第26話カレーライスと犬耳少女4

「どうしよう。寝ちゃった」


 お腹いっぱいになって満足したのだろう。ククルはテーブルに突っ伏して寝てしまった。まさかこのまま寝かせる訳にもいかずに背負ってエントランスまで連れて来た。背中で気持ちよさそうな寝息を立てながら、時折カレーと呟くククルは幸せそうな笑みを浮かべている。


「というわけなんです。起きるまでここに居たらだめですかね?」


「ふむ。事情は分かりました。オーナーには私から伝えておきましょう」


 グリムに事情を話して起きるまでは月光苑にある談話室で寝かせる許可は取れた。ソファに寝かせてもククルは起きる様子はない。安心しきったその頬をレベッカはぷにぷにと突っつく。


「しかし見ない間に随分と懐かれましたね」


 レベッカの一日の話を聞いたグリムは、あんなに無口だった少女がそこまで心を開くとは思わなかった。きっと裏表なく明るい性格のレベッカだからこそ懐いたのだろう。


「とっても可愛いんですよ!私のことをお姉ちゃんって呼んでくれて!それでグリムさんに聞きたいことがあったんです」


 レベッカはククルが白いお兄ちゃんに助けられたことをグリムに伝えた。


「ククルちゃんはそのお兄さんに会ってお礼を伝えたいみたいで」


「なるほど。伝えたいけどそのお兄さんが誰か分からないということですね」


「そうなんです。ククルちゃんの願いを叶えてあげたいんですけど」


「心当たりがあります。ただその前にククルちゃんが巻き込まれた事件について話しておきましょう。レベッカさんも関係がありますから」


「え?私もですか?」


「はい。レベッカさんは『悪魔の尻尾デビルズテイル』という組織はご存知ですか?」


 その名前をレベッカは聞いたことがあった。


「確かアルベール王国にある犯罪組織でしたっけ?私が暮らしていたフーリスの街も近かったので聞いたことはあります」


「それなら話は早い。ククルちゃんは住んでいた里から外に出た際に悪魔の尻尾に攫われてしまったようです。それから悪魔の尻尾と繋がりのある奴隷商へと引き渡され、国外に売り払われそうになっていた所を白いお兄さんに助けられたみたいですね」


「ギリギリで助かって本当に良かった。グリムさんが調べてくれたんですか?ありがとうございます!それならククルちゃんを里に送れば解決ですね!」


 ククルの家の場所が分かってレベッカはホッとした。それなのにグリムの顔は優れない。


「それがそうでもないんですよ。ククルちゃんは早くに両親を亡くしたようで、その後叔母家族に引き取られました。ただその叔母が良くない人物だったようで、ククルちゃんは日頃から奴隷のような扱いを受けていたみたいです。アルベール王国で褒美を渡された時に自分の家族のことを話さなかったのは、恐らく家に帰りたくなかったからでしょう」


「そんな」


「私の推測でしかありませんが、ククルちゃんは奴隷になってしまってでも逃げ出したかったのかもしれませんね。ところがギリギリの所で助けられた。そしてそのまま奥へと進んでいった白いお兄さんが心配なククルちゃんは、急いでアルベール王国の衛兵の詰め所まで向かって事情を話した。招待状を貰うまでの経緯はこんな所でしょうか」


「自分が辛いはずなのに人の心配まで。そういえばグリムさんは私にも関係あるって言ってましたよね?」


「ええ。遅くなってしまいましたが今回の件を調べた時にレベッカさんがここへ来た理由も分かりましたよ」


「え?この話の流れだとまさか」


「お察しの通りです。レベッカさんの働いていた酒場の店主ですが、調べたらきな臭い噂が出て来ました。彼もまた裏で悪魔の尻尾と繋がっていると。実際に酒場で働いていた女性が行方不明になったこともあったそうです。酒場なら見た目の良い女性も働きに来ますし、仲良くなれば身の上話を聞くのも違和感ありません。そうやって調べて攫っても足がつかなさそうな女性を見極めていたんでしょう」


 元々レベッカは小さな村で生まれ育った。そこから働きにフーリスの街へとやってきたのだ。確かに攫われたとしてもすぐには気付かれないかもしれない。自分が知らない内に危うい目にあっていたのを知ってレベッカは震えが止まらなかった。


「不幸中の幸いですが、最初に行った検査の通りレベッカさんに乱暴されていた形跡はありませんでした。そこは間違いないと誓いましょう。そしてレベッカさんを助けた人物なんですが、どうやらククルちゃんを助けた人物と同じようなんですよ」


「それなら白いお兄さんはククルちゃんだけではなく私も助けてくれてたんですか!?でもなんで私は覚えてないんでしょうか」


「へそ曲がりと言いましょうか。彼は人助けを誰にも知られたくないみたいですね。ククルちゃんのこともこんなに大事になるなんて予想外だったはずです」


「どういうことですか?」


「実はククルちゃんに秘密がありまして。彼女はどうやら催眠系のスキルに強い耐性があるみたいなんですよ。恐らく白いお兄さんはレベッカさんの時のように、最終的には記憶を消すつもりだったんでしょう。ただそれは耐性のせいで通用しなかったようです」


