第13話焼きおにぎりと転移勇者2
「俺にお裾分けしてくれるのか?」
「はい。一番お世話になってる人は誰だろうって考えたらギルドマスターだったんです。こうして相談に乗ってくれますし。以前僕が装備を買おうとした時に武器屋を紹介してくれましたよね?」
どこで装備を買おうか悩んでいた陸に武器屋を紹介してくれたのはドノヴァンだった。そこに行くとドノヴァンの紹介ならと武器を安くしてくれたのだ。最初は新人には全員にやってるサービスかと思ったが、それがドノヴァンの厚意だったことを後から知った。
「それが凄く嬉しかったんです。まだ冒険者になって日が浅いですけど、恩返しさせて貰えませんか?一人で行くのは寂しいですし、話せるのギルドマスターくらいしかいないんですよ」
「こんな風に見返りを求めて接していた訳じゃないんだが。でもここで断るのも野暮か。お裾分けをありがたく頂こう」
冒険者とはいつ命を落とすか分からない職業だ。行くなら早い方が良いと二人は明日に月光苑へ向かうことになった。
「それじゃあまた明日」
「あぁ。楽しみにしている」
陸がギルドを出て行くのを見送ったドノヴァンは、顔には出さないものの、その場でスキップしそうなほど浮かれていた。金級冒険者の時は足繁く通った月光苑には、ギルドマスターになってからは久しく行けてない。ドノヴァンとお裾分けし合っていた戦友達も、歳をとって引退していた。冒険者達もお裾分けするなら、こんなイカついおっさんよりも可愛い受付嬢を選ぶだろう。
「あれ?なんかギルドマスター嬉しそうですね?さっきの子はリク君でしたっけ。兎狩りの」
毎回ホーンラビットを狩ってくる陸は、いつの間にか兎狩りと呼ばれていた。からかいの意味も込められているが、ギルド内で常に礼儀正しい陸を大半の冒険者達は好意的に受け入れている。兎狩りはその愛称というわけだ。
「いいことがあってな。まさかこの歳でこんなにも明日が待ち遠しくなるなんて思わなかった」
そして明日は緊急の用があると休みを取ったドノヴァンは溜まっている書類に手を付ける。急に休みを取るなんて。そんな疑問は鬼気迫る表情で書類を片付けていくドノヴァンを前に誰も言い出せなかった。そしてドノヴァンはいつもの倍の速度で仕事を片付けて翌日を迎えた。
「おはようございます」
「おう。リクおはよう。早速月光苑に行くために地下の転移門を使うぞ」
階段を降りて転移門がある部屋へと到着する。転移門と聞いてタイムマシンのような機械をイメージした陸だったが、実際は石造りの鳥居のようなものだった。
「転移門ってどんなものなんですか?」
「各大陸に無数に存在するギルド同士を繋ぐ門で、使えば何ヶ月もかかる距離だって一瞬でワープできる。そのためには魔物から入手できる魔石を大量に使うんだが、招待状にはそれと同等の大量の魔力が込められているんだ。準備できたなら招待状を転移門に近づけてみろ」
言われた通りに近づけると、鳥居の中に平たいシャボン玉のような魔力の膜が広がった。その先にぼんやりと景色が見える。入ってみろと促された陸が恐る恐る足を進めると、一瞬で地下の部屋から景色が変わる。
転移すると、そこには木々に囲まれた風光明媚な自然の中に建物がそびえ立っていた。
「あれって……。もしかして旅館?」
今まで見たどんな建物よりも大きく美しいが、それは確かに旅館だった。木で作られているためか、自然と上手く調和しており、これだけ大きな建物なのに景観を崩さずに一体化している。この世界に来て、初めて日本を思い出す光景に涙が込み上げてきた。
「ダメですよ?ここは冒険者の楽園、月光苑です。涙は似合いません」
急に陸の耳元でそんな言葉が囁かれる。驚きで飛び跳ねる陸を笑っているのは、黄色い髪に赤色の目をした燕尾服姿のイケメンだった。
「おいグリム。うちの冒険者を驚かすのはやめてやってくれ」
「ふふ。申し訳ございません。懐かしかったものでつい。改めまして陸様。並びにドノヴァン様。月光苑へようこそおいでくださいました。極上のひと時をお楽しみください」
グリムに案内されるままついて行くと魔道エレベーターに乗せられた。この世界でエレベーターを見たことがなかった陸は、もしかすると月光苑には日本人が関わってるのではないかと考える。
「本日のお部屋はプレミアムルームとなります。ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
「あの。月光苑ってもしかして」
「それはまた夜にオーナーとお話する時にでも」
グリムは口に指を引くジェスチャーをして去っていった。
