれたんだ」


「料理長から連絡があって。持っていけって言われたんだ。一人で来るのは少し緊張しちゃった」


 大皿を机に置いたスノウは、座った陸の隣にちょこんと腰を下ろす。


「焼きおにぎりは温かい内が花だよね!いただきまーす」


 レオンハルトに続いて焼きおにぎりを一口食べた陸は、少し涙ぐんで食べる手を止めた。


「どうした?口に合わなかったか?」


「いえ。凄く美味しいです。ただ焼きおにぎりで思い出しちゃって。転移してくる前日の夜に、受験勉強をしていた僕のために、母さんが作ってくれたのが焼きおにぎりでした。それなのにピリピリしてた僕はいらないって突っぱねたんです。次の日の朝もギクシャクしてしまって。学校から帰ったら謝ろうって思ってたけど、結局謝る機会はありませんでした」


 後悔するように言葉を紡ぐ陸の手に何かが触れた。見るとスノウが心配そうに陸の手を握ってくれていた。


「あはは。しんみりさせちゃいましたね」


「陸の願いだが、家族と手紙のやり取りをするとかどうだ?」


 照れ臭そうに笑う陸に光はまさかの提案をした。


「え!?そんなことできるんですか?」


「人を送るのは俺では無理だが手紙なら送れる。近況を教えて元気にしてるって伝えられれば後悔も薄まるんじゃないか?」


「それでお願いします!でもなんて書こうかな。兎を狩ってますなんて格好付かないし」


「それならさ。陸くんうちに仕えてみない?」


 向こうに残した家族は諦めるしかないと思っていた陸にとって、これ以上ない願いだった。ただせっかくなら最初の手紙には安心させられることを書きたい。そう思う陸に今度はレオンハルトがそんな提案をしてきた。


「公爵家に就職なら兎狩りより箔が付くと思うよ?それに公爵家次期当主の側近なんて、一流企業の役員みたいなもんさ。お給金だってかなりのもんだよ?」


「え?いいんですか?」


「さっき言ったろ?私は陸くんが気に入ったんだ。それに同郷の君なら気兼ねなく話せそうだしね。父上にはまだ聞いてないけど、勇者を迎え入れられると言えば否とは言わないだろう。最悪私のポケットマネーで雇ってもいい」


「よろしくお願いします!」


「うんうん。普段は私の側近として話し相手をして、たまに迷宮に潜って強くなってもらおうかな。それに招待状が必要だろ?あ、行く時は私にお裾分けしてね」


 レオンハルトはスノウをチラリと見た。たしかにスノウに会いにくるために招待状は必要だ。


「なんだかよく分からないけど良かったね」


「うん!沢山土産話持ってスノウに会いにくるよ!」


 そして魔力が手に入ればスノウにも見せてあげよう。陸は改めて強くなることを決心した。


 二人が居なくなった部屋で光とレオンハルトはまだ酒を飲んでいた。


「それにしても公爵家に迎えるとはお前は本当に陸を気に入ったんだな」


「それも勿論あるけど、私のスキルがそうしろって聞かなかったんだ」


 レオンハルトが持つスキルに『運命の糸』というものがある。それは自身に良い縁をもたらす者には、自分へと繋がる糸が見えるというものだ。そして陸から出ていた糸はレオンハルトが見たことないほどに輝いていた。


「このスキルを貰った時は少女マンガかと馬鹿にしたけど一番助けられているよ。社長時代のように群れてくる人間を見分ける必要がなくなったからね」


 これが前世にあったなら、どれほど楽できたか分からないとレオンハルトは遠い目をする。


「そういう光だって今回は随分とお世話をしたね?本当はスノウちゃんをどうにかする方法なんていくらでもあるんでしょ?」


 陸は会えた嬉しさでいっぱいだったようだが、スノウがこの部屋に来ていた時点で、あの話は嘘だとレオンハルトは気づいていた。


「外に出すくらいなら手段はいくらでもあったさ。でも本音を隠す日本人には、ああやって言わないと行動しないだろ?」


「青春だねぇ。あぁやだやだ。あんな眩しいのを見せられたらおじさんだって自覚させられちゃうよ」


「レオンハルトとしてはまだ十八だろう」


 二人は新たな同郷の話を肴に酒を飲んだ。新たな勇者の恋が叶えと願いながら。

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