喫茶同好会の招き猫

 

「今度買い物に行きましょう。ローリング様」


 ある日のこと、喫茶同好会に訪れたグレイシス子爵子息がこう言った。その日はもう喫茶同好会の営業時間も終わりに差し掛かっている頃だった。


「随分急な話ですね。何か欲しいものでもあるんですか?」


 俺がそう聞くとグレイシス子爵子息は喫茶同好会の中を軽く見渡して言った。


「いや、どっちかというと欲しいものというか必要なものがあるのは喫茶同好会の方じゃないですかね」


「ここがですか?」


「ええ」


 グレイシス子爵子息は頷いた。


「風景画が一枚飾られているだけじゃあ喫茶店としてはまだまだ殺風景ですよ。このくらいの広さなら、少なくともあと二枚は置かないと」


「そういうものですかねぇ」


 スケフィントン侯爵令嬢と同じような事を言う人だと俺は思った。


「お言葉を返すようで申し訳ないのですがね。グレイシス様の前世でいう喫茶店ってそんなに装飾が多かったんですかね。俺…というか私が前世で経営していた喫茶店もそんなに多くはなかったんですけど」


 無駄にごちゃごちゃしたものを置かない主義だった俺は、前世で経営していた喫茶店もシンプルイズベストを目指していた。


「頂いたレビューや口コミでも『さっぱりしていて小奇麗』とか『店内は少し殺風景だけどそこがまた良い』って言われてましたから」


「それは…少し駄目なんじゃないですかね」


 グレイシス子爵子息はそういいながら紅茶をすすった。今日入れたのはジーウメルイやドゥリマヴとは違った少し高い茶葉なのだが気に入ってもらえたようだ。


「なんにしてもテーブルにはテーブルクロスかテーブルマット、あと観葉植物の類とかも欲しい所ですからね。今度店内を彩るような物を買いに城下町にでも行きましょうよ。今のままじゃ来るお客さんも来ませんよ」


「う~ん…」


 そうまで言われると少し気になってしまうのが俺の性質タチというもので、店内の空いているスペースが寂しく思えてきた俺は、少し考えた後グレイシス子爵子息と一緒に城下町に買い物に行くことを決めた。


「分かりました、いつ行きましょうか。月水金以外ならいつでもどうぞ」


「では土曜日に行きましょう。ついでに僕の買い物にも付き合ってください」


「はいはい」


 そこまで考えたところで俺は「うん?」と思った。


「今更ながらこれってデートみたいですね。男女がペアになって城下町に買い物なんて」


「え?ああ、そうですね。全然意識してなかった」


 どうやら俺もグレイシス子爵子息もお互いにを異性として認識していなかったようだ。しかし、ゴシップ好きの連中からしたら、俺とグレイシス子爵子息が一緒に買い物に出かけたらだとして噂が立つのは間違いない。


「じゃあこうしましょう。ローリング様がよければ一人一緒に買い物したい方を連れてきてください。団体なら変な噂が立つ事もないでしょう」


「私が…ですか?」


 俺はう~んと考えた。ローザは最近またまたリバウンドしたらしく、またまたしばらくダイエット生活をして過ごしているらしい。デズモンド公爵令嬢とスケフィントン侯爵令嬢は目上過ぎて城下町に気軽に買い物に誘える仲ではない。


 まぁ…となるとあの方しかいないよなぁ…。


「分かりました。ちょうど一人グレイシス様に紹介したい方がいるのでその方をお呼びします」


「了解しました」


 そこまで言ったところでグレイシス子爵子息は「ああ、それと…」と言った。


「僕の事はアーロンと呼んでください。貴女の方が爵位が上なんですし、転生仲間みたいなものじゃないですか」


「え、良いんですか?」


「はい。それと僕の前でも『俺』って喋っていいですよ」


「あ、アハハ。ありがとうございます。じゃあ俺のこともコルネリアとお呼びして良いですし、『私』って喋って良いですよ」


「分かりました。コルネリア様」


「プッ…」


「くすっ…」


「「アハハハハハハハ!!」」


 俺達は喫茶同好会にて大いに笑い合った。


 まったく今度の買い物は絶対ににこやかになるんだろうなぁ!


