第2話:ログインボーナス


「おい、昼男ひるお~! カラオケいこうぜ~!」


 友人の佐熊さくまに大学でカラオケに誘われる。泥砂昼男でいさ ひるお、俺は自分の名前があまり好きじゃない。なぜならユニークな名前の割に俺が面白みのない人間で、申し訳ない気持ちになるからだ。面白さを期待しただろうが、すまない! 俺は面白くないんだぁ~! ってな……まぁ、名前が嫌いっていうよりも、それに見合わない俺が嫌いって感じだ。


「えぇ? 前も行ったばっかじゃん? 大体男だけでカラオケに行ってもなぁ……はぁ、分かったよ。その代わり一杯おごれよ?」


「分かってないなぁ泥砂君、女がいたら馬鹿みたいな曲歌えないだろ? オレもお前も、女がドン引きする曲ばっかし好きなんだぜ? 最大限……たの……う……」


「そうだ、男だけで行っても最大値じゃないぞ。俺達の女子ドン引きレパートリーに耐えるどころか、一緒に楽しんで歌ってくれる女神のような美しい女性が一緒にカラオケに行かなければ、楽しさの最大値にはならないんだよ。そして、そんな女の子がいたら俺もお前も、女の子と二人きりでカラオケに行こうとすることだろう。友情は終わりだ」


「ま、待てよ! じゃあ、最大値を出しても、オレはお前を失い、人生の幸福度が減っちまうじゃねぇかぁ! 全く、現実ってのはままならねぇもんだなぁ」


「いや、今のどこに現実要素あった? 佐熊、お前馬鹿だろ、知ってるけど」


 取らぬ狸の皮算用というやつだ。だけど正直、俺はこの馬鹿の存在に救われている。こいつはどんなやつにも対等で接し、決して人を見下すことがない。陽キャ、ではないんだけど、俺には眩しく見える存在だ。小学校の頃からずっと一緒だけど、いつも内心立派なやつだと思っていた。いじめを見つけてはそれを潰し、リーダー格に目をつけられてもそれを跳ね返し、逆に改心させる。


 俺はこいつがいじめを撲滅していたから、いじめられることはなかったけど、多分佐熊がいなかったら……俺なんか適当な理由でいじめられていたことだろう。


「はは、ほんとなぁ。昼男は馬鹿な俺なんかよりもっと上の大学目指せたはずなのにさ、勿体ねぇよなぁ?」


 ちなみに佐熊は、いじめを潰す過程でよくボコボコにされていたが、負ける度に強くなって最終的には勝つ、を繰り返しすぎた結果滅茶苦茶リアルファイトが強い。きっと、こいつの前世は少年漫画の主人公かなんかなんだろうな。


「お前は俺のことを過大評価し過ぎだ。俺がチキンなの知ってるだろ? そういう消極的で努力のできない所も含めて、俺の性能スペックなんだよ。俺が努力したら、なんてことは考えても無駄な妄想でしかねぇよ」


「そうかぁ? 昼男って自分で思ってるよりも、変なやつだし、凄いやつだと思うけどなぁ? だって俺、お前と一緒に遊ぶのが一番楽しいし! 間違いないぜ! それにお前だってパワーありそうじゃん、足めっちゃ太いし! 多分蹴ったら人死ぬぜ!」


 俺は佐熊とカラオケで歌いすぎた結果、家に帰るのが遅くなった。つまり、ロブレをやる時間がほとんどないってこと、今日は早めにルーティーンをこなすか。


 俺は夜飯を食った後、自分の部屋でいつものぼっ立ちスタイルでロブレを起動、すでに少し眠気があるので、スクワットしながらロブレをやる。


 今日は遅くからプレイし始めたせいで、このままでは夜のロンプラが来るまでに他の場所の景色を回れない……夜のロンプラを見る代わりに、他地方の夜の景色を楽しむのもありだが、今日は夜ロンプラの気分なんだよなぁ……


