第20話フルーツタルトとエルフの仕立て屋姉妹3
「わぁ!凄い大きなお風呂!こんなにお湯を作るの大変じゃないのかな?」
森の探索を終えた二人は大浴場へと来ていた。館内着の着心地を知るために着替えようとしたリラを、それなら身を清めてからにしようとルルが提案したからだ。
部屋に置いてあったパンフレットを読むと、どうやら大浴場なるものがあるらしい。説明によると大浴場には温かいお湯をふんだんに使ったお風呂が沢山あるというのだ。お湯とは薪などの燃料を使って水を沸かすか、魔法の力で作るものだ。どちらも相応なコストがかかる。
それを贅沢に使う風呂が沢山あるなんて、いくら月光苑でも誇張していると思っていた。しかしいざ来てみると嘘偽りなく沢山のお風呂が所狭しと並んでいる。しかも漂ってくる独特な香りにリラは心当たりがあった。
「これって命の泉の匂い?」
ユルールヴェルンには、初代女王のティアハイドが見つけた命の泉というものが存在していた。ティアハイドが傷を負った友を癒すために、大地の精霊へと祈りを捧げたところ命の泉が湧き出したとされている。そのため傷口に命の泉の水をかけると治りが早くなるのだ。
この大浴場からはそれと同じ匂いがする。リラもハサミで誤って指を切った際に、命の泉を使用したから勘違いではないはずだ。
「お姉ちゃんどうしたの?そんな所で立ち止まって」
「いえ。なんでもないわ。まずは体を流しましょうか」
風呂に使われる水が全て命の泉と同じような物なら、とんでもなくコストがかかるはず。そんな恐ろしい考えを心に閉まってリラは体を流しに向かった。
「このシャンプーってやつ凄い泡立つよ!頭がモコモコで羊みたい!」
「本当ね。バブルフラワーとは大違いだわ」
ルルの言う通り髪にシャンプーを馴染ませて頭を洗うと物凄い泡立ちだった。森には水をつけると泡が出るバブルフラワーという花があって、リラ達は汚れた時にはバブルフラワーで洗っていた。しかしそれとは比べ物にならないくらいシャンプーは泡立つ。
「ルルの頭を昔みたいに洗ってあげましょうか?」
「え!いいの!?嬉しいな、私お姉ちゃんに頭洗われるの好きなんだよー」
「バブルフラワーと違って汚れが簡単に落ちるから、二度洗いなんて必要なさそうだけどね」
「それでもいいの!洗って洗って!」
二人がまだ幼かった頃、森で水浴びをした時にリラはルルの頭をバブルフラワーの泡で洗っていた。しかし大人になってからは二人で水浴びなどしないから何年も洗って貰えてない。それが今日こうして久しぶりに頭を洗ってもらえるとなってルルは大喜びだ。
「ああー。これだよー。裁縫もやるし手先が器用だからかな?お姉ちゃんに洗ってもらうの凄く気持ち良くて、ちっちゃい頃から好きだったなぁ」
「器用さは関係あるのかしら?でも悪い気はしないわね」
昔のように体も洗うまではしなかったものの、頭を洗ってもらったルルはすっかり満足していた。その後どの風呂に入ろうかと見回っていると、どこからか良い匂いが漂ってきた。
「なんだろ?落ち着く匂いがする」
「森を思い出すわ。これは薬草の匂いかしら?」
匂いの元へと向かうと一つの小さめの風呂へと辿り着いた。ハーブ湯と書かれたそれは、綺麗な薄緑色をしている。どうやら命の泉に薬効成分がある薬草が混ぜられているようだ。そんなハーブ湯には一人先客がいた。
「ふむ。やはりこの匂いはエルフが好むものじゃな。またここで新たな同胞に出会うとは」
「え!?嘘!ティアハイド様!?」
先客とはユルールヴェルン初代女王であるティアハイドその人だった。ティアハイドは風呂の一段高い場所に座って、齢五百を超えているとは思えない瑞々しい肢体をこれでもかと晒している。
「そう畏まらなくてよい。月光苑にいる時は初代女王などという堅苦しい肩書きは捨てておるのだ。ここにおるのはただの風呂好きの婆よ。どうか仲良くしておくれ」