 =================================


 ────城下町にて。


「…」


「…」


「…」


「…んで、どーして不機嫌なんです。カルヴァン様」


「…ため口で良いって言ってんのに」


「そりゃ…喫茶同好会の中での話でしょーが」


「アハハハ…」


 俺がグレイシス子爵子息…もといアーロンにカルヴァン侯爵令嬢を紹介した時から、カルヴァン侯爵令嬢は不機嫌になっていた。彼女にしては珍しく慣れないオシャレやおめかしをして来たらしく、凄く気合が入っていたのだが、アーロンと待ち合わせしていると言った辺りから不機嫌になった。


「なんだよ…せっかくお姉様が買い物に誘ってくれたから、二人きりで買い物だと思ってたのに…何で野郎がいるんだよ」


「え?何か言いました?」


「知らねえ!お姉様の馬鹿!」


 うーん、どうしちゃったんだろ。


 アーロンを見ると肩をすくめている。カルヴァン侯爵令嬢も何かあったのだろうか。しかし、そんな事を悠長に考えている時間はない。


「それはそうと、行きましょうか!アーロン!」


「そうですね、コルネリア様。良いものが先に売れてしまうかもしれませんからね」


 と言って先に進もうとしたところで、


「おい、ちょっと待て」


「…?どうかしましたか」


「…カルヴァン様?」


 カルヴァン侯爵令嬢から待ったがかかった。


「お前らいつから名前呼びする仲になったんだ」


「いつからってつい最近ですが…」


「ええ、ここ最近ですよね


「…!」


 アーロンがそう言うとカルヴァン侯爵令嬢はずんずんと俺に近寄ってきて、腰に抱き着くとぶぅと膨れた。


「じゃあ俺のこともギャレットと呼べ!コルネリア!」


「ええ!?いきなり何するんですカルヴァンさ────」


「ギャレット!もしくはギャリー!」


「ええ、そんな急に…」


「爵位が上の人間のいう事は聞くもんだぞ!」


「そりゃそうですけど…」


 だからって何も抱き着かなくても良いでしょうに…。こんな事してたら日が暮れちゃう。おまけに通りすがりの人がニヤニヤしながらこちらを見ている。


「分かりました!ではギャレット様とお呼びさせていただきます!だから離れてください、ギャレット様!人が見てますから」


「見せてんだよ!」


「二人とも喧嘩しないで…」


 まったく甘えん坊なんだから…。

 ギャレット様を引き剝がすのに一苦労したのち、ようやく買い物を始める事になった。

 城下町は大層な賑わいを見せていた。行く先々に本屋、八百屋、花屋、宝石店、菓子屋、時計店、色々な店が建ち並んでいる。

 俺たちはひとまず菓子屋で麦飴とベリーパイを買って食べた。麦飴の素朴な美味しさはさることながら、ベリーパイは俺の喫茶同好会でも出して見てもいいかもしれないと思ったほど美味しかった。

 それから本屋で喫茶同好会に置く用にハミングバードという作家の全集を買おうとしたのだが、『喫茶店でそこまで長々と本読む人はいない』とアーロンが言ったので、結局俺が読む用に恋愛小説と推理小説を二冊ずつ買った。

 そこからも俺達は色々な物を見て回っては本来の目的も忘れて買い漁っていた。




「あれ?ここ何処だ?」


 ────買い物に熱中し過ぎていたのか、ふと気付けば俺はアーロンとギャレット様達からはぐれて、一人寂れた古道具屋の前にいた。


『黄昏』と一言だけ書かれた看板は相当年季が入っていて、窓枠には埃が溜まっている。俺は二人を待って店前で立ちっぱなしでいるのも何だか居心地が悪かった俺は、恐る恐る店内に入ることにした。


