第26話:昼男と夜織子
アルドロードの訓練場で女性を救出、クラウドロス校長達に女性を保護してもらってすぐ、俺はブロックスの宿屋に戻った。女性を助けなきゃいけないから、理由があったから俺は冷静さを取り戻せた……だけど、その理由がなくなれば、俺は再び冷静さを失った。動悸と汗が止まらず、汗は俺の身体を冷やした。
落ち着かなきゃいけないのに……駄目だ……まさか、笠町さんが……ロブレにいたなんて……それに、ダクマが夜織子の子供? 父親はヒルオって……俺だって言うのか? そんなのありえないだろ……
(おい、ディアンナ……シャヒル大丈夫か? 死にそうな顔してるぞ?)
(我らではどうしようもできそうにない。アルーインを呼ぶか)
ヒソヒソ声で話すディアンナとダクマ……全部聞こえてるけど、本人は聞こえてると思ってないみたいだ。
それからすぐにアルーインさんはやってきた。その間ダクマ達は俺の部屋にいたし、多分魔法の手紙でアルーインさんに連絡を取ったんだろう。それにしても……あのヒソヒソ話から10分程度しかたっていない……早い……アルーインさんは息を切らして、汗もかいていた……本当に急いで来たって感じだ……
そんなアルーインは俺を見て、深刻そうな顔をしていた。どうしよう、そんな困惑が分かる表情で、俺はアルーインさんのその表情を見て、今も俺が他人から見て、どんな状態なのかを察した。
「な、何があったんだ。シャヒル君……話せることなの?」
「前に、俺が話したくないっていたことに関係してて……俺は、思い出したくないから、そう言ってたんです。でも……もう、思い出してしまったし……自分ではどうにかできそうになくて……もう、話してしまった方がいいのかも……ダクマ、お前にも関係することだ」
「うむ、どうやらそうらしいが、一体どういうことなのだ?」
「俺のリアルでの名前は
「待ってくれシャヒル君! じゃあダクマは君と妹の子供みたいなものってこと? な……なんと業の深い……けど、記憶がない? どういうことだ?」
「よく分からない……だから、ちゃんと話をしようと思う。俺は俺のリアルの過去を話す。ダクマはお前の両親の記憶のことを話してくれ……それで、色々と分かってくるはずだから」
俺はそう言って、過去を話し始める。そして、ダクマもそれを補足するように話す。
◆◆◆
泥砂昼男、そして妹の夜織子、年の差は2つの兄妹で、二人は仲が良かった。昼男は比較的普通の子供だったが、夜織子はそうではなかった。
変わった子、そんな風に大人たちから見られていた。夜織子が幼稚園に入ってすぐ、問題は起こった。
園児達が喧嘩をした。同い年でも身体の発達が遅い子が、身体の大きな子に殴られた。それを、夜織子が止めた。
「人を叩いたらだめなんだよ? おにぃがいってた」
「いたい、は、はなして!! はなして!」
夜織子は年上の大きな子供の腕を掴んだ。夜織子からすれば完全に善意から、喧嘩を止めたつもりだったし、夜織子としても殴りかかった子を傷つけるつもりはなかった。
「はなせよばか! しね!」
夜織子に腕を掴まれた痛み、恐怖から、子供がそんな言葉を言った時だった。夜織子は一瞬だけ腕を掴む力を強めてしまった。その結果、その子供の腕は折れてしまった。そんなことがあってから、夜織子は園内で隔離されることになった。
それによって夜織子は同世代と会話する機会を失い、話し相手は兄である昼男しかいなかった。その昼男と話すのも殆どは家、園外でのことで、夜織子は兄以外と話すのが苦手に感じるようになった。
夜織子は兄によく懐き、依存していった。そして昼男も夜織子を溺愛していた。夜織子は昼男の前では良い子にしていたし、ちょっと我儘ではあるものの、自分を頼ってくる夜織子が可愛かった。
夜織子は園児の腕を折った一件から、暴力的な子供だと周りから思われていたが、昼男はそうは思っていなかった。なぜなら夜織子は一度も人を殴ったことがなかったからだった。他の子供が人を殴るのは散々見てきたが、夜織子は人から殴られても殴り返すことすらしなかった。夜織子は力が強すぎるだけで、優しい子だと昼男は思っていた。
二人が小学校に上がっても、二人の関係は同じ、周りからの評価も概ね同じだった。しかし、その一方で変わったこともあった。夜織子の異常に高い身体能力が表面化してきたことだ。夜織子は小学校の体力テストで圧倒的な記録を叩き出した。本人からすればそれは遊び感覚で、たまたま気が向いたからちょっと力を出してみた、そんな程度のことだった。
そして、夜織子は高い身体能力の理由を調べるため、大学病院で検査を受けた。
「これは……夜織子さんはどうやら異常な筋密度と骨密度を持っているようですね。体重が見た目からはありえないほどに重い……8歳にしてすでに高校生程度の身体能力を持っている可能性が高いです。これは普通のスポーツ競技に出られるかも怪しいですね……ドーピングや肉体改造ありの方でないと、出場が認められないかもしれませんね……いやぁ、ナチュラルでこんなことが見られるとは……これも人の可能性なのか?」
