第27話:獣の解放
笠町に騙され、精神的に落ち込んでしまった昼男だが、それでも昼男はいつも通り妹の夜織子と下校しようと、校門で夜織子を待っていた。
「にぃちゃん……どうしたの? 元気ないよ? 顔も、傷が……」
「だ、大丈夫だよ。ちょっと転んだだけ」
「嘘だ! だって転んだだけで、そんな顔するのおかしいもん! 誰が、誰がやったの?」
血走った夜織子の目つきを見て、昼男は危機感を憶えた。素直に話してしまったら、夜織子は笠町を傷つけるだろうという確信があった。普段暴力を全く振るわない夜織子だったが、この時昼男は夜織子がそれを行うだろうという予感があった。それほどまでに夜織子の様子は鬼気迫っていて、昼男を傷つけた者への殺意を隠せていなかった。
「夜織子、落ち着け! 兄ちゃんの怪我は大したことない。悪者探しなんてしなくていい、大丈夫だから! 一緒に家に帰ろう?」
「……やだ」
「え?」
「兄ちゃん、見たことない顔してる……悲しい顔してる……許せない……やったやつは許しちゃいけない。にぃちゃんが許しても、私は許せない……」
「待って夜織子!」
昼男が止めても夜織子は聞かなかった。夜織子は走って校舎に戻る。
「おい……にぃちゃんに、泥砂昼男に何かしたやつを知ってるか?」
「え……? 何かって……いや、その……」
夜織子は校舎に戻ってすぐ、噂話をしている女子生徒を見つける。夜織子はその生徒の襟元を掴み、軽々と持ち上げる。なんの抵抗もなく、スムーズに持ち上げられた女子生徒は、危険を感じ、訳もわからないまま、泥砂昼男を傷つけた者達がいる方向を指さした。三年生のいる教室棟を。
夜織子は生徒を解放し、生徒が指さした三年生の教室を目指す。その教室に、夜織子は見覚えがあった。昼男のいるクラス、三年A組だったから。
「はは、ホントキモイよねぇ……簡単に騙されちゃってさぁ、こんなにチョロいんだったら、お金だってとれたかも……そう考えるともったいなかったねぇ。もっと昼男を惚れさせて、貢がせてから絶望させた方がよかったなぁ。そうしたらもっと面白いし、お金も手に入った」
「うわ、流石にあたしもそれはドン引きかも……めっちゃ悪女、あはは! でも美央は可愛いしぃ、昼男じゃなくても他の男でやれるんじゃない? いけそうなやつ探して教えてあげてもいいよ~?」
笠町とその友人は何の危機感もなく、そんなことを話していた。それが化け物に居場所を教えるとも知らず、嘲笑っていた。
「お前、お前が兄ちゃんを傷つけたの?」
「はぁ? 誰だよ……って、ああ、昼男くんの妹ね。傷つけたからって、だから何? あたしはあのキモ男の相手してた時、キモくて傷ついてたんだし? お互い様なんじゃないの? ていうか! 妹に告げ口って、はは、いくらなんでもキモすぎじゃない? 相思相愛ってこと? シスコンでブラコン、じゃあ大事なお兄ちゃんと結婚しちゃえば~? あははは!」
お前が兄を傷つけたのかと問う夜織子を、笠町は嘲笑った。ただの年下の少女にしか見えない夜織子を、笠町は侮っていた。
「──えっ!? いづッ!? な、なにし、やめ、やめな、さいよ!」
夜織子は笠町の長髪を掴み、引きずって移動する。激痛から暴れる笠町だが、夜織子はびくともしない。廊下を引きづられ、階段を引きづられ、次第に抵抗が無意味だと悟る。
「ゆ、ゆるして! お願い! わざとじゃないの! ゆーちゃんが、昼男くんのことうざいって言ったから、あたしはやめようって言ったの……あたし……」
夜織子は笠町を引きずって移動するうち、昼男に何があったのかを知った。笠町は夜織子に許しを請うために、何があったのかを夜織子が問うまでもなく自分から口にした。それを聞いている間、夜織子は笠町に一切返事をしなかった。夜織子は笠町をどうするか、すでに決めていたから。
そして、夜織子は笠町を引きずって校舎裏へとやってきた。昼男が笠町によって見世物にされた場所だった。
「ここで、にぃちゃんを傷つけたんだ。じゃあ、今度はお前の番だね?」
「え? ま、待ってよ! 許してって! ごめんなさいって謝ったじゃん! なんで、なんで許してくれないのよ!! 頭おかしいんじゃないの!?」
そんな時だった──
