第11話:アルドロード魔法学校
「シャヒルさん、指輪を届けて頂きありがとうございます。それにしても……シャヒルさん、あなたがアルサラート先生がよく話してくれたお弟子さんなんですねぇ。私、一度お会いして見たかったんですよ」
アルドロード魔法学校、ロブレの世界で実際にマップとして存在した唯一の魔法学校。設定上は他にも魔法学校があるらしいけど、今のこの世界ではどうなんだろうか? アルドロード魔法学校は自治権を持っている一つの国のような感じで、森林地帯の中にある。アルドロードと外界を繋ぐ街道は結界で守られており、遠目から見るとそれは黄色く光って見える。薄暗くなってくると、この森の中を伸びる黄色く光る道はかなり目立つ。
街道を歩いている時はそれほど印象に残る景色ではないんだけど、目的地に辿り着いた後振り返ってみたり、逆に街道から外れ、森の中から道を見ると、それは幻想的で、美しかった。暗く、不安を煽るような森の中で、温かみを力強く与えるその光は、赤子を抱く母のようだ。だからこの街道は【森母の抱擁】と呼ばれている。
「俺に? ガルオン爺、一体何を話していたのやら」
魔法学校自体はどうかというと、こちらはかなり特殊だ、どう特殊かと言うと、建物自体が外側から見ると、ちょっとした一軒家ぐらいしかなく、施設の大部分が地下と異空間に存在するのだ。
大昔に存在した大賢者が異界ダンジョンの仕組みを解き明かし、生み出した技術を使ってできたものらしい。けど、今ではこの異界ダンジョン由来の技術はロストテクノロジーと化している。まぁ、そもそも賢者が悪用を恐れて技術を公開せず、その賢者が殺されて失伝したので当然といえば当然と言える。
「アルサラート先生曰く、自分の風魔法の全てを伝えたと。このアルドロード魔法学校で風魔法の教師だってできると言っていました。学校ではアルサラート先生のことを見くびる、不埒者も多かったですが、私はアルサラート先生の魔法理論には感銘を受けましたし、実際かなり先進的でした。ですからね、試したくもなるんですよ。シャヒルさん、あなたが彼の魔法理論を受け継いだ、愛弟子であると言うのならねぇ」
異様なのは外観や仕組みぐらいで内装は普通、よくある中世風ファンタジー世界のお城みたいな感じだ。アルドロードは異界ダンジョンの仕組みを利用することで、無限に部屋が存在するが、他の異界ダンジョンと違って好きな異界、好きな部屋に行くことができる。無限に存在する部屋だが、部屋にはそれぞれ番号が割り振ってあり、その番号を部屋の扉についている魔法版に入力すると入力した番号の部屋へと移動できる。
ただ、無限に存在するせいで部屋の番号の桁がインフレでとんでもないことになっていて、使われている部屋でも普通に魔法版に入力しようとするのは無理がある部屋も存在する。そういった部屋に入る場合は鍵魔法という部屋番号の情報をまとめ、一瞬で入力することのできる魔法を使う。
俺も受付で校長室の鍵魔法を貰って、この校長室に入ってきたわけだ。ちなみに鍵魔法は人の魂の中に保存される。
「試すと言いますと?」
「これですよ、フィトリガットボール。大賢者フィトリガットが生み出した娯楽用アーティファクト。高い魔力制御と魔力運動の予測、そのふたつが試され、それが高度であれば在るほど、大きく展開し、強く輝く。ボールが展開するのは魔力運動予測、つまりは魔法理論の力。アルサラート先生は魔力制御で光らせることができなくとも、この校長室全体を覆い尽くせるぐらいに展開することができました。さぁ、どうぞ」
そういってアルドロード魔法学校のトップ、クラウドロス校長は俺に銅色の球体を手渡してきた。
とりあえず起動してみる。魔力をボールに流した瞬間、奇妙な感覚に襲われた。全身が鍵を掛けられたかのように硬直した。いや、実際には身体は動くんだけど、そんな感じがする。そんな違和感の中で、唯一自分の意思に従う場所がある。俺の脳だ。脳の中にある光のような感覚、これは俺の意思、魂だ。
この魂を使って、身体に掛けられた違和感を解除しろ。そんな感じか? イライラ棒とかRPGの謎解きみたいなのを混ぜたようなゲームっぽい。
俺はとりあえず魂を動かし、近くの身体の感覚から解放していった。目、耳、口、鼻といった感じで、頭が終われば首、肩と、どんどん下へ、先端へ魂の通り道を開拓していく。やってることと言えば、ひたすらにどうすれば魂がその場所を通過できるか? というもので、例えて言うのなら、パズルゲームみたいに、パズルに噛み合うピースに自分の魂の形を変え、はめ込む。この時はめ込み方も考えさせられたりする。クリアしたパズルに魔力を流すと、その部分の支配権を得られる、そんな感じだ。
「お、おおお! これほどの速度で……しかもなんて明るさだ……」
クラウドロス校長の声が聞こえるが、今はそれどころじゃない……集中だ集中……ん……? これって……
俺はパズルをクリア、つまり身体の支配権をどんどん得ていって、全身の支配権を得て気づいた。
全身の支配権を得て、終わりかのような雰囲気だが、そうじゃない。これは多分、このボールを作った大賢者フィトリガットにとってはスタートラインなんだ。
全身を支配権に置いた状態、それはつまり全身の魔力を自由に動かせる状態で、フィトリガットが期待しているのは、この全身の、クリアしたピースを組み合わせ、新たなモノを創造することだ。
