第30話:邪悪の網
──ラシア帝国、法の都市【アザマイルア】そこは文字通りラシア帝国の法を司る都市、融合事変によって生まれた混沌の歪みを孕んだ都市。そこにはとあるハイレベルクランの中心拠点の一つがあった。
【
元からこのクランはダンジョンの攻略を目的とはしていななかったのだ。このハイレベルクランが攻略していたのはダンジョンではなく、他のクランやパーティーだった。
前衛職と違い魔法職は魔法の使用回数を回復させるためには拠点に戻り回復をするか、貴重な消費アイテムを使用する必要があるため、レベリング効率が落ちる。強い前衛職は攻略が安定さえすれば戦技スキルの使用と安価な体力回復ポーションのみで、レベリングの継続が可能、それと比較すると魔法職のレベリングは不利。しかし、それでも特化した魔法職にはそれだけの魅力があった。
前衛職がリスクを冒して初めて成立する必殺クラスの威力を、特化した魔法職は連発できる。しかもダブルキャスト、同時に2種類を発動できる。圧倒的な瞬発火力は他の追随を許さず、ボスキラーとしてのポジションを確立していた。
レベリングが面倒ではあるが需要は高い。そんな特化した魔法職のカンスト者が最も多いクラン、それが望濫法典であり、望濫法典はクランメンバーを傭兵として他のクランに貸し出した。行き詰まったボスを倒すのに望濫法典の力を借りたいパーティーは多かった。
そして、傭兵として他のクランへと潜り込んだメンバーはそのクラン内の情報を集め、メンバーの弱みを握り、クランを乗っ取る。
握った弱みはロブレ内でけでなく、リアルの方にも波及し、リアルをも支配していった。よくあるパターンとしては、他クランのメンバーが軽犯罪をしていることを望濫法典のメンバーの前で口を滑らせたなら、望濫法典メンバーはそれを本部へ伝え、事実関係を調査、証拠を押さえる。会社や学校へそれをバラされたくなければ自分たちに従えと、協力関係を強制的に結ばせる。
そして、一度協力関係になったなら、望濫法典は協力者達に魅力的な餌を与えた。犯罪に繋がるものの、その者にとって魅力的な餌を。男、女どちらにせよ性に関すること、暴力に関すること、金に関すること、そのどれかで、望濫法典は犯罪を手伝った。後戻りのできない協力者を生み出し、望濫法典は彼らを使ってさらなる犯罪を行う。
ロブレや他のVRMMOだけでなく、様々なジャンルのゲームコミュニティで望濫法典は活動していた。彼らの名前はゲームによって違ったが、犯罪目的の巨大な繋がりを持つ組織だった。それはアングラ、興味のない一般人からすれば閉じた領域で、点在する閉じた領域を犯罪によって繋げ、蜘蛛の巣のように張り巡らせた闇だった。
アザマイルアのとある法律貴族の屋敷、そこに望濫法典の拠点の一つがあった。他の都市にも望濫法典の拠点は数多く存在するが、今はこの場所が中心となっている。アザマイルアはプラスチックのようなハイミスリルと石造りの都市で、望濫法典が拠点とするこの屋敷もやはりそういった風体で、落ち着きがありつつも、どこか先進的な雰囲気を纏っている。
「ナンジュース! なんですぐに来てくれなかったの!? 逃しちゃったじゃない! あたし、どうしてもあいつらを殺したかったのに!」
アンブレラ、かつて笠町という名を持っていた女が、赤みがかった薄暗い部屋で声を荒げた。
「はぁ? そんなに殺してぇなら自分の力でやりゃいいじゃねーか。力を貸してくれるのが当然みたいなのさ、うぜーんだわ。俺ら正式メンバーとアンブレラ、お前みたいな育成枠とじゃ全然対等じゃないの、理解しろよ」
アンブレラのナンジュースと呼ばれた男はアンブレラに悪態をつく。ナンジュースは背が高く、目の細い男だった。
「た、対価がいるの? じゃあ、対価があればいいの? ね、ねぇ! モラルス! ナンジュース、あたし……対価を払うから、手伝って」
アンブレラはナンジュースと、その隣にいる男、モラルスに身体を押し付け、彼らの太ももや胸を擦りながら懇願した。