 店内は少しかび臭い匂いが充満していて、誰が買うんだって思うほどのデカい骨の標本から、一昔前に売られていそうな子供のおもちゃまで置いてある。


「こんにちは~…」


 店の中に声をかけてみたが返事はなかった。ますます居心地が悪くなった俺はやっぱり帰ろうと後ろを振り向いた。その時だった。


「こんにちは♪」


「ぎぃゃーす!!!」


 俺の足元から声が聞こえてきた。突然のことに俺はまた素っ頓狂な叫び声をあげてしまった。足元からはフフフ、と笑い声が聞こえる。


「お姉ちゃん面白いね。ぎぃやーすだって」


 驚いて下を見ると、青がかった髪をした可愛らしい顔をした少年がニコニコしながら立っていた。


「や、やぁボク。この店の子かな?」


「うん、マーシルって言うんだ。よろしくねお姉ちゃん」


 マーシルと名乗った少年はぴょいと軽やかに飛んで、置いてあった椅子の上に立つと可愛く一礼した。


「それでお姉ちゃんはこんな所で何してるの?」


「何してるのって…友達とはぐれちゃって」


「ふーん」


 マーシルはくい、と首をひねった。


「お姉ちゃんもしかして買い物してたの?それでこの店の前に来てたんだ」


「まぁ…買い物してたのはそうだけど、気付いたらこの店の前に立ってたって感じで…マーシル君こそこの店で何してたの?店番かな?」


 俺がそう聞くとマーシルはうん、と頷いた。


「ボクはこの店でずーっと店番してるんだ。雨の日も風の日もね」


「そっかぁ偉いねぇ」


 俺はそう言って優しく撫でると、マーシルは嬉しそうにしていた。心なしかゴロゴロと何処かで物音がしたような気がした。


「ねぇねぇお姉ちゃん、ボクも買い物連れていってよ」


 ひとしきり撫でた後、マーシルは懇願するような目線で訴えてきた。


「ええ?マーシルってここで店番してるんじゃないの?」


「そうだけど…ずーっと店番ばっかりしてて飽きちゃったよ。たまには外の世界が見たいんだ」


「しかしねぇ…マーシルのお父さんとお母さんが怒るんじゃないないのかい?」


「ううん、ボクお父さんもお母さんもいないの。このお店の人に拾われただけだから」


「まぁそれはそれは…」


「ねぇお願い」


 俺はうーんと考えた後に頷いた。


「分かった…友達を探すついでに連れていってあげる。その代わり、しっかりお姉ちゃんの手を掴んでてよ」


「うん!分かった!」


 俺がそう言うと、マーシルは嬉しそうに飛び跳ねた。


 それから俺とマーシルはコッソリと店を抜け出して、城下町に踊り出た。辺りを見渡しても相変わらずアーロンとギャレット様の姿は見えなかったが、手をつなぐマーシルは目を輝かせながら町を見ていた。


「わぁ!凄いね、お姉ちゃん!色々な物があるね!」


 あれは何、これは何、とマーシルは大はしゃぎするので、俺は再びはぐれないようにしっかりと手をつなぐのに苦心した。ある時、人混みに突っ込みそうなときにマーシルを抱き上げたのだが、そこで俺は少しぎょっとした。マーシルの身体はとても軽かったのだ。まるで木彫りの人形を抱き上げているかのようにひょいと持ち上げる事ができた。


「マーシル君ってば…随分と軽いんだね」


「そう?普通じゃないかな」


「ご飯ちゃんと食べてるのかい?」


「ううん、ボクご飯要らないの」


 俺は何だか少し不安になった。この子あの古道具屋で何も食べさせてもらってないんじゃないかと心配になった。


「マーシル君、ちょっとお菓子屋さんに寄ろうか」


「?いいよ」


 俺は再び菓子屋に寄ると、ベリーパイを二切れ買ってマーシルに与えた。マーシルは物珍しそうにベリーパイを見つめながら、「これ食べていいの?」と聞いてきた。俺が頷くとマーシルは嬉しそうにベリーパイを頬張った。


