第5話ローストテールと二人のリーダー5

「お待たせ致しました。タイムサービスのお時間です。本日も沢山の差し入れを頂きありがとうございました。その中で今回料理長の太鼓判となったのはこちらの料理となります」


 カートを押していた料理人がクローシュを取るとそこには焼かれた大きな塊肉が鎮座していた。


「本日の太鼓判は魔勇者アークライト様から頂いたレッドドラゴンを使った料理となります。その名も『赤竜の灼熱ローストテール』です。ドラゴンの部位で最も美味といわれる尻尾を丸焼きにした豪快な一皿です。肉汁を一滴たりとも無駄にせずに中へと閉じ込めた料理長自慢の一品を是非ご賞味くださいませ!」


 その瞬間周囲からは歓喜や悲鳴の声が上がった。なにが起きているのか分からないウェンはとりあえず席へと着く。


「あー!タイラントカウならもしかしたらいけるかもと思ったがやっぱりダメだったか!」


「なんでデュオールさんは悔しがってるんですか?それにタイムサービスって」


「俺たち冒険者は感謝の印としてその週で最も良かった獲物を月光苑へと差し入れる。そして差し入れられた中から一番良いと判断された獲物が料理されて八時にタイムサービスとして出てくるんだよ」


「え!?僕たちなにも差し入れていませんよ!」


「駆け出しは気にしなくていいんだよ。差し入れるのは俺たちみたいな中堅以上の冒険者だ。さっきの悲鳴は差し入れたけど選ばれなかった俺みたいな奴らの悲鳴だな。それよりもあの人を見てみろ」


 そこには料理人から呼ばれてローストテールの元へと向かう一人の男がいた。その男は食事の邪魔にならないようにするためか真っ赤な長い髪を柔く結んでおり、その整った顔立ちと合わさってどこか女性のようにも見える。


「あれがレッドドラゴンを差し入れた本人だ。ウェンは冒険者のランクはいくつあるか知ってるか?」


「アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、ミスリルの五つですよね?」


「やっぱりそう思うよな?ただあまり知られちゃいないがミスリルの上が存在する。そしてあの人こそ四人しかいないオリハルコンランクの一人で『魔勇者』と呼ばれるアークライトの旦那だ。ウェンも邪神討伐の話は知ってるだろ?」


 邪神討伐の話ならウェンも知っていた。十年ほど前に突如やってきた異界の神が災厄をもたらした大事件だ。邪神の力によって凶暴化した魔物が人々を次々と襲っていった。そんな邪神を討伐したのが魔大陸より選ばれた魔勇者と異世界から呼び出された勇者だ。


「アークライトの旦那こそ邪神を倒した英雄その人って訳だ。そしてそんな英雄に差し入れ勝負で負けた俺が悔しがってたってことさ。ほら。早く取りに行かないとローストテールが無くなるぞ」


 見るといつの間にか長蛇の列が出来ていた。慌てて並んで順番を待つと料理人が目の前でローストテールを切ってくれる。あれだけ大きな塊肉なのに包丁を入れるとスッと簡単に通った。薄桃色に染まる断面から流れる肉汁がしっとりと肉を濡らしている。


 受け取って席へと戻るとウェンだけではなく他の面々もローストテールを前に神妙な面持ちをしていた。


「これって普通はいくら出せば食べれるんですかね」


「正確には分かりませんが金貨は下らないでしょう」


「金貨!?そんなに凄いものをタダで食べて良いんですか!?」


「月光苑はそういう場所だから構わねえよ。アークライトの旦那に感謝して食おうぜ」


 金貨と聞いたからかフォークで持ち上げたローストテールがやけに重く感じる。それでも意を決して食らいついたウェンは驚きのあまり目を大きく見開いた。


「なんですかこれは!?薄く切られているとは思えないくらい肉汁が溢れてきますよ!?」


 一口噛むとその身のどこに隠していたんだと言いたくなるほどの肉汁が溢れ出してきた。肉汁は噛めば噛むほど溢れ出てきて肉の旨みが口いっぱいに広がる。ドラゴンの尻尾と聞いて硬そうだと思ったが全くそんなことはない。むしろこんなに柔らかいのかと驚くくらいだった。


「懐かしいですね」


「本当にね。なんだかあの時を思い出すよ」


「ミアもエモさを感じている」


 食べる手が止まらないといった四人の姿にリリア達はなぜか昔を懐かしむような顔をしていた。一体どうしたんだろうとデュオールを見るとどこか渋い顔をしている。しかしそのままじっと見つめていると観念するように話し始めた。


