第8話握り寿司と魚人家族2

来たる週末にマーリン達はラグニアの冒険者ギルドにある転移門で月光苑へとやってきた。いつ見ても大きな建物だと見上げているアンティアスの背中をアネモネがつんつんと突く。


「ん?どうしたの?」


「にいに!手!」


 どうやらアネモネには月光苑が大きすぎて怖かったようだ。手を繋いであげるとニッコリと笑ってご機嫌に手をブンブンと振る。


「あはは。痛いよアネモネ」


「月光苑おっきいね!すごいね!」


「そうだね。父様が頑張ってくれたから泊まれるんだよ。ありがとうしようね」


「とーさまありがと!」


 花が咲いたような笑顔でお礼を言ったアネモネの頭をマーリンが優しく撫でた。そんな様子をいつの間にか一人の男がうんうんと頷きながら隣で見ている。


「仲がよろしいのは良いことですね」


「うわっ!グリムさん!?」


「はい。久しぶりですねアンティアス君にアネモネちゃん。ようこそ月光苑へ。お待ちしておりました」


「久しぶりだなグリム。今日は世話になる」


 グリムが月光苑の扉を開くと、その横を通ってアネモネがエントランスへと駆け出した。手を繋いでいたアンティアスも引っ張られる形でフロントを通り過ぎる。


「とーさま!かーさま!はやくはやく!わっ!」


 後ろを見ながら走っていたアネモネが絨毯に足を取られてツルリと滑った。咄嗟に助けようとしたアンティアスも一緒に転びそうになってしまう。


「危ないから走らないようにしましょうね。怪我したら遊べなくなってしまいますよ?」


「ごめんなさい」


 そんな二人をさっきまでマーリンの隣にいたはずのグリムが受け止めて優しく立ち上がらせた。アネモネも悪いことをしたと泣きそうな顔で謝っている。


「謝れて良い子ですね。そんな二人には飴をあげましょう」


「いいの!?わーい!」


「ありがとうございますグリムさん」


 貰った飴を舐めたアネモネは美味しいとほっぺを撫でている。アンティアスも食べるとピンクの飴は優しい苺の味がした。


「さすがの速さだな。動きがまるで見えなかった」


「それが私の取り柄ですので」


 マーリンでも目で追えないなんてグリムはすごい人なんだとアンティアスは驚かされた。そんなグリムに連れられて部屋へと案内される。


「以前と同じ部屋をご所望とのことでしたので本日お泊まり頂くのは『白浜』のフロアとなります。ご説明は必要でしょうか?」


「いや大丈夫だ。のんびりさせてもらうよ」


「ではなにかございましたらお部屋のベルでお呼びください」


 グリムが出ていくのを見届けたアネモネがベッドに飛び込んではしゃいでいる。月光苑のベッドはふかふかでお日様の匂いがした。そんな気持ちいいベッドに飛び込むのがアネモネのいつものルーティンだ。


「やっぱりここは落ち着くな」


「そうですね。ここは魚人にとって親しみのあるお部屋ですから」


 白浜は海がモチーフになっているフロアだ。例えば天井の照明がヒトデの形をしていたり、ベッドの形が二枚貝だったりしている。そして何よりも凄いのが外には本物の海があることだった。


「とーさま!海いこ!」


「そうだな。外に出ようか」


「かーさまは?」


「私は日避けのパラソルを用意しておきますね。先に行っててください」


 三人は部屋に置かれていた水着に着替えて外に出ると、すぐ目の前に真っ白の砂浜と青い海が広がっていた。里の海はもう少しだけ濃い青をしているがここの海はエメラルドグリーンだ。それに砂浜からでも魚が見えるくらい透き通っている。