「美味しい!こんなもの食べた事ないや!」


「ハハハ、喜んでもらえて何よりだよ」


 ベリーパイ自体、手に入らないものじゃないんだけどね。よっぽどお腹を空かせていたらしい。マーシルはあっという間にベリーパイを平らげてしまった。



 それから俺達は色々な物を見て回った。鍵を回すと音楽が鳴り響く装置や、カラコロと鳴く不思議な小鳥のおもちゃ、マーシルが読む用に買った絵本など選り取り見取りだった。


 そうこうしている内に、俺は再び古道具屋『黄昏』の前に立っていた。マーシルはパッと繋いでいた手を離すと、再び可愛く一礼した。


「今日はありがとう、お姉ちゃん!とっても楽しかったよ!」


「ハハハ、そりゃ良かった」


 それじゃあ、また来てね。とマーシルは俺の手の甲に小さくキスをして古道具屋に戻っていった。




 その時だった。


「お~い!お姉様!」


「ハァ、ハァ、こんな所にいた…!」


 後ろから心配した様子のアーロンとギャレット様が走ってきた。ギャレット様に至っては心配しすぎて俺の腰に抱き着くと「おべぇざまあ…」と半べそをかいていた。


「ごめんなさいアーロン、ギャレット様。お二方を探している内に、マーシル君とのお出掛けが楽しくなっちゃって」


「マーシル?」


「そこの古道具屋に戻っていった少年ですよ。その子が外に出たいと言っていたので…」


 アーロンが首をひねった。


「おかしいですねぇ。ここの古道具屋は私も利用した事ありますけど子供がいるなんて話聞いたこともないですよ」


「ええ?」


 しかし、俺は確かにマーシルと一緒におでかけした記憶が残っている。俺はおかしいなと首を傾げ、今度はアーロンとギャレット様を連れて再び『黄昏』の中に入ってみることにした。


「マーシル君?いるかい?マーシル君?」


 俺が店内に呼びかけると、店主らしき男が出てきて言った。


「何ですかい大騒ぎして。埃が舞いますよ」


「ああ、店主さん。マーシル君って何処にいるか分かりませんか?」


 マーシル?店主はそう言うと、「ええと何処に置いたっけかな」と店内を探り始めた。


「ああ、あったあった」


 と、店主が店に陳列されている物の中から出したのは一体の猫の置物だった。見ると毛並みは青がかっていた。


「知人の遺品整理していたら、彼の作ったこの作品を拾いましてね。売ってみる事にしたんです」


 店主は青い猫の人形を撫でた。


「名前は『幸運の青猫、マーシル』っていう作品なんです。どうです?買っていきませんか?」


 店主は営業スマイルで聞いてきた。



「なんだよ。ここにいたのか」



 よく見ると、青猫の口元にはベリーパイのカスが付いていた。俺はその場で青猫を買う事を決めた。



 =================================


 以来、俺の喫茶同好会では幸運を呼ぶ招き猫として、青猫の置物を置くことにした。気のせいか、以前よりも客足が伸びてきた気がする。売り上げも以前より上がってきた。更にデズモンド公爵令嬢にまで「紅茶腕上がったかしら?」とまで褒めて頂いた。


 幸運の青猫という名前の通りなのかもしれないが、一つだけ困った事がある。

 俺がベリーパイを焼いた日には必ず一かじりされた後が残っている。そう言う日には決まって、青猫の口元がベリーパイのカスで汚れているので、それを拭きとらなきゃいけない。

 良い買い物した分、変なおまけが付いてきちゃったなぁ。


 テーブルマナーというのを教えたいから、たまに出てきてくれないかなぁ、と拭く度に俺は思う。

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