第25話:迫りくる過去


「──それじゃあ、おそらくその魔法鍵の場所へ行けばやつらと接触できる可能性が高いんですね?」


 俺はクラウドロス校長にアルドロードを不法占拠する者達が、人々を攫っていった部屋を教えてもらった。その殆どが戦闘状態のエリア、アルドロード魔法学校は異界ダンジョンの仕組みを利用したマップ、無限に存在する部屋の中にはモンスターが無限湧きするエリアがある。といっても湧くのは雑魚モンスターだけで、アルドロード魔法学校ではこうしたエリアのモンスターを相手に実戦訓練や、魔法の威力実験を行い、有効活用している。


 しかし、戦闘エリアであるが故に転移と魔法の手紙の使用が制限される。もちろん部屋の扉を使っての移動は可能だが、問題が起こると面倒な場所だ。今はこうしたエリアを立ち入り禁止にすることで人拐いの被害を抑えているらしいけど、それでも被害の全てを食い止められるわけじゃない。


「はい、しかしシャヒル君……応援を呼んだ方がいいんじゃないですか? 呼び出した私が言うのもなんですが……」


「いえ、やつらが現れる場所が戦闘状態のエリアってことは転移もできないし、魔法の手紙を送ることもできないってことです。自慢じゃないですが、俺の逃走能力はハイレベル冒険者達と比較しても高いです。何があるか分からない場所に俺よりも逃走能力の低い人達を送るのはリスクが高いです。それに俺は戦闘をするつもりはありません。様子を見に行くだけですから」


「で、ですが……シャヒル君は中堅冒険者をまとめる守護連合のリーダーなんでしょう……? 万が一何かあったらマズイですよ」


「まぁ、それはそうなんですけど、実際には俺よりもハイレベルクランの人達の方がずっと価値が高い、絶対に死んじゃいけない人達なんです。それに俺が死んでもちゃんと守護連合をまとめてくれそうな人もいますし」


「なっ! なに馬鹿なこと言ってんだシャヒル! お前の代わりなんているわけないだろ! お前が死んだら! 誰が余の面倒を見るというのだ!」


 さっきまで静かにしていたダクマが大声を上げて怒り出した。


「だ、ダクマ……ご、ごめん。でも大丈夫、俺だって死ぬつもりなんてないよ。俺にだって夢がある……だけど、自分を守って、人の夢を守らずに、言い訳するなんて、俺にはもうできない。本気で生きるって決めたからだ。ダクマ、お前はここに残れ、これは命令だ。付いてきたら飯抜きだからな」


「めしぬきッ!? おまっ!? 鬼畜か? ど、どうしようディアンナ……シャヒルが死んでも、付いて行っても飯抜きだぞ……」


「ここで大人しく待てばいいだろ? 我もそう戦闘力が高いわけではないし、逃げるとなったらダクマがいてもシャヒルの邪魔となるだけだ。お前と我が飯を食う唯一の選択肢は、シャヒルの無事を祈って待つだけだ」


 ディアンナがまともなことを言っている……いつも一緒にいるからかダクマの扱いには慣れてるな。



◆◆◆



 俺は校長に教えてもらった部屋へと移動した。この部屋は第三訓練場、本来なら訓練に使う練習用の武具などが設置された砂地らしいが、今のここはそうじゃないみたいだ。


「あ、ああ! た、たすけっ……てぇッ!!」


 そこには装置があった。二つのガラス張りの部屋のようなカプセルと、そこからそれぞれ伸びる管がある。2つの管は一つ大きなガラスの檻に繋がっていて、この檻は他の2つのガラスの部屋とは形状が違う、そして、檻の下部には赤黒い血液が溜まっていた。


「グオオオオオオ!!」


 助けを求める、涙を浮かべた人間の女の人と、唸り声を上げる牛型の獣、ミノタウルス。2種の生物が、2つのガラスの部屋にそれぞれ収まっていた。


 ──ポツッ。


 あっ!? 汗、汗の音か……汗が俺の腕、手袋に落ちた音だ。俺はいつの間にか、この光景を見て汗を掻いていたらしい。


 ──コポッ!


 2つのカプセルとは違う、ガラスの檻の中の、赤い血溜まりが波打ち揺れる。バシャバシャと音をたてて、血溜まりの中からその身体の一部を露出させた。


 骨で出来たサソリの骨のような管の先端に、人間の腕が付いている。


 ああ、そんな……あれは、すでに人と何かが混ざられた後だったんだ……大量の血に沈んで見えなかったんだ……それであの女の人とミノタウルスは、これから……すでに混ざった、あの中に、混ぜ込まれてしまうんだ……


 吐き気と恐怖、どうにかしなきゃという焦り、こんなことをするヤツへの怒り……いろんな感情が一度に押し寄せてきて、俺の心はグチャグチャだ。


 あの人を助けなければ……!


