第9話:運命


 砦喰らいの鬼蛙の異常個体によって滅ぼされた3つの初期町。初期町が滅ぼされる時、その場におらず生き残った者、運良く町の外縁にいて逃げることができた者達がいた。そういった者の中には、砦喰らいを憎み、無謀だと思いつつも、仇討ちをしようとする者もいた。


 そこに一部のミシーク住民が合流した。故郷を滅ぼされてたまるものかと、復讐者達と共に戦うことを選んだ。しかし、砦喰らいに挑むことを決めた者には、誰一人としてその強さを真に知る者はいなかった。


 砦喰らいの力を見て、生き残った者はいない。生き残ることが許されたのは遠目に見て、すぐに逃げた者だけ、少なくとも、間近で砦喰らいを見て、応戦し、生き残ったのは唯一人、シャヒルだけだった。


 だから、町を滅ぼされたという大雑把な情報は、砦喰らいに挑もうとする者達に、現実味のある危機感を伝えなかった。そして、砦喰らいに挑んで初めて知るのだ、この化け物の脅威、圧倒的な理不尽、ステータスの暴力を。


 復讐者達は、シャヒルの情報を元に異界ダンジョン【モンテの幽霊屋敷】の出口で砦喰らいの鬼蛙を待ち伏せした。昼から夜へと変わり、景色が空が薄暗くなってくる頃、鬼蛙が一回目のモンテ攻略を終え、モンテの幽霊屋敷の門前に現れる。復讐者は鬼蛙の見て、戦う気が失せてしまった。巨大で、見ているだけで押しつぶされそうになるプレッシャーを放つ鬼蛙に、本能的に勝てないと悟ってしまったのだ。


 鬼蛙が大口を開け、長いを舌を伸ばす、舌をムチのようにしならせて、一振りで数十人の復讐者達を真っ二つにした。上半身と下半身に分かれた死体は、吹き飛んで石造りの墓場に撒き散らされた。彼らの血が墓石を赤く染め、墓場の土に染み渡る。


 復讐者は、もう復讐をしようなどとは思えなくなった。復讐者は、逃走者となる。砦喰らいにとってそれは、逃げる餌で、砦喰らいはご機嫌に餌を追いかける。


「う、うわああああああああ!! なんて馬鹿なんだ、おれらは! なんで、あの兄ちゃんの言うことを聞かなかったんだ! う、うわあああああああ!」


 ──ドン。


 鈍い音が響く。


「……え? あ、あんたは……あんたがどうしてここに!」


「砦喰らいを倒しに来た。今ならまだ倒せるかもしれないんだ」


「ふ、失敗して死ぬ可能性も高いがなぁ! だが、面白いではないか! 格上殺しこそ、闘争においてもっとも面白きことよ!」


 モンテの幽霊屋敷前の墓場、そこにシャヒルとダークネスマインドは現れた。シャヒルによって蹴られた砦喰らいは、シャヒルを不機嫌そうに睨み、敵意を向ける。この巨大な蛙は、もうシャヒルしか見ていない。


「早く逃げろ!」


 生き残った復讐者達は、シャヒルの言葉を聞いて、墓場を走った。この場から逃げていった。



◆◆◆



「やっぱり、俺の蹴りじゃ大したダメージはなさそうだな。それじゃあ、手筈通りにいくぞ!」


「ああ! 任せろ! 余の拳でこやつをぶち殺してやろう!」


 モンテの幽霊屋敷前、俺とダクマはここで砦喰らいを倒すためにやってきた。俺は瓶に入った粉末状の傷薬を自分に振りかけて使用する。体力はすでに満タンだったが、俺の特殊スキル【ガルオンの風】には傷薬に風属性強化のバフを追加する効果がある。俺のスキルは殆どが風属性が含まれている。つまり、実質的に俺の全スキルが強化される。


【アナライズ・トーン】


 砦喰らいのステータスを確認する。おそらく情報は殆ど得られないがレベルは分かる。


「レベル93、大体予想通りだな」


 砦喰らいが長い舌を伸ばし、俺を捕まえようとする。俺はその攻撃を避ける。


「うん、スライド・ステップを使わなくとも避けられる。やっぱり、最初に戦った時と違って、疾風の迅脚がBからSに上がった状態だから……いける、これならいける!」


 俺はダクマを抱える。そして、砦喰らいが技を使って硬直している隙を狙って接近、接近したところでダクマを離し──


「うおらああああああ!! 【暗黒拳】!!」


 ダクマの暗黒拳、闇属性の拳による乱打が砦喰らいにフルヒットする。


「グエェゴ!? ギョオオオオ!!?」


 砦喰らいの腹の表面が裂け、どくどくと大量の血液が吹き出る。俺達からすれば大量の血液でも、巨体の砦喰らいからすれば、致命傷ってわけじゃない。だけど、ダメージは通った。


