第28話:魔王


「爺ちゃん……俺、おかしいのかな? みんな、夜織子のことを酷いやつだって、父さんも母さんもそんなこと言って……でも俺、そう思えないんだ。俺、夜織子に会いたい……また一緒に、仲良く暮らしたいって思うんだ」


 昼男は中学三年生の夏休み、騒がしいマスコミを避け精神療養するため、地元から遠く離れた父方の祖父の家で過ごすことにした。


 殆ど山のような、セミの鳴き声がうるさい田舎。古い木造建築の縁側で、昼男は祖父とスイカを食べながら話していた。


「っは! なんもおかしかねぇよ。昼男、お前からすりゃ夜織子は可愛い妹なんだろ? 他人がああだこうだ言っても、自分の心は、自分が思ったことは自分のもんだ。だーれも変えられん。だからお前がそう思うことは、別に間違っとらん。というか、ワシも夜織子の気持ち分かるしな! ありゃあやり過ぎだったけど、ワシだって同じ立場だったら、絶対ボコボコにしとったわ!」


「じ、じいちゃん……!?」


「大体、あいつもなぁ、父親の癖に覚悟がなっとらんのが悪いわ。自分がロクに娘をしつけられんて、息子に世話させて、それで困ったら娘を突き放すたぁ、我が息子ながら冷血な野郎じゃのう……今度会ったらぶん殴るの決定じゃな!」


「ははは! そうだよ。父さんなんて爺ちゃんに殴られちゃえばいいんだ。俺が夜織子に会おうとしたら止めるんだもん……」


 豪快で、昼男の気持ちに理解を示した祖父のおかげで、昼男は少しずつ笑うことができるようになった。


「夜織子は……きっと、生まれる時代を間違えたんじゃよ。世が世なら、あいつはただの英雄じゃった。敵の兵を千切っては投げ、千切っては投げ! 暴力の時代、戦国の世に生まれたなら、あいつも幸せに暮らせたかもなぁ。今の時代は、あの子には窮屈過ぎる……ままならんもんじゃなぁ……昼男、夜織子はきっと心細いはずじゃ、だから夜織子が戻ってきたら、お前がちゃんと支えてやるんじゃぞ?」


「うん、俺は元からそのつもりだよ。もっと、ちゃんと夜織子と向き合って、あいつがどうやったら生きやすいのか、一緒に考えてみるよ」


 昼男はそんな決意を心に、地元へと帰った。夏休みが終わり、受験する高校のレベルを落とし、親友である佐熊と同じ高校へ進学する。そもそも昼男は佐熊に勉強を教えていたので、佐熊の進学する高校の受験問題の傾向も把握していた。だから進学するのが楽だったという理由もあって、昼男は佐熊と同じ高校へ進学した。


 そして、夜織子が少女少年院から出院し、戻ってくる日がやってきた。昼男は夜織子と会うことを両親に反対されていたが、両親を説得し、夜織子の出院を一緒に出迎えるのを許された。


 しかし、昼男が両親と共に夜織子を迎えに行っても、夜織子と会うことができなかった。


「え? 夜織子さんならもう出院しましたよ? あれ? ご両親がいらして、一緒に帰って……」


「そんな馬鹿な! 私達は今来たばかり……一体誰と勘違いされてるんですか!? か、監視カメラはどうなってるんですか!!」


 少女少年院の監視カメラを確認すると、夜織子が昼男の両親に似た二人組の男女と共に出院し、車に乗って移動する映像が残っていた。映像を拡大して確認すると、夜織子を車に乗せた二人組は、昼男達の両親とは別人であることが分かった。夜織子は連れ去られた。


 それから夜織子は行方不明、二度と昼男や両親の前に姿を現すことはなかった。警察に捜索願を出し、事件性が疑われたため本格的な捜査が行われたが、それでも夜織子は見つからなかった。


「夜織子ちゃん本当に良かったの? お兄ちゃんに会わなくて」


「会わないよ馬鹿。というか、あんただって本当は会わせるつもりないくせに……で? その仕事したら、あんたに利用されてやったら、私は好きに生きられるの?」


「うんうん! ちょっと金持ちの一般人男性を殺したら、好きに生きられるよ? 希望通り悪い一般人男性を選んだから、夜織子ちゃんも心を病むことなく殺せるね!」


 夜織子と同室だった高宮は新代マフィアと関係のある少女だった。夜織子が出院するよりも少し前に、高宮も出院していた。新代マフィア、それは人体改造や薬物ドーピングが解禁されてから、そうした要素を活用した新時代のスポーツエンターテイメント、新代スポーツを隠れ蓑とし、違法に膨大な利益あげることで勢力を拡大した闇組織。


