第34話:奇妙な旅人
「よっしゃ! 街解放イベント一番乗りぃ! それにしても、結構雰囲気あんなぁ、ここ」
茶髪の青年、エージーがはしゃぎ、石像に触れる。すると石像を囲むように存在していた木々が霧のように消えた。
そして消えた木々の代わりに、大地には大量の槍が突き刺さっていた。
『汝、繋ぎし者、人と精の子を救わば、至高の叡智を与えん』
「うおっ、石像が喋った……ていうか、動いてね!? あれ……? おっかしぃなぁ~、石像に似たゴーレムが召喚されてそれがイベクエ手伝ってくれるって聞いてたんだけど」
エルフの姫を救うメインストーリーのイベントクエスト。聖域の石像に触れるとそのイベントは発生し、プレイヤーはソロでのイベントクエストの攻略をすることになる。仕組みとしては異界ダンジョンに近く、複数のプレイヤーが同時に石像に触れてもそれぞれが違った場所に飛ばされ、クエストを攻略することになる。
サイディオスの近辺にあるダンジョンの中で一番難易度の低いダンジョン【ボアシュ地底湖】をクリアするとこのイベントクエストを発生させることができ、ロブレのメインストーリーを進め、最前線攻略をしていくのなら避けては通れない関門だった。
──ヒュウ、フワッ。
「なんだ? ああ、あいつらからか……は? 石像に触れてもイベントが発生しない? もしかして今バグってんのか? だから、石像本体が動いてんのか?」
エージーは自身のクランパーティーの仲間とボアシュ地底湖を攻略し、その流れで聖域の石像の所までやってきた。せっかちなエージーはダッシュで、他のメンバーよりも早く石像の場所に辿り着き、石像に触れていた。
そして後からやってきたエージーの仲間たちは石像に触れるものの、イベントは発生せず、立ち往生していた。
『数多の儀式は写しに過ぎず、真の儀式は此れにあり』
「はぁ……? な、なに言ってる? 真の儀式って……というか、エルフの姫が困ってるのは本当なんじゃないの? 設定上は……それを儀式っていったら可哀想だろ」
『儀式はそもそも一度だけ。儀式というよりは出来事、伝説、伝承。過去の者たちは皆、あなたがエルフの姫を助ける逸話を真似ただけ。伝説を再現し、祭事を行うことが、あの都市に入るための決まりごとになった。それだけの話』
「えっ!? ちょ!? 普通に喋れたの!?」
『あなたがわたしの存在に慣れたから、意味が伝わりやすくなっただけ。そもそも言語を介していない』
「鎧系のロボっぽいのが女言葉で話すと違和感めっちゃあるな……でも、オレが女言葉に感じるってことは、心は女に近いってこと? なんか美人ぽい感じの雰囲気もあるし、もしかして美人だったりするのか!?」
『わたしに形は存在しない。概念のようなものだから、けれど、そういった自然概念が美しいと感じられるなら、それはあなたにとって美しいということにはなるかもしれないね』
石像に発情しかけたエージーに対し、石像は呆れるように話した。
「まじかよ……オレ……大自然のことも性的な目で見てるってこと? もうだめだ……昼男……オレはオレが思ってたよりも変なヤツだったかもしれねぇ……まぁいいや。けど、これが真の儀式、本当の伝説になるっていうんなら、エルフの姫さんは本当に困ってるってことなんだろ? じゃあ、さっさと助けねぇとな!」
『時は来た。同じ箱の中でまた会おう──』
エージーがエルフの姫を助けようと張り切るそんな時、石像がそういった。
その言葉と共に、エージーは意識を失い、視界は真っ暗となった。
◆◆◆
──キキン、ゴーーン! ズサッ!
