第15話焼きおにぎりと転移勇者4
「リク!お前どこにいってたんだ!?」
陸が部屋に戻ると机の上にメモ書きが残されていた。始めは陸が見つからないから先に食事に向かうと書かれ、その下にどこに行ってるかと心配する言葉が書かれている。そのどちらもドノヴァンからだ。
スノウとの時間が楽しくて、食事のことなどすっかり忘れていた陸が、慌ててドノヴァンの部屋に向かうと言われた言葉が冒頭のものだった。
「すいません。森の中で精霊と話してたらこんな時間になってました」
「まぁ無事からいいんだ。俺は飯食えたけどリクは腹減ってないのか?メインホールは閉まっちまったし、他で食おうとするなら金がかかるぞ?」
「そうですよね。どうしましょう」
その時部屋の呼び鈴が鳴った。こんな時間に誰だとドアを開けると、にこやかな笑みを浮かべるグリムが立っていた。
「夜分遅く失礼します。虹の招待状の件でオーナーがお話をしたいと申していますが、陸様のお時間はよろしいでしょうか?」
陸は虹の招待状の持ち主は願いを叶えてもらえることを思い出した。来る前はボンヤリお金が欲しいと思っていたが、今は願いが決まっている。
「大丈夫です。ギルドマスター失礼しますね。おやすみなさい」
「あぁ。おやすみ」
グリムに着いて行く陸をドノヴァンは見送る。
「……あいつあんな顔だったか?」
数時間見なかっただけで陸は顔つきが変わっていた。いつも自信なさげな顔をしていたのに、今は覚悟を決めたような顔になっている。
「なんにせよいい変化だ。精霊とやらに感謝せねばいかんな」
もしかしたら化けるかもしれない。そんなことを思いながらドノヴァンは酒をグラスに注ぐ。そして窓から見える森にグラスを傾けると一人静かに酒を楽しんだ。
案内された先は最上階の部屋だった。窓からは月明かりに照らされる山々が見える。そんな部屋に陸は一人ぽつんと立っていた。
「グリムさんにはここで待っててと言われたけど」
知らない部屋で一人待たされるのは居心地が悪い。部屋も見るからに高級な家具ばかりで、万が一汚したらと思うと気が気でなかった。
「待たせた。ってなんでそんな所に立ってるんだ?」
部屋に入ってきた光が目にしたのは、ソファに座ることなく部屋の片隅で直立不動の陸の姿だった。
「いえ。凄い高そうな部屋なので汚したら怖いなって」
「変なやつだな。だが気持ちは分かるよ。日本人だとそういうことが気になるよな。それに比べてここの奴らは大雑把で困る」
「ですよね。って日本人?」
この世界で日本というワードを聞くのが初めてだった陸は、入ってきた人を改めて見てみた。顔立ちは整っているが、髪も目も黒色をしている。
「お、気付いたか?はじめまして陸。俺はオーナーの月宮光だ。こうして新しく同郷の者に会うのは久しぶりだよ」
「日本から来た人って月宮さんや僕以外にもいるんですか?」
「俺達とは毛色が違うがいるっちゃいるな。ほら、噂をすればやってきた」
「光〜!高いお酒をご馳走になりに来たよ〜!ってお客さんかい?」
扉を開け放って入ってきたのは金髪碧眼の美青年だった。陸の目からはどうみても日本人ではなかったが、この青年がそうなのだろうか。
「レオン。入るなとは言わないからせめてノックしてから入ってこい」
「だって普段ここに来るのはオリハルコンランクの面々くらいでしょ?それなら皆飲み仲間だしいっかなって」
「はぁ。陸、こいつはレオンハルト。日本で死んで公爵家の長男に生まれ変わった転生者だ」
「あぁ!君が陸くんだね!光から話は聞いてるよ、苦労したんだって?ほんとこの世界の神様はケチだよねー。連れてくるなら、もっとチート寄越せよって感じ」
ケラケラと笑うレオンハルトは、その王子様な見た目とは裏腹に親しみやすい性格をしていた。そのまま勝手に部屋を物色してシャンパンを見つけると、グラスを三つ取り出してソファに腰をかける。
「ほら。皆も掛けなよ。立ってても楽しい話はできないよ?」
場は完全にレオンハルトのペースになっていた。それに戸惑う陸だったが、光は慣れているのか気にせずにソファに座る。
「ほらほら!陸くんもそこに座って!」
「あ、はい」
気がつけば陸もソファに座らされていた。それを見てレオンハルトは満足そうに頷くと、シャンパンを開けてグラスに注ぎ始める。
「あの。僕お酒飲んだことなくて」
「そうなの!?陸くん何歳?」
「十五歳です」
「この世界では十五でお酒が飲めるから大丈夫!それに泥酔するまで飲んでも光が解毒してくれるから明日も安心さ!さぁ陸くんのちょっといいとこ見てみたい!いてっ!」
陸にグラスを渡してコールを始めたレオンハルトの頭を光が叩いた。パチーンといい音が鳴ってレオンハルトは頭を押さえて悶絶している。
「無理に飲まそうとするな。とりあえず陸はこれでも飲んでおけ」
陸は光から渡されたグラスに口をつける。ほんのり黄金色に輝く液体は、桃のように芳醇な香りと葡萄ぶどうのような濃厚な甘さでとても美味しい。それなのに後味はすっきりしていて、クドさを感じさせない不思議な飲み物だった。
「これ凄く美味しいですね。なんて飲み物なんですか?」
「それは
「うわっ。それってボトル一本で金貨百枚の超高級品じゃん。百年に一日しか咲かない花から取れる雫ってやつ」
陸は値段を聞いて吹き出しそうになる。今の陸の稼ぎでは一生かけても買えないかもしれない飲み物をポンと渡された。こんな超高級なものを本当に飲んでもよかったのかと顔を青褪めさせる。
「気にするな。うちのお得意様から飲みきれないほど沢山貰うんだ。消化するのを手伝ってくれると助かる」
「でもこんな高級品を」
「陸もあんな感じでいいんだよ」
光が指差した先では琥珀のようなウイスキーを注いで、割材として百年花の朝露を入れているレオンハルトの姿があった。
「くあーっ!これ美味い!美味すぎる!光も試してみてよ!これはダメになる!」
「ここは俺がこのクソみたいな世界で、楽園として楽しめるように作った場所だ。だからあんな風に楽しんで、とことん幸せな顔してくれた方が俺は嬉しい」
そう言うと光もウイスキーの百年花割を作って飲みはじめた。自分より大人の二人が楽しんでいるのを見て、陸も楽しもうとグラスを飲み干す。
「いい飲みっぷりだね。将来は酒飲みの素質があるかな?」
空になったグラスにレオンハルトが注いでくれる。なんかいいな、ふとそう思った。飲み会というものを経験したことがない陸にとって、こうして大人と一緒に飲むことがなぜだかとても楽しかった。
「そういえば陸くんって虹の招待状なんだよね?願い事をなににするか決めたの?」
「おい。どさくさに紛れてお前も陸の願いを聞こうとするな」
「いえ。レオンハルトさんも聞いててもらって構いません。僕の願いはスノウを外に出してあげることです」
自分のつまらない話を楽しそうに聞いてくれた。そんなスノウに話だけじゃなくて実際に外を見せてあげたい。だから陸はこの招待状を自分ではなくスノウのために使うと決めた。
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