 新代スポーツ市場はこれからの発展のある、次世代の金儲けの中心地だった。だからこそ、様々な企業、組織が参入し、闇組織が付け入る隙も生まれた。裏で敵対企業を潰して利益をあげる。そんな事が当たり前のように行われた。そもそもイリーガルに近い場所で生まれた新代スポーツに参入してくる企業や組織は、元々闇があり、闇に抵抗のないものばかりだった。


 夜織子は、そんな新代スポーツの参入企業の一つ、グレトン社の商品開発部の部長を暗殺するための鉄砲玉として使われることになった。


 銃で武装した警備員と攻撃能力を持ったドローンが監視するグレトン社のビルを襲撃し、商品開発部の部長を殺せ、それが夜織子に与えられた任務だった。


「なにこのピチピチしたの……これ着ないと駄目?」


「着ないと死ぬよ~? それないとドローンの目を誤魔化せないし、銃弾食らうと一発で死んじゃうし。まぁ頑張ってよ、他の参加者もいるし、そいつら肉盾に使えば夜織子ちゃんなら余裕だって」


 夜織子は高宮に渡されたボディスーツを着込み、付属した装甲プレートを装着する。ドローンのセンサーを磁場で妨害し、光情報を歪める能力を持つこのスーツは、元は軍が戦場で使っていたものだ。近年はセンサー類を妨害する技術や、銃弾に対する十分な防御能力を持つ装甲が開発されたことにより、戦場自体が時代を逆行している。正確に言えば、数だけでなく個の力も重要視する時代への変遷、その過渡期と言える時代だった。


 表の戦場よりも、裏の戦場の方が先に、その時代の変遷は起こった。表向きの戦争が中々起こせない国際社会ではなく、企業による経済戦争の中で力は求められた。新代スポーツが育む闇の中で。


 闇世界の新時代で、夜織子が力強く、己の存在を証明した。ロクに訓練を受けていない状態で、鉄砲玉として唯一人生き残り、仕事をやり遂げた。


 他の鉄砲玉が警備員に射殺され、警備員がドローンの誤射で死んでいく中、夜織子はするするとビルへの正面から入り込み、階段を登り、商品開発部のドアを蹴破って、ターゲットを拳で一撃、首をへし折って殺害した。その後は部屋の窓ガラスを割って、ビルの外壁に手をかけ、するすると降りていった。夜織子のボディスーツの手は摩擦で焼け焦げ、異臭を放っていた。


「やったね! 夜織子ちゃん! これで新しい名前と戸籍が手に入るよ! ね! ね! これからも組んでくれるよね? 仕事してくれるよね!」


 夜織子が高宮に指定された合流地点、コンテナ港にたどり着くと、高宮以外に黒服の男達と、それに囲まれるひげの男がいた。


「いいけど、約束通り私の身の回りの世話、雑用やってよね」


「ほっほ! ものぐさな嬢ちゃんじゃのう。いやぁ、嬢ちゃんの活躍をみんなとみとったけど、凄い盛り上がりじゃったよ。しかし、もったいないのう……これなら新代スポーツでトップ選手になれたろうに」


「お爺ちゃん! 夜織子ちゃんはそんな程度に収まる器じゃないよ! 本物の暴力がある世界じゃないと、夜織子ちゃんの才能はもったいないよ!」


「おお、寅子とらこ、お前はずいぶんとこの子を気に入ったみたいだのう。もっと早く出院できたのに、出てこなかったのはこの子と一緒にいたかったからかの?」


「そうだよ。爺ちゃんにもっと上手くやれってあそこで反省してたけど、夜織子ちゃんが凄くて可愛かったから。欲しくなって、ずっと勧誘してたの」


 高宮は新代マフィア、機虎きとら組の会長の孫娘だった。彼女は嫌いだった学校の教師を嵌め、学校から追い出したのだが、その過程で活用した少女売春組織の存在が警察にバレて少女少年院行きとなった。機虎組の会長は孫娘に反省の機会を与えるためにあえて少女少年院に行かせた。機虎組の力を使えばそもそもの事件をもみ消すことも可能だったが、会長は孫娘の成長を期待した。


