第14話:ロリコンの女騎士


「そう言えばシュガー君はアルーインさんが男だった時より今のほうが怖いって言ってましたけど、何かあったんですか? 団員達とお互いに気を使い合ってる状態なら、それが関係してたり?」


「……様子見をしようと、少しそっけない態度は取ってしまったかもしれないが……話す時は特段昔と変化はないはずだよ。ふむ、となるとイラつきが表に出てしまっていたのか……」


 アルーインさんは顎に手を当て思案している。やっぱこの人綺麗だよなぁ……俺より背が高くて、スタイルがいい。だけどゴツくなくて人形みたいな感じ、あんま人間味が感じられないタイプの綺麗さだ。


 そう、学校とかで美人すぎて逆に誰も狙わないみたいな感じのアレ。見るからにプライドも高そうだし、頭も良さそうだからなぁ……うんうん、絶対そうだ。そういうポジションの人だ。俺は美人だと思った人は警戒するようにしている。昔、それでひどい目にあったことがあるからだ。


「はぁ……実はね。クラン以外でも厄介な問題があってね……わたしのキャラは武闘派の大貴族の長男という設定でロブレをプレイしていたんだ。それで……実際に今のこの世界で、アルーインはラシア帝国の武闘派大貴族の長男、跡継ぎだったんだ。でもわたしと融合した結果、女になってしまっただろう? それでお家騒動が勃発しそうなんだよ」


「お、お家騒動ですか?」


「うん、アルーインはとても優秀だったから跡目争いが起きる余地はなかったんだが、アルーイン以外の男兄弟は、実力も実績も同程度、そして5人もいる。ラシア帝国は実力主義だから、単に先に生まれたからでは解決しない」


 う、うわぁ……本当にヤバそうだな。だってラシア帝国の大貴族だろ? 武闘派の大貴族って言うんなら、ラシア帝国軍で重要な家なんじゃないの? そこがゴタゴタしたら、他国に付け入られる隙になってしまうんじゃ?


「帝国は確か近隣国から嫌われてる設定でしたし、敵対国が攻めてくるきっかけにならないか心配ですね」


「うん、さらに言うと問題はそれだけじゃないんだ。どうやら灰王の偽翼はわたしの家、ハイレストゥス家の支援によって運営されているという設定になっているらしくてね。女になったお前に支援する意味はない、歳も歳だしさっさと政略結婚しろだのなんだのと……あーーもう! 本当にイライラする。なんでこっちの世界でもこういう問題がつきまとうのよ!」


 こっちの世界でも? リアルでも家族間のゴタゴタがあったのかな? まぁ、ネトゲやってる人だし、そういうこともありえそうだよね。ロブレプレイヤー達の間でメンヘラバトルが繰り広げられているといった情報がちょくちょく俺の耳にも届いたし。


 というか、ゴス系の見た目でVRMMOプレイヤーで美人って、逆に何らかの地雷要素がない方が不自然なんじゃないの? とと……失礼な決めつけはよくないよな。まぁ美人だし、警戒はするけど。


「せ、政略結婚ですか? でも性別が変わったからって、酷い手のひら返しですね。この世界の結婚は15歳からみたいですけど、俺にはリアルでもこっちでも縁はなさそうです。俺は今19ですけど、こっちだと大体24までに結婚するらしいので、非プレイヤーの人達と話すと早く相手をつかまえろって言われたりします」


「ん? 19? それってリアルの? キャラの?」


「え? どっちも19で、誤差はなかったです」


「そ、そっか……これってどうなるのかな? わたしはリアルだと17歳で君よりも年下だけど、キャラのアルーインは26歳だから……」


 あぁ、キャラとプレイヤーで年齢差があるパターンね! ホイップちゃんもそれで見た目が12歳じゃなくなったもんなぁ。


「どうなんでしょうね? 多分融合したら年齢も混ざって、変動すると思うんですけど、ステータス表示ではキャラの年齢が優先されるっぽいんですよね。まぁでも、見た目は22~23ぐらいに見えますね。アルーインさんは」


「そっか、そっかそっか。なら本当はシャヒル君より年下だけど三歳年上のお姉さんぐらいの立ち位置で君と接しようかな。でも、そうか……24までに結婚しろというのがこの世界の常識なら、確かに26は行き遅れの女性ということになるのか」


 リアルだったら別に行き遅れでもなんでもないから、ギャップがあるよなぁ。まぁ、ハイレベルクランの人達はリアル人格が100%維持されてるから、そもそもこの世界の事情に合わせる必要なんてない、って考えそうだけど。


「いや、女性だけでなく男性でもそういう扱いみたいですよ。だから男キャラとして存在していたアルーインが26で結婚していないというのはちょっと不自然かもですね。大貴族の長男なら結婚で困ることなんてなさそうですが」


「あ……」


 アルーイン団長が固まって動かなくなった。


「どうかしたんですか?」


「その……アルーインには婚約者がいるって設定だった……相手は12歳の女の子で、両思い、成人したら結婚するって約束で……」


「相手の子のために待ってた結果ってこと? でもアルーインさんて26ですよね? 適齢期は24までで、結婚を意識しないといけない22ぐらいから逆算すると4年前……8歳の女の子に目をつけてたってこと? それって……あの……非常に申し上げにくいんですけど……」