「──夜織子! 駄目だ! それ以上は駄目だよ! 笠町さんを離すんだ!」
昼男が夜織子を見つけた。昼男は夜織子が自分の前から走り去ったあと、少しの間、呆然と立ち尽くしてしまった。初めて見る妹の怒りように驚いていた。自分がどうするべきか、分からなくなってしまっていた。少しして、昼男は落ち着きを取り戻すと、昼男も夜織子を追って校舎へ戻った。入ってすぐ、怯えた様子の女子生徒がいた。
何かあったと感じた昼男は事情を女子生徒に聞こうとするが、女子生徒は首を横に振って答えようとしなかった。女子生徒は夜織子が三年生の教室に向かったことを話せば夜織子に何かされると思って、話せなかったのだ。
昼男は事情を女子生徒に話した。夜織子が自身の妹であり、夜織子を放っておくと三年生の女子が危ないかもしれない、妹は君に手を出したりしないから大丈夫だと女子生徒に伝え、落ち着かせた。女子生徒から事情を聞いた昼男は三年生の教室へ走り、教室で笠町の友人から笠町が夜織子によって校舎裏へと引きずられていったことを知る。そうして昼男は、夜織子が凶行へと至る前に、夜織子と再会することができた。
「嫌だ……兄ちゃんが許したって意味ない……こんなのは生きてちゃいけない……」
「い、生きてちゃいけない……え? えぇ? ま、待って! こ、殺すってこと? ちょ、ちょっと! う、嘘だよね? 昼男くん! た、助けてよ! ね、ねぇ!」
まるで笠町を殺すかのような夜織子の物言い、恐怖を感じた笠町は暴れる。掴まれた笠町の長髪がブチブチと音を立てて千切れる。
「駄目だ! 夜織子! 殺しちゃ駄目だ! そんなことしたら、夜織子も傷つく! もうやめよう!」
「こいつ、自分が悪いだなんて思ってない……ちゃんと、悪いと思って謝ったら私も許せた……でもこんなの意味ない……だからこいつの身体に謝らせる──」
「夜織子! まって──」
夜織子は笠町の髪を掴むのをやめる。掴むのをやめたことによって持ち上げられていた笠町の頭部は地面に落ちるかと思われた──しかし、地面へと落ちる前に、その頭部は夜織子に掴まれる。夜織子は笠町の後頭部をガッチリと片腕で掴み、その指先が笠町への頭部の肉を掻き分け、刺さっていく。
校舎裏にはコンクリートブロックを使った簡易的な花壇があった。夜織子はそのコンクリートブロックに笠町を叩きつけた。顔面からブロックに叩きつけられることで笠町の鼻と歯は折れて出血する。
「──あがっ!? あぎ、あ、ああああああああああああ!!」
「夜織子! やめろ! 夜織子!」
昼男は夜織子を止めようと、夜織子の肩を掴む。
「──うるさい!」
夜織子はすでに昼男のことを見ていなかった。自分を止めようとする昼男を振り払い、昼男は吹き飛ばされて校舎の壁に激突する。
夜織子は笠町の顔を、コンクリートブロックで削り、摩り下ろした。肉片と血液で赤く染まりゆくコンクリートブロックを、昼男は黙って見ることしかできなかった。
「あぎああああああああああ!!!」
「はは、はははは!」
夜織子は笑っていた。明らかにこの暴力行為を楽しんでいた。ずっと我慢していた、抱えていた何かを解放した。昼男にはそう見えた。昼男は妹に恐怖を感じた。
──ボト……
鈍い音が響いた。夜織子が捨てるようにして笠町の頭部を離した。顔面を削られ、皮膚下の繊維が顕になった笠町。目は潰れ、大量に出血している。
「お前に相応しい顔になってよかったね。お前のゴミみたいな性格にはあの顔はもったいなかった。でも今の顔はピッタリだし、これで許してあげる」
夜織子はやりきった、スッキリしたという顔つきで、まるでこの行為に対する罪悪感などはないようだった。夜織子は笠町を人間だと思っていなかった。
「あぁ、そんな……夜織子、なんてことを……なんで! なんで!」
「え? にいちゃん、なんで泣いて……こいつに泣く価値なんてない──」
「──違う! 違うよ……夜織子、お前が……俺、止められなくて……お前を守れなかった……」
昼男は涙を流しながら、警察と救急車を呼んだ。昼男と夜織子は警察の事情聴取を受けることになった。笠町は命こそとりとめたものの顔面は崩壊、失明し、精神を病み、PTSDを発症する。笠町は病院を退院しても、学校に復帰することはなく、引きこもりになった。
