第15話:世界の命運は田舎町の宿にて決まる


 困った。マジで毎日のように、アルーインさんが俺の泊まっている宿に訪ねてくる……俺はアルーインさんのお悩み相談に乗るわけだが……アルーインさんはちゃんと有益な仕事の話もしていくせいで、無下に扱うことができない。適当にあしらうことができない……それがたちが悪いんだ……おそらくこれもアルーインの計算通りなんだろう。俺が適当な理由をつけて逃げるのを抑止するために、有益な話を必ずしてくるんだ……


 そういった立ち回りを見たり、実際話していてわかったけど、やっぱりこの人は賢い。ただのロールプレイ好きゲーマーの17歳じゃない。なんていうか話してると、会社の社長だとか、大学の教授と話しているような感じだ。視点が違う、目標設定からその実現方法まで、しっかり考えるし、人を動かすのも慣れているみたいだった。


望濫法典ぼうらんほうてん? あれがアルドロードの不法占拠者に関わっていると?」


「はい、魔法使い系の職業で統一された存在っていうと、やっぱり望濫法典を思い浮かべてしまって。その、同じハイレベルクランだし、アルーインさんはどう思いますか?」


「……まぁ、特にこれといった確証はないけど……わたしも望濫法典が関わっている可能性はあると思う。けど、アレのトップは狂っている……関わるべきじゃない」


「え? あのクランと何かあったりしたんですか?」


「いや、クラン自体は特に……だけど、望濫法典には関わらないで。シャヒル君、君がやるべきことは奴らと関わる以外にも沢山ある。まずはそっちを優先すべきだ」


 アルーインさんの顔が険しくなる。殺意さえも感じる表情で、俺に関わるなと命令しているかのようだった。何かはあったんだろうな……おそらく望濫法典のトップ、リーダーと。これ以上望濫法典のことを聞くと、アルーインさんの機嫌を損ねそうなので、ここらでやめにしよう。


「分かりました。ああ、そうだ。中難度以下のダンジョン、ボスの状況ですが、想定してたよりも余裕がありそうです。それでちょっと考えたことがあって、アルーインさんに相談したいと思っていたんです」


「相談? 君からか! うんうん聞く聞く」


 なんか、嬉しそうだな……アルーインさん。大体俺が相談を受ける側で、仕事関連の話もアルーインさんから切り出すことが多いからだろうか? 待ってました! そんなテンションに見える。


「非プレイヤーの訓練です。非プレイヤーを鍛え、中難度以下のダンジョン、ボスの攻略を彼らができるようになれば。状況はかなり変わると思うんです。俺達はロブレをゲームとしてプレイしていた流れで、そういった仕事は俺達がやるといった意識がある。でも、実際には彼らがやってもいいことですし、実際それは可能なはずなんです」


「ああ、そうか、言われてみればそれもそうだ。この世界にも軍隊だとか、非プレイヤーの冒険者だって存在するんだからね。確か君が言うにはプレイヤーと非プレイヤーの大きな違いはアイテムボックスを使えるかどうか、それと魔力の質が違うんだったか。魔力の質はともかくアイテムボックスに関しては、これがなくとも戦闘自体は別に可能だしね」


「はい、さらに言えば、プレイヤーと非プレイヤーでの成長効率などにも違いはありませんでした。まぁ、もしかしたら俺達が知らない違いはまだあるかもですが……どちらにせよ、彼らの力を借りない手はないと俺は思ってます。彼らが戦力となれば、それによって生まれる余裕、リソースを使って、高難易度攻略を支援、安定化させることができるかもしれませんから」


 ブロックスやラジャーンで仲良くなった非プレイヤー達から情報を聞いた感じだと、彼らも鍛えれば強くなるらしい。だけど、みんな口を揃えて俺達プレイヤーのようにはなれないと言っていた。


 なんでそんな風に思うのか分からないけど……やっぱりプレイヤーキャラが、ロブレの主人公、英雄の資質を持って生まれているからなのかな? でも、実際の、今この世界にいるプレイヤー達で英雄と呼べるまでの存在は殆どいないと俺は思う。


 確かに才能は、世界を救うだけの可能性があるのかも知れないけど、あくまで可能性を持っているだけ、そんな感じに見える。ガルオン爺が俺に才能があると言っていたのも、そういった英雄の資質、可能性のことを言っていたのかもしれない。


「まぁ、実際やらない手はない。だけど、シャヒル君がわざわざわたしに相談したいというのは、非プレイヤー達を鍛えた結果、世界にどのような影響が出るか、だろう?」


「はい……非プレイヤー達を鍛えるということは、世界の戦力バランスが変動するってことですから。それによって歪さが生まれてしまって、戦争にでもなったら……それこそ、高難易度プレイヤー達の邪魔をしてしまう、本末転倒です。だから、どうしたらいいか分からなくて……」


「それはもう手遅れだろう」


 え? 手遅れ……?


