第3話:シャヒルとガルオン


 朝か……最悪な気分……いや、まだ夢の中か。ここ、ブロックスの景色だし、昨日のことがあって、その続き、悪夢を見ちゃってるんだ。そう言えば、これが夢だって気づくと、そろそろ起きるんだっけ? まぁいいや、夢なら夢で……


「はぁ、夢でもブロックスは綺麗だな。荒れた巨岩に囲まれた荒野の中にある、西部劇チックな感じ、タンブルウィードみたいなモンスターが中立で、死んだモンスターを食べるんだよな。クリスタルみたいな、色んな色のサボテンが夜は光って、その光にタンブルウィードが引き寄せられて、草紐のような繊維は、光を全身に巡らせて、夜はクリスマスツリーみたいで、リアルでクリスマスが近づくと、ゲーム内のカップルが、ここに沢山湧く」


「そうなんですね! あたし、ロンプラから出なかったから知らなかったです! 詳しいんですね!」


「──え!?」


「ひゃえっ!?」


 ビックリしたぁ!? いきなり話しかけられた!? 俺がデカい声で驚いたせいで、俺に声をかけた女の人も飛び跳ねるようにびっくりした。


「ど、どうも……すみません驚かせちゃって……」


「いえ、こちらこそ……その、あたしはホイップといいます。昨日、ロンプラから逃げてきて……気づいたら、あたしおかしくなってて……それでその、ロンプラで見かけたことのある、あなたを見かけたので……その……あたし、心細くて……」


 茶髪の女の子は暗い顔で、俺の顔を見ながら話す。


「あ、そう言えばロンプラで見かけたことあるかも……俺はでい、じゃなくて、シャヒルっていいます。昨日、化け物みたいな砦喰らいから逃げてきて……俺、目の前でガルオン爺が食われて、頭が真っ白になって……何が何だか分からないです。ロンプラ……あれ、もしかしたら……みんな死んじゃったのかな? でも、ホイップさんが逃げられたんだから、他にも生き延びた人はいますよね……」


 あ! うわぁ……やっちまった。この子は心細くて俺に話しかけたのに……俺は元気づけるどころか、逆のことを……


「え? ガルオン爺……死んじゃったんですか……?」


「うん……ガルオン爺のこと知ってるの? いや、ロンプラを拠点にしてたプレイヤーなら知ってて当然か」


「プレイヤー? あたしの中に入ってきた人のことかな? えっと、あたしガルオン爺と結構仲が良かったんです。偏屈で頑固なところもあるけど、頼ると、仕方ねぇなぁって、ノリノリで応えてくれる。そんな可愛い所もあったんですよ? そっか、ガルオン爺も……あたしは、砦喰らいが来た時、ロンプラの外側の方にいたから……逃げられたんです。よわっちぃから、ほんと、運良く逃げられただけで……」


 あたしの中に入ってきた人? どういうことだ?


「頼ると応えてくれる……そんなイベントあったのか……エモートしたら反応してくれるみたいなやつかな? でも、俺以外でガルオン爺と仲のいい人、俺……初めて見たよ。俺以外にもあの爺さんを大切に思ってた人がいたんだ。なんか、ちょっと嬉しいし、あの爺さんも、少しは救われたかも」


「え? シャヒルさんもガルオン爺と仲が良かったんですか?」


「うん、毎日説教聞いてたよ。俺がこの世界で一番仲が良かった人かも」


「え!? 毎日説教されてたんですか? 嫌にならなかったんですか?」


「いや~俺貧乏性だから……説教最後まで聞くと傷薬貰えるでしょ? あれ目的でさ、ずっと続けてて、日課になっちゃって……もう説教聞くのが当たり前になっちゃったんだ。結構有益なことも話してくれるし、俺の生活の一部に組み込まれてた。あの爺さんが死んで、心が掻き乱されて、始めて分かったよ。俺が思うよりも、俺は……このロブレに、ロードブレンド・オンラインに、どっぷり浸かってたんだって……」


「ロブレ……あ! そっか、シャヒルさんてプレイヤーなんだ。あたし、あたしのプレイヤー? の湯川美夜子ゆかわみやこって人と混ざっちゃって、おかしくなっちゃったんです。なんだか心がちょっと落ち着かなくて、身体もなんかムチムチしちゃって……昨日までは、子供だったのに……」


 え? 子供? ムチムチ? 確かに……今まで冷静じゃなかったから気づかなかったけど、よく見ると、ホイップさんはめっちゃムチムチしてて、なんか……エッチな感じだ……そう言えばホイップさんと似た人をロンプラで見かけた気がするけど、確かに12歳ぐらいの子供だったような……


「ちょっとまって! 混ざった? 混ざったってどういうこと? ここはロブレの中じゃないの? え? え?」


 俺はほっぺたをつねってみる。痛い……この痛みは、ガチのやつだ……ログアウトしよう! ……できない……あれ、じゃあ? 痛いってことは、夢でもないってことだろ? え? 俺、本当の、ロブレの世界に入っちゃったってこと?


