第29話:静かな変化


「夜織子……あいつ、馬鹿だろ……ひぐっ……でもそうか……最後は、ヒルオのおかげで寂しくなかったんだな……」


 俺とダクマによる過去のすり合わせが終わった後、俺は泣いていた。俺が思っていたよりも全然滅茶苦茶な話だったし、馬鹿な話だと思ったけど、泣かずにはいられなかった。


「なんだかシャヒル君とダクマちゃんは難しい関係だね……妹のような、妹と自分の子供のような……いや姪?」


「そうですね、ちょっと複雑過ぎる……でもなんか、アルーインさんとダクマに話せてよかったかも。ありがとう……俺のやるべきことが分かった気がする。何にせよ、俺はダクマを幸せにする義務がある。夜織子とヒルオの願いは俺が叶える。そのためには、まずはこの世界を守らないといけないんだ」


「なに!? 余を幸せにする義務だと!? そうだったのか……じゃあ、シャヒルが余の面倒を見るのは当たり前だな!」


 ダクマは泣いてしまった俺と違ってケロっとしている。記憶はあっても感情までは引き継いでないってことか?


「それにしても謎だな……なんでダクマの名前変わってるんだ? 融合した他の人名前はプレイヤーキャラの名前だった。本来ならワールドエンド・ダークネスマインドじゃなくてヒルオって名前にならないとおかしいんじゃないのかな?」


「まぁ何事にも例外はあるんだろう。ましてや話を聞くだけでレアケースだって分かる過去だったのだし……考えられる理由としては、プレイヤーキャラが自分の存在を否定したからじゃないかな? わたしもシャヒル君もプレイヤーキャラの名前だ。これは名前がプレイヤーキャラを基準、ベースとしているからだと思う。人格を完全掌握しているわたしでも人名はキャラ準規だ。じゃあ、そのベースとなるプレイヤーキャラが消えてしまったら? これは他の事例を見たことがないから単なる予測でしかないけど……その場合は、リアル名になるんじゃないかな? だけど、ダクマちゃんの場合はリアルも自分を否定して消えちゃったから……とても人名とは思えない名前になった」


「な、なるほど……確かにありえそうな推論だ……けど名前の基準が夜織子でもヒルオでもないとしたら一体どこから来たんだ? ワールドエンド・ダークネスマインドって名前は……」


「ああそれか? それは余の母がよく使ってたファーストフード店? のメニューの名前を組み合わせた名前だぞ」


「ワールドエンド……ダークネスマインド……まさか、アブソリュートゴッドバーガーのワールドエンドバーガーとダークネスマインドシェイクのことなのか? あっ……そっか、夜織子、あの店好きだけど父さんと母さんに身体に良くないからあんまし連れてって貰えなかったもんな……一人になって好き勝手できるようになったから、あの店に行きまくってたのか……」


「え? 何? ワールドエンドバーガー? ダークネスマインドシェイク? そんなのがあるの?」


「えええええええええええええ!? 知らないの!?」


「えっ!? え? そんな驚くことかな?」


 嘘だろ? アルーインさん、アブソリュートゴッドバーガーの国民的超人気メニュー知らないの? 誰もが一度は食べたことのあるアレを……食べたことないっていうのか?


「ま、まさか……アブソリュートゴッドバーガーに、アブゴに入ったことないんですか?」


「え? うん……そういうファーストフード店とかは一度も活用したことないよ。外食はもっとまともなところ行くし、家には料理人もいたから……それに、お父さんもお母さんもああいった店は使うなって。脳が腐るって……でも実際脳機能が低下する添加物を使ってるんだよ?」


 の、脳が腐る!? マジ? いや、噂では聞いたことあるけど……俺結構高校の帰りに佐熊と一緒に食べてたし、脳機能低下してる? もしかして、ダクマが馬鹿なのは夜織子がアブゴに通い過ぎたからなのか? いや……それはないか、そもそも夜織子はアブゴに通いまくる前から馬鹿だったしな。


