第31話:命は賭けられた


 俺の過去をアルーインさんとダクマに話してその翌日、いつものごとく俺の泊まる宿屋の部屋で話し合いをすることにした。アルドロードの不法占拠達やその行いについてしっかりと話さなければならないと思ったからだ。


「なに? 魔法の手紙以外の連絡手段だって? それってこの世界に元々存在していた技術なの?」


 話し合いに呼んだのはアルーインさんとコーマさん。そしてディアンナだ。


「クラウドロス校長の話では聞いたこともないそうです。ディアンナに古代の技術でそういったものがあったのか確認したんですが、やっぱりないみたいです。まぁ古代には魔法の手紙の強化版みたいなのが存在したみたいですが、俺がみた端末を用いた、電話みたいな感じではないそうです」


「じゃあ、アルドロードにいるイカれ野郎達は自力でそういったシステムを作り上げたっていうのか? まだ融合事変が起こってそう時間も経ってないっていうのに……だとするなら敵のバックには相当賢い研究者みたいなのがいるかもしれねぇ……」


「研究者……そうか。ならシャヒル君が予想していた通り、敵は望濫法典と関係のある組織である可能性が高そうだね。望濫法典のトップ、ストレイク・モラルスのリアルは、天才研究者だ。天才と言っても精神は未発達、道徳心が欠落していると聞く。だから敵が新しいキメラを作る非人道的な実験をしているのなら、それはヤツが関わっているという根拠にもなる」


 て、天才科学者!? そ、そんな人がロブレやってたのか……サービス終了間近とか言われてたゲームにマッドサイエンティストが……


「それにしても、アルーインさん結構詳しいですね。前も望濫法典には関わるなとか言ってましたけど……過去に何かあったんですか?」


 俺が前に望濫法典のことをアルーインさんに聞いた時、話したくなさそうだったアルーインに気を使って、俺は深く追求しなかった。だけどここまでの事態になっている今、気にしてはいられない。


「……ごめんシャヒル君……こんなことなら、あの時に話しておけばよかった。わたしは、ちゃんと向き合うべきだった。モラルスのリアルを、わたしは知っている。いや、知っているどころじゃない、関わりがあったんだ。わたしは、現実から……あいつから逃げるために、ロブレの世界にいた」


 そう話すアルーインさんの顔は、怒りか悲しみか、それとも怯えているのか、複雑な表情だった。手は震えている、その震えを抑え込むように、アルーインさんは強く、硬く、手を握り込んだ。その様子を見て、俺とコーマさんもただ事ではないことを察した。


「モラルスは……この世界で、ロブレの世界ではわたしに関わってこなかった。この世界ではわたしに関わらないでくれと、約束していたからだ。ヤツは約束通り、わたしとわたしのクラン、灰王の偽翼に関わってくることはなかった……わたしのせいだ……わたしがこの世界に逃げていたから……ヤツもこの世界に来てしまった……」


「ど、どういうことですか?」


「モラルスは……わたしに執着している。リアルでの婚約者だったんだ。わたしはあいつが嫌いで、一緒になりたくなくて……婚約を破棄できるように色々頑張ったんだ。でも、駄目だった……18になったら……どうあがいても、あいつのものになってしまう……そんな現実から目を逸らしくたくて……この世界で現実逃避をしていた……」


「婚……約者? 婚約を破棄したくてもできなかったって……どういう」


 なんだ……この気持ち……なんでこうも嫌な気分になるんだ……


「もしも、自分が逃げることで、家族や無関係な人達が、みんな不幸になるとしたら? どうすればいいと思う? 自分が死んでもそうなるとしたら? 自由を手に入れたいなら、世界を変えろ。お父さんにそう言われた……けど、わたしにそんな力はなかった。英雄みたいに、世界を変えられる人間になれなかったから……ゲームの世界で、英雄の夢を見てた。そんな人間が、本当の英雄になれるわけがない……」


 英雄になれるわけがない。アルーインがそう言った瞬間、彼女の目から涙が零れ落ちた。


「う……なんというか……抽象的で、うまく理解できないけどよ……辛かったんだな。シャヒル、後は頼むぜ。お前の役目だ」


 コーマさんはそう言って部屋から出ていってしまった。コーマさんはアルーインさんにちょっと引いてたみたいだけど、多分逃げたわけじゃない。コーマさんはアルーインさんを心配してる感じだったからだ。


 けど、後は頼んだって言われても、俺だってどうしたらいいかなんて分からない。俺は、元からアルーインさんにどこか危うさがあると思っていたけど……ここまで取り乱すのなんて見たことない……あれだけ人のことを、心の底から肯定する人が、自分のことを信じていられないという事実が、俺の心をざわつかせた。


 じゃあ、どんな気持ちでこの人は俺のことを肯定したって言うんだよ。自分にはできないと思うから、他の人には夢を叶えてほしいって? そういうことなのか?