「どのみちそれは起こる。わたし達がこの世界に来て、融合し、この世界の一部となってしまった時に、いつか必ず起こることだった。プレイヤーが非プレイヤー達を指導し強くする。そして、世界の指導者達もそんなプレイヤー達を利用して、国力を強化しようとする。わたし達は融合したわけだが、実態としては元からこの世界にいる人間をベースに変化が起こった。だからこの世界の住人からすれば、元からいる人間が、少し変わった程度に見えてしまう。少なくとも今はそうだ。けど、時間が経てば……」


「……プレイヤーの有用性、重要性に気づく。プレイヤー達だって優遇してくれるんだったら、喜んで協力する人は必ず出てくる。確かに、どうあがいても、この流れは止められそうにないですね……」


「うん、だから影響が表に出てくるのが早いか遅いかの違いでしかない。だったら、シャヒル君、いや、わたし達はいち早く動き、世界の流れ、方向性を誘導するべきだろう。できるだけ争いが起きないように、この世界の脅威と対抗できるように」


「じゃあ、アルーインさんは動くんですね? 非プレイヤー達を鍛え、戦力とするために」


「正直言うと、わたしにも危機感があったんだ。前に言っただろう? 古株のレベル120の猛者が一人死んだと。エンドコンテンツのボスは倒しても一定期間で復活する……それを倒すのは楽じゃない、いつか必ず事故は起こる。そうなれば120レベルの猛者は、一人、また一人と数を減らしていく」


 ……っ、アルーインさんが何度もダンジョンに通い続けてるから察してはいたけど、やっぱりエンドコンテンツのボスは時間経過でリスポーンするんだ。最新の装備を整え、万全の準備をしても、少しミスれば失敗する。エンドコンテンツ、超高難易度はそういった世界と聞いたことがある……そして、失敗は……死だ。


「プレイヤーの最大レベルは120、強さの上限、頭打ちが存在する。さらに言えば……死んだら終わりのこの世界では、高レベル者のレベリングは命がけだ……ゲームの時のようにレベ上げで無茶をして死んでも大丈夫ってわけにはいかない……これからレベルを上げる者達は、文字通りの死闘、死地を潜り抜けなければいけないんだ。だけど、それでもやらなきゃいけない。120レベルの猛者たちも、いつか死に、数を減らすなら、その穴を埋める者達が必要だ。新たなレベルカンスト者を育て上げる土壌を生み出すことができなければ──この世界は滅ぶ」


 この世界は滅ぶ。このまま俺達が場当たり的に対処するだけなら、アルーインさんの言う通り、滅んでしまう。未来を見据えて動かなきゃいけないんだ。


 もし仮に、ハイレベルクランが事故的に一気に数を減らしたら、そこから立て直すのは難しい。なぜなら、高レベルモンスターを高レベル者と共に狩り、レベルを安全に上げることのできるレベルカンスト者の余裕が消えてしまうからだ。


レベルカンスト者が減れば、高難易度攻略の人的余裕が消え、そのローテーションもハードになる。おそらく、高難易度ダンジョンの攻略”しか”できない状態になる。だけど、それでも攻略し続けなくちゃいけない、このままじゃ未来がないと思っても攻略し続けることになる。何故なら攻略をやめた瞬間に世界が高難易度のボスによって滅ぼされるからだ。この状態になってしまったら、状況としては殆ど詰みだ。


 だから、まだ余裕のあるこの段階で、未来のために動かなきゃいけない。新たなカンスト者を生み出す土壌、システムを構築しなきゃいけない。


「非カンスト者の攻略可能な範囲を引き上げ、カンスト者の負担を減らし、それによって生まれるリソースで高レベルの非カンスト者を鍛える……はは、負担を減らす……減らしても、どのみちハードですね。レベルカンスト者は……」


「それでもやるしかないのよ。嫌がる者や、協力しない者だっているだろうけど、自分たちの未来と世界のため……協力してくれる者も必ずいるはず。とりあえず、知り合いのハイレベルクランには話しておくよ」


 田舎町の宿屋の一室で、世界の命運に関わるような話をしてしまった気がする。俺もアルーインさんもなんとなくの危機感と目指すべき未来があった。けれど、そこにあと一歩の具体性というか、見えていない部分があった。


 それが、二人で話すことで、一緒に見つけられた。いや、アルーインさんなら一人でも見つけられたのかもしれない。でも、俺と話すことで、それが早まったとは思う。


 俺はともかく、アルーインさんが一人で思いつくよりも早い段階で動けるなら、これは大きいことなんじゃないか? 俺がアルーインさんの相談に乗り続けてきたのは、それだけで報われたと言っても過言ではない、かも……



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る