カラカラと笑いそんなことを言うティアハイドだったが、リラには畏れ多すぎて声をかけることすら出来そうになかった。
「それならティア様って呼んでいいですか?たしかにこんな安らげる場所なのに堅苦しくされたら台無しですもんね」
ただルルは違ったらしい。物怖じせず風呂に入ってティアハイドの隣に座ると、楽しそうに話しかけている。そしていきなり愛称呼びをしようとする妹に、頼むからそれ以上無礼なことを言うのはやめてくれとリラは強く祈った。
「お主、中々話が分かるな。くっくっく。それにしてもティア様か。愛称を付けられるのは何百年振りであろうか。悪くない。なんならティアちゃんでも構わんぞ?」
「ティアちゃ、むぐむぐ!」
「すいません!すいません!妹はティアハイド様に会えた喜びで少し舞い上がっているようです!」
リラはティアちゃんと呼びかけたルルの口を凄まじい速度で塞ぐと頭をぺこぺこと下げた。国の祖たるティアハイドに粗相を働けば下手をすれば死罪を言い渡されてしまうかもしれない。
「むう。それでは面白くないではないか。呼ばぬのならばこうしよう。ユルールヴェルン初代女王として言い渡す。二人は妾わらわを呼ぶときには、ティアちゃんと呼ぶ以外を禁ずる。その代わり友のように気安く話すことを許す」
「ははーっ!畏まりましたティアちゃん!」
「あっははは!お主面白いのう。名はなんと申す?」
「ルルと申します!こっちは姉のリラです!ユルールヴェルンで仕立て屋を営んでます!」
なぜかは分からないがルルはティアハイドに気に入られたらしい。ただリラはルルがティアちゃんと呼ぶたびにズキズキとお腹が痛くて仕方なかった。
「ほれ。リラもいつまでそこに突っ立っておる。はよう入らんと風邪を引くぞ」
「あ、はい。ティアハイド様、お隣失礼いたします」
「ん?なんと申した?」
「……ティアちゃん」
「ふふ。ならばよし」
ハーブ湯に浸かって癒されているはずなのに、なんだかドッと疲れる。そんなリラを他所にルルはティアハイドの顔をマジマジと見つめていた。
「どうした?妾の顔になにか付いておるか?」
「ティアちゃんはどうしてそんなに綺麗なの?なにか秘訣があるなら教えてほしいなと思って」
どうやらルルは何百年と生きるティアハイドが、なぜ自分達と同年代のような若さに見えるのか理由が知りたいようだ。ティアハイドに
「綺麗の秘訣か、そうじゃな。よく食べ、よく動き、よく寝るのは当たり前じゃが、いつまでも楽しむ心を忘れないことかの。そうすれば気持ちは若くなり、それが外見にも表れる」
「楽しむ心か!それならお姉ちゃんは大丈夫だね!月光苑に来て楽しみが見つかったもん!」
「ほう。リラはなにを見つけたのじゃ?」
リラは館内着を仕立てを請け負うことを決めた事と、泥染めの可能性をティアハイドに話した。館内着の話は楽しそうに聞いていたティアハイドだったが、泥染めの話になるとその表情が打って変わって真剣なものとなった。
「それは興味深いの。そのハンカチはルルが持っておるんじゃな?ならば後で見せてもらいたいがよいか?」
「え、でもティアハイドさ」
「ティアちゃん」
「……ティアちゃんに見てもらうほどの物じゃないですよ」
「何をいうか。リラの発見はユルールヴェルンの新しい流行になる可能性があるのじゃぞ?我らエルフは人工的な染料を嫌うが、使うのは泥と葉であろ?それで良い色が付くならユルールヴェルンの服飾に革命が起きる」
子どもの頃にふと気になって試した泥染めが、なにやら大事になってきた。リラの顔色が悪くなっているのを知ってか知らずか、ティアハイドが恐ろしい提案をした。
「そうじゃ。二人は妾と夕餉を共にせよ。そこで泥染めの技を見せてもらおう」
どうやらリラとルルは、祖国の初代女王と夕食を共にすることが決まったようだ。
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