第8話:魔王の落胤


「砦喰らいの鬼蛙の異常個体の発生ねぇ……」


 ミシークの町長は俺の説明を受けても、あまり納得がいかない様子だった。まぁそれもそうか、俺は町を捨てろと言ってるんだからな。簡単に納得できるわけがない。


「俺は、あなたが乗り気じゃなくても、勝手に住民を避難させます。俺はあいつに殺された何百もの人と、実際に滅んだ3つの町を見た。信じがたい話かも知れないけど、おそらくここに砦喰らいがやってくる頃には最低でもレベル90以上にはなっているはず、そんなのはとても俺達だけじゃ対処できない」


「だ、だったら……帝都の方にいる英雄様たちに……」


「彼らとはすでに話してきた。だけど彼らは俺達を助けることはできない。世界を滅ぼす者達と戦うのに精一杯で余裕がないんだ。心苦しいが、俺達を見捨てるしかないと言っていた。生き残るには……俺達で対処するしかないんだ」


「そ、そんな……け、けど……何かないのかね? この町を捨てなくてもいい方法が……」


「……俺は家族を目の前で殺された。俺は弱くて、何もできなかった。あんただけじゃない、あんたの家族、大切な隣人、友人、全部を失ってからじゃ遅いんだ! このミシークを見捨てない方法があるとすれば……いつか強くなった俺達が砦喰らいを殺して、滅んだこの町を復興させることだ」


 町長は、俺の顔を見て、目をそらした。溜め息をついて、肩を震わせていた。


「倒す? あんた、さっきは自分たちで対処できないって言ってたじゃないか。強くなるってどうやって!? できもしないこと、言いやがって!! クソッ!!」


「……倒せるようになるかは分からないけど……その可能性を生み出す策ならある。成功するかは分からないけど……」



◆◆◆



 俺は町長の説得に成功し、その間にホイップちゃんやコーマさん、カレンさんもミシーク住民を避難のため、彼らを説得してくれていた。避難はスムーズに進み、とりあえずはブロックスに避難させることになった。冒険者達がブロックスから最前線近くへと移った結果、ブロックスは人が少ない。だから避難民を受け入れても問題はなかった。


「ここが……滅ぶのか……初期町の中じゃ、ロンプラの次に好きだった。魔法陣の刻まれた石で作られた町、派手じゃないけど、安心できる感じでさ。あれ……? おい、ちょっと君! 君も早くここから避難するんだ。一緒にブロックスへ行こう!」


 ミシーク住民全ての避難が終わったと思っていたが、まだ一人、女の子が残っていた。黒髪のツインテールのちびっこで、モンクタイプの職業が着る防具を身にまとっていた。


「ふん、雑魚共は逃げれば良い。余はここから引かん、余がその砦喰らいなる化け物をたおしてやる。貴様も逃げるがいい」


【アナライズ・トーン】


 風系統の音を使ったステータス看破魔法、発動が早く、広範囲を一度に調べられる。風属性、使用回数制限なし、魔法。



【ワールドエンド・ダークネスマインド:Lv32 17歳】【職業:暗黒武闘家】

・力:170

・素早さ:160

・魔力:0

・器用さ:30

・防御:100

【所持スキル】

・【暗黒拳】:闇を纏い、拳による乱打を行う。発動中移動可能。闇属性、戦技スキル。

・【魔王の落胤】:魔王と人の子、高い生命力を持ち、攻撃魔法を無効化でき、生命力を使って魔法の行使が可能。闇属性、光属性、特殊。

・【闘拳の才覚】:腕を使った格闘攻撃に、攻撃力依存の防御無視追加ダメージ。腕を使った格闘攻撃の硬直を低減。

・【馬鹿】:頭が悪く、アイテムを上手く使えない。精神攻撃耐性を持つ。


「魔王の……落胤? 魔王と人のハーフ? けど、その装備……プレイヤーキャラのものだよな? あーでも、今ならNPCが装備しててもおかしくないか」


 それにステータスがおかしい……プレイヤーキャラはレベルが1上昇するごとに10のステータスポイントがもらえる。そしてキャラ作成時とレベル10ごとに10の追加ボーナスがもらえる。だからレベル32だったら合計ステータスは360にならないとおかしいんだけど……このダークネスマインド(凄い名前だな……)の合計ステータスは460もある。普通よりも100ステータスポイントが多い……


