第29話オムライスと戦乙女2

「やっぱでっかいよなあ」


「そうね。いつ見ても大きいわ」


 髪を水で濡らしたアリシアはそう呟いた。何度来ても大浴場の大きさには圧倒される。


「というかお風呂の種類が変わるって凄いよな。そんなの他じゃ考えられないぜ」


 月光苑のお風呂には月替わりの湯というものがある。その月に合わせた香りや色で楽しませてくれる風呂なのだがこれが実に厄介だ。なんせ毎月来なければ逃した気分になってしまう。


 二人は以前月替わりの湯をコンプリートしたことがある。それに満足していたら次の月の風呂が去年と違うものになっていて愕然とした思い出があった。


 それ以来意地になって毎月欠かさずに来ているのが二人の密かな自慢となっている。毎月来れるということはそれだけ冒険者としての実力があるということだからだ。


「あの!もしかしてミスリルランクの鋼焔の戦乙女のお二人ですか!?」


 月替わりの湯へと向かう途中で一人の少女が話しかけてきた。見た目から察するに成人して間もないようで初々しさを感じさせる。二人を見つめる瞳がキラキラと輝いているのが余計にそう感じさせた。


「ええ。そうよ」


「ファンなんです!握手してもらっていいですか!?」


「いいよ。なんなら背中にサインでもしようか?あはは。冗談だから背中を向けないでくれ」


 感激している少女と握手をする。裸でなにをしてるんだと思われるかもしれないが二人にとって珍しいことではなかった。なぜなら二人には女性ファンが多いからだ。女だけのパーティでミスリルまで上り詰めた鋼焔の戦乙女は、多くの女性冒険者にとって憧れの存在だった。


「ありがとうございます!この手は一生洗いません!」


「それは汚いから洗ってちょうだい。というかお風呂に浸かれば取れちゃうから」


 そのままの流れで三人は月替わりの湯へと入った。どうやら十一月の湯は蜜柑みかん湯のようで鮮やかな黄色と甘酸っぱい香りが目と鼻を楽しませてくれる。


「そういえば自己紹介がまだでした!私はハンナと言います!お二人は月光苑はよく来るんですか?」


「月に一度は絶対来るわ。あとは招待状が手に入り次第だけど毎週来た月もあったわね」


「わぁ!凄いなぁ!私は来たのが今日が初めてなんです。そんな日にお二人に会えるなんて!」


 会ったことをここまで喜んでくれるなんて冒険者を頑張ってきて良かったと二人は心から思う。


「ハンナはどうやって招待状を手に入れたんだ?」


「昨日迷宮のボスを初めて倒したんですけどその時に運良く銀の招待状がドロップしました!」


「ボスを倒すなんて凄いじゃないか。それにその歳でブロンズランクとは将来有望だな」


「そんな。ボスっていっても初心者用なんて言われている迷宮のですよ。その迷宮で銀がでるのは初めてみたいで凄く驚かれちゃいました。それに仲間の子が強いので倒せたんです」


 ハンナは謙遜しつつも誇らしい表情をしていた。それだけボスを倒せたことで自信がついたのだろう。自分たちにもこんな頃があったと懐かしくなった。


「仲間は冒険者になってから見つけたの?」


「いえ。同じ村の女の子二人とパーティを組んだんです。一緒にお風呂に行こうとしたんですが、二人ともはしゃぎすぎて疲れたみたいで。今は部屋で寝ちゃってます」


「それならお風呂はハンナの一人占めね」


「はい!それに仲間もお二人の大ファンなんです。なので会えたことを知ったらとても悔しがりますよ」


 早く会えたことを自慢したい。そんなことを考えているハンナの顔は少しだけ意地悪な笑みを浮かべていた。


「しかし三人でファンなんてありがたいねぇ」


「だって女冒険者の希望ですから!やっぱり冒険者は男性が圧倒的に多くて。そんな中でお二人の活躍を聞くと自分も頑張ろうって勇気を貰えるんです!」


「ありがとう。これからもお互い頑張りましょう」


 その後も話しながら三人は蜜柑湯を楽しんだ。お湯で体を撫でると肌がツルツルとしていて気持ちがいい。腕を嗅ぐと蜜柑の甘酸っぱくも爽やかな香りがしっかりと移っていてそれがまた嬉しかった。


「ところで噂で聞いたんですが月光苑のご飯にはタイムサービスっていうのがあるんですよね?やっぱりお姉様達も差し入れをしたんですか?」


 ハンナの呼び方がいつの間にかお姉様になっているが二人は気にしていない。なぜならお姉様と呼ばれるのも日常茶飯事だからだ。


「とっておきを差し入れておいたさ。今回のタイムサービスは鋼焔の戦乙女がいただいたよ」


「凄いですアリシアお姉様!」


「そんなこと言わないの。もし取れなかったら恥ずかしいでしょう?」


「大丈夫ですよクリスティーナお姉様!絶対タイムサービスはお姉様達のものですから!」


 こうして長く話したハンナはもはやファンというよりも親衛隊のようだった。こうして鋼焔の戦乙女は今日も一人親衛隊員を獲得した。二人は預かり知らぬ所だが親衛隊は現在四桁を超えている。そしてその九割以上が女性だった。


「いい子だったな」


 お風呂を上がってハンナと別れた二人は部屋へと戻ってきた。のんびりとした時間を過ごしながらアリシアは嬉しそうに笑う。ファンの存在は自分たちにも元気を与えてくれる。それに期待を裏切らないようにしようと身が引き締まるのだ。


「良かったの?タイムサービスを貰ったなんて言っちゃって」


「ファンの期待には応えとかないといけないだろ?あれだよ。東に伝わる背水の陣ってやつだ。これであたしたちの差し入れはタイムサービスを取らざるを得なくなった」


「追い詰めたってクインコカトリスの卵が強くなる訳じゃないわよ」


 背水の陣は失敗できない所まで自分を追い詰めることで不退転の決意で戦うことだったはずだ。すでに差し入れた後では背水の陣を敷いても意味がないように思える。


「良いんだよ。要は気持ちの持ちようさ。それにクリスだって自信はあるんだろ?」


「それもそうか。なら今回のタイムサービスは背水の陣で挑むとしましょう」


 温泉に浸かったことで体が温められてお腹が空いてきた。今回は絶対取ると意気込みながらメインホールへと向かう。そんな二人とすれ違った他の客はこれから戦争でも始まるのかと思ったと後に話した。

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