笠町の両親が夜織子を訴えようとしたが、それを笠町本人に止められた。笠町は夜織子に怯えていた。訴えれば夜織子に殺されると本気で思っていた。当の本人、夜織子はあの一件でケジメはついていると思っていたので笠町を完全に許していた。
この事件は大ニュースとなり、夜織子は女子少年院に収容されることになる。夜織子は女子少年院では大人しくしていた。やったことがやったことだけに、院内でもヤバイ奴だと思われ避けられていた。そして、夜織子が両親と面会する日──
「に、にぃちゃんは?」
「夜織子……お前を昼男に合わせるわけにはいかん」
夜織子の父は心苦しそうに夜織子に話す。
「夜織子! あんた! 自分がやったこと、ちゃんと分かってるの!? お兄ちゃん、あんたのせいで推薦取り消しになって……行きたい学校行けなくなっちゃったんだよ? 笠町さんも不登校になって、笠町さんのご両親も大変な思いをされてるのよ!?」
「え……? にいちゃんの……推薦? それって、前に行きたいって言ってた……自然の学校?」
自然の学校、昼男は自然環境の調査をしている大学の付属高校のことを、夜織子に分かりやすく伝えるために自然の学校と伝えていた。昼男は元々、自然界の美しい景色に興味があった。世界中を旅して、いろんな場所を見てみたいと夜織子に語っていた。そんな昼男の夢を知っていたのに……夜織子は、昼男の夢の道を一つ、潰してしまった。
「もう滅茶苦茶だ……マスコミが毎日家の前に張り込んで……昼男はあのことを気に病んで不登校になってしまった。佐熊くんが昼男を気にかけてくれなければどうなっていたことか……夜織子、もう昼男には会うな。あの子の邪魔をするな」
「私のせいで……にぃちゃんが……あ、ああ……そんな……にいちゃんはやめろって、止めてくれたのに……」
夜織子は両親との面会を終え、荒れていた。己の愚かさに絶望していた。兄の高校推薦を潰してしまったことを聞いて、夜織子はやっと自分がやってしまったことの重大さを自覚した。
「何? 夜織子ちゃんどうしたの?」
女子少年院の同室の女子が様子のおかしい夜織子に声をかける。
「にぃちゃんに会っちゃいけないって言われた。でも、私もそう思った。私といるとにぃちゃんに良くない……にぃちゃんの人生の邪魔になるだけ。なんかもう、どうでもよくなっちゃった……にぃちゃんと会えないなら生きてる意味ないし、死のうかな……」
「えぇ……夜織子ちゃんブラコンていう噂本当だったんだ……じゃあ、ムカついた女子の顔面をすりおろしたっていうのもマジなの?」
「うん……」
「ヤバw……そんな小さい身体なのにバケモンじゃん」
同室の女子、高宮は夜織子から話を詳しく聞いた後、夜織子のことを院内に吹聴して回った。夜織子が一番イカれていて強いだとかそんなことを。
「調子乗ってんじゃねぇよ。自分の立場わきまえたほうがいいよ?」
その結果夜織子は院内の年長者達に目をつけられる。彼女達は人通りのないところで夜織子をリンチしようとした。
「……何? 何のこと?」
夜織子は何がなんだかわからない内に年長者の女子達に殴られた。普段であったなら、絶対に殴り返すことはなかったが、兄の昼男にはもう会うことはできないんだと、この日荒れていた夜織子は、彼女達を殴り返してしまった。夜織子は一振りのパンチで三人を気絶させ、三人の前歯を全滅させた。
「あはw すごーい!」
「なに? もしかして高宮、あんたのせいなの?」
「そうだよ! でもスッキリしたでしょ? もう我慢しなくていいんじゃない? だってもうお兄ちゃんに会えないんでしょ? じゃあどうでもいいじゃん人生なんて、好きに生きようよ!」
「……スッキリ……そうかも。高宮の言う通りかも、どうでもいいやこんな人生」
ヤケになった夜織子を高宮は誘導した。この先夜織子はどうせロクな人生を送れない、だったら好きに生きれば良い。毎日夜織子にそんなこと言って、いつしか夜織子もロクでもない自分の未来しか見えなくなった。
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