「──!? あっ? え? なんだ!?」
エージーが意識を取り戻したその場所は、森の中の戦場だった。
エルフ達と、それを追い詰める人間のような姿の兵。
「なんだこりゃ……人間じゃねぇのか? ところどころ魔物みたいな……ラシア帝国のキメラ兵か? いやでも……それにしちゃぁ統一性がねぇ……」
エルフ達を襲う人間のような存在。彼らの目は血走っていて、明らかに理性がなく、狂った獣のようだった。魔物の肉体の一部を併せ持つ彼らは、明らかにエルフ達よりも強かった。鎌状になった腕や、甲殻類のような硬い外殻を持った者、炎の翼を持つ者、それぞれが持つ長所を十全に発揮していた。その動きは洗練されていて、違和感なくスムーズだった。狂った獣のように暴れていても、その動きは自然体だった。
「グオオオオオオオオオオオオ!!」
そして、一匹の炎の翼を持った人獣がエルフに襲いかかり、エルフの腕を引きちぎった。人獣はその腕を邪悪な笑みを浮かべながら食した。バリバリと音を立て、一瞬で腕を腹の中へ入れると、炎の翼の人獣は、エルフの残った片腕を見つめていた。
「──させるかよ! カスがッ!!」
人獣が吹き飛ばされる。エルフ達はこの時初めて、その場所にただの人間がいることを認識した。驚きと期待、恐怖が入り混じったような視線が、エルフ達からエージーへと注がれる。
「心配するな! オレはあんたらを助けるためにやってきた! それと、安心しろ。オレが絶対に勝つってことは、分かってるからよ!」
「え……? ひ、人がどうして……助けるためにやってきたとはどういう……」
エルフ達の集団、その中心から声が響いた。中央で守られていたであろうその少女と、エージーの視線が交差する。
「よく分からねぇけど、聖域の石像にエルフの姫を助けろって言われた。その姫って、あんただろ? だから助ける」
人獣からすれば、誰かが話しているだとかそんなことは関係ない、言葉を交わす最中のエージーに対し、人獣は襲いかかる。
エージーは襲いかかってくる人獣に対して拳を突き出す。そして、拳に装着されたガントレットから魔法弾を炸裂させて人獣の頭蓋を粉々に砕いた。
「こ、怖くないのですか!? 誰かにやれと言われただけで、命をかけるべきでは……」
「──怖いよ? でも、お前らはもっと怖いんだろ? だったら助けるだろ? オレにとってはそれが当たり前、誰かから言われただとか、そんなことはさ、目の前で起きちまったことからすれば、どうでもいいことだ。オレは今、お前らを助けようって思ってんだ!」
エージーは拳から魔法弾を炸裂させ続け、人獣達を一匹、また一匹と倒していく。しかし、人獣の数は多く、ついに一匹の牙がエージーの肩と太腿に突き刺さった。
「っぐ!?」
「そんな! た、助けないと! 皆! 彼に回復魔法を!」
「しかし、サリア様! やつは外の人間ですよ? 言葉だけで信用していいものか……それに聖域の石像と言っていたのが事実なら、やつは外の人間にも関わらず聖域に侵入したということ──」
「──わたくし達のために獣の牙を受け、それでも怯まない彼が! 言葉だけだと言うんですか!? 今目の前で起きてることぐらい、ちゃんと見なきゃ駄目でしょう!? 知らないことを怖がるだけでは、愚か者になってしまいます!」
エルフの姫、サリアの説得によってエルフ達はエージーに回復魔法を詠唱し、エージーの傷を癒やす。そして今度は自発的に強化魔法等をエージーにかけていった。
彼らはエージーを中心としていつの間にか団結し、最初は夥しい数だった人獣の数を残り数匹にまで減らした。
しかし、形成が逆転し、圧倒的な不利を背負っても、人獣達は引くことを知らなかった。狂った獣のように、最後までエルフ達やエージーに襲いかかった。無論、それらも全て、エージー達によって倒されることになる。
「助けていただきありがとうございます! あ、貴方様のお名前は? わ、わたくしはサリアと申します」
「ああオレ? オレは佐熊衛二……じゃなくて! ベアギャップ・エージーだ! いやぁ、良かった良かった。これでみんな助かったな! それはそうと疲れたし休みたいな。このイベントって休憩あんのかな? 転移、転移……は?」
転移が禁止されてるなら休憩のために拠点へ戻るのは我慢しようかな。そんな程度にエージーは考えていた。けれど、転移するために拠点のあるヨルド国の名前を探しても、それは見つからなかった。
「なぁ……ヨルド国って知ってるか?」
「え? いえ……もしかしたらわたくし達の使っている地図が古くて、分からないのかもしれませんが……その、ヨルド国というのは聞いたことはありません。ヨルドの民というのがいるとは聞いたことがありますが、彼らは定住していませんし……」
「え……?」
エージーは元いた場所に戻れなかった。元いた時間には戻れなかった。エージーは過去のロブレ世界に飛ばされていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます