第6話:優先順位


 俺は砦喰らいの鬼蛙の異常個体の危険性を伝えるため、ロブレの最前線プレイヤー達が集まる街【帝都・ラジャーン】にやってきた。帝都の名の通り、この街は帝国【ラシア帝国】の都であり、高層ビルのような建物が大量にある大都会だ。そのビルのような建物は、ハイミスリルという素材が使われているのだが、これはファンタジー作品に出てくるミスリルとは全くの別物、そもそも金属ですらない。


 ミスリルの持つ高い魔力伝導率を再現した細胞を持つ人造スライム、その体液を加工してできたものだ。リアルで例えるとめっちゃ丈夫なプラスチックみたいな感じだ。ラシア帝国はこの技術を独占している。リアルで言えばプラスチックを一国だけが使えるみたいな状態で、そのヤバさがわかるだろう。


 このハイミスリルは魔力を通すことで耐久力を上昇させることが可能で、帝国の下級市民はハイミスリルに魔力を注ぎ込むために搾取されている。この帝都ラジャーン自体は、中堅プレイヤーでもたどり着ける場所、というか中盤のマップの近くにある街だ。それが最近エンドコンテンツの最新マップがラジャーン近郊に追加されたため、ここが最前線の街となっている。初期街からはかなり遠くに位置しており、転移魔法を使わないと時間がかかる。


 俺は最前線プレイヤーの集まる有名なクラン【灰王の偽翼】の拠点を目指す。灰王の偽翼のクランハウスはめっちゃ高い土地に建てられてて、しかもかなり大きい。ただ見た目が帝都の世界観とはまるで違い、かなり浮いている。SFチックな帝都と違い、灰王の偽翼のクランハウスはゴシック系とかスチームパンク風だから他とのギャップが凄い。


「あの! 俺はシャヒルと言います! 灰王の偽翼のクランリーダーにどうしても伝えなきゃいけなことがあるんです! 会うことはできませんか!」


 俺は灰王の偽翼のクランハウスで門番をしている、クランメンバーと思われる男に話しかける。この人も、なんというかゴシックパンク的な感じの服装だ。


「はぁ……あんた……レベル53か……まぁ、いいや、団長に伝えたいことって? 一体どんな要件なんだ?」


「その、皆さんもロブレからログアウトできないんですよね? だったら、この世界に、異常事態が起きてるのも知っていますよね? その、異常なモンスターとかも生まれて」


「異常モンスター? まぁ確かに、僕らも今はそれの対応で忙しいけど、君ら低レベル帯でもあるんだね」


「はい、その……砦喰らいの鬼蛙が……初期街の破壊に成功してしまって……異常成長してしまったんです。レベルは俺が確認した時点で62、通常のレベルの3倍です。今はもう80以上になってるかも……」


「初期のレイドボスの異常個体か……まぁ確かに、低レベル帯だとその対処は難しそうだな。けど、僕らはそれに対応できない。こっちもこっちで世界を救うので忙しい」


「ま、待ってください! 砦喰らいを放置したらそれこそ大災害が起こりますよ! あいつは、ダンジョンのモンスターを食って成長してるんです! それで今は、異界ダンジョンにいるはず……もしも異界ダンジョンを利用して、レベリングを続けたら、レベルの最大上限である200に到達するのは時間の問題です! そうなったら、あなた方でも対処は難しくなる!」


 男の顔つきが変わる。俺を、睨んでいる。


「黙れ雑魚が! 僕らが初期ボスのレベル200程度に勝てなくなるだと? 僕らはお前らの想像よりも先に生きる存在。この世界じゃ文字通りの英雄なんだよ……話を聞いてやっただけでもありがたく思って当然じゃないのか? 灰王の偽翼は、レベル110以上の猛者しかいない。下っ端の門番である僕ですら、レベルは112、君の倍以上ある」


「あんた……砦喰らいの鬼蛙と戦ったことあるか?」


「はぁ? そんなの当たり前だ」


「じゃあ……ヤツと、ギリギリの戦いをしたことがありますか? ギリギリ倒せるレベル、最低限の装備で」


「何いってんの? ギリギリの戦いになるわけないでしょ? あんな雑魚。まぁ僕は二年前ぐらいに始めたから、初期のことはよく分からないけど」


「そうですか。でも砦喰らいがレベル200になったら、俺がさっき言ったような状態になると思う。多分あなた方が今使っている装備も、レベル200の鬼蛙に対してはギリギリ戦える程度の装備にしかならない。レベルも足りない……」


「んだと? レベル53の雑魚が! 調子に乗ってんじゃねーよ! この世界じゃ、死んだら、マジで死ぬんだよ? 僕は、それをお前に教えてやったっていいんだ」


 黄金の魔力が門番の男から溢れ、戦場準備を完了させた。ほ……本当にやるつもりなのか? あー、もう俺、交渉向いてないよ!!