「僕に触るのやめろよビッチ。僕が君みたいなブスとやるわけないだろ。僕の童貞は君の命より何億倍も価値があるんだ」
モラルスが自身に振れるアンブレラの手を払い除け、アンブレラを突き飛ばした。
「童貞の価値w ははは、まぁ価値観は人それぞれだよな。笑ってすみませんモラルスさん」
「いや、別に構わないよ。僕は僕のこの考えが世間からは馬鹿にされることも理解しているからねぇ」
モラルスは縮れたくせ毛の長い前髪を掻き分ける。メガネとその奥にギョロついた、大きな目が見える。痩せ型で頬には火傷の痕がある。
「いいぜ、アンブレラお前が対価を払うってんなら、お前を手伝ってやるよ。一週間俺の奴隷な? 俺がやりたくなったらすぐに身体を差し出せ。とりあえず、いつもの所で先に準備しとけ」
「ほ、本当!? ありがとうナンジュース! 先に待ってるね!」
アンブレラはナンジュースに抱きついて喜んだ。そして部屋を立ち去り、ナンジュースが泊まる部屋へと歩いていった。
「いつも思うけど凄いねナンジュースくんは。よくあんな化け物みたいな顔のやつとやれるね? 見たんだろ? 彼女の顔……まぁ身体はいいから顔を見ないようにして使ってるって話をよく聞くけどさ。僕は無理だなぁ……あいつは性格最悪だけど、仮に性格が完璧に僕好みだったとしても無理だ……」
「ははは、みんな顔隠してやってんのか! 分かってねぇなぁみんな……俺は顔をじっくり見ながら楽しんでるよ」
「ま、マジ!?」
驚き、喜ぶモラルス。自分とは全く違うナンジュースの感覚、面白い意見に好奇心を掻き立てていた。
「いやぁ俺……実は女型のモンスターとかクリーチャーとか好きなんすよね。明らかに化け物みたいな見た目なんだけど、妙にセクシーな感じの化け物が。あいつの顔って単にブスって感じじゃなくて、のっぺら坊の化け物みたいな感じで、俺めっちゃ興奮するんすよ。だから女とやってるっていうより、化け物とやってるって感じで、結構気に入ってるんすよ」
「なるほど!! そういう見方もあるのか! けど滅茶苦茶失礼な話だね。まぁ、彼女からすれば君は、自分に価値を見出してくれるだけ、ありがたい存在なのかもね。けど、気に入ってるならグダグダ言ってないですぐ手伝ってあげればよかったんじゃない?」
拍手するモラルス。彼はポケットからメモ帳を取り出し、ナンジュースの考え、行動をメモした。
「そりゃ気に入ってるし、最初から手伝うつもりでしたよ? でも、やっぱ本気で困って、限界まで自分を削ってくれる状態になってから、その方が、ね? 色々と楽しみの限界も広がるわけで、俺が最高に楽しめる。あいつからすれば最後に頼れるのは俺、なんだかんだ見捨てない、そんな風に思うだろうけど……俺、クズなんでw あえてあいつが追い込まれるのを待ってるんすよ」
「そっかぁ。それが君のカタチなんだねぇ……とても歪で、人間社会では生きるのに向かない。でも面白い……魂のカタチをそのまま現実に持ってきて、生物にできたなら、君は個性的な化け物になるだろうね。下等生物よりもインパクトを持てないだろう、一般ピープル達よりも、君は世界に生きるキャラクターだ!」
「えぇ? 俺んな化け物っすか? ただのクズ野郎なんでそんなだと思いますけど……魂がそのままのカタチで、現実に出てきたら化け物って、それモラルスさんのことじゃ?」
「いやぁ僕は化け物じゃないよ。精々コスプレレベルさ、僕は肉体が、脳がおかしいだけで、精神はそこまでだよ」
脳がおかしい、モラルスは頭がおかしいと自分で言っているようなものなのに、その精神はまともであると言った。この言葉の意味がナンジュースからすれば意味不明で、首を傾げたが、モラルスは自分で言ったその言葉に、うんうんと一人頷き、納得していた。
そうしてモラルスはまたメモを取る。
メモには落書きがあった、鋭い爪のある4本の腕を持つ、角の生えた豚の化け物。その落書きと少し重なる場所に──ナンジュース、そう書き記した。
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