第23話:崩壊の始まり


 ラシア帝国、帝都ラジャーンの王宮。その日は内政に関連する会議があり、皇帝と文官貴族達が話し合っていた。


「皇帝陛下、アルーインを騎士団長に戻すのは私めも異論はございませんが、あの者の進言通り、やつのための新たな騎士団を設立するというのは少々危険かと」


「危険だと? 何をもって貴様はアルーインが危険だと考えるのだ。ザリオン」


 ザリオン、文官貴族の中でも近年頭角を現してきたコーランド家の男、中年でやせ細った男だった。貴族であるにも関わらず貧相な体つきなせいで、影では病気持ちだとかそういったことを言われている。


「アルーインが騎士団長としての地位を失っても、あやつに付き従う騎士たちは多く、誰一人として欠けることはなかったと聞きます。アルーインを騎士団長の職から降ろすべきだと提案したのは我々文官ですが、実際に決定を下したのは皇帝陛下です。これはつまりある意味で騎士たちは皇帝陛下の意に背きアルーインについたということなのです」


「ふん、くだらぬな。戦場に立ったことのない文官だから言える意見だ。確かに我は皇帝だ、誰も彼も、我の権威に跪くべきではある。しかしだ、戦場で命を賭けるには信頼が必要なのだ。共に同じ戦場で戦わなければ得られぬ信頼がある。騎士たちはアルーインが立場を追いやられようと、それでもやつに忠義を尽くすことこそが正道、やつに付き従えば生き残り、大きな武功をあげられると確信しておるのだ」


「……し、しかし、皇帝の、国の支援を受けずに軍が成立することなどありえません。武官の騎士共は夢を見ているだけです。それにアルーインはアダムを自身の部下としました。決闘でアダムを殺さず、陛下の意に背いた。それだけでなくアダムは皇帝陛下ではなく、アルーインに忠義を誓うと言っております。これではアルーインが力を持ちすぎてしまいます。アルーインだけであったならまだしも、アダムまでもとなると、我が国の他の軍では太刀打ちできません」


 ザリオンに目は血走っていた。そこには焦りと恐怖が見えた。アルーインは賢く、武官であるにも関わらず内政に関しても知見があり、そういった提案も過去にしてきた。それゆえに文官貴族達には危機感があった。己の領分を侵され、排除されてしまうことを恐れた。


「そもそもアルーインはやろうと思えば王になれるだろう。やつはそういう器だ。だがやつには欲がない、すでに王であったならともかく、王となろうとする者に欲がないというのはありえぬことだ。やつが夢を、欲を得たならば、我の首も危ういかもしれぬが、恐らくやつは興味がないだろうな」


「こ、皇帝陛下!? やつが王になるなど……!」


「黙れザリオン。武官に対する見積もりの甘い貴様ですらアルーインとアダムの力があれば帝国を滅びへと導けると考えたのだ。実際の所はさらに深刻な戦力差があると考えろ。アルーインだけで、この国を取れると考えろ。そして、我が国、いや世界全体がやつの力に頼らねば、滅ぶのだ。我としてもその現状に不満はある、しかしそれが現実なのだ。貴様が文官で現実的だというのなら、それを見てこい。ザリオン、アルーインのダンジョン攻略に同行し、現実を見てくるのだ。これは王命である、拒否権はないと知れ」


「あ、あぁ……う、承りました、皇帝陛下……」


 皇帝の命に顔面蒼白となるザリオン。会議に出席していた他の文官貴族達も俯き、皇帝の矛先が己に向かないように大人しくしていた。ファランクス皇帝は文官と武官での認識の乖離を解決する荒療治としてこれを命じたものの。文官達は内心、皇帝に対する不信、不満を募らせた。これでは皇帝とは名ばかりだと、絶対的な権力者ではなくなったと認識した。


 ラシア帝国は皇帝が絶対的な力を持っていたからこそ、統一され秩序を保っていた。その前提が崩れれば、この国は荒れる。それを危機と捉える者も入れば、好機と捉える者もいた。国が荒れ、絶対的支配者がいないのであれば、己がこのラシア帝国を支配できると。


 ラシア帝国は、すでに崩壊が始まっていた。力で縛り付けていた、邪心を持つ者達が蠢き、混沌を齎そうとしていた。



◆◆◆



「19、20……はぁ……やっぱりもう自重だけのスクワットじゃ限界があるな。メニューをちゃんと考える必要があるかも……」


 じっくりと丁寧にスクワットを20回、それを5セット、今の俺はそれを基本に足の筋トレを行なっている。だけど、軽装の鎧をつけた程度の重り、自重じゃ余裕過ぎる……筋肉に効いてる感じはあまりない……


「ぜぇ、はぁ……シャヒル、なんでそんな……疲れないのか? 余の足はもう限界だと言うのに……」


 俺と同じメニューの筋トレをしたダクマが地面に転がっている。ダクマは立ち上がろうとしても生まれたての子鹿のように、足を震わせて、倒れ込んでしまう。無理をするなって言ったんだけどなぁ……ブロックスの空き地を運動場のように改造してみんなの鍛錬の場としたのだが、俺が思ったよりもここは活用されていた。


 筋トレに使うであろう自家製の器具らしきものがいつの間にか設置されていて、それを活用して鍛えてるみたいだ。非プレイヤー達からすると、ちょっとした遊びのように感じるらしく、楽しそうにやっていた。次は自分だ、その次の次はと、器具は取り合いで、列ができてしまっている。


「一体誰があの器具を設置したんだろうなぁ……自家製っぽいけど、設置した人が自分で作ったのかな? だとしたら筋トレに詳しいよな、多分……次の休みの日に探して会ってみようかな」


 ──ヒュウ、フワッ。


 風を切る音がした。振り向くと、羽の生えた雲のような風の精霊がいた。風の精霊は光って、その光は俺の身体に吸い込まれていった。そうして光が俺に馴染むと風の精霊はいつの間にか消えていた。


「魔法の手紙……アルドロード魔法学校から?」


 何かあれば魔法の手紙を送ってくれ、アルドロード魔法学校のクラウドロス校長にそう言って俺は魔法の手紙の連絡先を教えた。ということは……”何か”があったということなんだろう。俺は嫌な予感がしつつも、魔法の手紙を確認する。心の中に光と共に入ってきた魔法の文字を確認する。俺の脳内に文章が浮かび上がってくる。


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