 それに魔力は0、一般人並しか魔法を使えない極端なビルド……高い生命力を持つってあるけど……ロブレって自分含めて味方の体力がバーで見えるだけで具体的な数値は分からないんだよな……その代わり、疑似感覚機能でなんとなくの状態が分かったから、回復や援護が欲しい場合は、ちゃんと声を出して要求するのがセオリーだった。


 人によって体力量が違うから、見た目上かなり体力が減っているように見えても、実際には余裕があったりとか、その逆もある。


 この馬鹿ってスキルの、アイテムが上手く使えないのは致命的かもだけど、かなり強そうだな。この子……


「ッフ、余のステータスを見たか。そうだ、余は、ワールドエンド・ダークネスマインド、魔王と人の子! くだらぬ世界を破壊するさだめを持った、運命の子なのだ!」


「結局……ダークネスマインドはプレイヤーなのか? NPCなのか?」


「余はプレイヤーでもNPCでもない。記憶を見るに、プレイヤーと自キャラの子供だ。父も母も、己が好きではなかったようでな、余を生み出して消えた」


「プレイヤーと自キャラの子供……? そんなことがありえるのか? 大体、さっきは人と魔王の子供だって言ってたじゃないか! プレイヤーだったなら魔王要素はどこだよ!」


「プレイヤーの母が魔王で、自キャラの父が人だ。どうやら母は暴力事件を起こしてから引きこもり、ゲームばかりしていたみたいだな」


 え? 魔王はロールプレイしてた自キャラとかじゃなくて、リアルの方なんだ……でも、この世界に魔王と解釈されるって、とんでもないやつだったんだろうな……少なくとも厨二病なのは間違いない……


「確かにダークネスマ、長いな……ダクマは才能はあるみたいだが、まだ弱い。砦喰らいと戦えば確実に死ぬ。だから早くミシークから避難するんだ」


「やだ! だいたい! 余を弱いと言うが貴様はなんなんだ! 余に引かせたいと言うのなら! 余よりも強いというのなら! 力付くでやって見せればいいではないか! ぬうううう!! もうよい! だったら、こちらから貴様をボコボコにして、余の強さを証明してやる!」


「え!? ちょっとまって──」


 俺をボコボコにする。ダクマはそう宣言した瞬間、ノータイムで俺に襲いかかってきた。シンプルな直線的な突進移動で、完全に素人だ。フェイントも何もない。


 【スライド・ステップ】


 移動スキル、小間隔の瞬間移動を横に繰り返す。硬直なし、風属性、戦技スキル。


 俺はスライド・ステップで横にダクマの突進を避け、突進で俺を通り過ぎたダクマの後ろを取る。


「──!? っく! ちょこまかとっ! うおりゃああ!!」


「──は? ちょ、まじかよ!!」


 ダクマは突進運動を継続したまま、強引に旋回し、そのまま俺に拳を放つ。俺はバックステップしてそれをさける。


「ふん! おらあああああ! ──【暗黒拳】!!」


 ──闇を纏い、拳による乱打を行う。発動中移動可能。闇属性、戦技スキル。


 ここで、暗黒拳!? この技は高命中だから、こっちも攻撃して弾かないと、直撃しちまう!