「おい騒がしいよ。門番君、弱者相手にイキっても、君の格は上がらないというのに。で、そこの君、わたしに用があるんだろう? わたしが団長のアルーインだ。話を聞こうじゃないか」


 この人が……灰王の偽翼の団長……灰色の長髪の、やっぱりゴスパンク系の服装だ……目が死んでるけど美人だな。


◆◆◆


「なるほどねぇ、事情は大体理解した」


 俺はアルーイン団長にクランハウスに招き入れられ、そこで事情を説明した。砦喰らいのことと、プレイヤーとキャラの融合について。


「その、砦喰らいの鬼蛙の対応を引き受けてもらえないでしょうか? 報酬はその……」


「報酬はいいよ。受けるとしても報酬を受取るつもりはない、そんなこと気にしてたら世界が滅ぶからね。まぁ、対応するつもりないんだけどね」


「え?」


「わたしも初期プレイヤーだから、砦喰らいの恐ろしさを知ってるよ。初期ボスだから異常なステータス補正が掛かってるのも理解してる。だけど、わたし達はそれに対応する余裕はないんだ。そこの門番君が、世界を救うので忙しいとか、恥ずかしいことを言っていたけれど、それは誇張でもなんでもなく事実なんだよ」


 アルーイン団長はソファに腰掛け、紅茶を飲みながら、抑揚のない声で話す。なんか、クランハウスの中もゴス系で、雰囲気あるな。まるで生きた人形と話しているのかと錯覚する……


「異常個体が発生しているのは、最前線でも同じ。世界を滅ぼすために生まれた存在が、本気で世界を壊そうとしている。やつらは今までわたし達が戦ってきたのと違って、加減を知らない。すでに一人、レベル120の古株がやられて死んだ。だから、このクランに限った話ではないけど、どこも交代制で高レベル帯のボスを抑え込んでいるんだ。今わたしが、ここにいるのも休憩中だからで、少ししたらわたしも戦いにいかなきゃいけない」


「そ、そんな……それじゃあ、本当にギリギリじゃないですか!」


「ま、サボってるハイレベルクランが動いてくれれば、また状況も違ったかもだけど。ああ、そういうハイレベルクランには近づかない方が良いよ。ヤバイやつらしかいないからね。実を言うと、わたしもそいつらの襲撃を受けたんだよ。ハラスメントセーフティーが切れたし、お前を犯してやるぜ、みたいなやつがね、いたんだよ。もちろん返り討ちにしたし、せっかくだから殺したんだけどね」


「えっ!? せっかくだから殺したってどういうことですか!?」


 この人もヤバイ人なんじゃ……


「ほら、わたし達はロブレの世界に来てしまっただろう? もしここが本物の世界であるのなら、この世界での死、というのはどのようなものか、把握する必要があった。死んだら本当に終わりなのかとか、蘇生魔法はどのように作用するかとかね。仲間で試すわけにもいかないだろ? そこにちょうど良く殺しても問題なさそうなクズがいたから、”せっかくだから”なのさ」


 あぁ、そういうこと? まぁ、それでも振り切れてる人だよね……正直。


「それで、結果はどうだったんですか?」


「死ねば、本当に死ぬよ。ま、もしかしたらリアルに帰ってるのかもだけど、確かめる手段はない。けど、見た感じ本当に死んだように見えたよ。ロブレをゲームとしてプレイしていた時には見えなかったものがあるんだ。この世界で人が完全に死ぬ時、魂のような光のモヤが出る、それが消えるのが……見えるんだ。だからといって本当の死、とは限らないけれど……試しに死んでログアウトできないかなんて気は起きないね」


「人の死……NPCだった人とプレイヤーキャラの人でそこに違いはあったりするんですか?」


「違いはないね。ただ、レベルが低いとその魂みたいなモヤも目立たないから、低レベルの多いNPCの光のモヤを確認できるのは稀だろうね。しかし、プレイヤーと同じような反応があるってことは、彼らもやはりプレイヤーと同じく命があるということだと思う。それと、蘇生魔法についてだけど、蘇生魔法は時間制限があるだけで、死体の損傷具合とかは関係ないみたいだね。完全に消し炭にしても蘇生は可能だった。そして蘇生が可能なのは死んでから1時間以内の死体だけだ」


「蘇生は一時間以内か……ありがとうございます。貴重な情報を……」


「いや、こちらも君から、低レベル帯や、融合現象についての貴重な情報を貰えたからね。そこについては、そうかしこまることでもないよ。心苦しいけど、わたし達最前線プレイヤーは、低レベル帯を助けることができない。残酷な言い方をすれば、見捨てるしかない状態だ、だから──君がやるんだ。君が砦喰らいの鬼蛙を倒すんだ」


「お、俺が?」


「そうだ。そもそもこの混乱の中でいち早く状況を整理し、積極的に動けた低レベル帯のプレイヤーは君だけだ。それはつまり、君が低レベル帯を導く存在に相応しいということだ。だから君がやるんだよ。代わりの人間などいない、君がやるしかない。自分にはできないと誰かに任せて、その結果、最悪の結末を迎えた時……君は納得することができるのか? できないんじゃないのか? 君の目は、真っ直ぐで、正直すぎるからね」


 アルーインの深く、暗い瞳に見つめられて、俺は、鳥肌がたった。俺の全部を見透かされているような感じがした……


「やります。自分にできる限り、全力で! だからアルーインさん達も、頑張ってください! 話せて良かったです! ありがとうございました!」


「ああ、また会おう。シャヒル君、わたしも君を応援している」


 俺は灰王の偽翼のクランハウスを後にした。俺が思っていたよりも、この世界の状況は最悪だった。最前線プレイヤー達は、文字通り世界を救っていた。彼らが数を減らし、崩壊した瞬間に、この世界の高レベルボス達が世に放たれ、この世界は終焉を迎える。


 だから俺達中堅プレイヤーで、砦喰らいや、中難度のボスに対応しなければならない。俺が、やるしかない。実績も人脈もない俺だけど、それでもやるしかない。中堅プレイヤー達をまとめ上げ、弱者達の世界を守る組織を作りださなければ、この世界は足元から崩れ去ることになる。


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