フルーツサンドとゴシップ三人組
「ねぇねぇ聞きました?デズモンド様とウィリアム様の記事」
「聞きましたわ!お二方ったらまた喧嘩したんですってね!例のリリィ・ブラウン男爵令嬢の件で」
「二人ともどう思います?私は絶対デズモンド様の差し金だと思いますわ」
「私もそう思いますわ。婚約者が他の女と仲睦まじくしてるのが我慢ならないんですわ」
「でも決定的な証拠も出なかったんでしょう?」
「計算高く残さなかったんですわ。ドレスを踏んだとか、足を引っかけたとか、悪口を言った程度じゃ証拠なんて残りませんもの」
「公爵家の癖にみみっちい嫌がらせばかりしますのね」
「そう考えるとデズモンド様も────」
「「「────嫌な女ですわよねぇ!!!」」」
「そう言えば…デズモンド様って最近はあそこに入り浸ってるんですってね」
「あそこ…?」
「ほら、この学園でも一際変わってるご令嬢の所によ」
「ああ…!知ってますわ!あのメイドがやるような炊事が好きで」
「コーヒーとかいう汚い泥水まで飲んでて」
「男みたいな喋り方してる────」
「「「────『お茶くみ令嬢』の所に」」」
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「────という訳で」
「「「何かご存知ありませんか?お茶くみ令嬢さん!」」」
「…」
彼女達はニヤニヤしながら俺に聞いてきた。たまたま他のテーブルについて例の絵画を眺めていたスケフィントン侯爵令嬢は三人組を見て露骨にいやそうな顔をしていた。
「あのですね…、まず俺の…いえ私の名前はお茶くみ令嬢ではなく、コルネリア・ローリングと申します。こんななりですが貴族の娘です。以後お見知りおきを」
俺は苛つきを隠さずに、眉を軽く引くつかせながら言った。三人はあっそうですかと興味なさげに返事した。
「それと…確かにデズモンド様は
ですから、貴女方の期待にはこたえられそうにありません。俺がそう言うと三人は「こいつ使えねぇ」と言う視線を向けてきた。
「え~せっかくこんな所まで来ましたのに~」
「デズモンド様がたまに来てるんでしょう?ウィリアム様は来てませんの?」
「…来てませんけど」
「冗談よしてよ。ウィリアム様が
「それもそうよね~」
「「「オホホホホホ!!」」」
(ひっぱたいてやろうか、こいつら)
だから俺こう言うタイプって苦手なんだよなぁ。前も書いたかもしれないけど、誰それが浮気しただの、誰それの熱愛発覚なだのははっきり言って興味ない。ゴシップ新聞だって暇つぶしに読んでるだけだ(デズモンド公爵令嬢が来るようになってからはあまり読まなくなったし)。
俺は彼女たちの顔を見たことがあった。左から順にレジーナ・クレッグ、ナイラ・ムーディ、アリスン・ロブソンという。
それぞれの爵位は忘れたけど一応三人とも貴族の出身で、舞踏会やパーティー会場で、よくひそひそと噂話したりして過ごしている三人組で、俺も彼女たちにひそひそ噂話をされたことがある。俺はそんな彼女たちの事をゴシップ三人組と呼んでいる。
常に上から目線で物を喋るのが好きな彼女たちからすれば、俺のやってる事なんて嘲笑ものだろう。
「あのぅ…ここは同好会という名の喫茶店なんですがね。何か注文してってくださいよ」
「えー、こんなこざっぱりした所でお茶なんて飲めませんわ〜」
「そうそう、お茶になんか入ってそうですよね〜」
「ウチの使用人が入れるお茶飲んでた方がマシですわ〜」
そんじゃ出てってくれよ!と言いたくなったがまだキレる時間じゃない。短気は損気というしここで追い出すよりも、常連になってもらった方がスカッとする。そう思い俺はグッとこらえながら、
「そうですか。ではお茶以外で日替わりスイーツなんて如何ですか?今日は新メニューなんですよ」
「ええ〜どうせしょぼい物でしょう?」
「…ふーん。碌なものが出てくるとは思いませんけど」
「新メニューねぇ…」
と言うと三人とも怪訝そうな顔をしながら態度を少しだけ変えた。ぬぅ…まだ押しが足りないか。だが、今日の日替わりスイーツに自信があった俺はもうひと押ししてみることにした。
