第24話:悪意


「シャヒル君、忙しい所を我々のために、ありがとうございます」


「いえ、それでクラウドロス校長、キメラというのは……」


 俺はアルドロード魔法学校から届いた魔法の手紙を読んですぐにアルドロード魔法学校に転移した。


「その、隠し倉庫にいますので、着いてきてください。気分が悪くなるかもしれないので、ダークマインドさんとディアンナ様はここに残られた方がいいかもしれません」


「案ずるな。余は血なまぐさいことには慣れている」


「生意気だぞクラウドロス。我はフィトリガットが造りし神だぞ? 子供扱いはやめろ」


 そしてダクマとディアンナも俺に着いてアルドロードへとやってきていた。俺はダクマのことを校長に軽く紹介すると、俺の知り合いならということでダクマもあっさり通してくれた。


「わかりました。では覚悟して着いてきてください」


 クラウドロス校長が校長室の入力板に鍵魔法を使い、隠し倉庫の部屋と校長室の扉を繋げた。校長を先頭に俺達は隠し倉庫部屋へと入っていく。


 入って最初、隠し倉庫は暗い部屋だったが、俺達が部屋の奥へ進んでいくと、少しずつ明るくなっていった。暗かった部屋は薄暗い明るさになって、部屋にあるその”物体”の全容が目に見えるようになってきた。


「これは……何が起こっておるのだ? シャヒル、これは人なのか?」


 ディアンナもダクマもそれを見てパニックを起こすことはなかったが、その顔は引きつっていた。


 俺達が見た、校長がキメラと呼んだ存在。それは人であったものとモンスターとが混ざった肉塊だった。それは動いていて、生きていることが分かる。それの心臓が動く度に,

その身体は揺れていた。


 本来なら体内にある心臓が体外へ飛び出していてその一部には毛皮がついている。心臓だけではない、あらゆる内蔵が滅茶苦茶な位置にあった、人間のものと、獣のものがぐちゃぐちゃに、肉で出来た粘土に雑にねじ込んだような感じだった。


 その肉塊の一部、表面にある透けた膜の中に、人の顔があるのが見えた。いや、顔じゃない……顔の皮が張り付いているだけ、だけど……そこには一つの目玉がくっついていて、その目玉は俺を見た。


「な、泣いてる……まだ意識があるのかもしれない。助けてくれって言ってるみたいだ」


「ええ、おそらくまだ生きているのでしょう。彼の身元は分かっています。この身体に服や身分証などが張り付いていたので……彼は、ゴレン君は不法占拠者に攫われ、行方不明になっていた我が校の生徒です……そして、あの心臓についた毛皮……あれはワーウルフのものです。そしてあの尖った、突き出た肋はアースリザードのもの……」


「これは……あの身体に張り付いてる札は回復魔法の効果がある魔道具ですよね? そうか……放っておくと飛び出た内蔵が腐敗してしまうから……校長、どこでこの人を見つけたんですか?」


「廃棄処分場です……そこに捨てられていたんです。まるで、燃やせと言っているかのように……やつらは、彼を、ゴレン君をこのような姿にするまで利用し……捨てた……! 許されることではない!」


「一体なんのために……モンスターと人を……けど、これは妙だ……確かキメラ技術というのは、そもそもこの世界で確立されていますよね? ラシア帝国もキメラ兵というのを採用していたはずです。モンスターの肉体の一部を移植して強化した兵士、あれは成功していたし、安定もしていた。でも今回のこのキメラ化は、まるで違った目的のために生み出されたように見える」


「私もそこが疑問でして……兵隊、兵器としての強さを求めているわけではないということなのでしょうか? そもそもの、なんのための実験なのかも分かりません……あの不法占拠者達が何を考えているのか……分かりません」


 怒りに歯を噛みしめる校長。目的が分からない……か。


「校長、本当に目的が分からないのですか?」


「しゃ、シャヒルさん何を? だから分からないと言って──」


「クラウドロス校長、冷静になってください。あなたは、アルドロード魔法学校の長、導く存在なんです。今のあなたは……これでは絶望した無力な老人でしかない。冷静さを失って、絶望するだけじゃ、彼は救えない! 他の攫われた人も! 冷静になって、取り戻してください、学者としての目と心を!」


