第22話:融合の悲恋


「あ! かわいい! アルーインさんかわいいですよ!!」


「ちょ!? 脈絡ないし、雑すぎない? そんなので嬉しいわけ……わけ……あれ? 案外悪くないかもしれない……」


「一定の確率で褒めようと思っていたんですけど、ちょっと褒めない時間がチャージされ過ぎたんで、開放しないとなぁって。自然に開放するの難しいなぁ……」


「はぁ、でも思ってもないことを言っても褒めたことにはならないんじゃないのかな?」


「いや嘘は言ってないですし。アルーインさんが可愛い、美人であることは本当じゃないですか! 俺だってそう思いますよ!? 俺が嘘ついてるとか御世辞言ってるみたいに決めつけるのやめてもらっていいですか!?」


 謎にキレる俺。


「えぇ!? へ? は? ……どういうことなの? 誰か助けて……わたしのことを可愛いと思っているのが嘘でないとするなら……なんでシャヒル君はわたしのことを女の子として見ないの? ま、まさか……男の子人が好きなの?」


 アルーインさんを一定の確率で女の子として褒めるというのが始まってから一週間が経過した。相変わらずうまくいかないけれど、紅蓮道嵐がちゃんとダンジョンを攻略することになった影響で、非プレイヤーの荒くれ者や、他の治安の悪いクランのいくつかもダンジョンをちゃんと攻略するようになった。


 俺、というか中堅冒険者の方はというと、こっちも規模がかなり大きくなった。そして、低レベルの非プレイヤーの訓練も順調に進んでいる。アルーインさんから借りたシュガーナイツ君とアダムさんが低レベル者の指導を行なっていて、予想外だったのはアダムさんが滅茶苦茶教えるのが上手かったってこと。


 俺は勝手なイメージで、世界最強なら天才っぽい感じ、感覚派で教えるのが下手かもと思っていたが、実際にはかなり理論派だった。本人曰く自分は馬鹿らしいが、俺にはとてもそうは思えなかった。なんでも、興味のあること、戦いに関する事なら頭が回るけど、他の興味のないことに関してはあまり頭が回らないとのことらしい。


 まぁあるあるかもしれない。俺も学校の勉強とかはあんましだったけどロブレの世界観設定とか覚えるのは得意だったしな。


「いや、普通に女の人が好きですよ。ただちょっと、そういう恋愛関係にはトラウマがあって、あんまし気乗りしないんです。特に美人は苦手で、アルーインさんの美しい顔を見てると吐き気がしてくるから……俺、あんましアルーインさんと目を合わせて話したくないんです」


「えっ!? トラウマ、吐きそう? い、一体シャヒル君にどんな過去が……」


「すいません……そのことは俺の中でもあんまし整理ができてなくて……話したくありません。というか……アルーインさん婚約者から逃げないでくださいよ! 逃げるにしても俺に押し付けるのはやめてくださいよ!」


「そう言われてもねぇ。わたしは女の子を恋愛対象として見れないし、あの子が本気で……男のアルーインを愛していたことを知っているからこそ……怖いんだ。傷つけて、壊れてしまったら、わたしは彼に申し訳が立たない……」


 俺には申し訳ないと思わないんだろうか? まぁでも、実際、人の人生を乗っ取った、奪ったなんてこと、重いよな。それに比べれば俺への申し訳無さなんてカスみたいなものかもしれない。


 というか、こうやって俺にアルーインさんからの負荷が集中してしまっているのも、アルーインさんが他に頼れる人、友達がいないってことが原因にあるんだろう。なら、アルーインさんに友人ができるようにするのが俺を解放するために必要なことなのかもしれない。なんだか友人というか、新たな生贄のような感覚だけど……



◆◆◆


 四日前、決闘から三日経った頃、俺は灰王の偽翼のクランハウスへ来ていた。中堅冒険者達の町からハイレベルクランへの支援物資を送るための算段がついたから、その調整をするためにやってきた。支援物資は主に効果のあまり高くない低級ポーションだとか、携帯食料で、これらはゲーム時代と違って、店から無限に大量に入手できるものではなくなっていた。


