第28話オムライスと戦乙女1

 

(そちらへ向かったわ。あとはアリシアに任せる)


「オーライ。任せな」


 クリスティーナから届いた念話にアリシアは一人呟くと指先を引き金にかけた。覗いたスコープの先にはクインコカトリスがこちらに飛んできているのが見える。どうやら上手く誘き出してくれたようだ。


「対象を捕捉した。これより攻撃を開始する。三、二、一、ファイア!」


 引き金を引くと銃口から一本の光線が放たれて遥か先を飛ぶクインコカトリスの翼に命中した。


「ありゃ。まぁいいか。あとはクリスに任せよっと」


 頭を狙った一撃はズレてしまったが撃ち落とすことには成功した。それを確認したアリシアはのんびりと獲物へと向かって歩く。自分が着く頃にはきっと頼れる相方が終わらせてくれているだろうと思いながら。


「アリシアったらしくじったわね」


 一方で一足先に落ちた場所へと向かったクリスティーナはアリシアの失敗を悟った。目の前には折れた翼を震わせながら自分を睨みつけるクインコカトリスの姿がある。


 コカトリスの目は見たものを石化させる魔眼だ。その女王であるクインコカトリスの魔眼は更に強力で見たものを一瞬で石化させてしまう。そんな魔眼に睨まれているのにクリスティーナは一向に石化する気配がなかった。


「不思議かしら?残念だけど魔眼はより強い魔眼を持つものには通用しないのよ。どうやら私の魔眼の方が上のようね」


 クリスティーナの目が赤く光るとクインコカトリスの体に真っ赤な炎が燃え盛った。あまりの熱さにバサバサと翼を羽ばたかせて消そうとしているが炎はより一層強く燃え上がる。


 ギャアギャアと断末魔を上げながら地面に体を擦り付けるクインコカトリスだったが、それでも消えることのない炎によって焼き殺された。


「およ?なんか美味しそうな匂いがすると思って急いだけどやっぱり終わったみたいね」


 アリシアが到着すると辺りに羽根が焼けた焦げ臭さの他に鳥肉を焼く香ばしい香りが充満していた。丸焦げになったように見えるが羽根をむしれば美味しそうな身が見えることだろう。


「でも内臓とかを取らずに焼いちゃったし食べれそうにないわね。それに匂いにつられてお客さんが集まってきたし」


 クリスティーナの言う通り二人の周りには焼けた肉を求めて様々な魔物が寄ってきていた。それを見てアリシアは舌なめずりをする。


「ちょうどいいや。ひと稼ぎさせて貰うとするかね!」


 先程使った長い銃ではなく太ももに付いたホルスターから二つの拳銃を取り出す。一方は黒光りする無骨な見た目をしていて、もう片方は真っ白な美術品のような見た目だ。


「来いよ。『鋼焔こうえん戦乙女いくさおとめ』の狩りを見せてやる」


 二丁拳銃を構えたアリシアは引き金を引いた。それを皮切りに押し寄せてくる魔物達とダンスを踊るように幾度も鉛玉を撃ち込んでいく。


「アンドゥトロワ!あたしと踊って頂けませんか?なんてな。ほらほら!足が追いついてないぜ!もっと情熱的に踊ろうじゃないか!」


 繰り出される雨のような鉛弾に魔物の数はどんどん減っていく。それを周りで見ていた魔物達は、あれに近づくのは容易ではないと判断して標的をクリスティーナに変更したようだ。


「ここで魔眼を使ったら危ないわね。私はこれで戦いましょう」


 魔物同士が引火しあって大きな火事になってしまうかもしれない。そう考えたクリスティーナが取り出したのは捩れ曲がった杖だった。こちらへ向かってくる魔物達に狙いを定めると杖を地面にコツンと当てた。