 説教ログボとロンプラの周辺警備は後回しにして、先に他の景色を見てこよう。うん、それがいい! 俺はいつもよりも少し早足で景色を楽しむことにした。


「今日のサトラン洞窟、なんかモンスター少ないな。これだったらもうちょい奥も見れるかも……」


 俺が景色を見るためによく行くマップ、サトラン洞窟は洞窟の内部に川があり、川の底で魔法の藻が光る綺麗な場所だ。この藻は周囲の空間の魔力の濃さで色味を変える性質を持っていて、初心者でもそこが危険かどうかが分かりやすい親切マップだ。と言っても最深部はモンスターのレベルが結構高くて、初心者が全踏破するのは無理な設計になっている。強くなったらもう一度帰ってきて、行けなかった場所に行く、そんなワクワクがある。


 いつも洞窟最深部は高レベルのコウモリ系のモンスターが大量にいて、進みづらいんだけど、今日はまるでいない。川の藻は青白く光っている。これはモンスターが全くいない時の色だ、ヤバイと赤色に近づき、特殊イベントが発生していると金色に輝く。


 俺はめっちゃ簡単に進める! とウキウキで探索し、最深部の最奥にあっさりたどり着いてしまった。


「うお~めっちゃ綺麗。というかこれ! レア武器!? 黒羽の短剣じゃん! え? まじ? これ拾っちゃっていいの? 俺、ボスと戦ってないのに……まぁ貰っとくか! こんなラッキーなことがあるんだなぁ」


 洞窟最深部のコウモリ系のボスが稀にドロップする黒羽の短剣を、何もしていないのにゲットしてしまった。けど、ここにくるまで、川がずっと青かった……モンスターを全く見かけなかった……こんなことってあるのか? 他のプレイヤーがモンスターを全滅させたにしたって、こんなレアドロップを見逃すとは思えないし、普通は倒したヤツの所有権、銘が刻まれるはずなんだけどな。


 謎だ、本当にレアドロップらしいから、ロブレの廃人でも持ってないやつ多いらしいから、コレクション目的で高く売れるだろうに……まぁいいや、ちょっと長いし過ぎたな。今すぐ戻らないと、ギリギリ夜のロンプラが見られなくなってしまう。


 俺はモンスターがいないことで非戦闘エリアとなった、サトラン洞窟最深部からロンプラへと転移魔法を使って帰還した。


「──は? なんだよ……これ? ロンプラ、ロンプラだよな?」


 帰ってきた夜のロンプラは燃えていた。ま、まさか……初期町襲撃イベントか? ロブレには定期的に初期町を襲うレイドボスが出てくるイベントが発生する。4つある初期町をランダムに襲うボスで、最初期からずっとあるイベントボスだ。最初期実装ということもあって、本来は複数のパーティーで倒す想定のこのボスを、今では中堅プレイヤーがソロで倒せる。


 【砦喰らいの鬼蛙】それがボスの名前、大して強くはない、俺でもギリソロで倒せるぐらいのはずだ。あーそうか、このボスインフレが進んだ今となっては、何の価値もない、無駄に時間がかかるだけの激渋ボスだからみんな放置したのか……それでロンプラがこんな滅茶苦茶に……キノコの家はボロボロに崩れ、燃えて、チュピトルや、エルフ、人間のNPCの死体が沢山ある……え? なんでこんなに死体があるんだ?


 あんなイベント、NPCの死者が発生しても一人か二人がせいぜいなのに……なんで、なんで町の住民全員死んでるみたいな勢いで……死体があんだよ……


「あ! そうだ! ガルオン爺! まだ傷薬もらってない! 生きててくれよ!」


 俺はガルオン爺がいつもいるロンプラ中央の噴水広場の入り口付近を目指す。なんでだ、なんでこんなに俺は焦ってる……大丈夫だ。きっとガルオン爺は無事だ……俺、こんなにガルオン爺のこと心配になるほど、愛着なんて持ってたっけ?


 ……愛着……ないわけないだろ……! このロブレのNPCは世界にとって重要なネームド以外、死んだら帰ってこない。同じ役割を持った別の名前のNPCがリポップするんだ。


 俺は、ロブレのサービス開始からロブレを始めて、それから毎日、毎日ガルオン爺に会って、説教聞いて、傷薬を貰ってたんだぞ? 俺の生活の一部なんだよ……俺が、どんなキャラよりも会話してきた爺さんなんだ! クソ、手が震える……