「おい、シャヒル! 流石に我でもそれは言い過ぎだと……」


「──……いえ、ディアンナ様。シャヒル君の言う通りです……私は、このアルドロードを導く者としての責務を全うできていない……怒りと悲しみ、絶望に打ちのめされていただけ……本当は、学者として、この現象を、この状態を分析しなければいけないのに……あぁ、私は……考えるのをやめていた……けど、こんなことは耐えられない……冷静になるべきだと分かっていても、自分ではどうしようもできない……」


「校長、あなたはさっき自分で言いましたよね? このキメラは、強さを求めてのことではないのかもって。あなたはすでに何かに気づきかけていたんだ。自分を信じてください、きっとたどり着けるはずです。敵の狙いがなんなのか、それを突き止められるって」


 クラウドロス校長は好奇心旺盛な人だった。ガルオン爺の遺品を届けに来た時、俺を試すためにフィトリガットボールを渡してきて、俺が校長室を破壊しても、彼はその好奇心から俺を許した。


 だから俺には違和感だった。そんな人間が、未知の、この謎のキメラ化を調べるとして、まるで調査が進んでいないことに。確かに、彼が見つかってから時間は経っていない、だけど……これはありえないことだ。きっとクラウドロス校長だけじゃない、アルドロードの他の教授達もそうだろう。


 冷静さを失い、思考することができないでいた。


「──【シトル・ウィンド】」


 ──精神系状態異常を緩和する風属性回復魔法。風属性、魔法、使用回数制限8/9。


 俺の生み出した銀色の風がアルドロード校長を通り抜けていく。すると、校長の顔は平常時の顔に戻った。そこに怒りや悲しみはなく、冷静だった。


「お、これは……頭がスッキリとして……今までまるで冷静になれなかったのが……シャヒル君、これは一体? シトル・ウィンドはあくまで状態異常を緩和する魔法では?」


「風属性の本質は移動です。そしてシトル・ウィンドとは人の中にあるネガティブな感情を体外へと移動させる魔法なんです。なのでうまく調整すれば、状態異常でなくとも、人を冷静にさせたりは可能です」


「おおぉ! では、今この隠し倉庫の空間には私のネガティブな感情が漂っているのですな? ということは、同じ場所でこの魔法を使いすぎるのは危険かもしれませんね。ようは邪気が溜まってしまうわけだから、それらが自然と薄れるのを待ってからでないと……あ! あぁ、本当にいつも通りだ。これなら、これならば……シャヒル君、すみませんが他の教員達にもシトル・ウィンドを使ってくださいませんか? この魔法で冷静さを取り戻せば、彼らも本来の能力を発揮できるはずです」


「了解しました!」


 俺は校長からリストを受け取る。それには優勢順位が振ってあり、研究者としての能力が高い者順に番号が振られているようだった。俺はリストに従い、アルドロードの受付から彼らの元へ行き、事情を話してシトル・ウィンドをかけた。


 そしてシトル・ウィンドの使用回数が0/9になって、俺が校長のいる隠し倉庫に戻ると、そこには9人の学者がああでもないこれでもないと、議論を交わしていた。


「遅いですよシャヒル君! みんなあなたを待っていたんですから! 発見があったんですよ! これはおそらく、融合現象に関する実験なのです!」


 部屋に入るなり、クラウドロス校長は興奮した様子で俺に話しかけてきた。


「融合現象? どういうことですか?」


「通常のキメラは本当の意味で混じっているわけじゃありません。どちらかというと切り貼りに近い、あくまでパーツの置き換えをしているだけです。ですが今回のキメラ化は、切り貼りを目指したものではないのです。違うモノ同士を完全に混ぜ合わせる、つまりは融合させることで新たな存在を生み出そうという試みなのです。そう、プレイヤーと非プレイヤーの融合現象に近いことを再現しようとしているのです」


「そ、そうか……だとしたらプレイヤーである不法占拠者達が行う実験としては理にかなっている。自分たちの状態を深く理解するためにこれを行った……けど、なぜ融合が目的だとわかったんですか?」


