第6話二人の勇者
「良い夜だ」
そんなことを口にしてしまうほどアークライトは上機嫌で自分の部屋へと向かっている。タイムサービスのレッドドラゴンのローストテールが美味かったのもあるが、なにより強き者が増えていたことが嬉しかったのだ。
木で例えるならばデュオールは一人前の立派な木になっていたし、ウェンはまだまだ小さな若木だが良い目をしていた。他にも見所のある冒険者は沢山いたことが嬉しい。
「それでよい。もっと大きくなって我を越えてみせよ」
今でこそ英雄として讃えられるアークライトだが本質はただの戦闘狂だ。
初めて戦ったのは五歳の時。森で見かけたゴブリンが自分好みの枝を持っていたので欲しくなったという馬鹿な理由でアークライトは戦いを挑んだ。その結果コテンパンに打ちのめされて死にかけている所を衛兵に助けられて事なきを得た。
その時にアークライトが感じたのは死の恐怖ではなく格上に挑むことの楽しさだった。それからは必死で鍛錬をしてゴブリンに勝った。その次は少し目標を上げてコボルトに挑んだ。その過程で何度死にかけたか分からないがアークライトは楽しくて仕方なかった。
そんな無謀な挑戦を繰り返しているとあるスキルが発現した。『勇者の魂』と名のついたそれは挑めば挑むほど強くなるというアークライトにぴったりのスキルだ。
しかし初めは喜んだものの使っていくにつれてこのスキルは祝福ではなく呪いだということに気づいてしまった。今まで苦労した相手を簡単に越えてしまうのだ。アークライトにとって勇者の魂は挑戦という楽しみを奪ってしまう呪いだった。
それでも諦めきれずに戦い続けるといつしか相手がいなくなっていた。それからは挑戦が生き甲斐だったアークライトにとって空虚な日々が続いていく。
そんなある日邪神討伐のために向かった先で生涯の遊び相手と出会った。それからは灰色だった日々が嘘のように楽しくて仕方がない。
部屋へと戻ったアークライトは入口近くに取り付けられた鈴を鳴らした。するとすぐに扉がノックされて開けるとそこにはグリムが立っている。
「お呼びでしょうか?」
「呼ばれた理由は分かっておろう?
アークライトから虹色の招待状を見せられたグリムはため息を吐くと自らにかけていた魔法を解く。するとそこには嫌な顔をした黒髪の男が立っていた。
「はぁ。こんなことのために願いを使う奴なんてお前くらいだよ」
「虹の招待状を持ち込む者などそうはおるまい?」
金までの招待状とは違って虹の招待状は滅多なことでは手に入らない。虹は例えば世界の危機になるような強大な魔物なんかからドロップするものだ。
銅の招待状は風呂と食事を楽しめる。銀ならばそこに一泊が付いてくる。金は一泊できるのが特別な部屋だ。では虹ならどうなるのか。その答えは虹の招待状があれば月光苑のオーナーが願いを一つ聞いてくれる、だ。
「他のオリハルコンランクが一回ずつ持ってきた。ただその二人はこんなくだらない願いはしてこなかったよ」
「つれないことを言うな。さぁ存分に戦って貰うぞ」
黒髪の男は月宮光という異世界から呼ばれた勇者だ。邪神討伐の後は月光苑を建ててオーナーとして生活している。普段は見た目を偽りグリムとして動いていた。そんな光にアークライトは毎回戦うことを願っている。
貴重な虹の招待状をそんなことに使うのはアークライトくらいだ。外へと出てきた二人の勇者は虚空から愛用の武器を取り出す。アークライトは赤黒い大剣を構えて光は白く輝く刀を抜いた。
まずは手始めにと剣を一当てする。剣と刀の違いからアークライトは剣をぶつけ合うのを好み、光は受け流すことを好む。そのためか剣戟の音は思ったよりも軽い。だがそれは光の技量によって成立しているに過ぎなかった。
「ははははっ!やっぱりそなたとの戦いは楽しいな!底の見えない相手はそなたが初めてだ!」
「満足したならここらへんで止めないか?」
「この程度で満足出来るか!それに一時間と約束したのはそなただぞ!」
初めての戦いの時に一日中付き合わされた光が出した条件が戦うのは一時間だけという制約だった。でなければ戦わないと言われてしまえばアークライトは首を縦に振るしかない。
何度も剣戟を重ねる内にアークライトの体は赤く光り剣筋の鋭さは増していく。勇者の魂が目の前の敵を倒せと力を注いでくるのだ。だがそれに呼応するように光の体も白く輝いている。
「届かぬっ!まるで星を取ろうと手を伸ばしているようだ!だがそれでいい!そなたは一生届かぬ存在でいろ!」
「一生こんなことやるつもりか?嫌だよ俺爺さんになっても続けんのは」
