第12話焼きおにぎりと転移勇者1

 

「稼げたのはこれだけか」


 手の中にある銅貨を見てりくはため息を溢した。ここワーデルの街は周囲に出る魔物が弱く駆け出し冒険者に向いているといわれている。


「魔物が弱いといっても、僕からしたら相当手強いよ」


 今日は近くの草原でホーンラビットを二羽狩ってきた。最弱と呼ばれるホーンラビットだが、角の攻撃をモロに受ければ重症は免れない。それに陸の力不足のせいで何度も剣で切り付けて倒すので、毛皮はボロボロになってしまい買取価格は大幅に下がってしまう。その結果得られたのは銅貨二十枚だった。


 食事に三枚、小汚いベッドだけある格安の宿で十五枚使う。すると手元に残るのは二枚だけ。今日は運良く二匹倒せたが、一匹も倒せない日だってあるので冒険者としての稼ぎは完全に赤字だった。


「どうしてこんなに弱いんだろう。異世界転移って普通チートなんじゃないのかな?」


 陸は元々日本に暮らす中学生だった。それがトラックに轢かれそうになって、女神に出会って六日前にこの世界へと転移することになる。転生ではなく転移だったのは、陸が死んでいなかったからだ。


「しまった!早かった!って聞こえたけど、僕が轢かれるより先に呼んだんだろうな。あの女神様」


 それから諸々あって陸が手に入れたのは『鑑定』と『ログインボーナス』、そして『勇者の種』というスキルだった。鑑定は人や物の情報を見るスキルでログインボーナスはソシャゲのように日毎に何かもらえるというもの。勇者の種は芽吹けば勇者としての強さを得られるらしい。


 ログインボーナスがなければ正直詰んでいたと思う。毎日銀貨一枚が貰えたのだ。それで装備を整え、その余りで陸はギリギリの生活を保てている。


「早くこの種芽吹かないかな。じゃないと本当に野垂れ死にそうだ」


 自分を鑑定してみるが種は未だに芽吹いていない。そのおかげで陸は日本にいた頃の身体能力のままだった。元々文化系で運動神経もさほど良くなかったためか、冒険者として苦労の日々を送っている。


「こんなことなら商人になっておくべきだった」


 憧れの異世界へと来たからには冒険者をしよう。そう考えて装備を揃えた陸だったが、今は鑑定を活かして商人をしていれば成功していたんじゃないかという後悔が消えない。だが今から始めようにも元手がない。せめてその事に気付いた二日目に冒険者を止めれば良かった。


「頼みの綱は明日貰える虹色の手紙か」


 ログインボーナスを確認すると七日目は銀貨ではなく虹色の手紙のマークだった。これがどんなものか分からないが、これだけ光っているのだから、さぞ凄いものなのだろう。そうじゃないと銀貨が貰えない分大変な事になる。


 ソシャゲ的に言えばレジェンド確定ガチャチケットみたいなものかな?宿に戻った陸はそんな淡い期待と多くの不安を持って眠りについた。


『おはようございます。七日目のお届け物です』


 脳内に響いた声に目を覚ます。最近はログインボーナスの通知が目覚まし代わりになっていた。ヒラヒラと落ちてきたものを寝ぼけ眼で見ると、なにやら虹色の文字で書かれた一通の手紙だった。


「招待状?どこのだろ?」


 とりあえず誰かに聞いてみよう。陸は身支度を整えて冒険者ギルドへと向かった。朝のギルドは依頼を求める冒険者によって混雑している。駆け出しが多い分、割のいい仕事は取り合いだ。日本にいた頃の癖が抜けない陸は、どうしてもこの取り合いに参加できず、大人しく端っこで待ってしまう。


「どうしたリク?いい仕事が無くなるぞ?」


 そんな陸に声をかけてきたのはワーデルの街のギルドマスターであるドノヴァンだった。ドノヴァンはスキンヘッドに巨漢の大男で、駆け出しからは怖がられている。ただその面倒見の良さから、付き合いのある冒険者からは慕われていた。