「それは単純な話です。パーツとパーツが接している部分、境界部分の一部が実際に融合しているからです。最初、我々はそれに気づくことができませんでしたが、各種鑑定魔法を使って調べていくうち、どの鑑定魔法を使っても正常に鑑定できない部位があることがわかったのです。ほんのごくわずか、境界部分の小さな領域でしたが、それは確かに存在したのです。モンスターと人が完全に融合した、今までの分類では対応できない領域が」


「その融合部位はどのような特性を持っているんですか?」


「ええ、同時に複数の特性を持ち合わせているのです。そう例えばあの心臓、あれにはワーウルフの毛皮が張り付いていましたが、あの心臓の極わずかな境界部位にはワーウルフ特有の火属性に対する極度の脆弱性を持っており、同時に彼の、人間であるゴレン君の特性を持っていたのです。人間は特殊です。己が磨いた属性の力をその身に宿すようになるからです。本来ならば、属性の力を宿せば、それに対応した弱点の性質を抱えることになりますが、人間は別です。人間が属性の力を宿しても、その属性の弱点を抱えず、その強さだけを取り入れることが可能なのです」


 そ、そうだったのか……人間て属性の力を宿してもそのデメリットは背負わないんだ……ガルオン爺から教わったことのない知識だ。ガルオン爺はあんまし生体関連のことは詳しくなかったもんなぁ……魔法関連のことは俺もかなり詳しく教わったけど……


「けど、火属性と風属性が戦えば、明確に優劣は発生しますよ? それはなぜですか?」


「それは人ではなく属性の力同士の優劣による影響ですよ。例えば異なる属性で同程度の威力を持った魔法を人に放ったとします。そうすると、面白いことに受けるダメージは一緒なんです。それが耐性のある属性か、弱点である属性かに関わらずね。ですが、これは魔法、属性の力を使った防御を行わなかった場合の話で、実戦では属性の力で防御を行います。そしてその属性自体には相性がありますから、結果的に属性の優劣が受けるダメージだとかに反映されるわけです。ともかく、人間はどの属性を宿そうと属性的な弱点を抱えないという特性があり、ゴレン君は水属性の力を磨いてきた生徒でした。そして、あの心臓はワーウルフの火属性への脆弱性と、水属性の力、二つを同時に持っていたんです」


「水属性は火属性に強い……じゃあ、まさか……ワーウルフの弱点を相殺してるってことですか? けど、それって本来なら、弱点なしと扱われるんじゃ……」


「はい、シャヒル君のお察しの通り、本来ならば弱点なしとして鑑定魔法は表示するはずです。ですがあの心臓の融合部分を鑑定すると、種族不明、風属性、水属性、火弱点、土耐性、火耐性と表示されます。これは異常なことであり、完全に融合していると考える他ありません」


 人間だから水属性の力の特性を得ても、弱点は抱えない。もしも人間でなく、モンスター由来の水属性なら、弱点表記、土弱点が表示されるってことだ。もしもこの融合技術が完成したら、弱点を持たないモンスターのような人間を生み出せるってことか?


 別にモンスター同士で弱点属性を消すように組み合わせてもいいのか? けど、どうなんだろうか? 水と風、土と火みたいな組み合わせだと……互いの弱点を補いあってかつ、互いに弱点をつかない。強そうだけど? これは実際の野生モンスターにもある属性の組み合わせだけど、あいつらはちゃんと弱点あるんだよな……謎だ。


「融合技術に関連した実験……早く攫われた人達を助け出さないと……手遅れになってしまう……こんなことを躊躇なく行う奴らが、プレイヤー……吐き気がする。どう考えてもあいつらを放置したらマズイ、プレイヤー非プレイヤーに関わらず、この世界そのものを危うくさせる……アルーインさんは望濫法典に関わるなって言ってたけど、それはもう無理だ……」


 アルドロード魔法学校を不法占拠し、魔法学校の人々を浚う者達、魔法系職業で統一された高いレベルのプレイヤー達、俺は彼らを魔法系職業のみで構成されたハイレベルクラン【望濫法典】と関わりのある者達だと予測した。アルーインさんは望濫法典に関わるなと言っていた。危険だからだろう……


 だけど、その警告こそが、この邪悪な行いをする不法占拠者達が、望濫法典に関係する者達であること、その説得力を後押ししていた。


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