「お互い爺になったらこうして剣を交え終わったら茶を飲みながら将棋でも指そうではないか」
「今とあんまり変わらないじゃねえか。その剣を交えるってのを予定から消してくれ」
「それは無理な相談だ!」
軽口を叩き合いながらも互いの目は真剣そのものだ。一秒の間に何度も打ち合う二人を側からみれば剣舞を舞っているようだった。
胴を狙って薙ぎ払えば剣の腹をなぞられて受け流された。上段から真っ直ぐに振り下ろせば薄皮一枚で完璧に避けられる。かと思えば気がついたらアークライトの首を狙って刀が振るわれていた。
ギリギリ避けたことで切れた髪が数本風に流されていく。このうなじの辺りに電流が走るような緊張感がたまらない。ここでしか味わえなくなった感覚に高揚感がどんどんと高まっているのが分かる。
「そろそろ一時間か。頼むから死んでくれるなよ?」
「死んだら化けて出てやるからな」
「それは喜ばしいことだ。死んだとしても戦うことができるのだからな」
「それは嫌だな。安らかに成仏しておくよ」
距離を取って剣を構える。一時間という条件に最後には全力を出すという注文を付けたアークライトは自らの魔力を全て剣に乗せて振るった。
『クリムゾンアポカリプス』
魔力は八首の竜に姿を変えて光を飲み込もうと牙を剥いた。竜が触れた部分は抉られたように削り取られて、そのあまりの高密度な魔力に空気が震えている。それに光は居合の形で構えて刀を凪いだ。
『
振るわれた刀から八つに分かれる斬撃が飛んで八つの頭を真っ二つに斬り裂いていく。低い地鳴りのような響き渡る音は竜は恨めしげな咆哮にも感じられた。
「届かなかったか」
「引き分けだろ」
光の放った斬撃も竜を切り裂くと同時に消えてなくなった。それでもアークライトが負けたように感じるのは自らが生んだ竜が討伐されたかのように見えたからだろうか。
「礼を言う。今宵も我の心は満たされた」
「次から願いは別のものにしてくれよ」
「それは出来んな。何度でも虹の招待状を持ってきてそなたに挑もう」
虹の招待状も金と同様に特別な部屋に泊まれるようになっている。銀の招待状の部屋より上質な部屋になっているし庭は宿泊者の好みによって変わるようになっていた。
「相変わらず寂しい庭だな」
「初めて見た時は物悲しく思ったものだが最近はこの庭を見ると落ち着くようになった。これはそなたの故郷の庭なのであろう?」
「枯山水が庭なんてどこのお屋敷だ」
「そなたの家にあったと言ってたではないか」
「まぁうちは旅館だったからな」
竹が揺れて笹が擦れる音が聞こえるくらいには風が強い。そんな肌寒い日には日本酒の燗が美味かった。空になったアークライトのお猪口に光が酌をする。
「気が効くではないか」
「一応お客様だからな。これくらいはしてやるさ」
お返しとばかりになみなみと注がれた日本酒に光は慌てて口を付けた。そしてくつくつと笑う声に恨めし気な視線を向けるがアークライトはどこ拭く風だ。
「親友との酒は返杯が礼儀であろう?」
「ふん」
日本ではまず聞けない親友というストレートな言葉に光は鼻を鳴らす。だがそれを否定しない光もアークライトを特別な存在と認識しているようだ。
「いつもの話を聞かせてくれないか?」
「日本の話か?何回同じ話を聞くんだよ」
「良いではないか。そなたの話は不思議と酒が進むのだ」
「俺の話は酒の肴か。まぁそうだな」
昔を思い出すように光はお猪口に口を付ける。それから目を閉じると懐かしむように話し始めた。
「さっき話したように俺の家は旅館でな。月光苑とは比べ物にならない小さな旅館だったが、人里離れた隠れた名宿としてそこそこの人気があった。もっとも餓鬼の頃はそんな家が嫌いだった。学校に通うのは面倒臭いし放課後はバスが無くなるから友達と遊べなかったからな」
「ふむ」
「それでも週末に泊まりに来る客の相手は好きだった。俺からしたら寂れた宿なのに趣があるなんて嬉しそうにするんだ。それに餓鬼なりの精一杯のおもてなしを感謝してくれる客が好きだったんだよ」
アークライトは何度も聞いたはずの話に楽しそうに耳を傾けていた。
「大人になったら旅館で働くなんて思っちゃいたが残念ながら次男でな。そこそこの年になって旅館を継ぐのは兄貴だって分かった。最も兄貴と仲が良かったし不満は無いんだが客の笑顔を見れなくなるのは寂しいもんだった」
「我も兄がいるから分かるな」
「魔王陛下だったな」
「その言い方をしたら光はいつまで悪の親玉だと思っているんだと怒るぞ」