 それから夜織子は高宮寅子の持つマンションに住むことになった。空き部屋ばかりのマンションだったが、寅子は夜織子の隣の部屋に住むようになった。寅子は当初夜織子の同じ部屋に住もうとしたが、夜織子が「あんまりうざいと殺す」と言って拒否した。


 夜織子が寅子からの仕事をこなし、休日は引きこもる毎日を送った。仕事とは勿論殺し、襲撃や盗み、戦闘訓練であり、夜織子は全ての仕事を完遂した。戦闘訓練を受け、最新の高性能な装備をした夜織子に敵う者はいなかった。


 異形のような薬物で強化された兵隊も、最新技術で生み出された軍用サイボーグも、夜織子に一方的に殺戮された。


 その小柄な少女と敵対した者は皆等しく死んだ。少女が化け物を一方的に殺戮する光景はあまりにも非現実で、いつしか少女は闇の世界で──


 ──魔王。


 そう呼ばれるようになった。そして、その呼び名を馬鹿にした者は、戦場で自らの死をもって思い知る。魔王の名は、誇張ではなく、ただの事実であったと。


 夜織子がどんなに闇の世界で名を上げても、彼女の心が満たされることはない。生きていても後悔だけが彼女の心を満たし、兄は今何をしているのだろうか? 夜織子はそれだけが気がかりで、病んだ心が癒えることはなかった。そして、そんな現実のフラストレーションを仕事場で発散していた。


「あれ? ゲーム? 夜織子ちゃんゲーム嫌いじゃなかったっけ?」


「うるさいな……寅子はロブレやったことある?」


「え? ないよ? でも、夜織子ちゃんがやるならやってみようかな~? けど、本当にどうして? なんかの前触れみたいで怖いんですけど……」


「にぃちゃんにはもう会えないし、にぃちゃんがやってたゲームの中でにぃちゃんの分身と結婚することにした」


「ついに頭おかしくなっちゃったかぁ~……あはは! でもウチはそんな夜織子ちゃんが大好きよ!」


 ある時夜織子はロブレを始め、兄である昼男に似せてプレイヤーキャラを作った。キャラ名はヒルオ、プライバシー配慮など一切ない夜織子らしいネーミングだった。


 夜織子はヒルオに現実の自分への魔法の手紙を書かせた。書かせたと言っても自分で操作しているわけだが……魔法の手紙の宛先に自分の住むマンションの住所を入力し、送信する。当然エラーが発生し、魔法の手紙はヒルオの元へ返ってくる。そんな虚しいことを夜織子は繰り返していた。


「ごめんねヒルオ……変なことさせて……私、なにやってんだろう……私、そろそろ死んだほうがいいかもね……」


 ──ピピッ。


 夜織子の住む部屋に備え付けられた端末にメッセージが届いた。



 『夜織子、死んじゃ駄目だ。生きてて欲しい、俺は君の悲しみを癒せなかったけど、俺は君のことを愛してる。だからどうか、生きていて欲しい──ヒルオより』


 自分は死んだほうがいいかもしれないと、夜織子が呟いてすぐにそのメッセージは届いた。突然の非現実的な出来事に夜織子は己の正気を疑う。


「え……? 私、本当に頭おかしくなちゃったんだ……ヒルオから手紙が届くなんて……幻覚……もう終わりだよ私……でも、ありがとうヒルオ。私も……あなたが好きだよ」


 それが夜織子の記憶の最後、孤独だった夜織子はその最後に、ほんの少しだけ温もりを感じた。ほんの少しの、幸せを感じて終わった。


 夜織子はロブレの融合現象が起きた時、彼女は死を選んだ。もう世界存在したくなかった夜織子は己の存在を否定した。そしてプレイヤキャラーであるヒルオも己の存在を否定した。愛する者の悲しみを癒せず、死なせてしまった己を否定した。


 けれど──二人の願いは残った。


 夜織子はまた兄に会って幸せに暮らすことを願った。ヒルオは夜織子が幸せに生きることを願った。


 二つの願いは一つになって、一人の少女が生まれた。少女の名はワールドエンド・ダークネスマインド、魔王の落胤。


 その父と母は、子が生まれたことも知らないまま死んだ。


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