ピースを、魔力の形を、集中し、把握していく。把握した形と噛み合う同士を組み合わせる……いや、今のタイミングで組み合わせちゃ駄目だ……多分同時に……まとまりを作って、それを合体させるみたいに……
「あ、ちょ、ちょっとまってください! シャヒルさん! 止まってください! 部屋が、部屋が崩壊してしまいます!!」
よし! いいぞ! だんだん分かってきた。形だけでなく、それが持つ特性、与える影響を考えて、組み合わせるんだ。透明な、何もないように見える空間含めてが組み合わせなんだ──
「──完成だ! やった! やったよガルオン爺!」
──パキン。
え? なにこの音……音がした瞬間、俺は集中を切らした。周りを確認すると、真っ青な空間が広がっていた。
「え? どういうこと? ここ、校長室じゃ」
「いや、校長室であってますよシャヒルさん。まさか、こんなことになるなんて……シャヒルさんはかなり集中していましたからね。現実で何があったのか見えていなかったようですね。シャヒルさん、あなたがフィトリガットボールを展開して、その魔力で出来た板を大きくしすぎて、この校長室を埋め尽くしてしまったんだ。それで……限界が来て、部屋は破裂してしまった」
「え? は、破裂!?」
「はいぃ、崩壊してしまったんです。なので扉にあった入力板も破壊されてしまって、出口に戻るのも難しく……その、ここ校長室なのでセキュリティ的な対策として、扉経由以外での転移禁止に設定してるので……その」
「もしかして閉じ込められちゃったってこと!?」
俺はフィトリガットボール攻略に集中し過ぎた結果、校長室を破壊し、閉じ込められちゃったらしい……や、ヤバイ……どうすりゃいいんだよ……
「まぁ、そう焦るな。お前は風属性を操れるんだから問題ないじゃろう」
「は? え? ええええええええええ!?」
謎の声がした方を見る。俺の手のひらを見る。俺の手のひらの上には妖精のような、小さな女の子がいた。
「やっと目覚めることができた。礼を言うぞ。我はディアンナ、賢者フィトリガットの生み出した人造神だ。フィトリガットからは我を解放した者の力になれと言われておる。よって貴様……ふむ、シャヒルと言うのか。シャヒルを主として認め、我は貴様に仕える」
「え、えぇ? フィトリガットボールの中にこんなのが入ってたなんて……」
「えぇ、ホントですよ……何千年もただの娯楽用アーティファクトだと思われていましたし……本人も娯楽用と言っていたと、そう記録されていたのですが……こんな仕掛けがあったとは……」
「こんなのとはなんだ! 全く……それはそうとシャヒル。さっさとこの空間を外へ移動させろ。貴様も試練を解き明かす過程で、風という属性の性質を理解しただろう? ならば、できるはずだ」
「風属性の性質……? あぁ、そうか、移動か。風属性は何かを移動させる性質を持ってるから……この崩壊してしまった空間ごと外へ移動させればいいんだ。それでこの部屋は異界ダンジョンだから、元となる世界、根源は一つ、そこは──出口だ!」
ディアンナの助言通り、俺は風属性の魔力で校長室を満たし、包むと、番号0の場所へと空間ごと移動させた。俺の魂の中に保存された鍵魔法、これには部屋の番号、座標が書かれているわけだが、結局その元、平行世界である異界ダンジョンの元となる世界の座標も記されている。
人や物を移動させる魔法が宿る部屋の扉の入力板がなくとも、座標さえわかっているのなら、俺の風属性の力で移動は可能なんだ。
そして元となる0の座標へたどり着くと、平行世界である校長室は消え、俺とクラウドロス校長、ディアンナはアルドロード魔法学校の一階、受付に放り出された。
「も、戻ってくれた! よ、よかったぁ~」
「これは凄い! いやぁ校長室が消えてしまいましたが、中に持ち込んだ物はちゃんとありますし、大した被害ではないですね。これで研究資料とかが消えてたらシャヒルさんを恨んでかもしれま……いやぁ恨めないかぁ! だってねぇ!? 数千年の謎が解けて、風属性の本当の凄さを目の当たりにしちゃったんだもんなぁ!」
「よ、よかったぁ~校長室の破壊は不問にしてくれるんですね。弁償しろとか言われたらどうしようかと……それどころか逮捕だって……ううう、考えるだけで恐ろしい」
「いやぁ、不問にはしませんよ? けど、条件付きで許しましょう。シャヒルさん、いや、シャヒル君、君にはここの教師になってもらいます。フィトリガットボールを解き明かしたのだから実力は言うまでもないし、なにより風属性を深く知る、先生となれる人は貴重ですからね。アルサラート先生が亡くなられたその穴は弟子であるシャヒル君が埋める、私はそれがいいと思いますよ? ですよねぇ?」
校長室を破壊した手前、断れない……でも、元はと言えば校長が俺を試すためにフィトリガットボールを手渡してきたのが悪い……いや、それ言っても仕方ないよなぁ。実際破壊したのは俺だし……
「分かりました。でも、正直、俺が教師をやる余裕、いまのこの世界にはないかもしれません」
「それはどういうことかな? 詳しく話を聞こうじゃないか」
俺達は今後の話し合いをするため、再びアルドロード魔法学校の無限の部屋に入っていく。その部屋の一つ、校長室予備2へ──
「──って予備の校長室あるんかい!!」
クラウドロス校長は舌を出し、テヘペロっといった感じで笑っていた。
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