「えっ……嘘、嘘でしょ? あは! ははは! えぇ!? これって運命? そうだよねぇ! はは、あははははは!」


 狂ったような笑い声が、訓練場に響いた。俺は声がした方を見る。声の主であるその女は、ガラスの装置の側にある機械板の前にいた。


 薔薇の模様で鮮やかな仮面をした女。美しいボディラインと、それが分かる構造のタイトな服、それを少し隠すようにローブを纏っていた。


「運命? 何を……言って!」


「えぇ? あたしのこと、忘れちゃったぁ? あぁ、仮面してるから? でも、声は同じらしいし、分かるんじゃないの? ねぇ、昼男くん? 会いたかったわぁ」


「こ、声? え……?」


 声を知っているはずだと言われて、俺がその声を思い出そうとした瞬間、俺は怖気立った。し、知っている……俺はこの声を……リアルで聞いたことがある。


 ずっと思い出さないようにしてきた記憶の中の声。


笠町かさまち……さん……そんな、どうしてここに」


「それはこっちのセリフだよぉ。知らなかったなぁ……まさかロブレにずっと、ぶっ殺したい相手がいたなんてね~。あはっ、リアルと融合したから分かるようになったんだ! あたしの知ってる昼男くんの顔が混ざったから。ああ、じゃあ、もしかしたら昼男くんだって知らないまま話したことだってあったかもねぇ? 最悪、ああでも殺せるんだから最高ね?」


「あ、う……こ、殺す? 俺を? な、なんで?」


「なんで? ですって? ふざけんじゃねーよ! 当たり前だろ! お前のせいで! お前のせいであたしは人生滅茶苦茶になったんだよ! 昼男! お前と、ゴミ妹の夜織子のせいで!」


「……君が、君が始めたことだ。逆恨みだよ……でも、俺にだってそういう気持ちはあるんだ。君もせいで……夜織子は俺の前からいなくなっちゃったんだ!!」


 あぁ……ただでさえ心の中グチャグチャだったのに……もう駄目だ……冷静じゃいられない……無理だ……ダクマには残れ、大人しくしてろって言ったのに……俺がこんなんじゃ……持ち直せ、俺がやらなきゃいけないことは……あのガラスの中の女の人を助け出すことだろ?


「ヒルオ? 夜織子? なんであの女は余の父と母の名を知っているんだ?」


「え? ……ダクマ? お前、なんでここに!」


「なんでって、心配になったから助けに来てやったんだろうが。飯抜きにはなるが仕方あるまい。お前にはその価値があるのだからな!」


「え? えぇ!? マジ!? 夜織子までいんじゃん! あはは! 復讐対象が全部揃うなんて最高じゃん! 運命よ運命! 今まで何度も死のうと思ったけど、生きててよかったぁ~」


「は? 夜織子? 何言ってんだよ……! ダクマが夜織子なわけないだろ! あいつはゲームなんて嫌いだったんだ、ド下手で俺がやろうっていってもやろうとしなかったんだ……! だからっ、夜織子がロブレの世界にいるはずがないんだ!」


「はぁ? 何いってんの昼男くん? そいつの顔、どう見ても夜織子じゃない。妹の顔忘れちゃったの?」


「違う! そんなわけない……ダクマは夜織子じゃない……全くの別人なんだ」


 ダクマは夜織子じゃない……俺は自分に言い聞かせるようにして否定の言葉を頭に浮かべ、ダクマの顔を見た。は、ははは……何が母親の若い頃に似てるだよ……それって、妹の、夜織子のことじゃないか……分かんないフリしたんだ……だって、ゲームが下手で、ゲームが嫌いな夜織子がロブレなんてやってるわけないんだし、似てると思ったって、そんなの勘違いに決まってるんだから……


 ゲームが……下手? あれ……? そういえば、ダクマって……クイックターン知らなくて、それでも無理やりプレイして、普通じゃありえない急旋回ができるんだっけ? 闘拳の才能があって……馬鹿で……ゲームが下手……あ、ああああ……そんな、嘘だ……


「……プレイヤーと……キャラの子供だって……お父さんもお母さんも、自分が嫌いだから、自分を生み出して消えたって……じゃあ、夜織子は……もう……消えて、死んで……あ、あああ!! うわあああああああああ!!」


 ──ドゴォ!