アークライトの兄と初めて会った時に光は剣を向けたことがある。
「あれは申し訳なかったな。でも魔大陸の王なら魔王だと思うだろ。俺の世界じゃ魔王ってのは勇者の宿敵って決まってるんだ」
「結果として光から毎月招待状が届くんだから兄上も喜んでいる。なんなら最近では自分のことを魔王と呼んでいるしな」
「なんなんだよあいつ。それなら会うたびに剣を向けられた時のことを言ってくるなよ」
「兄上も冗談を言える仲の相手は少ないのだ。許してやってくれ」
「話が逸れたな。大人になった俺は旅館への未練を断ち切るように普通の仕事に就いた。それからやっと慣れたと思ってた頃にこの世界へと召喚された。初めは意味がわからなかったが色々知っていく内に最悪だと思ったさ」
その時のことを思い出した光は苦々しい表情でお猪口を呷った。それにアークライトは無言で注いでくれる。
「まず飯は不味い。最初に城で出されたパンは冗談かって思うくらい硬くて歯が欠けるかと思った」
「そなたの世界のパンが柔らかすぎるのだ。月光苑で初めて食べた時に
「そりゃこの世界のパンに比べたら柔らかすぎるだろうよ。でもそれで育った俺としてはこの世界のパンは食べられる石だ。次に衛生環境が悪すぎる。王都を歩いていてなんか臭いと思ってたら上から糞尿がぶち撒けられた時は本気で帰りたいと思った」
「それに怒ったそなたのお陰で主要な場所には下水が整備されて衛生環境は良くなったな。そんな今と比べればあの頃は酷かった」
「他にもベッドが硬いだの貴族のマナーが意味わかんないだの風呂に気軽に入れないだの文句は沢山だ。ただそんな中で一つだけ凄いと思えるものがあった」
「ほう?」
「魔物の美味しさだ。初めてグレートカウの肉を食べた時には心底驚いた。塩振って焼いただけなのに滅茶苦茶美味かったんだ。野生だからか肉は多少の硬いが、溢れ出る旨味が段違いだ」
初めて食べたステーキを思い出すように光は目を閉じる。今ではグレートカウよりも美味い物が食べられるようになった。それでもあの時の感動は今でも忘れられない。石のようなパンと萎びたサラダに心が折れかけた中で食べたステーキは涙が出るほど美味かった。
「そんな美味い魔物肉をこの世界の奴らは全く活かせてない。しかも魔物が凶暴化しているときた。その時に全ては邪神が悪いのだと思った。生きるのに精一杯だから料理は発展しない。もちろん魔物が凶暴化してるのも邪神のせい。俺が呼ばれたのも邪神のせいだ。ブチギレだ俺は単身で邪神の元へと乗り込んだ。スキルのおかげでなんとかなると思ったしな」
光のスキルは『勇者の心』といって敵が強ければ強いほど自分も強くなるスキルだ。アークライトのスキルと似ているが勇者の魂は徐々に強くなるのに対して勇者の心はいきなり敵と同格になるスキルだった。
ただし勇者の心は敵以上に強くなれないが勇者の魂は時間をかければ誰よりも強くなれる。
「いざ倒しに行ったら目の前で邪神がぶっ倒された。それを見たらなんのためにこの世界に呼ばれたんだとカチンときてお前と三日三晩の大喧嘩だ。地形が変わるほどの戦いに創造神が慌てて止めに来たな。何もかも見透かした能面みたいな顔が泣きそうになっててスカッとしたよ」
「あの女は月光苑では感情豊かではないか?」
たまに見かける創造神はあの女はいつもマッサージチェアで幸せそうにダラけている。それ以外にもデザートに目を輝かせていたりと感情豊かで能面みたいだったとは想像も出来なかった。
「確かに今じゃ普通の仕事に疲れた女みたいになってるな。それから迷惑料として創造神から神域や迷宮の権利を貰ったし、前の世界のものを買えるようにしてもらった。今はこうして神域に月光苑を建てて好きにやらせてもらってるよ。その点お前は魔大陸の復興を願ったんだから立派だよな」
「魔大陸は真っ先に邪神に狙われて被害が酷かった。復興には何百年かかる所を一瞬で元通りになったのだから対価として十分であろう。それに我とて私利私欲だ。生きるのに精一杯では強き者は現れないからな。そなたこそ多くの者をこうして楽しませているではないか」
「俺は結局旅館に未練があったんだろうな」
「だから元の世界に戻ることを止めたのか?」
「向こうじゃ俺はただの一般人だ。馬車馬のように働いて少ない賃金を得るよりはこっちの方がいいと思っただけだよ」
こうして二人の話は遅くまで続いていく。そして解散する頃には朝日が顔を出していた。
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