 それに混ざったって──


 その疑問について、俺が思考しようとした──その時だった。俺の脳内に、記憶が、感情が、流れ込んできた。どれも俺の知らないものだけど、俺は、それが自分のことのように感じられた。


◆◆◆


 クレイマン・シャヒル、ロンプラ生まれの孤児で、6歳の時、貧しさから盗みを働いた。その時、憲兵に捕まってボコボコにされそうになったのを、庇ってくれたのがガルオン爺だった。


 まだ子供じゃないか、そう言って俺を庇った後、ガルオン爺は俺を叱った。何時間も説教された。6歳の時分では、言葉の意味をほとんど理解できなかったけど、ガルオン爺は俺の目を、馬鹿みたいにまっすぐ見ていてた。俺と、真正面から向き合ってくれた、初めての大人だった。


 俺に説教するくせに、ガルオン爺は俺を見下していなかった。ジジイとガキ、とんでもない歳の差があるにも関わらず、まるで対等であるかのように俺に接した。


 ガルオン爺は俺に読み書きと、風の魔法の使い方を教えてくれた。だから毎日ガルオン爺の所に顔をだした。そしてこの人の説教で知った、恩を受けたらしっかり返せ、を実践した。俺は風の魔法を使ってギルドの依頼をこなして、日銭を稼ぎ、その金でガルオン爺に食事を奢った。


 ガルオン爺は最初、嫌そうな顔をしてたけど、恩を受けたらしっかり返せだろ? と俺が言うと、ガルオン爺は嬉しそうに笑って、俺に奢られた。依頼で怪我したら使えと、ガルオン爺は毎日、会う度に、俺に傷薬をくれた。


 でも、俺は毎日傷薬をもらうせいで、その度に、ガルオン爺から恩を受けたってことになる。だから、いつまで経っても俺の恩は返しは終わらない。無限ループだ。


 でも、別に良かった。楽しかったし、ガルオン爺と話すと、俺は安心できたんだ。


 ガルオン爺は昔冒険者だったらしい。職業は魔法使い、しかも風属性使い。風属性使いはマイナーだ、モンスターを倒すのも得意じゃないし、水属性のように回復が得意なわけでもない。だから風属性は使用者が少ない、その中でもガルオン爺は風属性魔法使いとして微妙だったらしい。


 才能のなさをどうにか埋めるために風属性魔法の理論を学びまくり、その結果、風属性魔法の研究者になった。だから才能はなくとも、その知識は最先端だった。その知識を、ガルオン爺は俺に教えてくれていたんだ。


「ガルオン爺、すごかったんだな……それを俺……タダで教えてもらって……こんなの、俺、恩を返しきれねぇよ」


 15の時、成人して始めてガルオン爺と酒場にいった時、酔っ払ったガルオン爺が、昔のこと、自分のことを教えてくれた。


「はっは、なーにいっとんだ。風属性魔法なんて教えても金にはならんて、一応魔法学校に籍を置いてもらっとるけど、ぶっちゃけ生徒たちは、わしをただの変人だと思って、まともに話をきかん。でも、わしは、わしの知識をどーしても、外に出したくてな、それこそ、自分が金払ってでも話したいぐらいでのう! 実際、お姉ちゃんが話し相手になってくれる大人な酒場で風属性魔法の話をしまくってたら……わし、その店、出禁になっちゃってのーう? だから、シャヒルよ。お前は最初から、わしから恩なんぞ受けておらん。むしろ、お前と話せて楽しかったから、本当はわしが、恩を受けておったんじゃ」


「う、うううう……そんなん、俺も同じだ! 俺も楽しかったから、そいつはチャラだ、それでガルオン爺に恩は売れねーよ」


「なんだぁ? 泣いとるのかぁ? 成人じゃろ? 男じゃろ? 全く……なぁシャヒルよ。お前なら、お前ならきっと、わしにもたどり着けなかった、風属性の極地に、いつかたどり着けると思っておる。お前には、それこそ、世界を救えるぐらいの才能があるんじゃないか? わしはそう思っとる」


「世界を救う? そんなの無理だぜ! 俺はロンプラの警備で、しょぼいモンスターを追っ払う仕事をするのが性に合ってんだ。まぁ、旅をするのは好きだけどさ。他の冒険者とか、英雄みたいになるのは無理だよ」