「じゃあ俺もこっちの部屋で休ませてもらおう。飯は六の刻に食べに行こうか」
「分かりました」
ドノヴァンと別れた陸は部屋に入ると、そこには日本で当たり前のように見ていた物が沢山あった。照明も洗面台もトイレもこの世界では見たことのない設備だ。
ふらふらと覚束ない足取りで洗面台の蛇口を捻る。すると透明な水が勢い良く流れて陸の服に跳ねた。そんなことは構わないと手に水を溜めて飲み干すと普通の水の味がする。だがその味はこの世界では中々味わえないものだ。
清潔な水がどれだけ得難いものなのか。それを異世界で嫌というほど教えられた。この世界では川はトイレと同義だ。勇者によってもたらされた下水設備も完全ではなく、民は未だに汚物を川へと流す。そして綺麗な水がある街中の井戸は使用するために金がかかる。
そのため民は飲食に使う水を井戸で買って、生活用水には川から汲んだ悪臭を放つ水を火にかけて使っていた。
それがここでは清潔な水が好きなだけ使える。手や顔を洗うために所持金と睨めっこしなくて済むのだ。しかも洗面台には石鹸が備え付けてあった。それを使って洗うと、すぐに泡が真っ黒になってしまう。何度も何度も手を洗ってようやく一心地ついた陸は、ソファに座ってボンヤリと天井を見上げる。
「はぁ。最高だ」
陸は異世界に来てから、やっと満足する生活が出来たような気がした。
しばらくそのままでいた陸だったがそれでは勿体ないと部屋中を見て回ることにする。入口近くで小さな冷蔵庫を見つけたので開くとその中に瓶に入ったコーラを見つけた。一生飲めないと思っていたコーラに大慌てで栓抜きを見つけると、震える手で蓋を開けて口をつける。
「んぐっ!んぐっ!んぐっ!ぷはぁ!!!」
久々の炭酸の刺激に涙目になりながら一気に飲み干す。炭酸が一気に落ちていって痛む胸を押さえながら、陸は満足そうな笑顔を浮かべていた。日本では何気なく飲んでいたそれが、今は神が作った至高の一本とさえ思える。
「げふっ!……ははっ。ここだけ日本みたいだ。父さんと母さんは元気にしてるかな。もう一度だけ、会いたい、な」
これまで生きることに必死で気にしていなかったが、こうして日本に触れるとホームシックが
そんな少年が冒険者として命をかけて、頼れる者のいない天涯孤独の世界で暮らしていく。それは決して中学生の心で耐えられるものではない。陸の心は一週間で既に限界だった。
シャンシャンシャン。
陸を慰めるように外から鈴の音が聞こえてくる。目元を拭ってカーテンを開けると、窓の向こうは辺り一面の雪景色だった。大きな針葉樹の根本では、雪だるま達が楽しそうに雪合戦をしている。
そんなおとぎ話のような光景に目を奪われていると、雪だるま達が陸に気付いた。すると一斉に手招いて、中には雪玉を投げる動作をする雪だるまもいた。
「こっちに来いって?僕も雪合戦に混ざれって言ってるの?」
部屋にいる陸の声が聞こえるはずがない。それなのに雪だるま達は頷くとドアの前に集まった。丸い石で出来た目から感情は読み取れないが、どことなく期待に目を輝かせているように思える。恐る恐る外に出ると、こんなに雪があるのに少し肌寒いくらいだった。不思議に思う陸の顔を雪玉が襲った。
「待ってよ!まだ準備できてないから!」
それでも雪玉は何個も飛んでくる。当たると柔らかく弾ける雪玉は痛くはないが、こうしてやられっぱなしは面白くない。やり返そうと掴んだ雪はふわふわとしたパウダースノーだった。軽く固めた雪玉を投げると一匹の雪だるまに当たる。当てられた雪だるまは楽しそうに体を揺らした。
「そういえばこうして遊んだのって久しぶりだな」
異世界に来る前も受験勉強ばかりで遊んだ記憶がない。それにプレッシャーでイライラして母親に強く当たってしまったことを思い出した。
その後すぐトラックに轢かれたことで謝る機会がなかった。思い出して暗くなる陸にまた雪玉が当たる。雪だるま達が今は余計なことを考えるなと言っているようだ。
「そうだね。今は目一杯遊ばせてもらうよ」
今はこの夢のような世界を楽しもう。久々に訪れた心休まるひと時に陸の心は次第に晴れ渡っていった。
「くしゅん!」
時を忘れるほど遊んだ陸だったが、さすがに寒くなってきた。それを見て顔を見合わせた雪だるま達は、陸の手を引っ張ってどこかに連れて行こうとする。
「なに!?どこに行くの!」
引かれるまま雪原を進んだ先にはホカホカと湯気を立てる露天風呂と、その横で陸を見つめる可愛らしい少女がいた。
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