「うん……ロリコンだよね。いやぁ、そんな結婚適齢期の設定なんてしらないよ。わたしの中では12歳ぐらいで出会ってお互い好きになったって設定だったのに……」


 いや12でもロリコンなのは変わらないと思うんですけど……


「わたしはそういう年の差イケメンの出る少女漫画が好きだったから、そういうロールプレイしてただけなのに……8歳はライン超えてる……せめて10歳じゃないと」


 そこがラインなんだね。アルーインさんの中ではどうやら10歳が重要な境目らしい。


「貴族っぽい女の子のNPCに毎日話しかけるロールプレイをしてたし、受け継いだアルーインの記憶でもしっかりと女の子との記憶があるし……あ、でもセーフだ。うんうん、手を出してないからセーフ。何も問題はなかった」


 あぁ、ロールプレイガチ勢ね。かなりハードなプレイヤーだったみたいだ。俺がガルオン爺に毎日話しかけてたのは傷薬が貰えるからという貧乏性由来の行動で、ロールプレイではなかったけど。まぁ、状況自体は似てるのかな? プレイスタイル、習慣が実際に反映された。


「受け継いだ記憶……ハイレベルの人達はキャラの記憶とかちゃんと引き継いでるんですか? 50レベル帯だと、相性が悪い場合は記憶が消えたりとか結構ありますけど」


「その記憶が消えるっていうの、いつ聞いても怖いね……ハイレベルプレイヤーはみんなキャラの記憶を100%引き継いでるよ。実際には記憶だけじゃなく、能力もそうだ。結局わたしもアルーインの記憶と能力を受け継いでいるからこそ、今現実にある灰王の偽翼のトップとして活動できている部分もある。主に書類仕事とか、法律、マナーの知識とかね。だから正直な所、わたしは男だったアルーインに対して罪悪感があるんだよ。わたしは彼の力を借りているのにも関わらず、彼が努力し積み上げてきた人生を、わたしが奪ってしまったわけだからね」


 そこら辺は複雑だよな。元のキャラに愛着があった人や、感謝してる人ほどつらいだろう。でも……そういう罪悪感がある人なんだって思うと、やっぱりこの人は、アルーインさんはいい人なのかもしれない。少なくとも、人を思う心はある。


「それは、つらいですね。俺の場合はどっちも維持されてるって感じで、互いが互いを生かしてる感じだから。そういう罪悪感はあんましなくて……まぁ、リアルの方の俺は、ちょっと思う所はあるんですけどね。俺、プレイヤーとしてシャヒルのことを強くしてやれなかったから。でも、俺はこう思います。プレイヤーとキャラはどこかで繋がってる、記憶や人格が打ち消しあったって、本当はどこかで似た所があるんです。二つが願う一つのことを、俺達は叶えていけばいいんじゃないかって」


「二つが願う一つのこと……」


「はい、俺もシャヒルも同じ後悔があって、その後悔から、同じ願いを、夢を得たんです。だから無力じゃいられない。後ろ向きじゃいられない。前を向いて、本気で生きるんです」


「……シャヒル君……君は、凄い子だ」


 アルーインさんが俺のことを物凄い眼力で見つめてくる。な、なんで? 偉そうなこと言っちゃった? ほ、本当は俺の方が年上なのに……迫力でこの子に勝てそうにない……


「え? 凄いってそんなことは……」


「それを判断するのはわたしだ。だって、君の言葉はわたしに響いたからね。普段なら、綺麗事だと吐き捨て、響くこともない言葉のはずなのに、わたしはそう思えなかった。君が本気で言っていると分かるからだ。それで、君の、君達の夢っていうのは?」


「風の神と言われるぐらいの偉業を成し遂げ、俺の師匠の偉大さを歴史に刻むことです」


「ふふ、ははは! 面白い、面白いねぇ。いやぁ、馬鹿にして笑ったんじゃないよ? 馬鹿げたことを本気で言い切る君が、輝いて見えた。ただそれだけのことなんだ」


 え……アルーインが、物凄い笑顔で、俺を見ている……なんていうか狂気を感じる……こわッ!? 内心馬鹿にされると思っていたので予想外の反応で、そんな風に肯定される準備なんてできてないよ……


「うん、わたしも探してみるよ。二つが願う一つのことを。あと、これからもわたしと話くれると助かるなぁ。他にこうした話をできる人は周りにいないんだ。他人と壁を作りがちなわたしでも色々話してしまうぐらいには、わたしは君のことを気に入ったみたいだからね」


「えっ!?」


「こちらとしても中堅冒険者達の支援をすることは吝かではないんだが、気持ちを抑え込みすぎて、心労でダウンしてしまったらそれもできなくなっちゃうなぁ」


 圧力だ……その……心労でダウンって、俺の心労は? 考慮外? 別カウント? 別腹?


 はぁ……まぁいいか。お悩み相談ぐらい。アルーインさんは地雷っぽい人だけど、悪い人ではなさそうだし(圧力はかけてきたけど)ハイレベルクランと良好な関係を築くのは大事なことだ。正直、美人の人と一緒にいると胃がキリキリしてくるけど。耐えるんだ、俺。リアルの俺にダメージはあっても、ロブレの俺にはダメージはないんだ。


「も、もちろん! これからもお話させていただきます! こちらとしても大変勉強になりますし!」


 俺がそう言うと、今度こそアルーインさんは俺の泊まる部屋から出ていった。


「スー、スー」


 寝息の音が聞こえる。ベッドを見ると、ダクマが寝ていた。俺とアルーインさんの話を聞くのに飽きて寝ちゃったんだな。俺がダクマに布団をしっかりかけてやると、ダクマは布団を蹴飛ばした。どうやら暑いらしい。


「やれやれ……お前はシンプルでいいな……──っ……!?」


 違う、そんなわけない……そんなわけないのに……なんで……なんでこいつを見てると……妹を思い出すんだ……夜織子よおこ……


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