 本来ならば悪魔の尻尾壊滅の知らせはもっと後に知れ渡るはずだった。それがククルというイレギュラーによって早く知れ渡ったのは、白いお兄さんにとっても予想外だったはずだろう。


「私達の知らない所でそんなことが起きてたんですね。それにしても白いお兄さんって誰なんですか?」


「呼んでおいたのでそろそろ来るはずですよ」


 すると廊下の方から聞き覚えのある鼻歌が聞こえて来た。その鼻歌が聞こえて来た途端に、気持ちよさそうに眠っていたはずのククルが起き上がった。


「白いお兄ちゃんのお歌だ」


 どうやらこの鼻歌の主がククルとレベッカを助けた白いお兄さんで間違いないようだ。固唾を飲んで見守る二人の前で、ドアがガチャリと開いた。


「人がせっかく気持ちよく飲んでいたのに呼び出すなんて酷いじゃないかぁ」


 談話室に入ってくるなり開口一番で文句を言ったのはレベッカの良く知る常連の姿だ。


「え!?タリスさんが白いお兄さんなんですか!?」


「えぇ?急にどうしたのレベッカちゃん?白いお兄さんってなにさぁ?」


 白いお兄さんの正体はバーの常連であり、四人しかいないオリハルコンランクの一人であるタリス・スコルピアだった。急に呼び出された挙句に白いお兄さんと呼ばれ困惑しているタリスに事情を説明する。


「それは人違いだよぉ。僕ってばそんな人助けなんてしないからさぁ。なんたって蛇蝎だからねぇ」


 自分のような嫌われ者が人助けなんてするわけが無い。そうケラケラと笑うタリスにククルがひしっと抱きついた。


「白いお兄ちゃん。助けてくれてありがとう。お兄ちゃんが助けてくれたから、ククルは月光苑で沢山楽しい思い出できたよ」


「人違いだってぇ。残念だけど僕はお嬢ちゃんの言う白いお兄ちゃんではないよぉ」


「白いお兄ちゃんで合ってる。おんなじ匂いがするしククルを助けてくれた時に聞こえたお歌を歌ってた。だからククル助けてくれてありがとう」


 間違いないとククルは感謝を伝えた。そんな幼い少女から向けられた真っ直ぐな瞳に、いつも飄々《ひょうひょう》としているタリスも困ったような笑みを浮かべる。


「参ったなぁ。グリムからもなんか言ってやってよぉ」


「私はお客様と従業員の味方ですので」


「それなら僕もお客様じゃないかぁ」


「ニ対一です。申し訳ありませんが人数の多い方を優先させていただきます」


 頼みの綱だったグリムも敵に回ってしまったようだ。三人の瞳に見つめられたタリスは、観念したように大きなため息を吐くと、どこからか白いローブを取り出してフードを目深に被った。


「全く。どこからバレてしまったのかな?」


「どうやらククルさんには催眠系のスキルに強い耐性があるみたいですよ」


「あはは。それは思いもしなかったな。リリスの催眠を破るなんてククルちゃんは将来有望かもしれないね」


 ローブの奥から聞こえてくるのは優しいながらも真剣な声だった。まるでそこにいるのはタリスではないと言いたいように間伸びした口調を止めている。


「ねぇグリム。ここには蛇蝎と呼ばれる男はいないよね?」


「はい。月光苑をご贔屓くださる嫌われ者はいませんね」


 白々しい会話を済ませたタリスはククルの頭を優しく撫でる。


「ククルちゃんだったね。無事で本当に良かったよ。一人でここまで来たんだって?怖くなかった?」


「少し怖かった。でも大好きなお姉ちゃんができたし、こうやって白いお兄ちゃんにも会えた。それがククルは凄く嬉しいの」


「じゃあ私を助けてくれたのは本当にタリスさんだったんですか?」


「タリスという男は知らないな。助けたのは白いお兄さんだよ。でもレベッカちゃんも月光苑で働くのは楽しそうで良かったよ。連れてきた甲斐があった」


 レベッカはその言葉に思わず鼻の奥がツンとした。普段一人でゆっくり酒を楽しむ常連が自分の恩人だった。そんな恩人からかけられた優しい言葉が嬉しくてたまらない。


「本当にありがとうございました!でもこんなに人を助ける立派な人なのに、どうして嫌われ者だなんて言うんですか?」


「うーん。どうしても聞きたい?」


「どうしてもです!」


「仕方ない。グリム、お酒を用意してほしい。とびきり強いやつがいいな」


 なぜかタリスはお酒を注文した。冗談かと思ったが至って真面目な顔をしている。


「用意できますがどうしたんですか?」


「男がこれから女々しい話をしなきゃならないんだ。そんなのシラフじゃ出来るわけないだろ?」


 茶目っ気のあるタリスの台詞に三人は笑う。そして火がつくほどの酒が用意されるとタリスは昔を思い出すように語り始めた。

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