「ギルドマスターおはようございます。いや、取りたいんですけど中々入りづらくて。僕は非力なので、あの輪に入ったら揉みくちゃにされちゃいますから」


 陸からすればギルドマスターのイメージ通りで不思議と怖くなかった。またドノヴァンも駆け出しなのに自分を怖がらない陸のことを何かと気にかけていた。


「そうだ。これがなんだかギルドマスターはご存知ですか?」


 ちょうどいい機会だと思った陸はドノヴァンに招待状のことを聞こうと取り出した。それを見せられたドノヴァンの顔色が変わる。


「おい。それを今すぐ隠せ。詳しい話は部屋で聞く」


「え?ちょ!なんですか急に!」


 腕を掴まれた陸はギルドマスターの部屋へと連れて行かれた。もしかしてこの招待状はなにか不味いものだったのかと戦々恐々としている。


「ここに来れば安心だ。さっきの招待状を見せてみろ」


 陸は招待状を取り出してドノヴァンに渡した。それをドノヴァンは穴が開くほど見る。そして間違いないと確信して大きなため息をついた。


「これはな。月光苑への招待状だ。手に入れた奴は極上の飯に最高の風呂、それから天国みたいな部屋に一泊できる。冒険者なら誰もが欲しがる魔法のチケットだ。さっきの場所で気付かれていたら、依頼掲示板にいた冒険者は全員お前に殺到していたぞ。これをどこで手に入れたんだ?」


 そこまで凄い物だとは思わなかった陸は目を白黒とさせる。そして入手した手段を誤魔化そうにも、説明できそうにない陸は素直にログインボーナスの話をすることにした。


「まさかそんなスキルがあるとは。それで一週間経った今日に招待状が手に入ったと」


「はい。ところでその招待状はいくらで売れますか?僕全然お金がなくて。銀貨一枚以上になってくれれば嬉しいんですけど」


「売るならば大金を積む者もいるだろうな。俺だって金貨一枚出してもいい。ただ残念なことに売ることはできないんだ。ここを見てみろ。ここにお前の名前が書いてあるんだ」


 ドノヴァンが招待状の裏を指差す。そこには確かに沖田陸様と陸の名前が書かれている。


「本当だ。僕の名前が書かれてる」


「読めるのか?」


「え?はい」


「……そうか。しかし虹か。俺はこの仕事を何年も続けているが、冒険者時代も含めて虹の招待状は初めて見た。噂では虹の招待状は、月光苑のオーナーが願いを一つ叶えてくれるらしいぞ」


「そんなに凄い物だったんだ」


 それならお金が欲しいと言えば貰えるのだろうか。ただオーナーにいくらと聞かれたら少し困るかもしれない。陸は小切手を渡されて、好きな額を書いてみろと言われるシーンを思い出した。あれは日本人にとっては中々難しいものだ。


「さっき金がないと言っていたな。売ることはできないが、この招待状で金を作ることは可能だ。招待状にはお裾分けって制度がある。自分を含めたパーティーの他に、一組を連れて行けるんだ。その枠を売りに出せば貴族や高ランク冒険者が高値で買うだろう。最もオススメはしないがな」


「どうしてですか?」


「貴族や高ランク冒険者ってのは癖のある奴ばかりだ。そんな奴らと部屋が違うとはいえ、同じフロアで寝泊まりするなんて俺はごめんだな。せっかくの幸せな時間に水をさされちまう」


「それは確かに」


 人見知りの気がある陸にとって、知らない人と一泊するのは苦痛に感じる。それに招待状がそれだけ貴重なものなら、今後手に入ることは二度とないかもしれない。それなら後悔しないようにと、陸は売らないことを決めた。


「普通は誰か世話になった奴を連れて行くのが普通だな。陸もいるだろ?仲のいい冒険者が」


「えっと、あはは。僕まだこの街に来たばかりですから」


「なら会えば会話する相手とか」


「ここに来て話したのは受付のお姉さんとギルドマスターくらいです」


「分かった。分かったからもう何も言うな」


 陸のあんまりな交友関係にドノヴァンは目頭を熱くさせた。そんな中で陸は世話になった奴と聞いて心当たりが一つあった。会えば話しかけてくれて、こうして世話まで焼いてくれる人がいた。


「良ければギルドマスターにお裾分けさせて貰えませんか?」

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