第16話:無茶振りに応えろ


「待てアルーイン、元騎士団長とはいえ、この場に入ることは許されん。会議を開かれた陛下に対し不敬であるぞ! 死にたいのか!」


 ラシア帝国、帝都ラジャーン、上級臣民のみが住まうことを許された区画、その中でも最上位に位置する場所にラシア帝国の王宮はある。


「通していただきたい、フリーオン殿。この国、いや世界の命運に関わることだ。不敬であっても、わたしはそれをやらねばならん」


 帝都の建築は基本的にハイミスリルが使われている。しかし、そのハイミスリルは実際にはミスリルとは程遠い、金属ですらないもの。本物の、金属であるミスリルは使われていない。ミスリルは希少な金属であり、加工も難しいため、大抵は王族や上級騎士の武器、防具に使われる程度、それを建材に使うなど普通はありえないこと。


 しかし、このラシア帝国の王宮には大量の、本物のミスリルが建材として使われている。ハイミスリルと違い、本物のミスリルは他者が魔力を注がずとも、硬く、軽くしなやかで、淡く青色に光っている。ミスリルはそれ自体が強い魔力を秘めている。


 王以外には偽物、模造品を使わせ、王のみが本物を誇示するように使う。青く光るこの王宮は、それだけでラシア帝国の強大さを顕すのだ。


 帝国、皇帝は他国の王など足元に及ばぬほどの権力を持っている。誰もが敬い、尊重し、平伏すべき絶対の王者、それがラシア帝国の皇帝、ラシア・デオル・ファランクス、その人だった。齢は六十と三、鋭い目つき、青ひげの生えた無骨な顔、そして年齢からは考えられないほどに鍛え上げられた威圧感のある巨体。この男に逆らうものは、皆すべて平等に命を散らしていった。


「騒がしいな。何事だ」


「は、陛下! どうやら元騎士団長のアルーイン殿が、会議に参加しようと……」


 ファランクス皇帝が会議室の扉の方を見る。希少な宝石が散りばめられた重厚なミスリルの扉は、揺れている。部屋に強引に入ろうとするものがいるためだ。


「ふん、貴様は優しいな。会議に参加か、これは直訴であろう。我に意見をするということは、その生命を掛けて望んでおるのだろう。よい、通してやれ。アルーインは今まで我が国に多大なる貢献をしてきたのだ」


「で……は、はい! 開けてやれ。アルーインを通せ」


 現騎士団長のトランタンは「ですが陛下」と言いかけたが、それを口に出すのをやめた。それは皇帝への意見になってしまうからだ。トランタンの命令によって扉が開かれる。扉をくぐり、アルーインが会議室へ入室する。


 アルーインは壮麗な儀礼用の鎧を纏っていた。それはドレスのようであり、人を殺す殺意のある意匠でもあった。黄金と漆黒のプレートは光を吸い込んで、それを纏う者にのみ光を当て、その者の美しさを際立たせた。


 アルーインは皇帝に跪き、皇帝の声を待つ。


「お、おおお……」


 アルーインの美しい姿に、会議室の者達は思わず声を漏らした。


「男であった時も、貴様は美しかったが、女となってもそれは変わらぬようだな。しかし、我にはどうでもよいことだ。大事は力のみだ。命を掛けて、我に何を伝えに来た。アルーインよ」


「忠言の機会を頂き感謝致します。報告書であげた通り、我が国、それだけでなく世界そのものが、今、滅びの危機に瀕しております。異界の魂がこの世界に混じり溶け込んで、それと同時に世界に混沌が産声を上げました。時代は変わります、逃れようのない変化がすぐそこまで来ているのです」


「それで、貴様の言いたいことはなんだ? 我になにをさせたいのだ?」


「異界の魂、プレイヤーの中には強い力、至高の叡智を持つ者もいます。どちらも世界を変えうる力です。そして、その力を、世界中の国々が奪い合うことになるでしょう。彼らの力、協力を得ることができれば、国力を大きく伸ばすことが可能です。ですから、先んじてその力を集め、己が者とした国が、次代の、真なる王、支配者となるのです。わたしならば、陛下を次の時代の真の王にすることができます」


「貴様! アルーイン、なんと無礼な物言いか! まるで、それでは次の時代では、貴様の手を借りねば、陛下が真の王になれぬと、そう言っているのと同義であるぞッ!?」


 怒声を飛ばすトランタン。しかしトランタンの表情には怒りはない。ただアルーインを心配していた。前任の騎士団長であるアルーインはトランタンにとって憧れの上司だった。歳は自身よりも下であったが、圧倒的な武勇と、軍を指揮する聡明さ、それを併せ持つアルーインを、トランタンは崇拝していた。