 これができるようになったのは紅蓮道嵐のハイレベルまではいかないまでも高め、レベル70~90の冒険者が中難度以下の攻略をやってくれるようになったからだ。中難度以下で少し余裕が出てきたから最低限の備蓄分は維持し、余剰分をハイレベルクランに送る。そういったことが可能になった。


「アルーイン様!! どうしてわたくしに何も言わずに、紅蓮の騎士と決闘なんて! わたくしに会いに来てもくださらない……性別が変わった程度で、わたくしの心はあなたから離れられないというのに……」


「う、ニュイス……す、すまない……あぁ……どうしたら……あ! シャヒル君! ごめん! 後は頼んだよ! ごめんねニュイス! わたしは世界を救うので忙しいんだ! ダンジョン行ってくるね!」


「は? え? ちょっとアルーインさん!?」


 アルーインさんは物凄いダッシュでクランハウスの玄関から立ち去り、転移でどこかへ消えてしまった……後は頼むって、何を頼まれたの? ちょ、説明は!?


「シャヒル? シャヒルですって? あなたがわたしという婚約者がいるのにも関わらずアルーイン様を誘惑する女狐ですの?」


「いや男ですけど……それにアルーインさんとは恋愛関係とかじゃないよ。俺あの人をそういう目で見れないというか、女性としてそこまで興味はないし」


「はぁ!? ふざけるなッ! 美しいアルーイン様に恋愛感情を抱けない? 興味がないですって? なんて不届き者なの? 美への冒涜、美の敵対者め!」


 なんだよこの子供……面倒くさいなぁ……これ、俺が何言ってもボコボコに言われる予感しかしないんだけど。


「あぁ、君がアルーインさんの婚約者か……なるほどね」


「なるほどね? っく、一体何を納得したというんですの!? わたくしが知らないことで、上から目線でわたくしを見下しているんですの!? 許せませんわ!」


「ああ! わわわ! 待って! 待って! 一旦落ち着こう? 話を聞くから、君もアルーインさんのことでいっぱい悩んでいたんだろう?」


「むきーーー!! お前のような間男に話すようなことはありませんわ!」


 耐えろ! 耐えろシャヒル! これは試練なんだ……確かに理不尽なことではあるけど、ここで感情的になって適当になっちゃ駄目だ……俺が彼女を暴走させて、アルーインさんに悪影響が出てダンジョンで死んでしまったら、世界が終わってしまうかもしれない……そうだ、俺は今、世界を背負っているんだ。アルーインさんはゴス衣装の美人ゲーマー、メンヘラであることは確実、メンタル崩壊からの世界滅亡エンドがないとは言い切れない!


「まぁまぁ、でもアルーインさんも色々悩んでいるんだよ。それで俺に相談とかをしててさ、色々変な噂があったかもしれないけど、本当に俺に相談してただけなんだ。あの人あまり相談できる人がいないみたいで……俺を頼ったんだ。君に相談しなかったのは、君に心配を掛けたくなかったんだと思う。アルーインさんにとって君は守るべき人だからね」


「あ……それは……アルーイン様……そうだったんですのね」


 あれ? なんかあっさり納得してくれたな……


「アルーイン様は人付き合いが苦手ですし、わたくしの知る限り親しい友人もいません。そうですか、アルーイン様にもついにご友人が……それは喜ばしいことですわね。相談できるのがシャヒルさんだけだったんですのね……」


 どうやら元の、男のアルーイン氏も友達がいなかったらしい。そこはリアルと共通なんだな。


「あー……そのさ。俺もアルーインさんから色々相談を受けるけど、うまくアドバイスできないことも多いんだ。本当はもっと役に立ちたいんだけど、俺の力だけでは……なんというか、限界を感じてるんだ。だから、そのよかったら君の力を貸してくれないかな? 婚約者であるニュイスさんなら分かることもあるかもしれない」


「え? で、ですがアルーイン様はわたくしに会いたがりませんし、あれからまともに話してくれません。それに、わたくしに話したくないことを、わたくしが聞いてしまってもいいのでしょうか?」


「大丈夫大丈夫! 別に実際に会って話さなくてもいいんだ。アルーインさんから受けた相談で、俺じゃ分からなかったことを、君に話してもよさそうなことを俺が君に話すから、君は俺経由でアルーインさんの相談に乗るって感じでさ」


