第32話:平和の都市
「ほぉ~ここがレベル90以上の人達の拠点なんですねぇ! 空に水がいっぱいです!」
空にアーチ状に伸びる水、その水は太陽の光を内部に宿し、都市の光度の調整を行なっている。都市の農園地帯には光輝く水が降り注ぎ、作物に活力を与える。その美しい光景にホイップちゃんは顔を輝かせた。
「うん、このサイディオスは付近に高レベルダンジョンがいくつもあるからね。一部のエルフ氏族達が人間と協力して住んでいる魔法都市なんだ。それで特に水を操る魔法に力を入れてるから水を使ったシステムが沢山あるんだよ」
アルーインさんにレベル90~110の冒険者達を味方につけろと指令を受け、俺とホイップちゃん、ダクマ、ディアンナはこのサイディオスにやってきた。
サイディオスは高度な水魔法の制御に成功した都市、ロブレの設定では後半に登場にこの都市に入るにはあるイベントを達成しなければ駄目だったと聞く。とあるイベントとはロブレのメインストーリー、エルフの姫を救出するというもの。そのエルフの姫イベントが発生するのがこのサイディオスに近い高レベルダンジョンということだった。
らしいのだけど、俺たちはそのイベントを達成しなくとも街へ入ることを許された。まぁ、ゲーム時代と違って、実際にエルフの姫を救うイベントなんて、この世界では一度しか発生しないだろうしなぁ。
「ああ、エージー様だよ、姫を助けたのは。エージー様がこの国の王と友誼を結んで、それがきっかけでこの国は開かれることとなったのさ。人は邪悪なものばかりではないと分かったからね。ほら、都市を包む水の結界があっただろう? 邪悪な心を持つものはあの結界に弾かれる仕組みなのさ。結界を通ってきた者には友好を、それが今のこの国のルールなのさ」
サイディオスの街で住民達に聞き込みをしていると、面倒見の良さそうなエルフのおじさんが色々と情報を教えてくれた。やっぱり姫を助けたのは一人ってことになってるみたいだな……エージーという冒険者が姫を助けたらしいけど、いったいどんな人物なんだろうか?
「あの結界にそんな仕組みが! そうか、確かにあの結界はアートブックとか設定資料にもなかったもんな。色々と整合性をとろうとした結果、ゲームの時とは違った感じに変化が起きてるんだ」
「まぁとにかくエージー様と姫によってこの国は大きく変わった。その変化についていけないやつらも多いけど、そいつらでもエージー様のことは認めている。あの事件も、今となってはいいことなのかもしれない……いや、そんなことを考えるのはエージー様に対して不義理か……」
落ち込んだ顔を見せるエルフのおじさん。あの事件てなんのことだろう? 姫を助けるのに関連したことなんだろうか?