 俺の顔がとんでもない力で殴られる。体力が一瞬で三分の一は削れた。殴り飛ばされた俺は顔を見上げる。俺の目線のその先には、拳を構えたダクマがいた。


「落ち着けシャヒル! 死ぬぞ!! 何がなんだかわからんが! シャヒルにはやることがあるんだろ! 余はお前を助けに来たんだ! ここでお前が死んだら! 余はお前を殺す! だから生きろ! 余が、生きろと言っているんだからッ!!」


 生きる。そうだ、俺には生きる理由がある。シャヒルとしてやるべきことがある。本気で生きて、ガルオン爺の悲願を果たすんだ。だから立て、立つんだ俺!


「──っ、ダクマ、助けてくれてありがとな。お前のおかげで少しは冷静さを取り戻せた」


 【アナライズ・トーン】


 ──風系統の音を使ったステータス看破魔法、発動が早く、広範囲を一度に調べられる。風属性、使用回数制限なし、魔法。



【アンブレラ・パトラ:Lv91 21歳】【職業:上級黒魔道士】


 看破魔法で分かったのはこれだけか……レベルは91……俺よりも格上だ。


「えぇ!? レベル71!? 低すぎでしょ? 昼男くんよわ~、まぁ夜織子がレベル低いのは納得ねぇ。あいつ馬鹿だし、レベル42っていうのも納得……は? なんで格下相手なのに、これしか分かんないの? バグ?」


 どうやら笠町、アンブレラも俺達のことを看破魔法で調べたらしい。そして、アンブレラは俺達のレベルや職業程度しか調べることができなかったようだ。


 看破魔法の妨害、これができたのは破魔石の指輪のおかげだ。俺が危険地帯である訓練場を調査するため、部屋から出ようとした時、クラウドロス校長がこの破魔石の指輪を俺に渡してくれた。ガルオン爺が使っていた破魔石の指輪を。


 破魔石の指輪は発動すると魔法を打ち消す効果がある。一度使用すると長いチャージ時間が必要になるため、一日2回程度しか使えない。一度の戦闘なら一回しか使えないだろう。だけど、この破魔石の指輪には非発動時にも、自動効果が存在する。それが看破魔法の妨害だ。


 クラウドロス校長は敵がプレイヤーであるなら、看破魔法を使ってくるはず、敵に情報を与えないためにと指輪を貸してくれた。


(ダクマ、あの女の人がいるガラスを叩き割ってくれ。俺は女の人を救出するから、そしたら撤退だ。元の部屋に戻る)


(なんだと? 撤退? あの仮面女を倒さなくてよいのか?)


 俺は小声でダクマと話し、作戦を伝える。ダクマも意図を理解してくれたらしく、ちゃんと小声で返してくれる。


(あの女の人を庇ったままじゃ戦えない。それに……単独っていうのはおかしい、クサイんだ。何かあると思う……だから女の人を助けてすぐに逃げる!)


(了解だ!)


 ダクマは小声で了解と言って敬礼のポーズを取る。そしてそこからノータイムで走り出した。


「はぁ? なにその舐めた動き! 死ねよ! この世界じゃあたしの方が強いのよ!! 死ね死ね死ね【ウォーター・スピア】」


 ──三本の水の槍を連続で飛ばし、命中するごとに水属性追加ダメージを与える。水属性、魔法、使用回数制限?/?。


 アンブレラの放った水の槍が走るダクマに向かって飛んでいく。しかし──


 ──【魔王の落胤】:魔王と人の子、高い生命力を持ち、攻撃魔法を無効化できる。生命力を使って魔法の行使が可能。闇属性、光属性、特殊。


 水の槍はダクマに衝突すると弾けて消えた。ダクマの特殊スキル、魔王の落胤、とんでもないチートスキル。こんなの誰だって予測できない。


「え? えぇ!? はぁ? なに? またバグ!? バグりすぎでしょ、ゴミゲーかよ!」


 対抗魔法もなしに完全に魔法を無効化され、唖然とするアンブレラ。しかしそれを行った当のダクマは我関せず、我が道を行く。走った勢いのまま、女の人を閉じ込めるガラスを叩き割った。


 ダクマがガラスを叩き割った瞬間、割れたその隙間から、俺は女の人のいたガラスの部屋へ侵入、俺は女の人とダクマを抱え瞬時に後方へ跳躍する。そして状況を理解できず呆然と立ち尽くすアンブレラを後目に、俺達は訓練場の扉の入力板に魔法鍵を使用する。


「あ! ちょっと! 早く来て! 逃げちゃう! 殺さないといけないんだから! はやくきて──」


 アンブレラが携帯のようなナニカを使って、誰かと話すのが見えた。魔法の手紙以外の連絡手段を敵は持ってるのか──それが訓練場から脱出する時、すでに発動した扉の転移が、俺達を隠し倉庫へと運ぶ前に見えたことだった。


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