 【ハリケーン・ストライク】


 ──風属性魔法とスカウトのジョブ技を組み合わせた硬直なしの連続斬撃技。CD極小、風属性、戦技スキル。


 俺はハリケーン・ストライクのナイフによる連続斬撃で、ダクマの暗黒拳を弾こうとする。しかし、ダクマは暗黒拳を発動したまま、急旋回をすることで、こちらの攻撃を避け、俺に拳を直撃させた。


「──ッ!? はぁ? 威力おかしいだろ! これが闘拳の才覚ってやつか? 攻撃力依存の防御無視追加ダメージ……本来ならダメージなんてほとんどないのに……」


 俺は体力を確認する、体力が一撃で3割削られた。このままだと、普通にこの子に殺されるぞ? 俺……俺のレベルは53、俺のほうが21上だけど、この子はステータスが100、普通よりも多いから、10ごとの追加ボーナスとかを考えると……実質レベル13差、そして強力な特殊スキルを複数所持してることを考えると。普通に俺よりも強いかもしれない。さっきハリケーン・ストライクで弾こうとした時も、風魔法の部分は無効化されていた。本来なら、ナイフに纏った風魔法が敵を引き寄せ、命中に補正をかけるんだけど、その引き寄せが無効化されていた。


 でも、そんなことはどうでもいい……この子は異常だ……異常な旋回能力が一番おかしい、まるでホーミング機能でもあるのかってぐらい、強引に俺を捉えてくる。こんなのは見たことがない……ロブレにはクイックターン機能というのがあって、この機能を使うと、一瞬で後ろを振り向ける。これを使ってバックアタックなどに対応するのが基本だから、自キャラの旋回能力なんてほとんど必要ない。


 というか、無理に旋回して方向転換しようとして無駄に攻撃を食らって負けるのが、初心者にありがちな地雷行動だった。だから攻略Wikiとかを見ると、真っ先にこの行動を修正しろって書いてある。無理に旋回せずにクイックターンを使えって……


 今の俺がとるべき行動は……本当は彼女が暗黒拳を使った後の硬直を狙って反撃することなんだけど……


「なぁ、お前。もしかしてクイックターンを知らないのか?」


「クイックターン? なんだそれは?」


 えぇ……? 使いこなすどうこう以前に、存在すら知らないだと? 攻略サイトを見なくとも、人が戦ってるのを見たら、クイックターンぐらい目に入るはずだろ? あ、そうか……ロブレって、初期町って、殆どプレイヤーがいないんだった。じゃあ、この子は……


「ダクマ……もしかして、お前のプレイヤー、母親は……ロブレを始めたばかりの、初心者プレイヤーだったんじゃないのか?」


「うむ、よくわかったな! 一人でモンスターを倒すのに最初は苦労していたみたいだぞ!」


 あ、あああ……なんてこった……スキルにあった【馬鹿】って、そういうことなのか……これ、ダクマは多分、レベルを上げるのに木人や練習用モンスター、害虫害獣退治を利用してないな……


 多分レベル1の時から、一人でレベル差のある野生モンスターを相手にして、倒してるぞ……パーティーでなら、レベル差のある野生モンスターをいきなり倒す、というのも可能だと思うけど……ソロでやったのか? クイックターンも使わずに?


 攻略サイトを見ず、ゾンビアタックをするように、一人で格上の野生モンスターを倒し続けたっていうのか? だから、クイックターンを使わずに旋回するっていう、地雷行動がいつまでたっても修正されず、いつしか洗練されてしまったんだ……


 あのホーミング旋回は……ダクマのプレイヤーが馬鹿だったからこそ、生まれた技術なんだ。す、凄い……突き抜けた馬鹿っていうのは、長所なんだ。それにしても、格闘攻撃のキレもあるし……ダクマのプレイヤーがリアルで暴力事件を起こしたっていうのも……もしかしたらリアルファイト強かったかもな。