 砦喰らいの硬直が終わり、攻撃モーションに入る。やつの関心は俺からダクマへと移っている。ダクマは暗黒拳を使ったことによる後隙で動けない、だけど、それは俺が解決すればいいこと。俺はダクマをまた抱えて運ぶ。


【シルフィード・ウィンド】


 身体に風を纏わせ、対象の速度を上昇させる。攻撃を受けるまで効果は継続する。風属性、魔法。使用回数2/3。


 俺はシルフィード・ウィンドを詠唱、俺の速度を上昇させる。この魔法は移動速度だけでなく、攻撃速度なども上昇させられる。俺は元々素早い職業であるスカウトと、風属性に特化したビルド、ロブレは魔力にステータスを振る時、どの属性にポイントを振るか決める。大雑把なステータスだと魔力としか表示されないが、詳細を開くと、どの属性にポイントを使っているのか確認できる。


 俺の魔力は200、そのステータスポイントの全てを風属性に注ぎ込んでいる。普通、属性を偏らせ過ぎると、その属性が通らない敵が出てくると詰むので、大体はメイン属性とサブ属性の2つを育てる傾向にある。そしてこの属性はメインの属性の弱点のものをサブ属性にすることが多い。


 例えば高火力の火属性をメインに、その弱点となる水属性をサブ属性に、人気の組み合わせだけど、火属性に耐性があるやつは大抵水に弱いので、水が使えれば対応できる範囲が大幅に広がる。耐性が普通の相性なら、ある程度ゴリ押しが効くので、無難に強い。


 さらに言えば水属性は回復魔法が得意なので、戦闘の安定感も増す。風属性の弱点は火属性、逆に風属性が突ける弱点は土だ。ただ、土属性使いが微妙扱いされる風をサブ属性にすることは稀だ。光属性や闇属性をサブにする人が多い。これらの属性と合わせるとゴーレムを作れたりするので、人気がある。光や闇は火力がそこそこの代わりに、ダメージの通りがいい、耐性持ちが殆どいない。


 砦喰らいの属性は闇、ダクマは魔法を使えないが、こいつの技自体は闇属性だ。闇と光は、同属性に対して耐性を上昇させることが殆どない、だからダメージは通常通りだ。


 砦喰らいは俺と、俺の運ぶダクマを捉えられず、やつが技を使う度に、その硬直にダクマのカウンターを食らう。


 そうして、カウンターし続け、砦喰らいの体力は半分を切った。


「来たか、狂乱状態……」


 砦喰らいの鬼蛙は体力を半分を切ると、狂乱状態となる。防御力が低下する代わりに、闇属性攻撃魔法を連発しながら戦うようになる。魔法の名は──


 【ダーク・プレッション】


 ──闇の波動を自身の周囲に展開し、命中した相手にスロウ効果を与える。与えたダメージに応じて、攻撃速度上昇効果を自身に与える。闇属性、魔法、使用回数制限なし。


 この魔法は避けるのが殆ど不可能だ。今の俺でも避けることができない。殆どビームみたいなもんだからな。本来はタンクがこの攻撃を庇い、その後ろにそれ以外が隠れるといった戦い方が要求される。タンク以外がこの攻撃を受けると、ダメージを受けすぎて、砦喰らいの攻撃速度が一定時間強化されてしまう。


 だから俺はダクマを盾にして、ダーク・プレッションを凌ぐ。ダクマには攻撃魔法を無効化するというチートスキルがある。俺の読みどおり、ダーク・プレッションの闇の波動はダクマに近づくと消えた。


 俺はダクマに砦喰らいを一緒に倒してくれと提案した時、ダクマの攻撃魔法無効化がどのようなものか簡単に調べた。ダクマの魔力のステータスは0だが、実際にはダクマの使う【暗黒拳】には闇属性の力が含まれている。ダクマは自分の暗黒拳の魔法の力は無効化していない、それでもしかしたらと思って、俺とパーティー設定にしたら、俺の風属性攻撃魔法は無効化されなかった。元々味方にはダメージを与えない仕様の魔法だったけど、無効化は発生していなかった。


 砦喰らいの狂乱状態は、隙が少ない。通常の舌を使った技の直後にダーク・プレッションを使い、相手に対応させることで舌攻撃の実質的な硬直を減らすからだ。それゆえに戦闘が長引き、グダグダになる。体力が三分の一以下とかならまだよかったかもだが、半分以下だからユーザーからは滅茶苦茶嫌われた。