「ああ、そうだ! お兄さん! これ、ワシが育てた野菜、もってけよ。うまいぜぇ~?」
エルフのおじさんは話題を切り替えるように、俺に様々な野菜が入ったかごを渡してきた。キャベツみたいなやつとニンジンみたいなやつ、そしてブロッコリーみたいなやつ。どれも水々しくて、色が濃くて美味しそうだ。
「おお! シャヒル! いいものもらったな! ありがとなおっちゃん! ホイップ! 確かお前料理できただろ? 頼むぞ!」
「うん、わかったダクマちゃん。えっと、おじさん。どこか調理ができる場所を知らないですか?」
食べ物が出てきて急にテンションを上げるダクマ、料理しろというダクマのお願いにホイップちゃんは嫌がる素振りを見せることもなく、乗り気だった。
◆◆◆
「なるほど……洗い物をする場所はみんな共用スペースで、一気に丁寧に洗うのか……水の消費量を抑えて効率的に使うためか。この機械はなんだろ?」
「ああ、それは洗うのに使って汚れた水を濾して、その不純物を地精霊に肥料に変えてもらう装置だよ。この肥料を使って作物を育てるのさ」
おじさんに聞いた調理できそうな場所、そこはサイディオスの共有食堂だった。サイディオスではいくつかある共有食堂で食事をするのが普通らしく、自分の家にキッチンを持ってる家は殆どないとのことだった。
おじさんも丁度お腹が空いているからと、案内ついでに俺たちと一緒に食事をすることになった。
「皆さん料理ができましたよ~! っと、サイディオスの方のお口に合うかは分からないですけど、美味しくなかったらごめんなさい!」
「いやいや、ホイップちゃん。そんなこと気にしないでいいんだよ。ワシとしては、外の料理を体験できるってだけで、ありがたいんだからぁ。ハハハ」
ホイップちゃんの料理が完成し、俺はささっと料理をテーブルへと運ぶ。すると現地の人からすれば見慣れない料理に釣られて、人々が集まってきた。
「あれ!? マイティス王子じゃないっすか! まーた、一般人の振りして旅人の世話焼いてたんすか!? 王様に怒られても知らないっすよ?」
そうして集まってきた人達の一人、警備兵っぽいエルフの人がエルフのおじさんを見てそう言った。
「え? 王子? 王子なんですか!?」
「はは、黙っててごめん! 実はワシ、王子なんじゃよ。けど、外の人って王族だって聞くと硬くなっちゃって面白くなくてさぁ、ワシそういうの苦手で……」
「なに!? おっちゃんは王子だったのか。奇遇だな、余は魔王の子だ。つまりは王族と言える、余もおっちゃんと同じで堅苦しいのは嫌いだぞ!」
「えぇ!? 魔王? 魔王って本当? おじさん伝説でしか知らないけど。本当にいるんだなぁ」
「おいダクマ、あまり話をややこしくするな! マイティスよ、ダクマは確かに魔王の子だが異世界の魔王の子だ。この世界の魔王とは別、危険な存在ではないから安心するといい。神である我、ディアンナが保証してやろう!」
「え!? 神!?」
いや、ディアンナ……お前も話ややこしくしてるじゃん……
「か、神は神でも人造神らしいです。古代人が生み出した超生命体的なあれで、マイティス王子が考えられてる神とは違うかと……それはそうと早く料理食べましょうよ。冷めちゃいますし!」
「あ! 皆さんもどうです? 外の料理を食べてみませんか? そうだ、あたしもサイディオスの料理に興味がありますから! みんなで食べ合いっこするなんてどうですか?」
「いいねぇ! それ採用! みんな、料理持ち寄っていろんなの食べよう! な!」
ホイップちゃんの提案にノリノリなマイティス王子、ノリノリなのは二人だけじゃなく、その場に集っていた全員だった。
この流れ、なんだか既視感が……
そして俺の予感は当たり、いつの間にか食事会は宴会のようになってしまった。俺たちはすっかりサイディオスの人達と打ち解け、仲良くなった。
「サイディオスは外と違って、あんまし権力者が偉そうにしないんですね。頼れる兄貴分的な存在にとどまっているというか」
「そうそう、実際そうなんだよ。サイディオスは奴隷を作らず、それがこの国の柱だから。王族だろうとなんだろうと、自分で食うもんを育てたり、取ったりするのが大事なんだよ。サイディオスの王族ってのは、ちょっとしたまとめ役、リーダーぐらいの意味でさ、いい感じに、明るい感じにできたらいいなってそんぐらいのことなんだよ」
サイディオスは外のロブレの国家とはまるで違った。なんというか雰囲気が違う、住民みんなが強く結束していて、仲がいい。それぞれがそれぞれのために自然と行動する平和な街だった。
実際、この宴会には変化を好まない人も参加していたけど、それでも目的は、目指す先は一緒だった。サイディオスが平和に、みんなが幸福になるにはどうすればいいのか? それはどの立場でも変わらず、考え方が違えども、目指す先は一緒だった。
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