「いいや、わしにはわかる! シャヒル、お前には才能がある! 高い魔力に、繊細な魔法制御能力、そしてなによりも! 世界を感じる、風を受け入れる魂! だから、いつかお前は、世界をあっと驚かせるような! どでかいことをやり遂げるんじゃぁ! 英雄なんて目じゃないぞい! 風を司る神になるんじゃ!」


「はは、こんなクソ田舎の孤児が風の神だぁ? おもしれぇなぁ、ガルオン爺は。まぁでも、風魔法は頑張るよ。俺があんたから受けた恩で、俺の、プライドだからな」


 俺はその日から、一人でそれなりにダンジョンに潜るようになった。これまで俺は基本的にモンスターとの戦闘は避けてきたけど、今までと違い、頑張って倒せそうなら倒すようになった。まぁ、相変わらず、俺は強いとは言えなかったけど……逃げ足だけは最強だったから、結構危険なところに潜っても、生きて帰ってこれた。危険なダンジョンはモンスターを倒さなくとも、採取するだけで結構稼げた。


 そんな感じで俺は生きてきて、19になって……あの日がやってきた。あの日、サトラン洞窟を探索していた俺は、すぐに異変に気がついた。洞窟に、本来ならいるはずのモンスターが……一匹もいない。何者かによって、倒されたんだ……よく見ると、洞窟の地面は血が薄く引き伸ばされるように、コーティングされていた。


 殺したモンスターを……引きずって、その後食べた? だから死体がないんじゃないのか?


 この洞窟の主がいるという最深部にやってきても、やはりモンスターはいない。しかし地面は他と同じ、引き伸ばされた血で汚れている。そして、なにより……洞窟の主が伝説の英雄から奪ったという短剣らしきものが……地面に落ちている。


 もしも、洞窟の主を殺したのが人であったなら、この短剣を放置するなんてありえない……洞窟の主を殺したのは──モンスターだ! 明らかに異常事態、俺はロンプラが心配になって転移魔法を使ってすぐに帰った。


 ロンプラが燃えている。死体だらけだ……死体のない地面は……洞窟と同じだ。引き伸ばされたような血で……汚れている。洞窟のモンスターを全滅させたモンスターが、ロンプラを襲ったんだ!! クソ! ガルオン爺! 頼む! 生きててくれ! 頼むよ!!


 俺は走る。走って走って、ガルオン爺に挨拶するいつもの場所へ、俺は辿り着いた。そこには砦喰らいの鬼蛙がいた。今まで見てきたのとは、次元の違う、異常なプレッシャーを放つ巨大な蛙は、俺の恩人をその長い舌で巻き取って、掲げていた。


「──シャヒル! 生きろ! 逃げるんじゃぁ! お前には、未来がある!」


 ガルオン爺は、堂々とした、力のある目で、俺にそう言った。俺に、大丈夫だ、お前ならできると言っていた。本気だ、この爺さんは本気で俺を信じている。いつか俺が、大きなことを、偉業を成し遂げると信じ切っている。


 ガルオン爺は、砦喰らいに食われて死んだ。クソ蛙は、俺を見下すように、嗤って、俺を見ていた。なんだよ、殺してから、地面に引きずって、肉を柔らかくした後食うんじゃねーのかよ……? 俺を……嘲笑いたいから、見せつけるように、生きたまま食ったっていうのか……? クソッ! クソクソクソッ……! 怒りが、悲しみが、溢れて、俺は頭が真っ白になった。


 俺はガルオン爺に逃げろと言われたのに、砦喰らいに攻撃を仕掛けた。戦おうとした、だけど、まるで歯が立たない。クソ蛙の巨体、厚い皮を、俺の短剣は通らない。鈍い音で弾かれるだけだ。


 俺は……弱い。


 俺、ガルオン爺から受けた恩、全然返せてねぇよ!! 無理だよ! 返せないよ!! 俺なんかじゃあ! 無理だ! 俺が、あんたの言うように、本当に凄くて、才能のあるやつだったら! 俺はあんたを救えたはずなんだ! 俺が、俺がもっと強ければ! もっと、もっと本気で強くなろうとしてれば……! クソ! クソおおおおおおおおおお!!




 ──俺には未来がある……そうだ……俺の未来……ただ一つだけ見えるものがある。ガルオン爺に、恩を返す方法が、一つだけある。


 俺は風の魔法の極地に辿り着き、風の神と言われぐらいの、偉業を成し遂げ! その偉大なる俺の、クレイマン・シャヒルの偉大なる師匠は! アルサラート・ガルオンディアス! その人であると──この世界の歴史に刻むことだ!


 俺は逃げる。


 俺は進む。


 未来のために、俺とガルオン爺の夢のために。


 覚悟を決めても、俺の涙は止まらなかった。俺は走って走って、ブロックスに、辿り着いた。


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