夜織子は特殊体質だった。見た目は普通の子供でも、実際には大人並み、夜織子が大人になった時、彼女がどの程度の身体能力を持つのか、医者は夜織子に対する好奇心を隠せなかった。
新人類種、医者は夜織子をそう評した。少なくとも、夜織子が今までの人類の枠組みを超えた存在であることは間違いなかった。突然変異か、それとも遺伝なのか、原因は不明で、医者は夜織子に研究対象として執着した。
しかし、夜織子はそんな医者の不気味さと、自身の扱われ方への不満から、自分の意思で検査から逃げるようになった。夜織子の両親と祖父はそれを尊重し、夜織子は医者の研究から解放され、自由になった。
丁度その頃、夜織子は中学生となった。相変わらず学校では孤立し、兄に依存していたが、幼稚園から中学まで、問題を起こしたのは腕を折った一件だけだった。変わり者の評価を受けていた夜織子はいじめの対象をなることもあったが、夜織子はまるで相手にしなかった。兄のいいつけ、人を傷つけてはいけない。そんな言葉を守り、攻撃を受けても無視、夜織子はまるで動じなかった。動じない夜織子を不気味に感じたいじめっ子達はいじめをやめ、夜織子を避けるようになった。
しかし、事件は起こった。夜織子が中学生になってしばらく経った後のことだった。
「えぇ~? マジに好きになっちゃったんだぁ! あたしがあんたみたいなヤツ好きになるわけないじゃん……佐熊と仲がいいからって雑魚の癖に偉そうにしてさぁ、ほんとウザい、ていうかキモイ。あたし、ゆーちゃんみたいに男らしいのが好きなの、実は付き合ってるんだぁ~」
「え? でも……彼氏いないって……俺のこと好きかもって……」
「あはは! おもしろーい、本気にしちゃうんだ! ちょっと優しくして、遊んだらこれだもん、ちょろすぎ、ていうか馬鹿? よかったじゃん、みんなに自分が馬鹿ですって証明できてさぁ!」
「あ……え……?」
昼男には同級生に好きな女子がいた。
そんな昼男に唯一話しかけてる女の子が笠町だった。昼男はあっさりと笠町に惚れた、可愛い女の子に、優しくされて、思わせぶりなことを言われ、これはいけると思った昼男少年は、勇気を出して笠町に告白しようと決断した。
昼男は笠町を校舎裏に呼び出し、告白した。しかし、そんな告白現場にはギャラリーがいた。昼男が告白して笠町に振られた瞬間、隠れていたギャラリーは姿を表し、スマホで昼男を写真に撮った。動画を撮る者もいた。笠町は昼男の緊張した様子から、昼男が自分に告白するだろうと確信を持ち、昼男の告白現場を素行の悪い生徒達に伝え、見世物にした。
笠町は表向きは優等生で性格良く振る舞っていたが、実際の性格は最悪、上の世代の不良と付き合っていた。その不良がゆーちゃん、昼男の親友である佐熊にボコボコにされ、中学校での権力を失った男だった。佐熊に負けるまでは素行の生徒達が幅を利かせていたが、佐熊がゆーちゃんに勝つとそういった不良グループは表向き活動することはなくなった。佐熊を恐れていたからだ。
素行の悪い者たちは、佐熊によって抑圧され、佐熊に対する不満を溜め込んでいた。しかし、佐熊本人に仕返しする度胸はなかった。そこで、佐熊と親友である昼男は、彼らの不満解消の矛先、ターゲットにされた。
「はっは! まじで美央の言う通りになるなんてなぁ? おいおい、オレの女に手ぇ出すとか死刑だろ? まぁでも、オレ優しいからよぉ、慈悲深く殴ってやるよ」
告白のギャラリーの中には笠町の彼氏であるゆーちゃんもいた。彼は昼男を殴り、蹴り、怪我を負わせた。
「写真と動画、ばら撒かれたくなかったら、分かるよな? 昼男、佐熊に言うんじゃねぇぞ?」
「はは……なんだ、結局佐熊が怖いのか……自分じゃ佐熊に勝てないって言ってるようなもんじゃないか。あいつには言わないよ……笠町に騙された俺が……馬鹿だっただけだし……」
「あ? ちょ! まじか! こいつ泣いてんぞ! イキったこと言いながら泣くとかよ!」
昼男には後悔しかなかった。まんまと笠町に騙され、笠町の本性に気づくことができなかった自分の馬鹿さに呆れていた。それと同時に、今まで佐熊に守られていたことを強く実感した。
昼男は佐熊と親友なのに、自分が一方的に佐熊に守られているということが気に入らなかった。だからこのことで佐熊を頼りたくなかった。
◆◆◆
「ふーん、シャヒル君て昔は単純だったんだね」
俺が落ち込んでいることを忘れ、刺してくるアルーインさん。
「ちょ……事実ですけど、仕方ないじゃないですか! 身内以外じゃ初めて優しくしくれた女の子だったんですよ? 耐性ないんだから見極めろって言われても難しいですよ!」
「いや理解してるよ? でもそういうトラウマがなかったら、わたしに対する態度も違ったのかなと思うと、色々とね」
「ちょろいぞシャヒル! もっとしっかりしろ!」
「えぇ!? これは昔の話だから……! 今はしっかりしてるから!」
ダクマも俺に追撃を浴びせる。こいつら……
「はは、まぁでも……これぐらい言ってくる方が俺としても話しやすいか。落ち込んでるの馬鹿らしくなってきた。続き、話しますよ?」
そう言って俺は再び口を開いた。
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