「っふ……相も変わらぬ不遜な者よ。しかし、貴様の言い分ではアルーイン、貴様がいなければ我の覇道は達成されぬ、そういうことになる。貴様は直訴に来たのであろう? だというのに命乞いか? それでは我は貴様の命を奪えぬではないか……しかし、責任は取らねばならん、そうだろう? 貴様は命を掛け、力を示させばならん」


「は、陛下のおっしゃる通りかと」


「帝国最強の騎士と謳われるあの男を、紅蓮の騎士アダムを倒せ。一対一の決闘によってヤツを打ち負かせば貴様を許し、我が覇道に加わることを許す」


「そんな、アダムとアルーインが……そのような日が訪れるとは……」


「アダム相手ではいくらアルーインと言えども、それに女となった身では……」


 帝国最強と名高い紅蓮の騎士アダムを決闘で倒せ。ファランクス皇帝のその命令を聞いた臣下達に動揺が走る。


「承りました。必ずやアダムに勝利し、己が力を証明してみせましょう」



◆◆◆



「ということで愛蛇夢あだむと決闘することになってしまった」


「ええええええええええええ!?」


 な、いきなり何言ってんだこの人!? 愛蛇夢と書いてアダム、対人戦闘において最強とは誰か、ロブレプレイヤーに聞いたら大抵の人は、この人、アダムと答える。そんな人相手に決闘だって? アルーインさん……いつもの感じで宿に来てとんでもないことを……俺、心の準備出来てないよ。


 今日は俺も中難度以下のダンジョンをダクマやホイップちゃん達と攻略してきたから、実際に自分がやってみての報告とかしようとか思ってたのに……


「流石にわたしもこうなるのは読めなかった。けど、悪くない条件だ。決闘ならばそう時間も掛からないし、エンドコンテンツ攻略にもすぐ復帰できるし」


「……負けたら死ぬんですよ? アダムさんて素行が悪いので有名だし……死ぬだけじゃ済まないかも……」


「君、今エッチなことを想像したでしょ?」


「してないしてない! けど、アダムさんも帝国の騎士ってことになってたんですね」


 否定はするが、したはした。


「まぁアダムのクラン、紅蓮道嵐ぐれんどーらんはエンドコンテンツが帝国近郊に出来る前からラシア帝国に拠点を置いてたからね。もしかしたら彼もわたしと同じで、なにかロールプレイをした結果、帝国所属の騎士になったのかもだけど……ま、あまり関わりがなかったし、真実は分からないけど」


「勝算はあるんですか?」


「まぁ、ステータス差は同じカンスト勢だからないと思う。灰王の偽翼は結構クラン対抗戦とかで狙われたから、わたしの対人戦闘の経験は他のプレイヤーと比較しても多い方だ。わたしはアダムと直接対決したことないけど、普通に戦ったらまぁ、3割か4割ぐらいはあるんじゃないかな?」


「アダムさんのスキルとか戦闘スタイルの詳細とかを調べないとですね」


「もちろんそれはやっておくけど、わたしも君からアドバイスをもらおうと思ってね。対アダムの秘策を一緒に考えて欲しかったんだ」


「お、俺がアルーインにアドバイスを!? いやいやいや、俺って地雷ビルドの微妙なレベルの凡プレイヤーですよ?」


 正直俺からすれば超常の領域である、カンスト勢のアルーインに俺がまともにアドバイスなんてできるとは思えない……


「凡プレイヤー? おいおい、謙遜はよしておくれよ。君は超のつく格上である、砦喰らいの鬼蛙を討伐したじゃないか。わたしはそういう格上殺しをしたことがないからね。格上を狩る心構えだとか、方法だとかを君から知りたいんだよ」


「そ、そんなこと言われても……砦喰らいを倒したのだって運良く、チートスキルを持った子と出会って一緒に戦ったからで……俺はそんなに……」


 無理だけどなぁ。そんな表情でアルーインさんを見る。しかし、アルーインさんは相変わらず期待に満ちた顔で俺を見ている。う、ううう……


「そうですね……俺が砦喰らいを倒せたのは……ゲームだったロブレと、今のこの世界の違いを認識できたからでしょうか? まぁ、実際に今のこの世界のダンジョンに籠もりまくってるアルーインさんがわかってないとも思えないですが。砦喰らいがダメージによって肉体を欠損させたりだとか、状態を変化させたりとか、その隙をついてどうにかできたんです。具体的に言うと、砦喰らいの腹に穴があいたんで、俺は穴から内部に侵入して攻撃したんです」


「なるほど。確かにわたしもそういったダメージによる欠損だとかは認識できているけど、あまりそれを有効活用できてはいないな。まぁ、そういった戦い方をしなくとも安定して戦えるから、活用する機会がないとも言えるかな。ふむ……だけど、それならアダムはわたしよりもその面で先に行っているかもしれないね」