「かにさんいるよ!」


 アネモネが見つけたのは砂浜を横切る薄ピンク色をしたカニだった。そんなカニの真似をするようにアネモネは手をハサミにして後ろを着いていく。


「二人とも準備運動してから海に入るんだぞ」


「はーい!」


 言われた通りに入念に準備運動をして海へと向かう。潜った海の温かさはしゃぐアネモネの目の前をクマノミが横切った。


「お魚さんこんにちは!」


 仲良くなろうと元気良く挨拶をしたがクマノミは驚いたように逃げて行った。それにしょんぼりとしたアネモネだったが、すぐ後に泳いできた沢山の魚を見て目を輝かせている。


「お魚さんいっぱいだね!」


「そうだね。アネモネはどの魚が好き?」


 その質問に水中をきょろきょろと見ていたアネモネは顔を上げた。


「んーとね!にいにととーさまとかーさま!」


「ぷっ!あはは!そうだね!僕もアネモネが好きだよー!」


 天使のような笑顔でそう答えたアネモネにたまらなくなって抱き上げるとその場でクルクルと回る。アネモネはキャーっと嬉しそうな悲鳴を上げて笑っていた。


「そうやって仲良しするなら父さんも混ぜてくれ」


 そんな二人を今度はマーリンが持ち上げると両肩に乗せてグルングルンと大きく回る。そんな三人の姿をコーラルがパラソルの下から微笑ましそうに見ているのをアネモネが見つけた。


「あ!かーさまがいるよ!おーい!」


 大きく手を振るアネモネにコーラルもシートの上から手を振り返していた。砂浜へと戻ってきた三人に部屋から持ってきた水を渡してくれる。


「なんだか随分と楽しそうでしたね」


「あぁ。アンティアスがアネモネにどの魚が好きかって聞いたら、にいにととーさまとかーさまって返事が帰ってきてな。それが可愛くてついはしゃいでしまった」


「まぁ!私もアネモネが大好きですよ」


「にひひー!」


 嬉しそうに笑いながら水をくぴくぴと飲むアネモネの頭をコーラルがタオルで優しく拭いてあげる。それが気持ちよかったのかアネモネはだんだんと眠そうな顔になってきた。


「寝ちゃいましたね」


 それからしばらくしたらコーラルの膝で気持ちよさそうに眠るアネモネとアンティアスの姿があった。優しげに二人の頭を撫でるコーラルの顔は幸せそうで、その顔を見たマーリンも連れてきて良かったと心から思えた。体を冷やさないように肩にタオルを掛けてあげると、コーラルは嬉しそうにタオルに手を添えた。


「重くないか?」


「ちょっとだけ重いけど嬉しい重さですよ。二人ともしっかり成長してるなって感じられますから」


「それなら後で俺もその重みを体感させて貰うか」


「あなたの太ももは固そうですから嫌がるかもしれませんね」


「それはコーラルが羨ましくなるな」


「私はあなたか羨ましいですよ。私ではあんな風に二人を持ち上げて回すなんて出来ないですから」


 コーラルの言葉にそれもそうかと納得したマーリンはアネモネの頭を撫でる。するとアネモネはむず痒そうな顔をしてころりと寝返りを打ってしまった。


「ふふ。まずは頭を撫でる練習ですかね?」


「普段は喜んでくれてるから大丈夫なはずなんだが」


「そうですか?なら私で一回試してみてください」


 頬を染めながら差し出されたコーラルの頭をマーリンは優しく撫でる。その桃色の髪は昔と変わらずサラサラとしていた。


「んー。六十点ってところです」


「随分と厳しいな」


「これじゃアネモネを満足させられませんよ。だからまた私で練習してくださいね?」


「そうだな。この練習は毎日しようか」


「んぅ。とーさまとかーさま仲良し?」


 聞こえた声に二人が下を見るとアネモネが目をこすりながらこちらを見ていた。夫婦の甘い時間を見られた恥ずかしさを誤魔化すようにマーリンは咳払いをする。


「もちろん仲良しだぞ?」


「ん!アネモネもとーさまも仲良し!」


「あら?とーさまとだけ?」


「かーさまとも仲良し!」


 騒ぎに目を覚ましたアンティアスも連れて部屋に戻ると支度をする。海で遊んで冷えた体を温めようと四人は風呂へと向かうのだった。

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