「ここが特別な場所で冒険者を頑張ろうって思えた場所って前に話しただろ?その時に食べたのがタイラントカウのローストビーフだったんだよ。レッドドラゴンのローストテールよりは落ちるが少しだけ似てるだろ?」


「そんなことがあったんですか」


「俺もお前らと同じように孤児院育ちでな。幸い腕っ節には自信があったから冒険者になったが、目標なんてなくてただ金を稼ぐために仕事をしてた。そんなある日に臨時で前衛を募集してるパーティに俺が入ったんだ。そのパーティってのがこの三人だな」


「あの時はとんだチンピラを引いたと思ったよ」


「実力が無かったら闇討ちされてても文句は言えない素行だった」


 そんな過去があるとは知らなかったが、それを聞いて孤児院育ちのウェン達に親切にしてくれていた理由が分かった。きっとデュオールは子どもの頃の自分と重ねていたのだろう。


「チンピラの素行不良で悪かったな!四人で迷宮に入ったんだが連携なんてまるでなっちゃいない。それでも強引に奥に進んでいったら見たこともない魔物が現れた。見た目は首のない騎士なんだが一眼見て俺達より格上なのが分かった。後で知ったがそこにいるはずのない強さの魔物が現れる現象を『ジョーカー』と呼ぶらしい。お前らも気をつけろよ?」


 そこまで話してデュオールは一息つくように酒を飲む。そして酒のアテとしてローストテールを齧ると旨そうな表情で酒気混じりの息を吐いた。


「勝てる訳ないと逃げたんだが途中で騎士が斬撃を飛ばしてナターシャの足に当たったんだ。足はギリギリで繋がっていたが、どう見ても歩けそうにない怪我だったよ。そして自分を置いて逃げろと言うナターシャを見て考えた。こいつには待ってる家族がいるんだよなって」


 話を隣で聞いているナターシャは恋する乙女の表情をしていた。それはリリアとミアも同様で三人はこの一件でデュオールのことを好きになったんだろう。


「その時は知らなかったが後からナターシャが海沿いの街の領主の娘だって聞かされて随分と驚いたな。まぁなんにせよ俺には待っている人はいない。孤児院だって口うるさいシスターと喧嘩して飛び出してからそれっきりだ。そんなわけでナターシャを強引に二人に預けて俺が足止めとして残ったんだ」


「あの時は人生で一番怒ったね。自分のミスは自分で尻拭いするのが冒険者だ。それなのに初めて会ったワタシをなんで助けようとしてるんだって。だから死んだら絶対に許さないって叫んでやったよ」


「一秒でも長く足止めしてやると盾を構える俺を魔物はフルボッコだ。この分じゃ遠からずに死ぬなんてことはすぐ分かるくらいにな。そして血まみれで地面を舐めた俺は初めて死にたくねえって思った。命が惜しいなんて気はサラサラなくて、孤児である自分が唯一持っていた腕っ節で負けたのが悔しかったんだ。そしてトドメを刺されそうになる俺の目に映ったのは真っ赤な髪だった」


 あの時のことを一生忘れることはないだろう。悔しさに歯噛みして最後を待っていたデュオールの目に真っ赤な髪が見えたと思ったら、目の前の魔物が切り刻まれていた。


「ナターシャをミアに任せたリリアは精霊の力で近くにいる冒険者の元へ走ったんだ。そして事情を聞いた冒険者はナターシャ用にと最上級の回復薬を渡すとリリアが来た道を戻って行った」


 いつ席を立ったか分からないミアがローストテールを持って戻ってきてそのまま勢い良く食べ始めた。どうやらデュオールの話を肴にするつもりのようだ。


「冒険者が倒れた俺に回復薬をかけると一瞬で致命傷が治っている。こんな効き目の回復薬があるのかと驚く俺にドロップ品を渡そうとしてきた。だがもちろんそんなの受け取れる訳がない。それより礼を言わなきゃと立ち上がった俺にドロップ品だった銅の招待状を見せて、これから食事に行かないかと誘ってくれた」