「どういうことですか?」


「アダムはバトルジャンキーで有名だからね。彼はゲーム時代との違いに興味を持って、色々試した可能性がある。いや、間違いなく試しているだろうね。そうなると、こういった要素を使ってアダムに対してアドバンテージを得る、というのは難しそうだ」


 俺、使えねぇ~~~。アルーインさんのためになるアドバイスがまるでできていない。


「う~ん、う~ん……そうですねぇ……あ! そうだ! ディアンナ! おい、ディアンナ起きろ!」


 俺のズボンのポケットに入って寝ているディアンナを起こす。


「んあ~? なんだシャヒル? 我を叩き起こすとはいい度胸だな?」


 眠気眼の妖精(人造神)がふよふよとポケットから出てきた。そのまま空中を漂うように移動して俺の頭に乗った。


「前々から思っていたけど、それはなんなんだ?」


「こいつはディアンナ。大賢者フィトリガットの生み出した人造神らしいです。俺にもよくわかんない流れで仲間になったんですけど、こいつにはおそらく俺達ロブレプレイヤーでもしらない知識を持っているはずなんです」


「大賢者フィトリガット、えーっと確かアルドロード魔法学校で崇拝されてる偉人だったかな?」


「はい、そのフィトリガットです。それで大賢者フィトリガットのいた古代のロブレ世界は、今の時代よりも文明が進んでいて、繁栄を極めていたという設定があります。そして、その古代の技術は失伝していて、現代から見ればロストテクノロジーなわけです。だから、そこに、俺達の知らない力があるはずなんです。ディアンナは、古代の知識、ロストテクノロジーの力を持っているんです。だから彼女の力を借りればどうにかできるかなって」


「なるほど、ディアンナ、君の力をわたしに貸してくれないか? どうしても勝たなければならない戦いがあるんだ」


「え? 普通に嫌だけど? フィトリガットには確かに主になったやつに力を貸してやれと言われたけど、お前は我の主じゃないしな」


「え、でも俺も頼んでるけど?」


「うるさいなぁ……世界なんて勝手に滅べばいいだろうが。どうせまた新しい文明がポコポコ生えてくるんだから。我が手を貸すほどのことでもない」


 ディアンナは心底面倒といった様子で欠伸をしている。こ、こいつ……っ!


「で、でも! お前もラジャーンでハミスソースの料理を食べて感動してたじゃん! アレがなくなっちまうんだぞ? ああいった感動が、今のこの世界にはまだまだあるんだ。お前が動く価値はきっとあるよ!」


 俺の頭が少しピクリと揺れた。この反応、効いている!


「まぁ確かに? シャヒルの言うことにも一理ある。世界には素晴らしきがまだまだ溢れているのかも。だけど、そんなのは古代にも沢山あった。そういった素晴らしきが失われることに我は慣れている。だからいいんだよ」


 こいつ、物凄い後ろ向きだ……妖精だけど、もしかして鬱病なのか?


「ならディアンナ、君に望みはないのかな? 夢や、欲する物は」


「……はぁ、あるよ? そうだね、あいつらのいた、あの時代に、古代のアルドロードに帰りたい。それが我の望みだ。アルーインと言ったか? お前に我の望みを叶えられるのか?」


「ふむ……いいだろう。その夢のためにわたしは協力するよ」


「は? そんなの無理に決まってんだろ!? ふざけ──」


 アルーインさんを諦めさせるために言い放ったディアンナの言葉を、アルーインさんは肯定した。


「──それは君の本心だろう? ただできると思っていないだけ。だからわたしはふざけてなんかいない。君が本気でその夢を目指すなら、わたしはそれを肯定するし、それを手伝うって言ってるんだ。一緒にやろうよ」


 アルーインさんはディアンナの夢を叶える手段なんて持っていないはずだし、それが可能である保証だってないのに……言い切った。


 あの時、俺が風の神になると言った時と同じだ。ほんと、よく分かんない人だ。


|(おい、シャヒル、この女やめといた方がいいぞ。イカれだぞこいつ)


 ディアンナがヒソヒソ声で俺の耳に頭を突っ込んで囁いてくる。く、くすぐったい……


「あーでも……これならディアンナの力を借りなくてもどうにかできるかも」


 アルーインさんの放つ異様な空気感、プレッシャーを見て、俺はアダムに対抗するための方法を思いついた。


「何? シャヒル君、それは本当なのか!?」


「え? 我の力を借りるんじゃ……」


 心変わりしかけていたディアンナの言葉を無視し、俺はアルーインにアダムを倒す方法を伝えた。



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