「今日の日替わりスイーツはフルーツサンドといって、果物と生クリームをパンでサンドしたものになります。クリームの甘さとフルーツの甘酸っぱさがマッチして美味しいですよ」
「…けど一応見てあげますわ」
「どうしてもというなら食べて差し上げますわ」
「フルーツ…生クリーム…ゴクリ」
ふっ、やはり女性はスイーツという言葉に弱いんだろうな(俺も弱いけど)。俺は「では作らせていただきます」、とニマリと笑って言った。
持論だが、フルーツサンドというのは名前からして美味しそうな響きだ。
フルーツというフレッシュな響きをサンドしたって言うんだから、何が出てくるのかとワクワクしてくる。そんなワクワクの中、出される生クリームとフルーツのハーモニーときたらもう言葉に尽くせない。
前世じゃあチョコレートチップとバナナを生クリームでサンドしたやつもあったが、あんなのは邪道だろう。フルーツサンドは俺の前世で経営していた喫茶店でも良く出していたメニューだ。
用意するのは食パン、泡立てて砂糖を加えた生クリーム、そしてフルーツだ。今回使うフルーツはクモ苺の他に、塩水に付けてたリンゴ、メロン、
まず最初にフルーツを縦に切り、リンゴと柴桃を水気を切った後にクリームと混ぜる。食パン二枚をまな板に置き、メロンとクモ苺をそれぞれのせたら、フルーツ入りクリームをたっぷりとのせて広げる。
最後にそれぞれのパンをかぶせて、少し体重をのせるようにしてなじませたら、パンの耳を切り落として(後で俺のおやつにする)しっかりと押さえながら四等分にしたら出来上がり。
「まぁ…」
「フルーツが宝石みたい…」
「綺麗…」
完成したフルーツサンドをゴシップ三人組に差し出すと、三人とも目を輝かせていた。別のテーブルに座っているスケフィントン侯爵令嬢もフルーツサンドを凝視している。
「さあ、どうぞ。召し上がってください」
俺がそう言うと、パクリと三人は目をつぶって警戒しながらフルーツサンドに被りついた。
「「「お、美味しいですわ!!!」」」
三人は歓喜の声を上げて喜んだ。
「フワフワの食パン!」
「しっとりとしたクリーム!」
「甘酸っぱい果物という魅惑の組み合わせ!最高ですわ!」
へっどんなもんだい、と俺はニコニコしながら内心彼女たちの反応にスカッとした気分を味わっていた。
「でも考えますと、あの公爵家でプライドも高そうなデズモンド様がこんな所まできてるって事は~」
「よっぽどウィリアム様と一緒に居たくないんでしょうね~」
「それかウィリアム様といちゃついてるブラウン男爵令嬢のこと見たら嫉妬で今度は殺したくなっちゃうからじゃありません?」
「「有り得る~!」」
「だってデズモンド様って…」
「「「性格キツそうですもの~!!!」」」
オホホと笑う三人を見ていて俺は引きつった笑いを浮かべていた。そうだった、こう言う連中だった。
「それにしても隠れた名店発見ですわね~」
「そうですわね~ちょっと店の中が貧相ですけど~」
「そうそう
あ、ヤバい。このタイミングで言っちゃならないこと言った。俺はサーっと自分の身体が青ざめていくのを感じた。
バン!とテーブルを叩く音が店内に響いた。ゴシップ三人組はびっくりしてその音の方へ身体を向けた。
「ガアールベールに通う学生も質が落ちましたわね…。そんなくだらないことに気を取られて、陰口まで叩いて、本当に情けない事」
音の主、スケフィントン侯爵令嬢は怒りを表現するかのようにゆっくりと喋った。
「聞きたいことがあるならクリスティナ様本人に直接聞いたらいかがですの?低俗な貴女方にそんな度胸があればですけど」
「な、何ですの!?さっきから聞いていれば失礼な」
「そうですわ!無礼ですわよ!」
「私たちを何だと思ってますの!」
ゴシップ三人組は慌てたようにスケフィントン侯爵令嬢に言い返したが、俺からすれば鼠がライオンにかみつくほどの悪手だった。デズモンド公爵令嬢の事を名前呼びする時点で気付くべきだった。
「はん、言うに事を欠いて無礼ですって。私の事ご存知ないのかしら?貴族としての常識もない方は困りますわね。ねぇ?ミセス・ローリング」
「え?ああ、えっと…アハハ」
スケフィントン侯爵令嬢は嘲笑したような笑みを浮かべて言った。