「おい、貴様……名はなんという?」


「クレイマン・シャヒル、ロンプラの孤児、偉大な風の魔法使いの弟子だ」


「シャヒルか。貴様、手加減しているだろう? 不快だ、なぜその足を使わん」


「足?」


「そうだ。その物騒な、猛獣でも蹴り殺せそうな太い足をなぜ使わん。それを使えば、余を殺すことなど容易いだろう。戦って分かったが、貴様の足は異常だ、異常な風切り音……貴様が手に持つナイフなど、それに比べればおもちゃ同然だろうに……」


 俺の足? 俺は自分の足を見てみる……えッ!? 足、太ッ!? 俺の自キャラは、こんな足太くなかったぞ? あれ? でもこの足、見覚えがある……これ、リアルの俺の足だ……そうか、融合現象が起きて俺の肉体の特徴を、シャヒルも受け継いだんだ……もしかして……俺は自分のステータス、スキル欄を確認する。


【疾風の迅脚S】:移動速度超上昇、移動した場所に斬撃ダメージのエネルギー塊を設置可能。脚部を使った格闘攻撃を超強化、脚部を属性強化可能。風属性、土属性、火属性、特殊。


 【疾風の迅脚S】? え? S? 確か俺の疾風の迅脚って確かBとかだったはずだけど……俺、勝手にBのままだと思って、ちゃんとスキル確認してなかった……ちょっと試してみるか。


 俺はダクマの周囲を囲むように移動し、斬撃エネルギー塊を設置してみる。


「おお、マジだ。本当に斬撃を設置できる」


 斬撃エネルギー塊は無色透明だけど、エネルギーがその場で回るように留まる影響で大気が揺らいでいて、ちょっとぼやけた感じに見える。暑い日とかに見る陽炎みたいなもんだな。


「なっ!? はやっ!? ック、やっぱり手加減していたではないか! こんなもの、ぶち壊してくれる!! うおりゃあああああ! ──【暗黒拳】!!」


 ダクマが俺の設置した斬撃エネルギー塊を殴る。


 ──スパン。


「──ぎゃああああああああああ!???? ちょ、腕、とれ、ええええええ!?」


 ちょ、ヤバイヤバイ!! ダクマの両腕が俺の斬撃エネルギー塊に接触した瞬間、爆発し、ダクマの両腕を切り飛ばしてしまった。ダクマの体力バーはその瞬間に一割になった。エネルギー塊を躊躇なく殴るのも驚いたけど、威力ヤバすぎだ……でもこれダクマの攻撃魔法無効の効果適用外なんだな。斬撃、物理属性は魔法扱いじゃないってことか? ……って、それどころじゃない! はやく、回復しないと!


「よかった……設置したエネルギー塊は発動すると消失するのか、これなら助けられるな。ごめん、まさかこんなに威力があるとは思ってなくて……傷を回復するから大人しくしてくれよ?」


「は、はいぃ……」


 俺は泣いたダクマをエネルギー塊の檻から出して、ガルオン爺から貰った大量の傷薬を使いまくって、吹き飛んだダクマの腕をくっつけた。20個ぐらい傷薬を使ったけど、まだ在庫は1200以上ある。というか、やっぱりアイテムはちゃんと保持されてるんだな。異空間かなんかに収納されてるっぽい。ゲームの設定資料とかだと、この大量にアイテムを仕舞える仕様の説明はなかったけど、よくよく考えると、凄い力だよなこれ。


「うぅ……貴様でも砦喰らいとやらを倒せんとなると、今の余では砦喰らいとやらは殺せそうにないな。よかろう、貴様の言う通り、余も避難してやろう」


「いや……多分、砦喰らいを倒すなら、俺よりも……お前の方が可能性あるよ。お前の闘拳の才覚のスキルなら、普通なら高すぎる防御でダメージの通らない砦喰らい相手に、ダメージを通すことができるはずだから……まぁそれは今じゃない、まだ俺もお前も、力が足りないから、一旦避難……──待てよ? もしかしたら……砦喰らいを倒せるかもしれない」


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