 夢のために本気で行動して、達成することに憧れていた? だから、それが成功するかどうかじゃなくて、それを行おうとする意思を……アルーインさんは応援していたのか?


 だとするなら……アルーインさんの夢、自由を手に入れるっていうのは、この人にとって、人が無謀だと思うぐらいに難しいことだったのかな?


「泣いてるの初めて見ました」


「わたしだって泣くつもりなんてなかったよ……でも、君に話したら……嫌な気持ちになって……止められなかった。こんなの違うのに……」


「違うって、何が違うんですか?」


「こんなのわたしの願った英雄なんかじゃない……」


「そうなんですかね? でも、案外英雄にもそういったことはあったんじゃないですか?」


「え……?」


「英雄ってずっと英雄だったのかな? 英雄って、人からそう呼ばれたら、その人の過去も未来も、英雄になるんでしょうか? ほら、言うでしょ? 時代が英雄を作るって」


「シャヒル君、何が言いたいの? 励ましなんて……そんなの、みじめ──」


「──俺、思ったんですよ。その時、その瞬間に、その場にいた人達に、憧れを抱かせた人、それが英雄なんじゃないかって。夢を叶えたかどうかとか、その英雄がどんな気持ちだったかなんて関係ないじゃないかなって。そう考えると、あんまし良いものじゃないなって」


「え……?」


「ただその瞬間に、最高の自分であればいい。そう思いませんか? 英雄なんてただの言葉ですよ。自分の未来を悲観して、自分を蔑んでも、最高の自分は訪れない。アルーインさんが俺の夢を馬鹿にせずに、応援してくれたように。俺もあなたの夢を諦めない。仲間じゃないですか! 一人で戦わないでくださいよ! 俺も一緒ですから!」


「あ、う……うああああああ!」


 アルーインさんは大泣きした。子供のように泣いていた。いつもの、人形のような感じとは違って、強い感情が見えた。そして、俺に寄りかかって、俺の服の袖を掴んでいた。


「その言葉は重いんだよ? シャヒル君……一緒に戦ってもらうからね?」


「え?」


「わたしのために命を賭けてもらうからね?」


「え?」


「モラルスを殺す。モラルスを殺して、わたしは自由を手に入れる。それで、それで……」


 それで、それで、の後に、アルーインさんの言葉は続かなかった。ただいつものように力強い眼差しで、俺の目を見ていた。


「いやぁ、俺は命を賭けるほどの覚悟はなかったんですけどね……でも、あんまし関係ないですね。俺がこの世界を本気で生きるというのなら、いずれ、モラルスとは戦うことになる。それはきっと命懸けだから、そのついでにアルーインさんの夢も叶えてあげますよ」


 ──ドゴォ!


「カハッ!?」


 アルーインさんに腹を思いっきり殴られた。そしてアルーインさんはノータイムで俺に回復魔法をかける。白い光が俺を包んだ。


「ついでって言い方はよくないと思うな。コホン、でもそうだね。自由のために他人を殺すという宣言には、元々ロマンスも何もないか……敵は望濫法典の下部組織だとするなら、シャヒル君達だけじゃ問題解決は難しいだろうね」


 あ、そのまま作戦会議に戻るんだ……切り替え早いなぁ……


「かと言って、カンスト者は高難易度攻略で忙しい。それとこれは命のやり取りのある、戦争になると思うから、戦力の妥協は、多くの犠牲者を生む結果になるだろうね。だから、最前線組の少し下、レベル90~110前後のメンバーを集めて対処するべきだろう。君はそのレベル帯のメンバーを各地で説得し、スカウト、討伐隊を編成するんだ」


「す、スカウトですか?」


「ああ、わたしはカンスト者の多いハイレベルクランとしかあまり関わりがないから。そのレベル帯には伝手がない。だからそういったメンバーを集めるなら、君が頑張るしかないよ。それと、メンバーを集めて、実際に討伐となって……その時に望濫法典の正規メンバーが出張ってくるようなら、絶対に逃げるように。わたし達カンスト者でも死者が出る相手だから」


「分かりました。じゃあ俺は高レベル者の討伐隊メンバーを集めてきます! それと、その……そろそろ服を離してもらっていいですか?」


 俺がそう言うと仕方ねぇなぁ……といった感じでアルーインさんが渋々と俺の服から手を離した。態度……悪っ!?



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