「シャヒル! 生きろ! 逃げるんじゃぁ! お前には、未来がある!」



 シャヒル、俺の名前だ。俺のロブレでの名前だ、俺の名前の砂と昼を組み合わせて作った名前、俺の分身の名前だ。


 俺の名を叫んだ、説教臭い爺は……──俺の目の前で、砦喰らいの鬼蛙に食われて、死んだ──


「う、ああ、うわああああああああああああああ!!」


 俺はガルオン爺を食い殺した鬼蛙に攻撃を仕掛ける。


 【スライド・ステップ】


 移動スキル、小間隔の瞬間移動を横に繰り返す。硬直なし、戦技スキル。


 【ハリケーン・ストライク】


 風属性魔法とスカウトのジョブ技を組み合わせた、硬直なしの連続斬撃技。CD極小、戦技スキル。


「ゴアアア……?」


 鬼蛙は、俺の最大火力技を食らっても、間抜けな鳴き声を上げるだけだった。まるで、まるでダメージが通っていない……うそだ、そんなのありえない! だって、だって俺、この技で、こいつを倒したことあるんだぞ? ノーダメージなんてありえない、絶対少しはダメージが通るはずなんだ!


【ハリケーン・ストライク】


【ハリケーン・ストライク】


【ハリケーン・ストライク】


 同じ技を連打し続けた。だけど結果は同じ、鬼蛙は、無傷だ……


「なんでだよッ!」


【アナライズ・トーン】


 風系統の音を使ったステータス看破魔法、発動が早く、広範囲を一度に調べられる。回数制限なし、魔法。


「……え?」


【砦喰らいの鬼蛙:Lv.62】


 俺が魔法で看破できた、得られた情報はそれだけだった。あとの情報はレジストされて、分からなかった……こんなのおかしい……ありえない。


 砦喰らいは……本来は20レベルのボスモンスターだぞ……? なんで3倍以上もレベルがあんだよ! 20レベルのにすら、俺は勝てるかギリギリなラインなんだぞ? こんなの、勝てるわけない! 俺のような地雷ビルドの、キャラもプレイヤーのレベルも低いクソ雑魚が勝てるわけがない!!


 に、逃げないと……あ──「シャヒル! 生きろ! 逃げるんじゃぁ! お前には、未来がある」──ガルオン爺の最後の言葉が、俺の頭の中で繰り返すように響いた。


「あ、あああ、あああああああああああああああ!!!」


 俺は全力で逃げた、逃走は成功した。俺のキャラビルドは、逃走に特化していたから、砦喰らいのターゲットが俺に向いていても、逃げ切ることができた。


 俺は泣いていた、ゲームの中のことなのに、そのはずなのに……人生で、一番泣いていた。


 俺の足が止まる。俺は【ブロックス】そこそこの実力の冒険者がいる、中級者が拠点にする町へ辿り着いた。ここなら、もう、安全だろう……きっと、ここの奴らなら、あの異常なレベルの砦喰らいだって倒せるはずだ。


 俺は拠点設定をロンプラからブロックスへ変更し、ロブレをログアウト、ヘッドギアの電源を切った。


 ロブレを終えても、俺は気分を切り替えられないでいた。頭を抱えながら、俺は布団に包まって寝る。


 寝付けない……どうしても、ガルオン爺の顔と、最後の言葉が忘れられない。だって、ガルオン爺は、俺の名前を呼んだんだ。死に際のNPCが、プレイヤーの名前を呼んで助けようとするなんて、見たことも聞いたこともない。


 ガルオン爺は、力のある目で、笑いながら、俺を見て死んだ。後ろで燃える、炎に照らされながら、俺を見て、何かを託すかのように……やり遂げた、そんな表情で死んだ。


 何かを託された俺が、シャヒルが、何かを成すことを、ガルオン爺は信じ切っていた。分からない、なんで俺なんかを信じられる……なんで俺なんかに託せる……自分すら信じられず、努力もできなかった俺を……俺に、未来があるだって?


 俺が、ちゃんと、もっと強くなるためにロブレをプレイしてたら、ガルオン爺は死なずに済んだのに……俺がカスのせいで死んだのに……シャヒルはもっと頑張れたのに……それを操作する俺がカスだったから……俺は……あんたを守れなかったんだよ!!


 眠れなかった。眠れなかったけど、俺はいつしか疲れから、気絶するように意識を失い、眠った。意識を失う最後まで、俺の脳裏に映る背景は、美しかったロンプラが燃え、あたり一面に住民の死体が転がる、最悪なものだった。


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