「で、でも……それは裏切りに当たらないでしょうか?」


「裏切りだなんてそんな! 愛する人の役に立ちたい、それが裏切りだなんてありえないよ! 大体アルーインさんは過保護過ぎるんだよ。ニュイスさんを守りたいと思いすぎるあまりに、ニュイスさんのことを守られるだけの存在だと思ってる。でも、俺にはすぐ分かったよ? はっきりした物言い、愛する人を思いやる心、しっかりしてるじゃないかって! ニュイスさんも守られるだけだなんて嫌だったから、ここまで来たんじゃないのかな? もしそうなら、俺と一緒にアルーインさんを支えてもらえないかな?」


 俺がそう言うとニュイスの顔つきが変わった。そこにはもう俺への敵意や不信はなく、真剣そのものだった。


「先程までの無礼、お詫びいたしますわ! わたくしは、シャヒルさんのことを真っ直ぐと、ちゃんと見られていませんでした。ちゃんと見てみれば、あなたが信用に足る人物であるとすぐにわかりますのに……アルーイン様のお話、聞かせてください。わたくし、あの方のお役に立ちたいのです」


 よし! なんとかなったぞ……まだ幼い女の子を言いくるめるのはなんだか、よくないことをしている気分だったけど。これでいいはずなんだ。俺は嘘は言ってないし、これは俺の望むことでもあるんだ。実際問題、俺がアルーインさんの相談を受けると言っても、その全てにうまく答えられるわけじゃないからな。


 と、そんなことがあって、俺はアルーインさんのことを、話せる範囲でニュイスに共有することになった。基本的には魔法の手紙でやりとりしているが、二週間に一度、帝都のニュイスの屋敷で報告会をすることになった。


 相手に負担が掛からない現実的な範囲での報告会、ニュイスさんの方がアルーインさんよりも有能だと思った。少なくとも人の心はこの少女の方が理解しているだろう。ニュイスはアルーインさんのことになると盲目的になるだけで、基本的にできた人間だった。


 なぜ俺がそう思うかって?


「なら、その仕事はわたくしが引き受けますわ。おそらく実利的な面をわたくしが用意できれば、お父様を説得できると思いますから。シャヒルさんの負担が増えすぎるのはよくないでしょう?」


 ニュイスは帝都で巨大事業を展開する富豪貴族の人間で、本人も商いに関する英才教育を受けていた。そして彼女は俺がうまく進められていなかった、都市、国家を超えた連絡網の構築を手伝うと言ってくれた。冒険者達の所属する冒険者ギルドは各国に存在するものの、その繋がりは薄く、単なる依頼斡旋業者程度の役割しか持っていなかった。


 異常個体の砦喰らいの時のようなことが起こった時、スムーズに情報を共有できるようにしなければ、自分たちが気づかない内にとんでもないことになっていた……なんてことがまた起こりかねない。それを防ぐため、各地域の問題が速やかに共有できる仕組み、システムが必要になった。


 俺達守護連合の活動範囲の地域だけなら現状のままでも問題ないかもだが、それ以外の地域はそういったシステムがないとカバーするのは無理だ。そこで帝国でも影響力を持つニュイスの家、ブランドリール家の力を借りてこれを実現することにした。


 帝国は帝国だけあって、もともと広大な地域を支配下に置いている。それ故に帝国内だけでもかなりの範囲の問題を共有することが可能になる。


 ともかく、ニュイスは俺とアルーインさんの負担を軽くするため、世界の平穏を守るために自ら仕事を請け負ってくれたのだ。


 ニュイスは12歳だけど、ぶっちゃけ俺よりもしっかりしてるように見えた。少なくとも実務的な部分の仕事は俺よりもできる。なんというか大人びた子供だった。


 それだけに大人びた子供ニュイスとコミュ障の大人の男アルーインという組み合わせに嫌なリアルさを感じてしまって、ちょっと引いてしまった。でも、この子は、ニュイスはいい子だ。だからこそ、俺は胸が苦しかった。彼女にとっての最愛の人は、もういないということを考えると、悲しくなった。アルーインさん、俺だってわからないよ……彼女と今のあなたがどう関わるべきかなんて……


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