第19話フルーツタルトとエルフの仕立て屋姉妹2

「この縫い目、ずれることなく全て一定の間隔で縫われているわ。しかももう一枚と比べても違いが分からないくらい精密に作られている。これを百着ですって?全く、難しい注文をしてくれるわね」


 言葉とは裏腹にリラの口角は吊り上がっていた。難しい注文のはずなのに、なぜか心が燃えてくる。リラが感じている自分の針が通用するか試したい気持ちは、言うならば職人としてのプライドだった。こんな服を見せつけられて、それを作れませんと言うなど絶対に許せなかった。


「なんか嬉しいな」


 メラメラと燃えている姉を見たルルも嬉しそうにニコニコと笑っていた。


「どうしたの?そんな嬉しそうにして」


「だってお姉ちゃんはお母さん達が死んでから苦しそうに裁縫してたから。もちろんそれは私を育てるためだったって分かってるから感謝もしてる。ただ昔のお姉ちゃんは、失敗しても楽しそうに裁縫をしてたなって。その館内着を見たお姉ちゃんはその時と同じ顔をしてて嬉しかったの!」


 ルルに言われたリラはハッとする。両親が死んで仕立て屋を継いでから、リラは自分の作りたい服を作っていなかった。作ってきたのは当たり障りのない売れる服ばかりだ。


 子どもの頃は布を泥で染めてみたり、葉っぱを縫い合わせて服にしたりと沢山失敗をしてきた。ただそんな失敗すら楽しむ気持ちをリラは久しく忘れていた。するとルルが一枚のハンカチを取り出す。そのハンカチは見たことがないほどに見事な藍色に染まっていた。


「あれ?それって……」


「気づいた?子どもの頃にお気に入りのハンカチを無くして泣いていた私に、お姉ちゃんが作ってくれたハンカチだよ。不思議な泥を見つけたから染めてみたって言って私にくれたけど、最初は茶色で汚いなって思って使わなかった。でも何年か経って見つけた時には、こんなに綺麗な藍色になってたんだよ」


 ルルの説明を聞いて、小さい時に森の中で不思議な泥だまりを見つけたことを思い出した。泥だまり自体は茶色なのに、周りの木に泥が跳ねた場所はなぜか藍色になっている。それを不思議に思ったリラは瓶に詰めて持ち帰って染色に使った。しかしハンカチは茶色にしかならなかったので、今までずっとあの時は失敗したと思っていた。


「あれって成功してたのね。でもどうして?」


「分かんない。でも無駄かもしれないって思った事も、こうやって後々成功してたりするから面白いよね!」


 確かにルルの言う通りだ。失敗かと思ったハンカチは、こんなにも素敵な色に染まっている。子どもの頃は両親に怒られても試すことをやめなかったのに、今の自分はつまらない顔で裁縫をしていた。それが大人になることと言われればそこまでだが、それでもリラはもう一度楽しむことを始めようと思った。


「私、館内着の仕事を受けてみようと思うわ。今より忙しくなると思うけど協力してくれる?」


「もちろん!お姉ちゃんは知らないかもしれないけど、私って体力あるんだよ!」


 迷っていた心が晴れてとても清々しい気分だった。だからだろうか?なんとなく外の景色を見たくなったリラはカーテンを開いた。


「凄い素敵ね」


「ほんと綺麗!なんだか昔よく行ってた森を思い出すね!」


 カーテンの先には夕焼けと見間違えるほどの紅葉で埋め尽くされた森があった。その森はルルが言うように小さい頃の二人が遊んでいた森にそっくりだった。確かあの泥だまりを見つけたのも、その森のはずだ。


「ちょっと外に出てみましょうか」


「さんせーい!」


 どことなく懐かしくなった二人は、昔のように手を繋いで森を散策している。真っ赤な落ち葉が積もった地面は、歩くたびにサクサクパリパリと気持ちのいい音を鳴らしてくれる。時折降ってくる葉がひらひらと落ちてくるのを見てるだけでも癒された。


 森の中でも一際鮮やかに染まっているのは、国の名前が付けられているユルールリーフだ。ユルールヴェルンの固有種である木で、冬が訪れる前にこうして森を真っ赤に染め上げる。


 しかも葉っぱとは思えないほど丈夫で、その丈夫さに目を付けたリラがユルールリーフで服を作ったことがあるほどだ。完成した服は真っ赤でとても綺麗だったが、さすがに着るには向いておらず失敗作となってしまった。


「やっぱり森っていいわね。深呼吸すると、それだけで体の疲れが取れる気がするわ」


 エルフは森の民だ。いくら二人の住む国に世界樹が生えているとはいえ、森に比べたら緑が少ない。それに仕立て屋に手一杯だったこともあって、二人は知らないうちに疲れを溜め込んでいたようだ。


「うーん!気持ちいい!」


 大きな切り株を見つけた二人は、そこに座るとゆっくりと目を閉じる。人族に比べて長くて聴こえの良い耳を澄ませば、小鳥の声や風が葉を揺らす音が聞こえてくる。時折聞こえるパチリパチリという音は、木の実が落ちてくる音だろうか。


「あ!見てお姉ちゃん!あそこにリスがいるよ!」


 ルルが指差す先を見ると、リスがせっせと木の実を拾っては頬袋に仕舞っていた。ルルの声が聞こえたのか振り返ったその顔は、木の実を詰めすぎてパンパンに膨れている。


「ふふ。あの子は随分と欲張りなのね。お腹を空かせた時のルルみたいだわ」


「もー!私はあんなに詰め込まないもん!」


 そのままリスは木を駆け上がってほらに顔を入れた。すると中からもう一匹のリスが現れて、二匹は顔を擦り付けあっている。


「お嫁さんかな?ラブラブだね」


「リスのルルの方はまだ木の実で顔がパンパンだけどね?」


「ちょっと!私の名前を付けないで!」


 可愛らしいリスに元気を貰った二人は切り株から立ち上がると再び散策を始めた。時折現れる生き物に癒されながら森を進むと、あの日のような泥だまりがあった。昔と同じで周りの木が藍色に染まっている。


「これってお姉ちゃんが言ってたやつ?」


「ええ。不思議よね。ここも泥が付いた部分が藍色になっている。さっきの話で思い出したけど、部屋を整理した時に私も泥で染めたハンカチを見つけたのよ。ただルルのハンカチみたく藍色にはなってなかったわ」


「そうなの?理由はなんだろうね?ひょっとすると、この紅葉だったりして?なんてね」


 ルルはそう言ったものの、それはあり得ないだろうと笑っていた。ただリラとしてはどうも紅葉が気になった。なぜならリラが泥を掬った時は、まだ紅葉の時期ではなかったからだ。しかしそれならば、どうしてルルのハンカチだけ染まったのか。


「ルルのハンカチってどこで見つかったの?」


「えーとね。確かお姉ちゃんが作った葉っぱの服のポケットの中!」


 紅葉の際に降り積もるユルールリーフ。そしてルルのハンカチが入っていた服の素材もユルールリーフ。リラの中で点と線が繋がったような気がした。後は試してみないと分からないが、もし成功すれば美しい藍色の服を作れるかもしれない。


「凄いわね。月光苑って」


 裁縫が楽しいことを思い出させるだけではなく、新しい楽しみも与えてくれた。きっと月光苑に来なければ、リラは今も無表情で服を仕立てていただろう。


「ほんとだね。綺麗なところだ」


 美しい紅葉を目に焼き付けるように、二人の散歩はこの後も続いた。

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