「家に料理人がいるって……もしかしなくてもアルーインさんてお嬢様だったの? 上級市民だったってこと?」


「まぁ確かに上級市民だったし、家も裕福ではあったけど……君が想像するような感じでは生活してないと思うよ。お小遣いとかは一般家庭よりもかなり制限されてるって、月5万ぐらいで……」


「え!? 月5万? それ絶対一般家庭じゃないですよ? 一般家庭|(上級市民)基準ですよ! 俺は小遣いなんて月2千でしたよ!?」


「え? そうなの……? 厳しい家だったんだね。でもそうか……中級市民以下が、再生食料の系列店を結構活用してるっていうのは本当だったんだね。やっぱり非人道的だ……上級市民は安全なものを食べて、中級以下には危険物を食べさせるなんて」


「上級市民と普段会うことなかったから、こうして話を聞くと格差を実感するなぁ……」


 再生食料が危険かぁ……確かに元は廃棄物でそれを再形成したものだけど……なんだっけ? 長期保存するための添加物が危険なんだっけ? 質の悪い再生成工場だと添加物が取り除かれずに濃縮されるんだよな。でも、ヤバイって噂があるところはみんな避けてるからそんな健康被害とかは出てない気がする。


「ま、それはそれとして、シャヒル君のリアルの話を聞いて色々と納得がいったよ。君は問題児の扱いに慣れていたからわたしやダクマちゃんと普通に接することができたんだ」


 ちゃんと問題児の自覚あるの凄いよな。


「美人へのトラウマがあるだとか、他にもどこか自信がなさそうだったのも……話を聞いて納得したよ。それ踏まえて言うけど、シャヒル君、君は凄い奴だよ。だって親ですら見捨てようとした妹を、君は見捨てなかった。運悪く妹と再会することは叶わなかったけどね……シャヒル君は優しいよ。危ないぐらいにね……これからも君の選択を間違っていると言う者は現れるし、違った意見の、対立する者だって立ちふさがるはず。だけど、迷うな! 君は自分が思うがままに突き抜けろ! 後ろ向きな後悔なんてしたら勿体ない、わたしはきっと、これからずっと、君の味方だ。根拠はないけど、そんな気がする」


「え……? ……ちょ!? これ闇の肯定……? もしかして俺を洗脳しようとしてる?」


「洗脳なんてするわけないでしょ馬鹿!!」


 アルーインさんに頭を叩かれる。でもさ「これからずっと、君の味方だ」なんてさ、そんなの大真面目な顔で中々言えないよ。でもなぜだか、この人が本心で言っていることが分かってしまう。照れ隠しで茶化してしまったけど……変な感じだ。


 この人にできるって言われると本当にできるような気がしてくる。まるで洗脳されて、暗示でもされてるみたいにさ……


 ずっと味方だと言われて、俺はなんだか安心した。


 心強く感じた。


「分かってますよ。本心で言ってることも、スキルを使う気がないってことも。でも、あんまし男にそんなこと言っちゃ駄目ですよ? アルーインさんが言ったように男は単純なんです。そのうち痛い目見ますよ?」


「もう! こんなこと君以外に言うわけないでしょ!!」


「……」


「……」


 無言になる俺とアルーインさん。いつもは俺の目を嫌というほど真っ直ぐに見てくるアルーインさんが、顔を赤くしながら、俺から目を逸した。


「何を言ってるんだ……わたしは……うわあああああ! もう帰る! それじゃ!」


 そしてアルーインさんは超速で俺の部屋から出ていき、帰っていった。


 さっきまではカリスマみたいな感じだったのに、去り際はポンコツで、それがなんだか俺は可愛く思えてしまった。ギャップ効果ってヤツか……俺は相変わらず単純だな。


 色々経験しても、根本は変わらないのかもしれない。素直な自分の心に耳を傾けてみると、俺の心は──アルーインさんのことを「可愛い」と言っていた。



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