「貴女はレジーナ・クレッグ、男爵家の娘。ナイラ・ムーディ、こちらも男爵家の娘。アリスン・ロブソン、貴女は子爵家の娘。それから私はクリスティナ・デズモンド様のご友人させていただいてる、フランシス・スケフィントン、侯爵家の娘ですわ」
「「「えええっ!?」」」
そこまで言ったスケフィントン侯爵令嬢は、ポカンとしているゴシップ三人組の前でこちらをちらりと見て更に付け加えた。
「────それと貴女方がお茶くみ令嬢と馬鹿にしてるミセス・ローリングは伯爵家の娘ですわ」
「「「ええええええええええええええっ!?」」」
「アハハ…どうも」
知らなかったんかい。ゴシップに興味あるくせに爵位の上下関係に疎いのは貴族としてどうなんだい(俺も人の事言えないけど)。
「わ、あわ、私急用を思い出しましたわ!」
「わ、私はちょっと腹痛が…!」
「私もちょっと用事があるんでしたわ!」
ゴシップ三人組はそう言うとスケフィントン侯爵令嬢から逃げるように去っていった。おおお、と俺がパチパチ小さく拍手を送ると、ギロリと残ったスケフィントン侯爵令嬢に睨まれた。
「貴女ねぇ…もっと堂々としなさいよ。へこへこばかりしてみっともない。伯爵家の娘という誇りはないわけ?」
「アハハ…お厳しいですな」
俺がそう言うとハァとスケフィントン侯爵令嬢はため息をついた。
「本当に…リリィ・ブラウン男爵令嬢がやって来てからこんな事ばかり起こりますわ。クリスティナ様もさぞかし心労が絶えないでしょうねぇ」
「…」
リリィ・ブラウン男爵令嬢の事を苛めたからでしょうか、とは俺は聞きそうになったが必死で我慢した。スケフィントン侯爵令嬢からもゴシップ三人組と同レベルと思われたくない。
「なんにせよ、ありがとうございました。俺、ああいや私ああいうタイプ苦手なんです」
「…そういえば貴女、クリスティナ様に男口調許されたんですってね」
「ええ、まぁ条件付きでしたが。それよりも少々お待ちください」
俺はそう言って厨房に戻ると、持ち帰り用のバスケットに先ほどまで作っていたフルーツサンドを入れて、スケフィントン侯爵令嬢に差し出した。
「これ、どうぞ。スケフィントン様もご興味あったようなので」
「ハァッ!!?」
スケフィントン侯爵令嬢は彼女に似合わない素っ頓狂な声を上げた。
「べ、べつにそんな美味しそうな…じゃなくて貧相な…じゃなくて…そんなもの興味ありませんわ!」
と言いながら彼女の目はフルーツサンドに注がれながら輝いていた。
そうだった。スケフィントン侯爵令嬢っていわばツンデレなんだった、
「要りませんか?」
「いえ、そんな事誰も…あ、でも…えっと」
「あ、じゃあこうしましょう。これデズモンド様にもおすすめするかもしれませんので、ご友人のスケフィントン様が先に食べて、おすすめしていいかどうか確かめてください」
迷っているスケフィントン侯爵令嬢に俺はニコリと笑ってそう言うと、彼女は分かりやすく顔をパァと輝かせて、
「そ、そういうことなら仕方ありませんわね!仕方なく!仕方なくいただいてあげますわ!」
と言ってバスケットを受け取った。
「じゃあ、受け取るものも受け取りましたし、私はこれで失礼しますわ」
スケフィントン侯爵令嬢は嬉しそうな顔で、喫茶同好会のドアノブに手をかけた。
その時だった。
「私、例の件聞いておりますわ」
スケフィントン侯爵令嬢が突然口を開いた。俺には何の事かすぐに分かった。
「…反対なさいますか?」
「まさか、クリスティナ様が決めたことですもの。あの御方の意思を私は尊重しますわ」
「…まだ出してないんです。迷ってて」
俺は下を向いてそう言うしかなかった。それほど例の件は重大だった。
スケフィントン侯爵令嬢はくるりとこちらを向くと、
「…もし受け入れるなら、決して粗相のないよう十分に注意してくださいよ」
と言って今度こそバスケットを持って去っていった。店内に一人残された俺はというと、厨房に戻り椅子に座ると、例の件に関わりのある書類を見つめた。
「どうしようかなぁ…これ」
俺の手には喫茶同好会に入部すると書かれている、いわば入部届があった。
そこには
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