 またミアが席を立った。横目で見るとまたローストテールの列へと並んでいる。どうやらこの話はよほど料理が進むらしい。


「銅の招待状では宿泊は出来ないが風呂と飯は食えるから覚えておけよ。こうして月光苑に連れてこられた俺達は初めて見る極上の料理を死ぬほど食った。そして腹がはち切れそうだって頃にタイムサービスのタイラントカウのローストビーフが出てきたんだ。苦しくて食えない俺達を尻目に同じ卓の差し入れした本人は美味そうにローストビーフを食ってやがる。それが悔しくてローストビーフを無理矢理詰め込んだらその美味しさに感動した。それで強くなって美味い料理を腹一杯食ってやるんだって決めたんだ」


 戻ってきたミアが手に持つローストテールはそれもうステーキだろというほど厚切りだった。


「そして命を救ってくれた礼がしたいと話すと、それなら今より強くなれと言われてな。恥ずかしい限りだがそこで冒険者の名前を聞いてないことに気付いた。恩人に名前を尋ねると彼はこう言った」


 デュオールはおもむろに椅子から立ち上がる。その顔は赤く染まっていて中々に酔っているらしい。


「我はアークライト。魔勇者アークライト。オリハルコンランクの冒険者だ。礼をしたいというのなら強くなれ。その道の先に我はいる。そして願わくば我を超えてみせよ!いってえ!」


 大きな声で口上を述べたデュオールは何者かに頭を強く叩かれた。良いところだったのに誰だと振り向くとそこにはアークライト本人が頬を赤く染めながら睨みつけていた。


「止めよ。あの時は我も酔っていたのだ。話だけはと大目に見ていたがその口上を述べるなら今後一切その話をすることを禁じる」


「そんな!良いじゃないですか!子どもが出来たら寝物語に聞かせようと思ってるのに!」


「我の口上以外の部分なら許そう。それにしても聞いたぞ。そなた達はタイラントカウを差し入れたそうだな。ゴールドランクには手に余る魔物のはずなのにやるではないか」


「あはは。それでもアークライトの旦那には軽々と越えられちまいましたけどね」


「それでも昔の我に並んだというわけだ。あの時の悪童がやったと思うと感慨深いものがある」


 懐かしむように目を閉じたアークライトがそっと口を開いた。その後に続いた一言をデュオールは生涯忘れることはないだろう。


「強くなったな」


 デュオールは勢い良く顔を上に向けてグッと力を込める。そして込み上げてくるものを堪えるように震えると、やっとの思いで小さな声を絞り出した。


「俺なんてまだまだです」


「はっはっは!当たり前ではないか!我を越えてもらわねば困るからな!そなたたちはデュオールの知り合いか?」


「はい。僕はウェンと言います。新緑のそよ風というパーティです」


「ふむ。中々良い目をしておる。そなたも強くなり我を越えてみせよ」


「他の皆ならまだしも僕では無理ですよ」


 デュオールの冒険譚を聞いて熱くなっていたのだろう。普段は胸の奥に仕舞っている劣等感をこぼしてしまった。情けなさに自然と顔が下を向いていく。


「ふむ。なぜだ?」


「僕は中途半端なんです。他のメンバーのような特化した強みを持っていません。そんな奴が強くなるなんて無理ですよ」


「自分ではそう思っているのか。だが仲間はそう思ってないみたいだぞ?」


 アークライトの言葉に顔を上げると三人は怒ったような顔でこちらを見ていた。


「最近落ち込むような顔をする時があると思ったらそんなことを考えていたのね!?」


「お前は確かに一芸には秀でないかもしれない。だがパーティの足りない部分を埋めているのは全てお前だ。俺たちが安心して冒険できるのは全てウェンのおかげなんだぞ」


「そうですよ。ウェンは私たちのリーダーなんですから」


「え?俺がリーダー?指示を出してくれているのはミューラだからリーダーもミューラだろ?」


「ウェンが指示出したら誰が皆のカバーに入るのよ。だから仕方なくあたしがやってるけどウェンの方が絶対上手いわよね。皆のことしっかり見てるし冷静だもん。仲間のために自分が危険に晒されるようなお人よしだけど。でも本当に頼りにしてるわよ」


 心のどこかで自分は足を引っ張っていると決めつけていた。ただ三人はそんな自分を必要としてくれて頼りにしてるとまで言ってくれている。ウェンの中にある鬱屈とした気持ちが晴れていき、嬉しさから涙が溢れそうになるのを上を向くことで耐えた。


「二人とも上を見上げてしまったな。なんにせよ二人はリーダーとして向いておる。このまま励め」


 良いものが見れたとアークライトは上機嫌に自分の席へと戻っていく。その後しばらくして顔を戻した二人の目が赤くなってることは誰も指摘しなかった。

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