 だから、ダクマを担いで運ぶと、ダクマが攻撃する間に次の砦喰らいの攻撃が始まってしまう。故に一工夫が必要になってくる。


【エアーボム】


 ──大気をぶつけることで対象をノックバックさせる低威力攻撃魔法。風属性、魔法、使用回数5/7。


 砦喰らいがダーク・プレッションを使うタイミングで暗黒拳のモーションに入ったダクマをエアーボムで砦喰らい方向にノックバックさせ、激突させるようにして、暗黒拳を砦喰らいに直撃させる。


「グウエエエエエエ!!」


 砦喰らいは狂乱状態で防御力を低下させている。この状態の砦喰らいは受けるダメージが増大すると共に、大ダメージを受けると硬直が少し延長される。ダメージで叫ぶモーションが入るからだ。その叫ぶモーションの間に俺はダッシュしてダクマを回収、俺がダクマを抱えて砦喰らいの舌攻撃を避ける。これを繰り返す──


 ──そうしてエアーボムの使用回数が残り1回となった頃、砦喰らいの残りHPは1割程となっていた。だが──足りない、あと一回の暗黒拳では、おそらく砦喰らいを削りきれない。


 けど──やれるだけやるんだ。できる限りを!!


 俺は砦喰らいのダーク・プレッションに合わせて、最後のエアーボムを使用する。


「死ねええええええ!! ──【暗黒拳】!!」


 ダクマ渾身の暗黒拳が砦喰らいに炸裂する。しかし……砦喰らいはまだ倒れていない。俺の予測通り、砦喰らいの体力は僅かにだが残ってしまっている。


「──はは、そうか! お前も違うよな! 今までとは!」


 砦喰らいは腹に大穴が空いていた。最後の暗黒拳によって、ついに、完全に砦喰らいの分厚い腹の皮に穴が空いた。ロブレにもダメージ表現はあった。だけどそれは表面上のもので、血糊が体表を覆うぐらいのはずだった、でも……そうだ。今の、この世界は! あの時よりもリアルなダメージの効果が、目に見える形で現れるんだ!


 ここまで何度も砦喰らいによってバラバラにされた死体を見たし、俺の設置した斬撃エネルギー塊に触れたダクマの腕が吹き飛ぶのも見た。肉体が欠損し、状態が変化するんだ。


「──やってやる! うおおおおおおおおお!!」


 俺は砦喰らいの鬼蛙の腹に空いた大穴から、その内部へと侵入し、砦喰らいの体内で斬撃エネルギー塊を脚部から放出、大量に設置した後、大穴から外へ脱出。脱出と同時に大きく跳躍、空中で身体を捻る、月明かりで照らされた俺の脚、つま先は銀色に輝く。風魔法で極限まで上昇させた速度と共に、俺は全力で、砦喰らいの頭蓋を蹴り込んだ。鉄板の仕込まれた靴、つま先が砦喰らいの頭に沈んでいく。


 ──ドゴォオオオオオオオム!


 俺の蹴りは、狂乱状態で防御力を下げた砦喰らいの巨体を大きく揺らした。回転するように身体を動かす砦喰らい。


 ──ザシュザシュザシュザシュザシュ!!


 砦喰らいが動いたことで、やつの体内に大量に設置した俺の斬撃エネルギー塊が炸裂する。そしてそれは、砦喰らいを生かしていた、僅かに残った体力を──


 ──削り取った。


 砦喰らいの鬼蛙は、絶命した。倒したんだ。俺とダクマが、倒したんだ!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 俺は雄叫びを上げる。


「やった、やった……ガルオン爺……俺、仇を撃てたよ。俺一人の力では無理だった。でも勝てた! 無理だと思ってたけど、できた……ありがとうダークネスマインド。お前は、俺の恩人だ。お前と会えて良かった! ありがとう! ありがとう! う、うう、うあああ!」


 涙が溢れる。嘘だろ? 俺達、砦喰らい倒せちゃったよ。嘘みたいだけど、本当のことなんだ……ダクマがいなきゃ絶対無理だった。ダクマみたいに強いやつがいても、そいつがダクマみたいに、こんな軽いノリで一緒に戦ってくれるヤツじゃなきゃ、無理だった。奇跡としか言いようがない。俺は幸運だった。


「うおおおおおおおおおおお! シャヒルよ! 見事な勇気、見事な蹴りだった! 流石は余が認めた男だ。っふ、これが友というものか」


 友? こいつ、俺が腕を吹っ飛ばしちゃったのを忘れてないか? よくよく考えると滅茶苦茶だ、腕を吹き飛ばした相手の願いを聞いて、一緒に戦って……魔王の落胤、魔王の子……か。なんだか納得しちまうな、器がでかいよお前。


 俺達は、砦喰らいの死体を回収し、ブロックスへと戻った。


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