「我が敵を縛りたまえ」


 そう呟くと大地から黒くなった大量の砂粒が波のようにうねって魔物達を拘束し始めた。『黒砂こくさ魔杖まじょう』と呼ばれる杖は砂に魔力を通して操ることができる。


 どこにでもある砂を使えるのでこの杖の汎用性は非常に高い。クリスティーナの持つ魔力が多いお陰で操れる砂も膨大だった。二人の圧倒的な力を前に魔物はすぐに全滅することになる。


「よし!これで今日の仕事はおしまい!」


「大事なことを忘れてるわよ。差し入れの食材を取りに来たんでしょ」


「そうだった!そのためにクインコカトリスを狩ったんだった!」


 今いる場所からそう遠くないところに洞窟がある。その奥に大量の枝で作られた大きな巣があった。その中には人の頭よりも大きな卵が三個置かれている。


「あったあった。クインコカトリスの卵だ。これで明日のタイムサービスはいただきかな」


「油断できないわよ。オリハルコンランクが来るかもしれないもの」


「そうだけどさぁ」


 二人は前回のタイムサービスを取り逃がして悔しい思いをしていた。その時差し入れを制したのは魔勇者アークライトだ。神すら恐れると言い伝えられる災獣さいじゅうベヒーモスを出されたら悔しいが勝てない。


「今回は勝てるといいんだけど」


 冒険者にとってタイムサービスの獲得はとてつもない栄誉だ。世界中の冒険者に名前が知られるのだから。女二人だからと何かと舐められがちな鋼焔の戦乙女にとってその知名度は喉から手が出るほど欲しい。


 そこで今回はクインコカトリスを狩りに来た。身も美味いがなによりその卵は絶品だ。ただ親がしっかり守っているため倒してからでないと取ることができず採取難易度は非常に高い。


 ただ魔眼の範囲外からの遠距離攻撃ができるアリシアと、石化の魔眼が通用しないクリスティーナにとっては比較的狩りやすい相手ではあった。


「それじゃあ戻りましょうか」


「おっ。さんせーい!」


 卵も取れたし今日はもう帰って明日の準備をするべきだろう。二人は狙いを達成したことで足取り軽く家へと帰っていった。


「鋼焔の戦乙女のお二人ですね。ようこそ月光苑へ。お待ちしておりました」


「久しぶりねグリム。今回もお世話になるわ」


 クリスティーナが取り出したのは銀の招待状だった。今日はどんな部屋なのかと内心ワクワクしながらグリムの案内に着いて行く。


「お待たせしました。本日のお部屋は『天鏡てんきょう』となります」


 通された部屋に入った二人は一目散に部屋のカーテンを開いた。


「今日も綺麗な景色ね」


「これは見事だ」


 二人が目にしたのは二つの空だった。澄み渡るような一面の青い空には小さな羊雲が気持ちよさそうに泳いでいる。そんな空をどこまでも続く透き通った湖が鏡のように映していた。


 この世のものではないような絶景にしばし見惚れてしまう。そのまま外に出ると鏡の中に迷い込んだような錯覚を受ける。湖はどうやらかなり浅いようだ。だからこんなにも空を映せるのだろう。湖を歩けるようにと真ん中には白い木でできた桟橋が掛けられている。


「魚もいるのね」


 桟橋を歩くと湖を泳ぐ色とりどりの魚を見ることができた。まるで空を泳いでいるようでとても美しい。魚達は歓迎するように歩く二人の隣を一緒に泳いでいた。


「月光苑に来るとさ。荒んだ心が癒やされていくのが分かるんだよなぁ」


「そうね。洗われるようだわ」


 何をする訳でもない。ただ桟橋をゆっくり歩くだけだ。それだけで二人は心が安らいでいくのが分かった。これがあるから月光苑はやめられない。気持ちをリセットして明日から冒険者を頑張ろうと思えるのだ。


「どうする?このまま部屋でゆっくりする?」


「んー。それも悪くないけどやっぱりお風呂でしょ!心を洗ったら次は体を洗わないと!」


 クリスティーナの問いかけにアリシアはニッと笑って答えた。今日はどんなお風呂に入ろうか。そんなことを考えながら二人は桟橋を戻っていった。

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